220 薬草学の話と戦略科の話
「何事も、過ぎたるはなお及ばざるが如し、だよ」
「……どういう意味?」
固まってしまったクラスメイトたちを見て、シウは慌てて言い直した。
「何事もね、度が過ぎることは、足りないことと同じくらい良くないということ、という意味です」
ああ、なるほど、と皆が頷いた。
「良いものも取りすぎては毒になる。だから、何事もほどほどにね」
そう言ってから、化粧水などを並べる。
「組み合わせ次第では新しい商品ができるし、薬草学はその基礎となるから面白いんだよ」
「薬草というと怪我や病気のものってイメージがあったけれど、そう聞くと楽しそうだわ」
「薬草は体に良いものの総称に近いからね。あ、そうだ、これを見て」
魔法袋から新たに葉の束を出して、皆に見せる。
「ここだけの秘密ね。これは貴重な一冬草という薬草で、最上級薬の素材になるんだ。とても珍しくて採取が難しいから奇跡草とも呼ばれている。この薬草学の本の最後にも書いてあるから後で読んでみて。これの主な成分は回復で、死にかけの人を蘇らせるほどだと言われてる。そんなにすごいなら欲しいと思うよね?」
「う、うん」
皆、驚きすぎて呆然としつつ凝視していた。
「でもね、これは強すぎて、使用するにはものすごく注意が必要なんだ。間違って、そのまま口に入れると魔素の暴発を引き起こす。……つまり、死に至ることもあるんだよ」
そう言うと、全員が後退った。
シウはゆっくりと皆を見回した。
「……万が一の時に、知識を知っているのと知っていないのでは、全然違う」
誰かがゴクリと唾を飲み込んだ。
「貴重な薬だから飲んでしまえば助かる、だなんて考えてはいけない。使い道を誤るととんでもないことになる。火蠍の尾は猛毒だけれど、ある薬草を足すことで中和されて上級の麻酔薬となり、苦しみから解放してくれる薬になるんだよ。毒も薬も、同じものなんだ。薬草学もそうだけどね、知識って、人生に意外と役に立つものなんだよ。たとえば、この間の演習でも、そうだったよね?」
シンとした教室に、ようやく衣擦れの音がした。
「そうだったね。学校で習うことに無駄なものはないって思ったよ」
アレストロが口を開くと、次々に皆が喋りはじめた。
「あの時は、なんでもっとちゃんと勉強してなかったのか、後悔したなあ」
「君たちは良いじゃないか。僕等は大変だったんだぞ」
セヴェリが文句を言う。
「そうなのか? でも、早々に野営地まで戻れたって聞いたけど」
「這う這うの体でな。皆、怪我はしてるのに薬草が足りなくてさ。治癒師は重傷者の治癒で精一杯だからとても俺たちまで手が回らなかったんだ」
「そうなんだ。でも、生徒に重傷者はいなかったよな?」
リグドールが聞くと、セヴェリが深刻そうな顔で答えた。
「ほら、ヒルデガルド=カサンドラ嬢のところの護衛。生徒を助けて野営地まで戻ったんだ。命を懸けてな。だから貴族の子でも、文句は言わなかったよ」
「そうかあ」
「……あの時、森にはたくさんの薬草があるはずなのに、俺たちは誰一人としてそれを薬にできなかった。それが情けなくて。先生たちはそれどころじゃなかったし」
「生徒を集めたり守るので必死だったんだろう?」
「そうだよ。アルゲオさんは先生の代わりに一年生をまとめていたな。ああいうのを見ていて、自分が何もできないのがすごく情けなかった」
「ふうん。だから、今回の補講にも参加したのか? 自主的にやるなんて偉いよな」
「……まあ、な」
照れ臭そうにセヴェリは頭を掻いて、シウに向かった。
「ありがとう。おかげで思い出したよ。薬草学はとにかく先生がずーっと本を読んでいるだけだから、覚え辛くて。でも、こうしてそれぞれの役立つ薬を見てると、薬草ひとつずつを覚えるのも楽しみになる」
「うん。組み合わせを考えたりすると、また覚えやすくなるよ。みんなで暗記競争するのも良い手だと思う」
「あ、そうか。それいいな」
リグドールが賛成し、その後は、一枚ずつ分けてカードのようにし、種類別にしたりして覚えやすい方法を模索していた。
時間が多少押したものの、次は、小さい中庭で魔法実践をやることになった。
実際に魔法を使う授業だから、併せて戦法戦術を混ぜて行う。
これは楽しみながらやった方が良いと思ったので、ゲーム感覚で遊ぶことにした。
「ゴムで作った風球を飛ばすから、どんな方法でも良いので取ってみて。潰しても良いよ。ただし、数が分かるように拾っておくこと。一番多い人が勝ちで、競争しよう」
俄然やる気になったようだ。
女子たちは戸惑っていたが、撃ち落とすのではなく、取れば良いのだと念押ししたら、考え込んだ。
「パーティーを組んでも良いのかしら」
「もちろん。魔法を使う、それだけを遵守してくれたら、後は何してもいいよ」
と言うと、それぞれが話し合いを始めた。
やがて、数人ずつでパーティーを組んだり、一人で張り切ったりと、競争を始めた。
風球はシウの魔法により不規則に動くものだから、皆が大慌てだ。
間違って素通りさせ、火の攻撃魔法が対面にいた生徒に当たりそうになる。
それを防御が得意な女子生徒が防いだりした。
「そっか、こういうことにも気を遣わないといけないのか」
「ねえ、攻撃魔法の威力を調整するのも大事じゃない?」
ヴィヴィが皆に聞こえるように言った。
「さっき節約のことも習ったでしょう? こうした時に、高い威力は必要ないもの。調整していた方が、自分の魔力量を温存できるうえに、間違って仲間を傷つけたりしないわ」
「そうだね。大変だけど、威力を落としてみようよ」
競争しつつも、分かったことはそれぞれが口に出していく。
段々と連携も取れ始めて、女子パーティーも風球を奪えるようになっていた。
それぞれ小さい魔力量しかないが、一人が風属性で壁を作り、そこにもう一人が風属性で空気の流れを作る。そうして連携しながら道を作り、手元に引き寄せるのだ。
アレストロは威力を弱めた小さ目の片手洋弓で、回収はヴィクトルが空気砲を使って端に飛ばすというやり方をとっていた。
皆、それぞれに独自の方法を使って競い合い、楽しそうに授業を終えた。
足りないものがあっても仲間を作り補い合うのは良いことだ。
そのことに、皆も気付いたようだった。
午後は戦略科の授業で、今回は全員が揃っていた。
「演習の時にも分かっただろうが、我々が勉強する戦略というのは事前に調査しあらゆる想定をした上で計画を立てるもので、どんなにやっても足りるということがない。事実、想定外と言われることが、あの場で起こった」
エイナルが皆を見回して、しみじみと語った。
「まさか魔獣のスタンピードが起こるとは、という言葉を一体何度聞いたことか。わたし自身も驚いた。そんな自分にも驚いたよ。平和に慣れ切っていたのだな。戦略科の教師として恥ずかしい」
「先生、ですが、この科は元々は軍としての考え方を学ぶものとしてあったのですから、対魔獣にまで考えが及ばずとも仕方ないのでは?」
エドヴァルドが生徒会長らしい気遣いを示したが、エイナルはいいやと首を横に振った。
「魔法学校の、授業なんだ。これが学院ならそれも分かるがね。いや、しかし、そういうことを言いたいのではない。これからは、わたし自身も含めて、戦略についてみんなでよくよく考えて行こうと思う。とはいえ今後、学校の演習という目的があったとして、魔獣スタンピードに関する項目は取り入れないだろう。それだけ確率の低い問題だった。しかし、戦略科で学ぶ者として、頭の隅に入れておくことはできる。計画立案の際に、そうしたことを踏まえていたら、いざ事が起こった時に応用できると思うんだ」
「はい」
皆、神妙な顔で頷いていた。
「大袈裟なことでも、一度は思いついてみる。盤ゲームのように、何手も先の事を考えてみよう。そうした思考を普段から作ることで、今後どのような人生を歩もうともきっと役に立つだろうからね」
全員揃ってから教師として改めて伝えたかったようだ。
何故今頃と思ったが、エイナルの次の言葉で理由を知った。
「残念なことにヒルデガルド=カサンドラ嬢が退校したことは、皆も知っていることと思う。学校側として処分はしなかったが、問題があったことは分かっていた。だから彼女からの申し出を断ることはしなかった。貴族の子たちもいるのでこれもよく知っているだろうが、社交界でも話題になっているようだね。避暑の間に行われる各家へのパーティーからも締め出されていたようだ。君らは同窓だったので気になっているだろうから、伝えておくが、彼女は重い罪を犯したわけではない。ただ浅はかで愚かだっただけだ。しかし、これは、他の生徒たちにも言えることなのだ。もちろん、このわたしにもそうしたところはあった」
一旦止めて、エイナルは生徒たちを見回した。
「……彼女は不運だったのだと思う。もっともやってはならない時に、彼女の一番悪い面が出てしまった。それに巻き込まれた護衛は更に不幸であったがね」
更に視線を動かして、エイナルはシウを見た。優しく微笑んでから、また生徒たちひとりひとりを見る。
「君らのうちの誰かが同じようになっていたかもしれない。そのことをよく噛み締めて、これからの学生生活を真面目に過ごしてほしい。彼女はもうこの学校でそれを行うことができないのだから」
シンとした教室に、なんとも言い表せない余韻が残った。
空気を換えるために、エドヴァルドが手を挙げて発言した。
「彼女も後悔しているでしょうし、このことで反省もしているでしょう。ここ最近の社交界のいじめのような対応にはわたしも辟易していますし、同じ科目を勉強する仲間だったので何かあれば手助けしてあげたいと思います」
「ああ、そうしてやってくれ。君がしっかりしてくれるので、本当に助かるよ。さて、では、授業を始めよう。今日からは計画立案に必要な報告書の取捨選択について、だ」
普段は話を聞いていないような後ろの席の生徒たちも、エイナルの授業が始まった途端に真面目な態度になっていた。いつもは聞こえてくるざわめきもなく、この日の授業は静かに続いた。
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