208 闘技大会終了
武器無しの試合ではゾエスト=オッフェンバッハという男が優勝した。重戦士という肩書で、重たいのかしらと思っていたらフットワークの軽い、素早い動きだ。
体つきは大きく、筋肉おばけのようだったのに、足腰をよほど鍛えているのか飛ぶように跳ねている。
後で知ったのだが、重戦士とは重装歩兵とも言って、重い鎧などを着こんで戦うらしく、重量級の戦い方をすることから戦場でも歩兵の中では要となるそうだ。
試合なので鎧を練習用の軽いものにしているらしく、それで動きが早かったのだと教えてもらった。
ちなみに教えてくれたのはスヴァルフで、ものすごく笑われてしまった。シウの知識は相当ちぐはぐらしい。
最後に団体の決勝戦があった。
最後にするからには人気があるのだろう。確かに決勝戦が始まる前の闘技場はものすごい熱気に包まれていた。
キリクも身を乗り出して見ている。
「女の、魔法使いか。だが魔法はこの大会では大っぴらに使えん。防御や仲間の身体強化ぐらいだろう。どうやるのか」
ぶつぶつと呟いて勝敗を予想している。
ふと、気になってデジレに小声で聞いてみた。もちろん前を向いたままだ。デジレもこちらに視線を向けずに答えてくれた。彼はキリクほど集中していなかったようだから、こうしたお喋りにも付き合ってくれる。
「魔法使いの競技ってあるの?」
「あるよ。一度、連れて行ってもらったけど、面白かったよ」
「面白いんだ? ふうん。どんなのだろう」
「ラトリシア国で数年に一度あるから、機会があれば参加してみたらどうかなあ」
「や、参加はいいです」
「なんで敬語なの」
と言ってデジレは笑った。
それからチラッとシウを見て、また闘技場に視線を移す。
「シウなら勝てると思うんだけどなあ」
「やだよ。そういうの苦手なんだ。だって、戦いでしょ?」
「うん」
「せめて技術開発展とか、品評会なら分かるんだけど」
「戦うの、嫌なんだね」
「うん。人相手なんて、悪趣味だと思うけどなー」
と話していたら、試合がほぼ終わりへと向かった。
「その悪趣味な試合を、今見てるんだがなあ」
キリクが伸びをして、立ちあがった。
「あれ、もういいの?」
「終わったろ。あれは、女のリーダーがいるパーティーが勝ちだ」
「カルドゥスというパーティーですね、キリク様」
「名前まで覚えてねえが。なんだ、デジレ、賭けてたのか?」
「賭けてません!!」
「……じゃあ、女か? でもあんな強ぇぇ女、やめといた方がいいぞ?」
本気で心配顔のキリクに、デジレは半眼になって睨み付け、イェルドばりに説教を始めてしまった。
シウは慌てて、その場を離れ、廊下で待機することにした。
そこならお目付け役をサボったことにはならないだろう。たぶん。
そうして、廊下には説教から逃れてきた騎士が一人二人と増えていった。
お昼を挟んで、午後から優勝者のお披露目と賞金授与式、最後に閉会式が行われるということで、貴族が利用する食堂に付き合うこととなった。
お目付け役は案外面倒くさいものだ。
イェルドやシリルを尊敬する。
もちろん、その下で働くレベッカやデジレもだ。
ところで、食堂ではデルフ国ご自慢の郷土料理が出てきた。
美味しくないわけではないのに、どうしてもやはり馴染めない。キリクなどは最初から少量しか頼んでおらず、皆、沈痛な面持ちで食べていた。
午後になると、シウはお役御免となった。
王城からイェルドたちがやってきたからだ。イェルドたちというより、シュタイバーンの一行と言えば良いのだろうか。
この度の紛争解決合意に赴いてきたハンス王子が、国賓として臨席し、デルフ国の王が閉会式を執り行うということで、重要人物達が一堂に会したわけだ。
当然ながらキリクも立ち会わねばならず、嫌々檀上に向かった。
シウは、デジレと共に下がって、一般席に混ざって見ることにした。
司会が、優勝者には金貨が贈られると言って、用意したビロード張りのテーブルの上に並べていた。
「優勝者は金貨五百枚だって」
「でもデリタ金貨だよね」
とはいえ大金だ。村なら三年は軽く暮らせるし、王都で散財しながら暮らしても一年は保つ。
「《副賞は仕官か、ミスリルなどの鉱物から選んでもらう》」
拡声魔法で伝えられて、闘技場は大騒ぎだ。
毎年のことなのに、これほど素直に喜んでもらえるのは嬉しかろうなと思ったが、違った。
「仕官なんて、誰がするんだよって言ってるね」
デジレがこそっと教えてくれた。
言われてみると、皆そこかしこで囁いている。他には、仕官を副賞にするなんて、よほど兵が足りないのか。徴兵が始まるかもしれん、と不安そうな声もあった。
元々軍国主義寄りで、戦い好きらしいから有り得ない話ではない。
「優勝者が次々と鉱物を選んでいってるぞ」
「委員の奴の顔が、真っ赤になってる。ははは」
と、小声ながらもざわめいていた。
結局、四組ともすべて、副賞は鉱物を選んでいた。ミスリルなんて赤子の握り拳にも満たないのに、そちらを選ぶぐらい、仕官が嫌だと言うことだ。
それぞれの紹介も終わり、最後に国王の挨拶で閉会式が行われた。
顔を見るからには好戦的とも思えないが、人は見かけによらないというし、国というものはちょっとした流れでどうにもでも変わるものだ。
この国を国王のみが動かしているわけでもないし、彼だけを見て判断はつかない。
ただ、これがあの王子の爺様になるんだなあと、思っただけだ。
閉会式が終わったら、シウとデジレはレベッカに連絡だけしてキアヒたちと合流した。
打ち上げ会をすることになっていたからだ。
昨日もお疲れ会をやったのだが、それとこれとは話が別らしい。
「ただなあ、場所がないんだよ。いつものところはもういっぱいらしくて」
「今日が最後だから、節制していた奴らも繰り出すんだろうね」
「じゃ、どうしよう」
「俺たちの泊まってるところは、無理だろうな。部屋が狭いし、食堂はいっぱいだ」
「うーん」
思案しつつ、デジレをチラッと見てから、彼が頷くのを待って通信を入れた。
「(キリク様ー、シウです。お願いがあるんですけどー)」
「(……嫌な予感しかねえ『お願い』だなあ。なんだ?)」
「(友達を宿に招待していいですか? 打ち上げで、飲める場所がなくて)」
「(……未成年なのに飲むのかよ!)」
「(僕は飲まないよ~。食べる専門、作る専門だから。いいですかー?)」
「(勝手にしろよ。別に友達呼ぶなとは言ってない。なんなら、階下の部屋が余ってるようだから泊まってってもらえ。構わんぞ)」
「(わーい、ありがとうございます)」
「(……棒読みだな、お前。ていうか、楽しそうだなあ。ちぇ。じゃあ、勝手にやってろ。イェルドには言っておく。ブラーケにも言っておくから自由にしろ。俺はこの後、地獄が待ってるってのに……)」
なんだか声が煤けていた。
ちょっと可哀想に思ったものの、シウは振り返って皆に報告した。
「場所が提供できるみたい。ご飯も厨房の人と僕で作れるし。お酒は頼んでも良いし、持ち込んでもいいし」
「……よっしゃ、決まりだ。行こうぜ」
「いいの、キアヒ?」
ラエティティアが気に掛けていたけれど、キアヒはおう、と元気よく答えてにやにや笑った。
「貴族の泊まる宿で飲み明かすのも楽しそうじゃないか」
「まあ、そう言われるとそうね」
「高級宿なんて泊まったことないから、俺も行くのは楽しみだな」
「あ、キルヒ、なんだったら泊まっていって良いって。念のために全部貸し切りにしていたみたいなんだけど、今回は駆け込み貴族がいなかったらしいよ」
「ああ、二重予約のあぶれ者かあ。あれ、保険かけとかないとダメなんだよ」
「保険?」
キルヒがそうそうと頷いた。
キアヒたちはもう歩き始めている。
「手付金を払っておくとか、こっちも二重予約を掛けておくとか、さ。貴族って矜持ばかりでそういった知恵はないんだよなあ。で、下位貴族ほど失敗するという、ね」
「へえ」
「今回はそうしたバカがいなかったってことか。俺たちには幸運だったな」
キアヒが振り返って言うと、グラディウスが、荷物はどうしようと呟いた。
「置いといても大丈夫だろ。前払いしてるんだ。一々荷物を移動させるのも面倒だし」
「大抵のものは揃ってるから足りないなら、宿で言えば良いんじゃない」
「ねえ、お風呂はあるの?」
「あるよ。部屋についてる」
「きゃあ!!」
ラエティティアは狂喜乱舞してる。彼等の泊まる宿には風呂がないらしい。浄化は使えても、お風呂にゆっくり入るのは別問題なのだろう。シウも同じタイプなので彼女の気持ちはよく分かった。
「ティア、石鹸とか化粧水とかも僕持ってるからね」
「……出た、女子力高い発言」
リグドールが謎の言葉を発して、一行は宿へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます