211 モノケロース
移動中、リヒト王子は話をしなかった。
にこやかだったのは大広間にいる時だけで、廊下に出ると途端に笑顔を消した。
すごい早業である。
彼が出てくるとすぐさま従者や補佐官などが駆け寄ってきて、あれよあれよという間にシウは後ろへ弾き出された。
歩きながら付いていくのだが、速足だし、撒こうとしているのかしらと思ってしまった。
十五分ほど歩いてようやく到着したが、お付きの人たちは息も切らせず歩き切っていた。普段から慣らされているようだ。
「ここだ。入れ」
「はい」
これで意地悪されて、実は物置に閉じ込められてしまいました、だったら面白いのだが、普通にちゃんとスヴェルダの部屋に案内されていた。
ただ、リヒトはシウが部屋へ入るのを見届けずに来た道を戻って行ってしまった。
大広間から出る口実が欲しかったのだろうか。よく分からない人だった。
誰も手伝ってくれないので、仕方なくシウは自分で扉をノックした。
こうした場合は部屋前に待機する従者なり、メイドや近衛など誰かしらいるものだから、客人が自らノックはしないのだけれど。
「こんにちはー。スヴェルダ王子いらっしゃいますかー」
ノックして数秒待っても出てこないので声を掛けたら、慌てた様子で人が出てきた。
「な、どうして、誰も?」
やっぱり扉前に誰もいないのはよろしくない状態だったようだ。
従者が驚き慌てつつ、頭を下げた。
「もしや、王子をお助けくださった方ですか? 申し訳ありませんっ!! ささ、どうぞ、中へ」
このお城に来て初めて人間味あふれる人を見たような気がした。
シウは笑顔で頷いて、彼に挨拶する。
「シウ=アクィラです。陛下にお許しをいただいたので、スヴェルダ王子とプリュムに会いに来ました。プリュムとも遊んでいいとのことですが、そのようにお伝えしていただけますか?」
「は、はいっ!! しばらくお待ちを。どうぞ、こちらで、すぐに席を設けます」
先触れが到着する前に、着いてしまったのだろうなあ。
なんとなく可哀想になってしまった。
あのリヒト王子は本当に何を考えているのだろうか。変な人だ。
そんなことを考えていたら、メイドたちも現れて、慌てたように居間へ通された。
お茶を用意してもらい、一口飲んだところで、スヴェルダが奥の部屋からやってきた。側にはプリュムもいる。今日は獣の姿を取っていた。
「こんにちは、王子。プリュムもこんにちは! その姿も可愛いねえ!!」
つい、テンションが高くなってしまった。
シウの椅子の横で、フェレスが尻尾を揺らす。嫉妬したいが、目の前の小さいのも可愛い、と悩んでいるようだった。
「シウ、よく来てくれたな。陛下との面会如何では会えないかと思っていたから」
「そうなの? あ、わー、可愛いっ」
真剣な表情のスヴェルダには悪いが、モノケロース、一角獣の幼獣はとても可愛くて、しかも小さな角ですりすりとシウの膝をこすって甘えてくるからたまらない。
プリュムはさすが聖獣、嫉妬される前にかどうか分からないが、フェレスにもすり寄って、その場に座り込んだ。フェレスの長い毛に寄り添うようにして、こてんと首を傾げるので写真に撮ってしまいたいと思うぐらい可愛かった。フェレスも懐かれて嬉しいのか、尻尾で包み込んでいる。
「みゃ」
二人(一人と一頭)で目尻を下げていたら、テーブルの向こうでスヴェルダがわざとらしい咳をした。
「あ、ごめんね! つい。だって、プリュム可愛いんだもん。フェレスと一緒に並んだら、すっごく絵になるよね!」
「……まあ、その、確かに可愛いが」
メイドたちだって、こっそり覗いているのは知っている。隣の部屋できゃあきゃあと声にならない声で騒いでいた。
「……お前は不思議な奴だな。臆しておらんし、普通に振る舞っているように見える」
「そうですか? 一応、警戒したり、敬語を使わなきゃって思ってますよ」
「そうは見えんが。ま、そうした態度を取られるのは、意外に悪くないな」
椅子に座りなおすと、スヴェルダは優雅に紅茶を飲んだ。
「で、陛下は褒美に何を下賜された? それによってはお前の立場が――」
「もらってないですよ」
「……は?」
「必要ないので要りませんとキッパリお断りしましたから。ただ、ここを出立する前にプリュムに会いたかったので、遊ばせてほしいと頼みましたけど」
「はあ?」
「そういえば勘違いされて、プリュムが欲しいのかと言われてびっくりしました。やりとりするものじゃないのにねえ、プリュム~」
椅子の下のフェレスの横にいるプリュムに手を伸ばして、頭を撫でた。モノケロースは角を触られるのが嫌だと聞いているから、そこは避けて撫でたのだが、気持ちよさそうに目を細めている。
先ほどから喋らないので、人語は人型に変化した時しか出せないのだろうか。
となると、モノケロースの時にはなんと鳴くのかが気になった。
「モノケロースって鳴くんですか? 一角獣って馬に近いけれど、ヒヒーンじゃないですよねえ」
「……いや」
「フェレスは猫型らしく、みゃあみゃあ、にゃあにゃあって鳴きますけど」
「……プリュム、何か言ってやれ」
「きぅ? きゅい」
小首を傾げて、プリュムが鳴いてくれた。
「かっ、可愛いっ!」
「にゃん。にゃにゃにゃにゃ……ぐるぐるぐる」
フェレスもメロメロになったようだ。どうしたらいいのか分からない感じで、前足をふみふみしてから、喉の奥を鳴らす。プリュムは驚いてちょっと仰け反っていたが、フェレスが怒っているわけではないと知って力を抜いてまたこてんと体を密着させる。
「うわー。撫で繰り回したい! あ、いや、しませんよ。しませんとも」
シウは視線を感じて慌てて手を振った。
「大体、希少獣は知らない人からの過度な触れ合いは嫌がりますからね。お世話ならともかく、愛情深い態度は引かれちゃいます。フェレスは珍しく、他の人に撫でられても平気ですけど、ねー、フェレス」
「にゃ、にゃにゃにゃ」
「あ、そうなの? ふうん」
「なんと言ったのだ?」
身を乗り出して聞いてくるので、シウは笑って答えた。
「シウのともだちだからなの、って言ってますね」
「にゃにゃにゃにゃ」
「ええと、ふぇれのけがわがごくじょうだから」
「にゃにゃにゃーっ。ふんっ」
最後は鼻息荒く、本当にふんっと言っていて面白かった。
「さわりたいのはしかたない、だそうです。ようするに、自慢?」
「にゃーにゃにゃにゃ」
「フェレス、上から目線だったんだなあ。触らせてあげてたんだ」
「にゃ!」
「僕にも?」
「み。みゃ。みゃうん」
言葉にはなっていなかったが、ようするに女性たちがきゃあきゃあ言うのと同じような感じで、察するに「シウは特別だから違う!」といった感じらしかった。
もちろん通訳はしなかった。可愛すぎて悶えそうだったというのもあるが、うちの子自慢のようになって恥ずかしかったのもある。
それでもスヴェルダには伝わったらしく、彼は苦笑して聞かなかったフリをしてくれたのだった。
ところで、褒賞を下賜しなかったのはちょっと問題があるかもしれないとスヴェルダは心配げに言った。
「我が国は自尊心が高い。助けられたのに褒賞を与えぬのでは、示しがつかぬと考えるだろう」
「シュタイバーンもそんな感じですけど」
スヴェルダは肩を竦めた。
「体面を重んじるのと、借りは作りたくないと考えるのでは意味が違う。たぶん、なんらかの褒賞をくだされるとは思うが、次は拒否しない方が良いぞ」
「お金ならまだ使い道あるんだけどなあ。余計なものは突っ返すと思いますよ」
「では、わたしからそれとなく伝えておく」
「それより、賊は全員捕えられたのですか?」
「ああ。だが、騎士に裏切り者がいるかもしれぬと、少々事態が変わってきている」
「あ、やっぱり。いくら見習いが多いとはいえ、空挺団の騎士が多くいて襲撃されるなんておかしいと思ってたんです」
「……他国の人間にもそれが分かるのにな。俺は、あ、いや、わたしは」
「普段通りに喋ってくださって結構ですよ。僕もあんまり敬語得意じゃないから、さっきからボロが出てるし」
笑うと、スヴェルダも苦笑して、ではと言い直した。
「俺も、陛下や兄からかなり叱られた。他国の人間に助けられるとは何事だと言ってな。ただ、最後までプリュムを守り切ったのは良かったと言われたが、実際はプリュムと離ればなれになったからな」
「逃そうとしたんでしょう?」
「……気付いていたのか?」
「黒鬼馬が現れて、そうしたのかなと。でも、たぶん、プリュムは逃されて生き延びても嬉しくはなかったと思いますよ」
「……ああ、そうだな」
「希少獣って、僕等が思うよりずっと、愛情深い生き物だから。それにまだ幼獣だったら、物の道理も分からない。きっと寂しかったと思います」
スヴェルダはしんみりした顔をして、プリュムを見つめた。
「父上には強くなれと、言われた。俺もそう思う。あの時、俺は何ひとつできなかった。守ってもらうことしか。……シウに助けてもらったあともそうだ。何も知らなかった。それが途轍もなく恥ずかしく、情けないと思ったんだ」
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