212 話の流れと、大暴走

01212 話の流れと、大暴走



 あの日、スヴェルダは王領にいる仲の良い姉のところへ遊びに行っていたそうだ。

 通いなれた道、王領ということもあり、近衛空挺団第三隊の面々も見習いの初飛行を兼ねて付き従った。

 ところが、到着してすぐに、突然の突風に襲われて隊列が乱れ、そこを盗賊団に急襲された。騎獣から降りていたこともあって、乱戦になったようだ。

 隊長は王子を逃がすため囮になるといって壁になったが、それは罠だったようで、別働隊が隊長たち主力を足止めにし、本隊が逃げ惑う王子一行を襲った。

 慌てて騎獣に乗り、逃げに逃げ惑って、途中駆け込める場所もあったろうに頭からすっぽりと抜け落ちたようで、王領から大きく外れてしまった。

 そして身を隠す為に森へ入ったところで魔獣たちとかち合い、更に散り散りとなった。追われて行きついたところで黒鬼馬と出会ってしまい、スヴェルダはとにかくプリュムだけでも助けようと、逃したそうだ。無理な命令に、プリュムは恐慌状態に陥って逃げ惑い、いつの間にか人化して隠れていた。

 その間もスヴェルダたちはなんとか戦わずに逃げる道はないかと森を移動して、迷ったのだった。


 流れを聞いて、シウは溜息を吐いた。

「今だから言うけどね。あの時、大河の近くに鬼竜馬がいたんだよ。黒鬼馬よりひと回り小さいけれど凶暴な魔獣でね。その時に小さな弱弱しい気を感じて、それがプリュムだった。必死に隠れていたけど、僕は索敵が得意なので見付けられたんだよ」

「……鬼竜馬という魔獣から逃げて、隠れていたのか」

「そうです。可哀想に、魔獣を倒してからプリュムを発見するまでの間、体を小さくして震えながら隠れてましたよ」

「プリュムが……」

「僕もフェレスが小さい頃は常に一緒にいました。知ってます? 食べ物屋でも、幼獣の間は連れて入れるんです。どこでも一緒に入れるんですよ」

「そう、なのか?」

「はい。それってつまり、幼獣は主から離してはならないと、誰もが知っているほど当たり前ってことです。僕も最初は知らなかったので、偉そうなことは言えないんですけどね」

「そう、だったのか。プリュムは卵石から育てて可愛がっているが、調教師や教師たちが、勉強時間や睡眠の際には離れるものだと言ってな」

「高貴な方にはあるそうですね。専門の教育係とか。でも、できるだけ一緒にいてあげてください。大人になるまでのたった一年なんだから」

「……分かった。ありがとう。この度のことも、今も」

「どういたしまして」

 和やかなムードになったところで、先触れが来た。

 空挺団の面々が来るらしく、広い応接室へと移動を促されて、隣室を通って向かう。

 スヴェルダは移動の間にあれこれと従者に指示を出していた。迎え入れる準備などだろう。数人が駆け出していく。

 途中でプリュムがきゅいきゅいと鳴いてから人化した。すると端に控えていたメイドたちがわらわら出てきて浚っていく。

「なに、あれ」

 つい呟いたら、スヴェルダが教えてくれた。

「俺も傍にいてやりたいのだが、あのように女たちがすぐ手を出してな。着替えもあれらがやりたがるのだ」

「はあ」

「俺も小さい頃はよく着せ替え人形になっていたものだ。考えれば可哀想なことだ。プリュムに聞いて、嫌なら止めさせよう」

「そうですね」

 などと話しながら席に座ったら、到着したとの声がした。


 王子が入れと命ずると、扉が開いた。

 ゲーラと、アウリッヒ、そして第三隊隊長のヘルネがいた。他にも数名、見たことのある騎士が並んでいる。

「スヴェルダ王子、よろしいでしょうか」

「ああ。入れ」

 皆、背筋をピンと伸ばして部屋に入ってきた。軍人らしい動きで一律揃っている。

「座っていろ。おい、プリュムを」

「はっ」

 従者が隣室に急いで向かい、少しして着替えたプリュムを抱っこして連れてきた。

 プリュムはスヴェルダの横の子供用椅子に下ろされかけたが、スヴェルダがさりげなく抱き留めて、自分の膝の上に座らせた。

「いいの?」

「いいんだ」

 可愛くて身悶えしそうだった。すると、シウの隣に座っていたフェレスが起き上がり、シウの膝に乗ろうとした。

「無理無理、フェレスは無理だって!」

「に゛ゃーっ」

「いや、拗ねても無理だってば。大きすぎて僕が潰れちゃうよー」

「にゃっ。にゃにゃにゃにゃ」

「え、いや、ここで椅子じゃなくてフェレスに座ったら、僕、変人扱いされるよ……」

「にゃー」

 つまんないの、と鳴いて、またその場に蹲った。

「……シウたちを見ていると、今のうちにできることは何でもしておこうと思えるよ」

「あ、そうですか?」

「その大きさになって抱っこはできないからなあ」

「あはは」

 和やかに話していると、ヘルネが咳払いをした。

 主筋の前でやるとは良い根性をしている。と、思っていたら。

「ヘルネ、態度に気を付けろ」

「……はい」

 ゲーラに注意されていた。

 スヴェルダは第三子ということと、成人前の子供ということで見縊られているのかもしれない。騎士であり隊長ということはほぼ確実に貴族出身、いや高位貴族の可能性が高い。ヘルネが高位貴族の第一子ならば、将来的には立場が逆転するかもしれないので、舐めてかかっている、ということも考えられた。

 どちらにしても面倒くさいことに変わりはない。

 チラッとスヴェルダを見たら、同じように溜息を噛み殺していた。自分の立場や、相手がどう思っているのかぐらいはよく分かっているようで、シウと同じように面倒くさそうな目をして騎士たちを見ていた。


 ゲーラは、詳細な報告書をありがとうとお礼を言ってくれた。

「正直、部下たちの報告書では主観が混じっていてな。客観的に書いてくれたのでとても助かった。索引もあり、添付書類まで付けてくれるとはな。事務官にも滅多にないことだ。オスカリウス家ではいつもああしたものを?」

 とさりげなく聞かれる。

 シウは正直に答えた。

「いえ、僕はキリク様とは友人なだけで、仕えていません。魔法学校に通っているんです」

「……友人?」

「正確には、僕の爺様がキリク様の恩人だそうです。そうした経緯があって仲は良くなりましたが、お仕えする気はないのでどうするかって話になって、じゃあ友達ならと」

「貴族に対する態度ではないな」

 ふんっと鼻で息をしてヘルネがきつい口調で続ける。

「思い上がりも甚だしい。オスカリウス辺境伯と言えば、押しも押されぬ大貴族だ。そのような格上、いや雲の上の存在に、庶民ごときが無礼千万だ。ほんの少し気働きできたからといって調子に乗るな、小僧」

「はあ」

 気のない返事をしてからスヴェルダとゲーラを交互に見た。

 スヴェルダは呆れつつも口を挟むのは憚れるといった視線で、ゲーラは怒りで顔を震わせていた。

 アウリッヒは真っ青だ。他の面々はおろおろしているだけだった。

「此度の事も、実は辺境伯の手の内だったのではないか? 名を出すには時期が時期だけに、お前を代わりに派遣したのやもしれぬ。そもそも、お前のような小僧一人が、賊を相手に立ち向かえるはずもない。一体どうやって部下たちの口を縛った? 金か?」

 唇の端を歪ませて話す姿は醜かった。

 彼が裏切り者かどうかは分からないが、少なくとも良い上司ではなさそうだ。

「ヘルネ、いい加減にしろ!」

「いいえ、ゲーラ殿。言わせていただきます。あなたは緩い。このような小童相手に何を恐れますか。そもそも、これは敵国の人間――」

「やめんか! 黙れっ」

 ガタンと音を立てて椅子から立ち上がり、ゲーラは顔を赤くして怒鳴った。

 対するヘルネは落ち着いている。冷静というよりは状況が分かっていないのだ。

「緩いのはお前だ。今この時に、シウ殿に向かってそのような発言ができるとはな。オスカリウス辺境伯の客分として、彼はこの国へ避暑に来ているのだぞ? 分かっているのか? いや、分かっていまいな」

 そしてスヴェルダは状況をよく分かっていた。ゲーラに変わって、ヘルネを窘める。

「オスカリウス辺境伯はハンス王子の付き添いとしてやってこられた。表向き、避暑ということであったが、事実は違う。それは当然お前たちも分かっているだろう? ここで決別して戦争ということも有り得る事態だった。それは互いに得策ではない。だからこそギリギリの状態で合意に至っている。それをお前は、お前一人の発言で、ひっくり返すのか? 大事な賓客の、恩人の子と言われる者に『敵国』と名指しすることがどれほどのことか、分かっているのか? もし分かっていて言っているのなら、お前こそが『敵』だ。戦争を始めようとする、愚か者だ」

「お、愚か者と!?」

「そうだ。王子の仰る通りだ。お前は、皆が力を合わせてまとめあげたものを、潰そうとしているのよ。それほどに自分の失態を隠したいか。だがいくらお前が自らの問題を棚上げしようとも、その罪は軽くないぞ」

「くっ……」

 二人から責められ、かつ部下であるアウリッヒたちの応援は得られなかったヘルネは、あろうことか椅子をけたたましく倒すと、走って逃げ去ってしまった。

「あれ、いいんですか?」

 思わず聞いたら、ゲーラが頭を抱えつつ首を振った。

「お前たち、捕まえてこい。何を言っても構わん。懲罰房へ連れていけ」

 ものすごく深い溜息を吐いて、部下たちが走っていくのを眺めた後、ゲーラはシウに向かって深々と頭を下げた。

「申し訳ない。よくよく言って聞かせ、理解したと答えたので、連れてきてしまった。わたしの責任だ」

「いえ。ああいう人はどこにでもいますし。苦労しますね」

「……まだ十二歳の君の方がよほど分かってくれるなどとは。本当に情けない」

 がっくりと肩を落としていた。

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