213 希少獣の現状と、宰相との対面




 スヴェルダとゲーラには気にしてないし、気にしないでいいよと伝えて、その後いろいろ話をした。

 護衛しながら王都へ向かっていた時の話や、休憩で食べた黒鬼馬の肉の美味しさなど、話は尽きなかった。

 ゲーラは食べたことがなかったようで、羨ましそうな顔をして話を聞いていた。中間管理職の悲哀を垣間見たこともあり、シウはお土産として肉の塊をプレゼントした。

「真空パック、完全に閉じ込めているので常温で置いていても暫くは腐りませんけど、開けたら即、食べてくださいね。焼いても美味しいですよ。こっちは内臓、騎獣たちにどうぞ」

 魔法袋から大量に取り出したら、驚くやら喜ぶやらで、応接室は大騒ぎになった。

 従者やメイドたちも総出で片付けていた。

 これだけ出しても一匹分にも満たず、しかもこれは先日急いで解体した一匹の残りなのだ。当然、在庫はまだまだあるのだが、彼等は恐縮していた。

「そういえばアウリッヒから聞いたのだが、騎獣は魔獣の内臓を喜んで食べるとか」

「はい。好きですよ。知り合いの騎獣屋でもごちそうは魔獣の内臓です。フェレスはなんでも食べるので、焼いたのも普通に食べますが、騎獣たちは生ものの方が好きなんじゃないかなあ」

「そうなのか」

「プリュムはまだ小さいから、白いパンの方が好きだよねー?」

 あの時食べさせたものを取り出すと、プリュムの顔がパッと輝いた。

「ぱん!」

「はい、どうぞ。あ、フェレス、お前もあげるから物欲しそうに見るんじゃないの! お兄ちゃんだろ」

「にゃ」

「もう。食べさせてないみたいじゃないか。すみません、こんなところで」

「いや、それはいいが。その子は成獣になっているのだろう? 大きくなっても可愛いものだな」

 お愛想かもしれないが嬉しかったので、シウは「はい」と遠慮なく頷いた。

「一歳になる少し前から、早く大きくなって僕を乗せるんだって張り切ってました。プリュムもきっと、そうなるでしょうね」

「……ああ、そうだな。こんな可愛い子に乗るのは可哀想な気もするが」

「それは違いますぞ、王子」

 シウが口出す前にゲーラが間に入った。

「騎獣たちは皆、人を乗せるのが好きです。いや、主を、ですな。自分こそが一番の運び手と、誇りを持っております。乗ってやることこそが彼等への愛情の証となるのです」

 立派な騎士が愛情を語りだしたので少々恥ずかしかったが、シウの言いたいこととも合致していたので頷いた。

「プリュム、のせるの」

「俺を乗せてくれるのか?」

「うん。プリュム、おっきくなる。ふぇれよりもだよ!」

「にゃー」

「なるもん。プリュム、はやいの。ふぇれ、あそぼーね」

「にゃ」

「プリュム、いっぱい、たべる。るだ、のせるの。はやく、とぶの。まもるの!」

 最後の言葉に、微笑んでいたスヴェルダが目を潤ませた。

 人を乗せて早く飛べたら、きっと助けられたと思っているのだ。

「そうだね、頑張って大きくなってね。いつか大人になって会おうね。その時はフェレスと一緒に競争しよう」

「うん!」

「にゃー」

 こんな可愛い子たちを盗もうとするなど、ひどい話だ。

 それからはまた盗賊団の話に戻り、デルフ国での騎獣の売買についてなど詳しく聞くことができた。


 デルフでは空挺団があるので、希少獣の卵石を見付けたら基本的には領主あるいは国王へ献上することになっているそうだ。

 割れてしまって生まれた場合は手元に置いて育てても良いが、大抵は謝礼金が出るので拾ったらすぐに献上される。

 卵石は、一流の鑑定士がいるので聖獣と分かれば王族に、それ以外は騎士に分配されて孵るまで待つ。

 騎獣であればそのまま空挺団の騎士と共に働き、飛べない希少獣であれば本人が希望したら配置換えあるいはまた別途分配を待つ。ここで手放す者も多いそうだ。

 それらは研究所へ行ったり、貴族たちのペットとして下賜される。

 少々可哀想な話ではあったが、盗賊団に奪われて見世物にされたり虐待されるよりはましかもしれない。

 実際、ゲーラの説明によると、一斉摘発した今回の盗賊団の住処には魔法による強制的な奴隷化を施された騎獣たちがおり、中にはひどい虐待を受けた子もいたそうだ。

 彼等は騎獣専門だったが、他にも人間の誘拐専門盗賊団もいるらしく、デルフは治安が悪いと感じた。



 長く話をしていたら迎えが来た。シウが連れて行かれたのは大広間の近くの控室だ。待っていると役人が数人、その後に宰相が入ってきた。宰相は開口一番に、

「もうしばらく待っておれ。打ち合わせは終わったが、最後の挨拶をされているところだ。ああ、そこでは話にならん。こちらへ」

 早口でそう言った。シウが近付くと、宰相はシウを上から下へと見下ろした。観察している。気が済むと、役人が持ってきた箱を扇子で指し示した。

「これは恩賞である。スヴェルダ殿下から『余計なものをもらうならお金の方がまし』だと伺ったので、急いで用意した」

「素早いですね」

 スヴェルダの部屋にはスパイがいたらしい。彼が途中で指示していた時間はあったが、お金を用意するには時間が足りない。入室してすぐにシウが話した段階で連絡したとしか思えなかった。部屋には魔法は仕掛けられていなかったがスパイが仕掛けられていた。

「ふむ。おぬしは見た目通りではないな。あの部屋でも効いておらぬようだったが」

「魔法使いを相手に『効く』とは、魔法陣を描いた方も思っていないのでは?」

 少し切り込んでみた。宰相は目を瞠ったものの、すぐに微笑んだ。

「面白い子だ。見抜いておったか。それぐらいの能力があるからこそ、殿下を助けられたとも言えるな。子供が、殿下のみならず騎士たちをも守って連れてきたと聞いて、いろいろ勘ぐった大臣も多かったが。なるほど、そうか」

 細い目を更に細め、宰相が頷く。白髪のため実年齢よりも老けて見えるが《鑑定》では、まだ五十一だ。ローブに隠れた体も鍛えられている。彼こそ見た目と中身が全然違う。あるいは、相手を侮らせるための格好かもしれない。

 この人は相当な狸だ。キツネ目だけど。と、シウが妙なことを考えていると、

「恩賞は受け取って帰るのだぞ」

 そう念押しされた。シウは箱の中身を《鑑定》して、あることに気付いた。

「確認してからでいいですか?」

「慎重なことだ。構わん。床に広げて見てみろ」

 広げずとも分かっているが、どうせだから箱を開けて中身を床にぶちまけてみた。なにしろ、目の前で確認する必要があった。

「……本当にやりおるとは」

「あ、すみません。素直なのが僕の良いところ? なので」

 言いながら念のため目視でも確認していく。

「ロカ貨幣ですね?」

「その方が良かろうという、気遣いだ」

「でも白金貨なんですね。五百枚。あ、一枚足りない。面白いですね」

「……誰だ、担当の者は」

 宰相が役人たちを睨み付ける。シウが一瞬で数を読み取ったことに対し、異議を申し立てないだけの余裕。そしてすぐさま役人を叱りつける。この人は本当に一筋縄ではいかないタイプだ。その間にシウは再度、手元の白金貨を詳細に《鑑定》した。

「そ、そんなはずは。確かに数えました。お待ちください、もう一度確認を」

 震えながら役人たちが数え、並べていく。本当は一枚がどこにあるのか分かっていた。しかし黙って待つ。彼等が並べる白金貨を一枚ずつ《鑑定》してみたかった。

「四百、九十、九枚。た、足りない、何故」

 バラまいた時に役人が慌てて飛び退いた。その時、靴で蹴ってしまったのだ。床に当たる金貨の音に紛れ、端まで飛んでいった。その一枚はソファの下に潜り込んでいる。

「僕のせいですね。どこか遠くへ弾き飛ばされたのかも。探してみます」

 そう言って、控室の端から端を歩いて確認するフリだ。役人たちも急いで同じように反対側から探し、やがて一枚を見付けた。

「あ、ありました!」

「すみません。ありがとうございます、拾ってくれて」

「いいえ、とんでもない」

 差し出されたそれを、シウはゆっくりと眺める。やはり間違いない。

 精巧にできた偽物。こんなものを恩賞として渡してくるのは、試す云々以前のことだ。どうしたものかと白金貨を眺めて考える。時間稼ぎももう終わりだ。ここで金貨に替えてくれと申し出ても話は終わらない。偽物の貨幣が彼等の手元に残るだけだ。それなら、このまま貰って帰り、調べる方がいい。その場合はシュタイバーンで大問題になるだろうが。

 一瞬の間のシウの悩みに、宰相は気付いた。つかつかと歩み寄り、シウの手から白金貨を奪い取った。じっくり眺め、それから物凄い形相でシウを見つめる。

「そういうことか」

 宰相は振り返って役人たちを睨み付けた。怒鳴るのは我慢したようだ。肩で怒りを示し、やがて収めたのが背中からでもよく分かった。宰相は再度シウを見た。

「すまぬ。これは、こちらで、処分を――」

「いえ。申し訳ありませんが、やはり受け取らせてください」

 彼等がこの問題をきちんと解決してくれるかどうか不安だった。それに、偽のロカ貨幣を流通させられた場合、被害を被るのはデルフ以外の国だ。主にシュタイバーン国である。

「いや、だが」

「では、この場にて処分させてください。それを置いていくのは僕の良心が痛みます」

「……だが、摘発せねばならぬ」

「じゃあ『一枚ずつ』保険に取っておきましょうか? お互いに。まだそちらには在庫があるかもしれませんが」

「ロカの白金貨はこれだけだ。白金貨など使い道もないのでちょうどいいと、吐き出すつもりでいたからな。まさか、このようなことになっているとは思わなかった。わたしを、笑いものにしようと画策した者がいるのだろう」

 一気に膨れ上がった怒りを、彼はふうと息を吐いて元に戻した。よほど腹が立ったようだ。シウは、「デルフ国人は自尊心が高い」というスヴェルダの言を思い出した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る