207 闘技大会最終日
闘技大会の最終日、キリクは絶対に仕事はしないと言い張って、宣言通り会場へ足を運んだ。
貴族席に座るとようやく子供のように目を輝かせて闘技場を見下ろしている。
そのため、シリルとイェルドが王城に行って調整をしているそうだ。
何故か、お目付け役を頼まれたシウが、キリクと共に座っている。
可哀想に思ってくれたのかデジレも一緒だ。一応、リグドールたちと観に行っていいよとは言ったのだが、自分はシウ付きだからと、律儀なことである。
レベッカもいないので、シリルたちからすればキリクを一人にさせておくのが不安だったのだろう。
本当は当番で言うとこの日は休暇だったのに、スヴァルフもお目付け役に任命されていた。どのみち試合を観戦するつもりだったからいいんだよと、肩を竦めている。
「お子様たちはどこか一般席にでも行ったのか?」
「良い場所があって、そこに張り付いてると思うよ。あ、キリク様はダメだからね」
「……ちぇ」
拗ねる姿が子供そのもので、スヴァルフが小声で、良い歳したおっさんが、と呟いている。シウは賢く黙っていた。
「おう、ところで、帰りの便だけどな」
「うん」
「お子様たちだけ、先にリリアナ班で帰らせる。予定通り明日の朝に出発だ」
それは聞いていたので、シウは黙って頷いたのだが。
「お前は居残りな」
「えーっ?」
「えー、じゃねえよ。後始末していけよ。ていうか、してください、ほんと」
「報告書は書いて提出したよ。今朝だけど」
「シリルが感心していたぜ。どうにかしてうちの秘書に取り込めないだろうかってな」
「い、嫌だ」
嫌すぎると震えたら、隣でデジレが苦笑していた。その見習いをしているのだから困ったのだろう。
「ま、それは無理だろうって、イェルドも言ってたしな。シリルも冗談半分だろうよ。で、後始末についてだがな。報告書のみならず本人にも面談したいんだと。今度は『聴取』じゃなくて『面会』にすると言ってたぜ」
「王子が? お礼を言いたいとは、別れた時に聞いたけど」
「それもあるな。救助されて、しかも他国の人間にだ、何もお礼しないってのは大問題だからなあ。ましてや俺の被保護者だ」
「昨日、シリルが言ってたよ。一発逆転だったって。詳しく聞いたら怖いから、聞かなかったけど、あ、言わなくていいからね!」
開こうとしたキリクの口を慌てて両手で押さえた。
今日の警備担当マカレナが、小さく「きゃあ」と声を上げた。
「うん? どうした」
キリクが振り返り、シウもそちらを見たのだが、彼女は何度も首を横に振っただけだった。
スヴァルフだけが事情を知っているらしく、なんでもありませんと苦笑していた。
その後ろでマカレナが「違うと分かっていても怪しく見えるから恐ろしいわ」と呟いていたが、意味は分からなかった。
そうこうしているうちに、準決勝戦が始まった。
武器無し、団体という順番で行われる。
「時間調整のためとはいえ、武器無しと団体組は疲れが残りますね」
デジレがマカレナに話しかけていた。マカレナはこの試合には興味がないのか、そうよねーと気のない返事だ。彼女は飛竜の競争があればそれに参加したいと返していた。
会話になっていない二人に、シウは話しかけた。
「飛竜の大会も、あるんですよね?」
それなら興味がある。試合というよりも、飛竜たちを見る、という意味においてだが。
「あるわよ。昔は闘技大会に合わせて催されていたけれど、今は時期を分けているわね。大体、持ち回りで各国が開催するの。ただ、毎年じゃなくて、適当なのよね」
「ばーか、適当なんじゃねえぞ」
キリクが試合を観つつ、話に交ざってきた。が、続きが出てこない。目が試合に釘付けなのだ。話すなら最後まで話してほしいものだ。
助けてくれたのはスヴァルフだった。
「戦争とまで行かずとも、小競り合いでもあったら即中止になるんだ。特にその年の開催国に紛争があればな」
「あ、そうだったんだ? 知らなかったわ」
「お前はもうちょっと他国の事情を勉強しろ」
お小言をもらうマカレナを助けるわけではないが、シウは気になって手を挙げた。
「はい! じゃあ、戦争になれば当然、なくなるよね?」
「もちろん。ただ、その戦争を起こさせないための、措置でもあるんだよな」
「……ああ、そういう。フラストレーションの解消かあ」
「フラストレーションって、なんだ、どっかで聞いたことあるが」
「あー。えっと、欲求不満という意味だったかな。こう、積もりに積もった憤懣だったり不満を、人は溜め込んでいると攻撃的になるよね? それらの人が合わさると相乗効果をもたらしてしまって、国単位になるとその矛先が戦争へと向かうわけ。あ、人が向かわせる、といった方が正しいのかな? で、そういう気持ちを、別のものを使って解消させるって話」
「解消させる、か。なるほど。分かり易いな」
スヴァルフが納得して頷いていると、キリクが振り返った。
「お前、ほんと、うちへ来いよ。頭の良いやつがいると、俺が楽だ」
「嫌です」
「即断かよ。ちょっとは考えろっての。なんだったら、俺の養子に――」
「イェルドさんに怒られますよ」
「……ていうか、あいつ最近ほんと、おかしなことを言うんだよなあ」
首を傾げながら、また試合を見始めた。
今度はキリクに聞こえないよう、小声でマカレナと話をした。
「飛竜で、どういった競技をするんですか?」
「主に速さを競うの。あとは調教比べね。どれだけ言うことを聞くか。それと、荷運びの正確さだったり。障害物競技や、美しさを競ったり。楽しいわよ」
「へえ」
「そうだ、それに合わせて騎獣の試合もあるわよ。同じく、速さを競うのよ~。ただ、階級別にしてあげないと下位種の子は可哀想なのよね。負けて、しょげてる子を見たら、こっちまで泣きそうになるの」
「うわ、僕も泣くかも」
「絶対勝てないのにね。特に聖獣が出てきたらダメ。あれは反則よう」
「僕、この間初めて聖獣見ました。ちっちゃい子だったけど、可愛かったです」
「そうなのよ。小さい時はほんともう可愛いんだけど、成獣になったらこう、貫録ありすぎて怖いわね、あれは」
うんうんと思い出しながら語ってくれた。
ところでこの会話の最中、フェレスはぶんむくれだった。
絶対勝てないとか、小さい聖獣が可愛かったとか、大人になったら貫録あるだなんてことが全部気に入らなかったようだ。
「にゃ、にゃーにゃにゃにゃ。にゃー。みーみぃ? み゛み゛み゛んぎっ」
かつもん、ふぇれのがかわいいもん、ふぇれはりっぱでおおきくてこわくないもん! ということらしい。
最後は可愛く鳴こうとして失敗したようで、しばらく、もぎゅもぎゅと妙な鳴き声を上げていた。
すべての準決勝戦が終わると、すぐに剣の決勝戦が始まった。
なかなか白熱した戦いで、魔法はほぼ使われずに剣技のみで試合は続けられた。
グラディウスを倒したクレーフェは、良い剣を使ってはいるが強化などの魔法は施していない。彼自身の鑑定をすると魔力量は割とあるし、魔法も使えるようだが敢えて封印しているようだった。
対戦相手の男は途中から劣勢になり、とうとう剣に炎を添わせていた。
グラディウスのトニトルスは雷だが、同じように剣に添わせて撃つことができる。相手の男もそれを狙ったのだがルール上は微妙だった。審判が止めに入ろうとしたようだが、クレーフェはそれを制して、向かい合い、真正面から打ち合った。
炎の弾が飛んできても剣で切り裂いて捌いた時にはシウも驚いた。
「わっ、すごい。炎が切れた」
「……本当にすごいと思ってるのかあ? なーんか、のんびりした言い方だなあ」
キリクが苦笑しながら、あいつやるなあと感心していた。少し身を乗り出して、真剣な表情で見ている。
「まだまだ余裕があるし、やっぱり前評判は正しいってことか」
「キリク様、賭けには負けましたね」
「大番狂わせを狙ってたのになあ」
「賭けてたんだ……」
何やってんだと思って半眼になっていたら、スヴァルフとマカレナ、他の騎士たちも懐から紙を取り出している。
「俺、勝った」
「わたしもー。でも倍率低いから、あんまり嬉しくない」
ダメな大人たちがいた。
オスカリウス家最後の砦に目をやると、デジレは微笑みながら怒っていた。
「皆さん、ここに成人前の子供がいることをお忘れですか? 神聖な勝負に賭け事など持ち出して!」
「……すみません」
キリクは聞こえないフリをして、残りの人はひたすらデジレに謝っていた。
結局、剣の組ではクレーフェが優勝した。
次に武器全般の組の決勝戦が始まり、こちらも大いに楽しませてくれた。決勝戦ともなるとやはり強い者同士だから、動きも洗練されており見ていて安心なのだ。
予選の時はハラハラして見ていたから、ホッとできる。
そういったことを言うと、キリクに変な目で見られたので、その後は黙って試合を見ていた。
そして、武器全般の組はガルムトという槍使いの男が勝った。リグドールやレオンの言う通りだった。
「槍って便利そうだなあ。短槍持ってみようかな」
色々引っ掛けられて使い勝手が良さそうに見えたから、そう呟いたのだが、キリクは鼻で笑った。
「やめとけって。使い慣れた武器の方が良い。大体、お前には旋棍があるだろうに」
「あれ、武器じゃなくて防具なんだけどね」
「伸びる先は? あれで打つんだろ? でも、殺せはしないんだよなあ」
「だよね。もし魔法が使えなくなったら、あれでは大型の魔獣は倒せないわけだし。やっぱりちゃんとした武器がいるかなあ」
「……お前、おっそろしい武器を幾つも持ってるくせに、よくそんなことを。大体、魔法が使えないってことはそりゃあ体力もねえってことだろうが。武器なんて持てねえよ」
と、一笑に付されてしまった。
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