214 贋作と帝国金貨とお疲れ会




 宰相は役人たちに何事かを伝えて席を外させ、シウと二人きりになった。

「信じてもらえぬかもしれぬが、これは本意ではなかった」

 シウは「はい」と答え、内心で「そうでしょうね」と頷いた。そして、

「白金貨を出すぐらいの嫌がらせが妥当だと思いますし」

 と続けたら、嫌そうな顔をされてしまった。

「……我が国とシュタイバーンは仲が良くない。それは分かっているだろう?」

 頷いたものの、デルフ国とシュタイバーン国ではなく、デルフ国とそれ以外と言い直してほしかった。この国が、あちこちで戦争のきっかけを作ろうとしているからだ。

 デルフ国で知り合った人たちが言うには、そもそも国内の貴族たちが争い合っているそうだ。今回の偽貨幣の件でも、宰相にはどうやら犯人の目星がついているらしい。

「此度の合意に反対する者もまだ多くいる。しかも王子の救出にオスカリウス家の者が手を貸した。そのことに憤りを覚える者もいるのだ」

「偶然すぎますもんね」

「そうだ。形勢も、そちらに有利な条件へと傾いた」

「ああ。でも、僕は政治のことは分かりません」

「であろうな。こうして相見えてみて、よく分かる。お前は権力に全く興味がない」

 シウは肩を竦めて返事はしなかった。当たり前すぎて返事する気にもなれなかったのだ。宰相は気にするでもなく、愚痴を吐いた。

「戦など、金ばかりかかって仕方がない。貴族どもは目先の利益ばかりに目が向き、本当のところが何も分かっておらぬ。今回のこれも貴族どもの差し金だろう。馬鹿どもめが」

 口調が悪くなってきているが、シウは賢く黙る。宰相は目を細めてシウを見た。

「先ほど、これを処分すると言ったな? それはつまり――」

「証拠を消すということですから大事にはしません。まあ、キリク様には口頭で伝えるでしょうが」

「現物は見せないというのだな?」

「はい」

「……分かった。では」

 一枚ずつ、手にした。

「処分をお願いしよう。念のため見ておきたいが、いいな?」

「お互いのために、ですね。どうぞ」

 そう言って魔法を使いかけ、慌てて詠唱する。

「《結界》《分離》《抽出》《調整》《溶解》《練成》」

 白金貨を全て分解した。消してしまうには勿体ないため素材に戻したのだ。各種類ごとに分けてインゴットにする。

「最後に《浄化》と。あ、やっぱり混ぜ物が多いですね。白金の少ないこと。見てください、銀を使って色付けしていたようです。ひどいなあ」

「すごい、ものを見せてもらったようだ」

「そうですか? すべて、レベルは低いんですけど」

「魔法は使う者の知力によると、改めて感じた。素晴らしいものだ」

 褒めているという感じには聞こえない平坦さだった。シウは答えようがなく、話を進めた。メモを取り出して配合量を書き、渡す。

「犯人、捜してくださいね。シュタイバーンでこの偽物が出回ったら、そちらからだと決めつけて捜査します」

「分かっておる。借りは作りたくなかったが仕方ない。この『紙』の代金は、そのインゴットで頼む。恩賞分は――」

 話の途中で役人が戻ってきた。走って来たから大量の汗だ。ぜいぜいと息が整わないうちに、ずっしりと重そうな革袋を宰相に手渡している。袋の表には宰相のものと思われる家紋が刺繍されていた。宰相はそのまま袋をシウに渡した。

「これで恩賞となす。よろしいな?」

 《鑑定》して分かってはいたが中身を確認する。

「……オーガスタ帝国金貨ですか」

「価値は遙かに高い。ロカ貨幣よりもな」

「でも使い道に困るんですよね。本当に嫌がらせのためだけに、すごいことをしますね」

「ふんっ。どうとでも言うがいい。しかし、それの価値は『貨幣』そのものではない。歴史的な価値もあるのだ」

「分かってます。下手に溶解もできないし。だから、どこかの貴族に見せびらかして自慢するぐらいしか使い道はなさそうですね」

「良いではないか。それを肴に飲むのも美味いものだ」

「悪趣味です」

 シウが一歩引くと、宰相は初めて、にやりと本物の笑みを零した。

「シウと言ったな。わたしはエルムス=ダルムシュタットだ。また会うこともあろう」

「お会いしたくはありませんが、覚えておきます」

 宰相はふんっと鼻息で返事をして、その場を去って行った。役人たちがまた慌てて後を付いていく。残されたシウは暫くの間、そこで待たされることになった。




 宿に戻ると、食堂ではなくキリクの部屋に連れて行かれ、夕食会となった。宿の従業員が出ていくと一斉に皆がだれる。体から力が抜けたという感じだろうか。キリクは思い切り砕けた格好になっているが、他は精神的に疲れている雰囲気だ。

「いろいろありましたが、なんとか無事に終わりましたね」

 シリルが代表してそんなことを言い、乾杯でもしましょうかと言い出した。デジレが急いで酒や杯を用意し、レベッカと手分けして皆に回している。身内感が出ているが、ここには実はシュタイバーンの王子ハンスもいた。イェルドが彼を労っている。

「ハンス殿下もお疲れになられたでしょう」

「イェルドがついていてくれたので、さほどでもない。世話になったな」

「いいえ。よく、頑張ってくださいました」

 ハンスは明日早朝に出発するということで王城を出てきている。長い挨拶を朝っぱらから聞きたくなかったようだ。辞去だけで今日は一日がかりだったのだから、さもありなん。

 二人の労う会話の横では、キリクが早々に上着を脱いでしまっている。しかも、行儀悪く椅子に座りなおしていた。だらけた格好はシウから見てもひどい。

「キリク様! なんというお姿に」

「いいんだ。俺の仕事はもう終わった。今から俺は自由なんだ!」

「なんということを」

 お小言を続けようとしたイェルドを、ハンスが苦笑しつつ止めた。

「まあまあ。いいじゃないか。窮屈な王城での仕事を終えたんだ。たまには羽目を外してもいいさ」

「……ハンス殿下、甚だ遺憾ではございますが、キリク様は常に羽目を外していらっしゃいます」

「ああ、そう」

「もういいだろ! さあ、飲むぞ!」

 デジレにもらった杯を掲げて、ぐいぐいっと一杯目を飲み干した。

「ぷはっ、沁み渡る~。あ、シウよ。二日酔いの薬はまだ持っているか?」

「それを作るために王都を出たからね」

「それでか!」

「売れると思っちゃったんだよね。ギルドでも大量に依頼が出ていたし」

「だから森に行って採取していた、と。で、大物を引き当てたわけか」

「そういうことです。はい、どうぞ」

 ここにいる人数分の倍の数を渡す。

「よしよし。これで今日はたくさん飲めるぞ」

「前に渡したのは?」

「ありゃあ、この国の貴族に売ってやった」

「売ったんですか」

「金ではなく、票としてな」

 にやりと笑って、また継ぎ足された酒を飲み干す。

「いやあ、今回はシウ様々だったな! 二日酔いの薬がこんなに袖の下として役立つとは思わなかったぞ。何よりも大物を引き当ててくれた」

「それを使って実際に取り引きしたのはキリク様じゃないんだよね?」

「いいんだよ。適材適所だ。そういうのはイェルドとシリルが向いている」

 呆れていたら、シリルが酒瓶を手に近付いてきた。が、シウがまだ小さい子供だったと思い出したのか、さりげなくテーブルに置く。

「ロワルに戻りましたらお礼をしなくてはなりませんね」

「ポーション代なら、もうもらいました」

「こちらは、それ以上のものを得られましたからね。ところで、本日はスヴェルダ王子と長くお話をしておられたようですが、問題はございませんでしたか?」

「王子とは、ないですね。途中、空挺団のヘルネ隊長が突っ走っちゃいましたけど。たぶん、今頃は懲罰房に入ってると思います」

「さようでございますか」

 心なしか嬉しそうだ。そんな彼に、後で爆弾を落とさねばならない。

「プリュムとも楽しく過ごしたので特に問題ないです。ただ、デルフ国はいろいろと問題が多そうですね」

「ええ。……そういえば大広間に入ると少々気分が悪くなるのですが、今日は感じられませんでした。シウ殿は気付きましたか?」

「あ、はい。そのこともですけど」

 小声になってシリルに伝える。

「皆さん、不用心に過ぎませんか? 魔法使いを連れて行かないと」

「というと、やはりあそこには魔術で何らかの処理が施されていると?」

「はい。その指輪程度では上書きされそうだったので、こっそり回避しておきましたが」

 ちらっとシリルの指輪を見て、言った。

「……この程度、ですか。これでも相当効果の高い魔道具なんですよ」

「え、そうなの?」

 驚いて、つい敬語が消えてしまった。シリルはそんなシウを穏やかに眺め、微笑んだ。

「シウ殿は、そうして話した方が年相応で可愛らしい。その方がよろしいのではないかな。うん。そうしなさい。ね?」

「ええと、はい、じゃあ」

 シウが口の中でもごもごしていると、シリルが笑いながら続けた。

「魔道具とは本来とても高価なものです。ましてや魔法を阻害する機能など、とても難しい。当然、価値は高くなります。シウ殿が我々に施してくれたことは、王妃が付ける宝石の指輪よりも遙かに高くつくことなんです」

「そうなんだ……」

 魔法使いたちは、よほど吹っかけているらしい。苦労して覚えた知識を売るのだから、ある程度は仕方ない。しかし、シリルに金額を聞いたシウは、顔を強張らせてしまった。ならば、大広間に魔法陣を描いた人物は相当お金持ちなのではないだろうか。

 デルフ国の魔法使いがどんな人かは知らないが、シウは大事なことをシリルに告げる機会だと彼を連れ出した。部屋は騒がしいまま、誰もシウたちが出たことに気付かなかった。

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