209 打ち上げ




 アグリコラも誘ってみたが、あちらは工房の皆と一緒に打ち上げがあるとかで断られた。その代わりではないが、シウたちの部屋にはレベッカだけでなく、竜騎士たちもやってきて一緒に打ち上げを行うこととなった。

 ようするに、飲み会だ。

 お酒などの飲み物に関しては宿から提供された。

 食べ物は、厨房の人たちとシウが一緒になって作り、あとはメイドたちに手伝ってもらって運んだ。

 広い居間には大人数が詰めかけて、結構狭くなっていたものの、その方が楽しいとわいわい騒がしくしていたら竜騎士が交替でやってきたりしていた。

 当番があるものは名残惜しそうに離れて行って、少し可哀想だった。


 ラエティティアは部屋を与えられたのに、何故かシウたちの部屋のお風呂を使って入っていた。

 皆が楽しく騒いでいたので一人離れたくなかったのかもしれない。

 最初は女子一人で寂しいかと思っていたが、レベッカやリリアナも来たので楽しそうだったし、彼女たちは交替でお風呂に入って、きゃあきゃあと騒がしい。リリアナはマカレナと一緒に入ったりもしていた。

「宿の付属の石鹸も良い匂いで素敵だと思ったけど、シウのこれは別格ね! 王妃様でも持ってないんじゃないの?」

「この化粧水すごいわ。潤ってる。すごい!」

「この、洗髪剤、良かったわあ。次、あなた使いなさいよ。こっちよ、こっち。それは化粧水」

 女子同士は集まると面白い。

 その会話を聞いて、男たちが目を白黒させているのも。

「なあ、俺たち、男だよな? なんであいつら、あんな格好で歩き回れるんだ? 下着じゃないのか、あれ」

「危機感ねえよな」

「騎士やってるような女は、もう女じゃねえって」

 キアヒが呆れたように竜騎士の男へ話しかけていた。

「うちのティアなんか、今ではあんなだが、昔は平気で裸の格好のままうろついてたぞ」

「まじかよ」

「羞恥心がないんだ。そのくせ、貴族のボンボンに言い寄られると鳥肌おったてて怒り心頭だしな。だったら肌を隠せっての」

 言いながら、思う存分お酒を呷っている。

 ちなみに女性たちは下着ではない。下着の上にきちんと寝間着は着ていた。ただ、男たちが言うように、危機感は持っていないようだった。

 言い換えれば、ここにいる男たちを男として認識していないということだ。

 ラエティティアからすれば彼等は皆子供だろうし(なんといってもエルフで、遙かに年上なのだ)、同じエルフでないから恋愛対象ではないようだった。

 リリアナとマカレナは騎士として男たちと共に競い合ってきたから、同僚という意識しかないようだし、レベッカはサラの娘ということで家族同然なのだろう。

 彼女たちが平然と寝間着姿でうろちょろできるのも当然のことだった。


 レオンは養護施設暮らしのせいで女性のそうした姿には免疫があり平然としていたが、リグドールはちょっと、いやかなり意識していた。

「やべえ、俺、首を見てしまう……」

 そういえば彼は確か、首フェチだった。シウは思い出して笑った。

「ところで、さっきの女性たちが言ってた石鹸だとか化粧水というのは、商人ギルドに申請したのか?」

 レオンが気になるのか、声を掛けてきた。

「したした。オスカリウス家のメイドさんたちに猛追撃受けて、ここに来る前に駆け込み申請してきたよ。最初は売れないだろうと思ってたんだけど。エミナぐらいしか使ってくれる人いなかったし」

「ふうん、そうか」

「誰かにあげるの? 試作品で良ければあるけど。要る?」

「……良いのか?」

「いいよー。どれぐらい要る?」

「できれば三人分ずつ。あ、もちろん支払いはする。……そろそろ独立するんだ、姉貴分たちが」

「餞別だね。いいよ、支払いも要らない。試作品だから」

「だが」

「僕からの餞別ってことにしたら? どうせ、レオンは別に用意してるんだろ」

「ああ。もう買ってきた。……ありがとう、シウ」

「どういたしまして」

 チラチラ女性を見ていたリグドールがようやく落ち着いて、シウたちの会話に交ざってきた。

「女子力高いのかと思っていたら、商売っ気だったのか。それにしてもよく思いつくよなあ」

「あはは」

 前世の知識も利用しているから、ズルしてる気分なので、笑って誤魔化した。

「でも、確かにシウは女性がやることを完璧にこなすな。料理も裁縫もできる」

「レオン、今時の男はそれぐらいできないとダメなんだよ」

「まあ、それは分かる。俺も神官から、独り立ちするにあたっての基本的なことは仕込まれた。ただ、それを追求しようとはしなかったからな」

「シウのは、女子力っていうより、研究バカっていうのよ」

 突然ラエティティアが入ってきた。

 ずいっと身を割り込ませて、ソファに座る。シウが座るソファの下にはフェレスが陣取っており、誰も邪魔できないから横に来たのだろう。割り込まれたリグドールはちょっと顔を赤くしていた。

「気になったらとことん調べないと気が済まないでしょう? そういう人、研究者に多いわー」

「つい最近誰かにも言われたなあ」

 苦笑したら、離れたところでレベッカが笑っていた。

「やっぱり、シーカーに行くべきじゃない? どうなの、学校の授業は」

「うん、面白いよ」

「そうじゃなくて。シーカーに行けそうなの? ってこと」

「たぶん」

「もどかしいわね。たぶん、って」

「行けますよ、シウ殿は」

 割って入ったのはシリルだった。後ろにはキリク。そしてイェルドが何故かピリピリしたムードで立っている。

「あら、シーカーに入学できるのね。良かったじゃない、シウ」

「はあ。ええと、でも――」

「聞いておりませんか? 学業もこのままで飛び級扱いして修了になるそうですし、何よりも推薦がいただけておりますからね」

「推薦ですか?」

「はい。ベルヘルト=アスムス男爵、第一級宮廷魔術師からの推薦です。陛下の推薦状もありますから、問題なく入学できます」

「……あれ、本当だったんだ」

「陛下があの場で冗談言うかっての。お前分かってなかったんだなあ」

「って、キリク様。なんで部屋に入ってきてるの。その飲む気満々な腕に抱えている酒はなに」

「仕事は終わりだ。もう嫌だ。俺もここで飲み明かすぞ!」

「シリルさん……」

「はい。そういうことでございます。あ、皆さん、ここでは無礼講ですから、どうぞお好きになさってください。妙なことになったら引きずって連れて帰ることになっていますので、お気になさらぬよう」

 にっこり笑って、シリルもその場に座ってしまった。椅子などないから、絨毯の上だ。

 いくら高級宿でふかふかの良い絨毯とはいえ、床なのに。

 シリルも疲れているのだろうか。

 同情しつつ、シリルから視線を外して後方に目をやると、イェルドがものすごく悩んだ顔をしてシウを見ていた。

「あの、大丈夫ですか? もしかして、すごく疲れてませんか?」

「え、いえ、はい、そうですね……」

 いつものイェルドではない。シウは驚いて立ち上がり、ポケットからポーションを取り出した。

「飲んだ方が良いですよ!」

 よく見ると目の下に隈はあるし、潤んだ目でシウを見下ろしている。

「上司があれだと大変ですよね。今日もお目付け役してて実感しました。イェルドさんとシリルさんはすごいです。僕には絶対無理です。ずっと一緒にいるなんて、本当に尊敬します」

「おいこら、さりげなく俺を貶してないか!?」

「さりげなくでもなく、はっきり言ってますよ、キリク様」

 スヴァルフが口を挟んでいたが、シウはイェルドに何故かがっちり肩を掴まれてホールドされていた。

「あの」

「絶対無理と? ずっと一緒にいるのは、無理という意味ですか?」

「え、はい。あの、イェルドさんの主君に対して失礼だと思いますけど」

「いえ。いいえ。……そうですか! そうなんですねっ!?」

「はあ」

 渡したポーションは飲んでいないのに、イェルドの顔がとても良くなった。ぱあっと明るくなって、人間の顔がこれほど変わるのかというほどだ。

 そして、彼は手にしたポーションを開けると一気に飲み干した。

「ああ! 気が晴れました! いやあ、気分が良い! 心なしか体も軽いです!」

 それはポーションのせいです。

 と思ったが口を挟める隙がない。

「わたしも今宵は飲むとしましょう! そうですとも。これでほぼ折衝は終わりましたし、後顧の憂いもなくなりました。いやあ気分が良い! スヴァルフ! わたしにも酒を!」

「……イェルド様がおかしくなってる」

「シウ、変な薬渡してないだろうな?」

「いいえ……普通に回復のポーションです。初級だし効き目は多少良いかもしれませんけど。普通のポーションなのに」

 ぽかんとしているうちに、イェルドも絨毯の上にどっかり座って飲み始めた。礼儀作法にうるさい人がやると、本当に青天の霹靂だ。飲んでいた竜騎士たちも唖然として見ている。

 ただ、事情を知らないキアヒはそうでもなかったようで、

「あんた、良い飲みっぷりじゃないか。気に入った。さあ、飲め!」

 とぐいぐいグラスに継ぎ足していた。

 なかなかの、カオスだった。

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