210 ボルナの王城




 翌朝、二日酔いの薬をそれぞれに手渡して、別れた。

 キアヒたちも、打ち上げで仲良くなった竜騎士たちがロワルまで乗せて行ってやるよ、というので一緒だった。

 リグドールとレオンも同じく出立組だ。

 二人も二日酔いの薬を飲んでいた。

 飲んでいないのはシウとフェレスだけだ。

 つまり、お酒を飲まなかったのもシウとフェレスだけということだ。

 朝方、死屍累々の様相を呈していたので、シウと宿の従業員総出で介抱したのである。



 午後は、王城へと出向くことになった。

 フェレスも連れて行っていいのか聞いたら、構わないとのことだったからおめかしさせていたらシリルとイェルドに変な顔をされてしまった。

「え、可愛くないですか?」

「いえ、可愛いですが……レースですか……涎掛け?」

「に゛ゃっ、ぎゃぅっ」

 あのイェルドに、猛攻撃をしていた。鳴き声でだが。

 どうも不評のようだったのでレースのスカーフはやめて、魔法使いのローブとして作った同じ生地のお揃いスカーフを付け直した。そちらには猫の刺繍をしている。シウも刺繍入りのローブを付けた。

「その、格好で行かれるので?」

「はい! 魔法使いなので」

 ローブの下は、一応、お下がり服だが王城に行っても大丈夫な立襟ジャケットの上下揃い服だ。軍服のように見えるが、どこの国も大体こうしたものを着るらしい。

 魔法使いなのだからもう少しくだけても良いとは思うが、右へ倣えにしてみた。

「……また変わった色のローブでございますね」

「濃灰です。グランデアラネアの生地だから、すごく軽くて丈夫で、付与もできるし良いですよ」

「そうですか……」

 何か言いたそうだったが、シウがにこにこしていたら口を噤んでいた。

 やっぱり、貴族には不評の色合いらしい。

 王城に入ってからも、ローブをしている者は黒か白が多かった。稀に騎士と思われる男が真っ赤なマントを付けていたが(しかも数人)、あれはあれでどうかと思うが、規則に反していなければ問題ないのだろう。

 シウが今まで見た中で一番度肝を抜かれたのはファー付きの紫のローブだった。その下は真っ白い上下揃いの服で、縁取りは金糸と銀糸。そりゃあもうホストも真っ青の格好だった。


 観光気分で王城に行ったのだが、ボルナの王城はロワルのものとは大きく違った。

 石造りで重厚なのは同じだったが雰囲気が違うのだ。やたらと階段が多いし、廊下も曲がりくねっている。床は磨いていない石が多く、あまり滑らかとは言えなかった。

 また、全体的にどんよりとしてた。

 色が悪いのかなと観察しながら、ついでに鑑定もかけていく。

 ところどころで結界があったり、認識阻害や状態低下などの妙な魔術式が施された箇所を通される。

 でもあまり優秀な魔術師が作ったものではないようで、ほつれのようなものがあった。

 そのせいでか、通り過ぎる人はさほど影響を受けていないようだ。

 魔力量が多い人にも効いていないし、闇属性持ちにも効かない。

 そうしたことを想定しているからか、シリルたちは回避機能の付与された指輪を付けているので全く問題はなかった。

 一体何がしたいんだろうと、魔術式を読み解いていく。大体の癖が分かってきたところで、大広間に通された。

 玉座らしきものが遠くに見える。

 この部屋には魔法が使えないようにする魔術式が、床下に描かれているようだった。緻密な魔法陣の上に模様の付いたガラスを敷き詰めてカモフラージュしている。

 これほどのガラス細工を作るのには相当なお金がかかっているはずで、労力と財力に感心した。

 それにしても強制的に魔力を吸収し、かつ、阻害する魔術式を起動させているのにそうした説明が一言もなかった。もしかしたらキリクたちは聞いているのかもしれないが、仮にも「功労者」を呼ぶのに相応しい場所とは思えなかった。

 しかもこちらの魔法陣はかなりの術者が作り上げたらしく、ほつれはひとつもなかった。

 強力なので、シリルたちの持つ指輪が機能停止に陥りかけていた。なので、こっそりと強化しておく。

 シウが魔法を使っても誰にも気付かれなかった。そうした警報装置は付けていないようだ。この魔法陣に万全の自信があるのだろう。

 でも、何事にも穴があって、抜け道というのは作れる。

 実際、シウは自身の無害化魔法を使わなくとも魔法陣の術式を跳ね除けている。

 魔法陣は闇属性のレベル四程度で作られており、確かに普通に考えれば最高峰レベルなのでサラのように闇属性レベルが低いと難しいが、シウはレベル五ある。耐性もあれば上書きだってできるのだ。

 あるいは光属性がレベル四あれば効かない可能性もあった。それ以外にも魔法が効かない人だって、世の中にはいるのだ。そうした道具を持つ者も。

 相手側はどうだろう。鑑定をかけつつ、観察していると全員が小指に銀色の指輪をしていた。ミスリル製だ。

 魔術式を展開してみると、魔法陣が許可する対となっていた。鍵のようなものだろうか。そのため、彼等は魔力低下も魔法の阻害もされていない。

 やはり分かってやっているようだった。


 なんだか気分が悪いなーと、不貞腐れた気分で先頭の人たちに倣う。

 あのキリクでもちゃんと丁寧な貴族式挨拶を交わしていた。シウは庶民なので、顔は上げないまま、片膝をついて待っている。

 下は向いているけれど、俯瞰を使っているので状況はよく分かった。

 国王がキリクからの挨拶を鷹揚に受け、補佐官や宰相などと話し合って、伝声官を下がらせていた。

 直答を許すとの補佐官からの言葉と共に、国王が「面を上げよ」と命じた。

 シュタイバーンの王にも言われたけれど、直に聞くと思い出して笑ってしまいそうになる。再放送で何度も見た時代劇のようで、懐かしい。

 シウは俯いたまま、キリクたちが順番に顔を上げるのを待った。こうした間を取れるのもマナーのひとつであり、シウのように俯瞰ができない貴族はどうやって計っているのだろうと不思議に思う。

 やがて、最後にシウが顔を上げた。

 ちなみにフェレスも横にいて、ちょこんとお座りしており、彼も同じく首を傾げつつ顔を上げている。可愛くてたまらないが、横は見ないで前を見た。

「よくぞ参ってくれた。我が孫を助けてくれた英雄はそなたか。名はなんと申す」

 黙っていると、補佐官が口添えをしてくれる。

「英邁で偉大なる陛下からのご下問である。お答えせよ」

「初めてお目にかかります。わたしはシウ=アクィラと申します。冒険者で魔法使いの十二歳です。この度は偶然にも王子をお助けすることができて光栄でございました。何分、高貴な方へお仕えする機会がなく、道中ご不便をおかけしましたこと、大変申し訳ございませんでした」

 本当はもっとおべんちゃらを使いつつ、たとえば偉大なるデルフ国陛下におかれましてはだとか、恐悦至極とか言わなくてはならないのだが、そのへんは子供ということですっ飛ばさせてもらった。最後に遜るのだけは忘れずに付け足せた。

「うむ。それはよい。命あってのことだ。そなたの勇気に感謝しよう」

 おおっ、とざわめきが起きた。え、なに、と思ったが、聴覚転移で聞いたところによると、陛下からお褒めの言葉を賜ったのがすごいことらしい。誰かが、付け上がるぞ、と聞こえよがしに呟いている。幸いにしてキリクたちには聞こえなかったようだが、大臣連中は同じ意見らしく頷いていた。

「報告書も提出してくれたとか。詳細な内容で、スヴェルダと会ってからのことがよく分かる。おかげでよう、対比ができたものだ。そのことにも感謝しよう」

 口は挟まず、しかし話は聞いているということを示すため、ごく軽く会釈する。

 礼儀作法を学んでいて良かったなーと思った。こうしたちょっとしたところが大事なのだ。特に揚げ足を取りたがる貴族が周囲にいると。

「偉そうに、陛下に対して顎で挨拶したぞ」

「子供のくせに妙に場馴れしている。エルフかもしれん」

「ならば、化けの皮が剥がれているはずでは?」

 などと言った台詞が耳に届いた。こちらもやはり普通なら聞こえない声量で、感覚転移は功罪があるなあと考えた。

「さて、では、功労あるそなたに、謝意を示したい。何か望みの褒美はあるか」

「ありません」

 どうかすると王の言葉尻に被せる勢いで即答した。

 一瞬、何があったのかと皆が唖然として、空気が固まってしまった。あ、もう少しゆっくり言えば良かった! と思ったもののもう遅い。

 シウは黙っている王に向かって、続けた。

「冒険者は、人が魔獣に襲われているところへ遭遇したら、助けるものです。中には報酬目当てで助ける人もいるでしょうが、僕は素材を全部いただきましたので、それ以上のものは必要ありません」

「……だが、そうしたわけにもいくまい」

「でしたら、お礼はもう頂きましたので、プリュムと遊ばせていただけないでしょうか。可愛かったので最後に遊んでからお別れしたいです」

「……モノケロースが欲しいというわけではないのか」

「プリュムは王子殿下の聖獣です。人のものを奪うなんて、それこそ盗賊団と同じじゃないですか。希少獣たちだって主と離されたくないのに、そのように非道なことはしません」

 きっぱり言い切ると、王は少し考え込んでいたが、やがてゆっくりと頷いた。

「では、案内させよう。スヴェルダもそなたに直接礼が言いたいと待っておるはずだ。誰ぞ、ないか」

「はい」

 前に出たのはスヴェルダの兄にあたる人だろう、リヒト王子だ。挨拶はされていないが鑑定したので間違いない。

 彼は、にこやかに王命を受けたが、目が笑っていない。彼の横には父親のスルストが立っていた。こちらは笑顔を見せていないが、リヒトよりは深みのある瞳をしていて、冷たく感じることはなかった。この二人が対照的すぎて、面白い。

「シウ殿、こちらへ。弟の所へ案内しましょう」

 いいのかなと、ちらっとキリクたちに視線を向けると、「行ってこい」と視線で促された。

 キリクたちには退去の挨拶などがいろいろ残っているようで、王城に滞在しているハンス王子を待ってから、下がる。それが一日仕事だというのだからすごい話である。

 後で合流はできるだろうから、それまでは申し出通り、プリュムと遊んでいたいものだった。

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