215 ニセ白金貨の報告と出発前
本当はイェルドにも声を掛けたかったのだが、大物二人を連れて出るとせっかく楽しんでいるキリクにばれそうなので、一人だけにした。
「大広間にあったのは、魔力を吸い取り、かつ阻害する強力な魔法陣で、かなり巧妙に隠してました。あちら側の人たちは小指に指輪をしていたので、それが回避する鍵になっていたのだと思います。ミスリルっぽかったし」
「そう、でしたか」
「王城内にも至る所に魔術式が施されていたけど、そっちは穴があったりボロかったりでほとんど効いてなかった。それでも、魔力の少ない一般人だと効いたでしょうね」
「だから王城内の人間に覇気がなかったのか……」
「どんよりした空気だし、変な雰囲気でしたよね。ピリピリしてる人も多かったなあ。あ、だけど、スヴェルダ王子やゲーラ副隊長は普通だった。魔力が多いからかも」
「魔力の多さで人を区別するのは良くないと、各国で話し合っているのですがね。この国は力を優先する性質があって、なかなか」
「盗賊団の話を聞いていても、おかしなことばかりで。この国では希少獣は全て貴族か王族へ献上する決まりだとか。空挺団のありようもちぐはぐで、変だったなあ」
「空挺団についてはキリク様が聞きたがるでしょうから、また今度教えてあげてください」
苦笑しながら言うと、シリルはゆっくりと表情を改めた。
「本題を、お伺いしましょう」
さすがシリルだ。まだ後に大きな話が控えていることに気付いていた。
「はい。これです」
ポケットからロカ白金貨の贋作を取り出す。
「これは? ああ、まさか恩賞がたったこれだけという、うん?」
「よーく見てください。持ってみた方が分かり易いかも」
シリルの手に乗せる。シリルはそれを指で持ち、目の前に掲げて何度も矯めつ眇めつする。
「……まさか、そんな」
「はい。巧妙ですけど、偽物です」
「なんという」
「エルムス=ダルムシュタット宰相も騙されたようです。使い道のない白金貨を嫌がらせで下げ渡そうとして気付いたらしく、入れ替えたであろう犯人を捜すと約束してくれました」
「……彼は、本当に知らないと思うかい?」
「うーん、僕の心証では本当に知らなかったと思いますけど、どうでしょうね。広間の魔法陣に気付いたことを知って、割と言いたい放題言ってましたし、そこで嘘は言わない気がします。そもそも大問題ですし」
「そう、か。そうだね。彼の失脚を狙った者の犯行か、あるいは――」
「宰相は、宣戦布告するために僕を使ったのではないかと、考えているようでしたね」
「……どちらにしても悪趣味なことだ」
「はい。おかげで、今度はオーガスタ帝国金貨を渡されました。しかも最初よりも高くついて」
「それはまた……」
「あの人、地道な嫌がらせをするのが好きなタイプみたいです」
「……確かに、そうでしたね。ああ、思い出すと気分が悪くなってきた」
本当に気分が悪いのか、少し顔色悪く額を押さえる。
キリクも顔を出していたとはいえ折衝の基本はハンスを支えるシリルやイェルドだっただろうから、気疲れもピークなのだろう。シウはポーションを取り出して、シリルに渡した。
「どうぞ。よく効くらしいので」
「ああ、ありがとう。……君が本当にうちに来てくれたらと、思うのだがねえ」
「嫌です」
「そんな……即答しなくても」
「ええと、嫌、です」
「間延びして言っても同じだよ」
くすくすと笑い、シリルは疲れた顔をしてポーションを飲み干した。瓶は受け取って、またウェストポーチに仕舞う。
「とにかく、今ここで教えてくれて、感謝する。あとでイェルドと話し合ってみよう。ああ、ハンス王子にも伝えなくてはな」
「それは差し上げます」
「良いのかな? そういえば、偽物の残りは」
「一枚ずつお互いが証拠のために残して、後は処分するという約束でその場で練成し直しました。けど、こっそり抜き取ってますので」
と、ポーチからまた取り出してみせた。
「こういう手品得意なんです」
本当は転移で、取っただけなのだが。
シリルは呆れたような顔をして笑った。笑いながら、更に大笑いする。壊れたのかと思ったが、
「あの男にしてやったのか。ははは! ざまーみろ、だ」
ということらしい。相当鬱憤がたまっていたようだ。
「さあて。体の調子も良くなったことだし、キリク様に飲み尽くされる前に、わたしも飲むとしよう!」
と言って部屋に戻って行ってしまった。
ポーションの効能が良かったのか、それともシリルがぷっつん来てしまったのか。シウには最後まで分からなかった。
酔い止めの薬は、途中でダウンした時の復活用、そして早朝出発のため朝に、各自きっちり二本飲んで使い切ってしまっていた。
そういった大人たちの姿を見ると、シウは成人してもお酒は飲まないような気がしてきた。ああはなりたくないなあとちょっぴり思うのだ。
「シウには定期的に酔い止め薬を納品してもらおうかな。言い値で買い取るぞ?」
朝からテンション高く、キリクは張り切っていたが、眠いのだけは耐えられないようで何度も欠伸をしている。
「そんなので飛竜に乗って大丈夫?」
「俺を舐めるなよ。飛竜の操作に関しては右に出る者がないと言われる男だ」
ふっ、と格好を付けている。
その横を冷静にイェルドたちが通り過ぎていた。後方では騎士たちが荷物を素早く積み込んでいる。
皆が忙しく、サラやシリルもキリクを相手にしないので、寂しくなって来たのかもしれない。
この場で暇なのはシウとフェレス、あとはハンス王子ぐらいだろう。
「じゃあ、飛竜のレースに出たら、勝つぐらい?」
「速さを競うだけじゃあ、どうかな。レース用に調整しているわけではないしな」
「あ、そこはちゃんと正直に答えるんだ」
「……ちょっと待て。それはなにか、含みがあるってことだな?」
半眼になって近付いてくると、脇腹をくすぐられた。
わーきゃー叫んでいたら、フェレスも遊んでいると思ったらしく参戦してきた。
「にゃ、にゃっ!」
ただフェレスの爪だと痛いので、彼もそのへんは分かっているらしく、尻尾をふりふりと顔の前で揺らす。相手はキリクだ。
「うわっ、ぺっ、こら、やめろ。口に毛が入る! おい」
「にゃにゃ、にゃん!」
きゃっきゃと走り回っていたら、イェルドがやってきて呆れたように溜息を吐いている。
「……こうしてみると、確かに、ええ、親子と言った方がしっくりきますね。随分と大人になりきれてない親ですが」
「ああ?」
「親子ですか? 嫌だなあ、僕」
「おい」
「では、お爺さんと孫ではどうでしょう。それなら、まかり間違ってもどうにかなるとは思いませんし」
ふうと、大きな溜息を吐く。
イェルドは何かいろいろと悩みがあるようだ。よほど精神的に疲れたのだろう。
彼はキリクには説教じみた言葉で指示して飛竜へ向かわせ、シウには無理に作った笑顔で話しかけてくる。
「あなたが嫌いになれたら良いのですが、こう見えて、わたしは子供好きなんですよね」
「はあ」
「……どこかに、良いお嬢さんがいたら、紹介しましょうか」
「僕に?」
「はい。貴族にも気立てのよい子はおりますし、どうしても貴族がお嫌というのなら、商人で探してみますが」
「あ、いいです。結構です。僕、好きな人は自分で探しますから!」
「おや、そうしたことにはちゃんと興味がおありなのですね」
変なことを言う。シウは首を傾げつつも、うんと頷いて答えた。
「好きではない結婚は双方に不幸をもたらしますから、ダメですよ。それより、イェルドさんの方が年齢的には先だと。キリク様ならともかく、イェルドさんまでご結婚されてないのは問題じゃないんですか?」
そう言ったら、イェルドが二歩下がって、胸を押さえた。
「イェルドさん?」
「な、なんという切り返し。おそるべし……」
「冗談を言ってるんですか?」
珍しいこともあるものだと思っていたら、イェルドが深い溜息を吐いた。
「主より先に結婚など、できるものですか」
「……忠義に篤い人ですね」
いろいろ言いたいことはあったが、イェルドが打ちのめされているようだったので、追い討ちは掛けなかった。
それにしても、まさかまだ養子になる件を考えているのだろうか。恐ろしい話だ。
シウは囲い込まれてはたまらないと、お見合いの話を断ったが、よく考えたらまだ成人前だ。
「やっぱり冗談だったのかー」
「にゃー」
「真似してるの? 可愛いなあ、もう!」
どのみち、結婚など早すぎる。シウにとっては未知の事で、全く想像の付かない遠い未来のことのように思えた。
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