216 それぞれの故郷
帰りはデルフ国側には一度も降りずに通り抜け、シュタイバーン国に入ってすぐのリッテド領で長めの休憩を取った。
仮眠を取る者も多く、運悪く見張りになった騎士たちは残念そうな顔をしていた。
その後はまたどこかへ降りることもなく一路ロワルへとひた走り、いや、飛び続け、夕方には少し早い時刻にオスカリウス邸の飛竜発着場へと到着した。
ずっと乗っているだけというのも疲れるもので、シウとフェレスは大きく伸びをした。
騎士の方がもっと気が張って疲れていただろうが、顔には出ていない。
仲良くなった騎士たちと手を振って別れ、一旦オスカリウス邸に入る。
すぐ帰ろうと思ったのだが、まあ休んで行けと、勧められたからだ。ハンスも共に邸内へと案内されていたので、シウは表玄関から入ることになった。
迎えてくれたのは留守番のリベルト、アンナ、そして領地へ避暑に行っていたシリルの妻アマンダだった。
アマンダは貴族の子女たちに礼儀作法を教えることもあるほどなので、ハンスのことは彼女に任されていた。
スマートに応接室へ案内されているのを眺めていたら、家令のリベルトがシウを家人用の応接室に案内してくれた。
「疲れたでしょう。さあ、アンナ特製の蜂蜜ミルクとお菓子をどうぞ」
「ありがとうございます」
「おや。わたしどもにはそのように丁寧にされなくても結構ですよ。お坊ちゃま」
「お坊ちゃまをやめてくれるなら」
と笑うと、リベルトがウインクした。お茶目な家令だ。
シウは温められた甘いミルクを飲み、同じものをフェレスも飲んだ。
「あー、ホッとしますね」
「一日中、飛竜に乗っていると疲れもしますよ。あたしは竜騎士だけはなりたくないですね」
「これ、アンナや」
注意されたアンナは、全く気にせず、そのあとも騎士の大変さを話して聞かせ、養い子のナフが部屋に現れてから標的を変えた。
「すみません、シウ様。アンナは子供好きですから、ああして子供認定した者にはついつい話し続けるのです」
「いいえ。素敵なお母さんです。そういえばキリク様も、いっぱい注意されてましたよね」
「乳母でもありましたからな」
「そうだったんですか」
彼等に実子がいないことは聞いていたので、不幸なことがあったのだなと、シウは黙っていた。それを読み取ったのか、リベルトがさりげなく語った。
「わたしたちの子供が生まれてすぐに、キリク坊ちゃまもお生まれになりましてね。アンナは乳母をしていたのです。二人並べて仲良く育てておりました。ですが、二人が幼い頃のある日、領地の視察中に魔獣のスタンピードが起こりましてね。わたしたちの子は逃げ遅れたのです。誰が悪いというわけではなく、ただただ不運だったのですが」
リベルトは穏やかに、続けた。
「その際に旦那様、キリク様のご両親もお亡くなりになられました。幸い、ご隠居なさっていた先代が復帰することになり、キリク様が成人するまで後見人となられましたから、貴族の家にありがちなごたごたもやり過ごせました」
「お子さんを亡くされたのはお辛かったですね」
「……その分、キリク様を我が子のように思い、接することを許されましたから」
「良いお爺様だったんですね」
「さようでございますね。多少、やんちゃではございましたが」
「あ、じゃあ、お血筋なんですね」
と言うと、リベルトは笑った。懐かしそうな顔をして、ええ、ええと何度も頷く。
「いろいろございましたが、そうしたわけで、アンナは母親の気分であれこれと接してしまうのです。シウ殿のことはまるで孫のように思っているようで、キリク様の隠し子であったらと夢見たこともあるのですよ」
「はは、は」
「養子のお話が進んでくれたらと、願っていたのですが」
そっちに話を持っていくのか! とシウは慌てて手を振った。
「いえいえ、とんでもない。ええと、じゃあ、もうそろそろ!」
「え、そんな」
「リベルトさんも、どうか、ナフさんを! お土産買ったそうですよっ」
と言って、フェレスを連れて部屋を出て行った。
オスカリウス邸を辞去し、貴族街を抜けてゆっくりと帰っていく。
フェレスと共にのんびり歩きながら、この一年を思った。
ロワル王都にきて丸一年になるが、シウは今、帰ってきたと考えた。
ここが第二の故郷のようになっているのが分かる。
「人生いろいろだなあ。ね、フェレス」
「にゃ」
「もうすぐ学校かあ。またいろいろあるのかな」
「にゃ」
尻尾をふりふり、フェレスも懐かしそうに石畳を歩く。時折、ふんふんと匂いを嗅いで道路のチェックだ。どんな騎獣が通ったのか確認しているらしい。
そんな風にしてゆっくりと懐かしい王都を感じながら、ベリウス道具屋まで歩いて戻った。
ちょうどエミナが店を閉めるところだった。
シウが走り寄ると、フェレスも尻尾を盛大に振って機嫌よく鳴いた。
「あれ、フェレス。あ、シウ!!」
「ただいま、エミナ」
「おかえりなさい~。元気そうで良かったわ」
店の扉から中へ通してくれて、エミナは内側の鍵をかけた。
それからシウとフェレスを押し込むように奥へと通じる通路に追い立てていく。
「ほらほら、早く入って。お爺ちゃんも待ってたのよ」
「うん」
渡り廊下を進んで、本宅へと入る。
騒ぎに気付いていたらしいスタン爺さんが居間から顔を出し、にっこりと微笑んだ。
「ようよう帰ってきたのう。おかえり。闘技大会は面白かったかの?」
「うん。ただいま。いろいろあって、面白かった、のかな? とにかく、いろいろあったんだ」
「そりゃあ良かった。人生いろいろ。いろんなことがあるのでな。さあさ、中へお入り」
本宅に上がり込み、居間へと向かう。その後ろからエミナが声を掛けてくる。
「ねえ、今日はじゃあ晩ご飯こっちで食べるよ。ドミトルに言ってくる! あ、ご飯は買ってくるね」
「エミナ、僕、作るよ」
「帰って来たばかりで疲れてるでしょ。いいよー」
「ううん、作りたいんだ。もう作りたくてしようがないんだよね」
エミナは立ち止まって、振り返り、苦笑した。
「相変わらずねえ! 分かった、じゃあお願いします。一応、自分たち用に作ってあるのがあるの。それ持って来るわ。待っててね!」
そう言うとバタバタと走って出て行った。相変わらずなのはエミナの方である。
「まあまあ、落ち着きのない……」
スタン爺さんは呆れたように言うものの、声は笑っている。あの元気な孫が大好きなのだ。
「じゃあ、台所貸してね。向こうでは狩りもしたから、肉があるんだよねー」
「そりゃまた、闘技大会に行って狩りとはのう」
「採取もしたよ。市場にも行って、デルフ国の野菜や調味料もたくさん買ってきちゃった」
「お前さん、闘技大会へ遊びに行ったんじゃよなあ」
これも呆れた声だ。だが、その顔には笑みがある。
「えへへ。でも、あちこち見られたし、面白かった、かな。やっぱり」
詳しくは食事の時にと、約束して、早速料理に取り掛かる。
その間、スタン爺さんはフェレスと遊んでくれた。
フェレスは目一杯遊んでくれるスタン爺さんが大好きだ。しかも久しぶりに会うので、尻尾はぶんぶん振り回されている。
「おー、よしよし。可愛いのう」
撫でられて、玩具を用意してもらって、フェレスは大満足のようだった。
料理が終わる頃、エミナとドミトルがやってきた。
「帰って来たばかりなのに、悪いね、シウ君」
「ううん。作るのが趣味だし、あっちではあんまり作れなかったから」
「でも、辺境伯の泊まる宿にお邪魔したんだろう? だったら美味しいものがたくさん食べられただろうに」
「そうよ! 羨ましいったらないわ!」
「エミナ……」
「これ、エミナや」
エミナは二人に注意されて、ぺろっと舌を出していた。
なので三人に、シウはデルフ国の料理の恐ろしさについて語ってあげた。
「美味しいんだよ、美味しいんだけどね。でも、味がくどくて。物凄く煮詰めるから味も濃い目だし、こう、口に残るんだよね」
「……そうなんだ?」
「最初は美味しいって思うけど、二日目からはちょっとって感じ」
「えー、やだあ。あたし、そういうのはいいわ」
「だから欲求不満で。一度、宿の厨房を借りて作ったんだけど、あっちの食材だけだから制限もあったし。やっぱりロワルの食材は豊富でいいなあ」
「シウったら。食べ物にはうるさいんだから」
「エミナも一度食べたら分かるよ。デルフは厳しい冬があるせいか、保存食が多くてね、葉物野菜が少ないし、種類もないんだ。毎日毎日ジャガイモ料理と、硬い黒パンって、嫌でしょ?」
「うえ、やだわ」
「考えたら、これってすごく贅沢だよね。僕等は食べたいものを自由に食べられるんだもん。恵まれてるし幸せなことだなあって改めて思ったよ。食べ物にうるさく言えるのは、平和な国で幸せに暮らせているからなんだって」
「ほんとねえ。甘いものも食べられるし。食べ物に困ったこともないわ。シュタイバーンに生まれて良かったな、あたし」
それは、シウの台詞だ。この世界に生まれて、良かった。自由に生きられる人間として生まれ変わって、本当に幸せだと思う。
「あ、それってつまり、お爺ちゃんの孫に生まれて良かったってことよね。ありがとうね、お爺ちゃん」
エミナがそう言ったら、スタン爺さんの顔はいつにも増して、優しい笑顔になっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます