221 授業の手伝いと兵站科




 翌日の水の日も朝から学校だ。

 飛び級してしまったから授業を受ける側ではなく、授業の補助に駆り出された。

 一年生相手だとお互いに気を遣うかもしれないということで、高学年クラスの授業に顔を出した。

 ようは、マットの手伝い、補助の補助だ。

「先生、今日はちっこいの連れてきてるんだな」

「マットが従者持ちかよ! おい、いっちょまえにローブ着てるぞ」

 まあ、言いたい放題である。

「先生、舐められてない?」

 心配になって聞くと、マットは苦笑いだ。

 生徒と年齢が近いので本人はフランクのつもりらしいが、どう見てもバカにされてる感がある。

 担任として着任した時の挨拶が角ばっていたのは、どうやらこのへんに理由がありそうだ。

 シウも苦笑しながら、授業の手伝いをした。


 その授業は戦法戦術科の上級で、同じく補助の先生が付いていた。久しぶりに見るが、ケルビルだった。

 戦法戦術の初級を習っている頃に、生徒たちを差別して苛めていた教師だ。降格になって補助に回されたと聞いていたが同じ戦法戦術科だったようだ。

 マットもケルビルも火系統の攻撃魔法を使うので、魔獣対策の勉強をするのに向いているのだろう。魔獣には火を扱うものも多いのだ。

「シウ=アクィラだな。マットから聞いてるぞ。生徒なのに手伝わせて悪いな」

「いいえ」

 戦法戦術科の上級クラスを教えているグランドという教師は、気さくな感じで明るかった。鼻の下にだけ髭を生やしているが嫌味ではない。また、珍しく短髪だった。

 シウがにっこり笑って挨拶すると、彼も軽い調子で返してくれた。鑑定すると、特に秀でたものはないが、風・火・水・土・無・闇と、使える基礎属性魔法が多かった。レベルはそれぞれ二しかないが、魔力量が五十二もあり、工夫次第でいろいろできそうだ。

 事実、彼の肩書に「戦法の達人」とあった。

 それにしても隻眼の英雄といい、この世界の二つ名はどこか恥ずかしい。

 もう大分慣れてきたが、たまにシウの方が恥ずかしくなって赤くなってしまう。

「うん? どうした、顔が赤いぞ」

「あ、いえ。ええと、達人に会えたので」

「おっ。俺のことを知っているのか? 嬉しいなあ。ん? でもマットが言ったんだろう? アイツの言うことは話半分だからな。じゃ、今日の授業の内容だが」

 マットとは仲が良いようだ。シウは素知らぬ顔をして、授業の補助について話を聞いた。


 ところで、ケルビルは嫌々参加しているらしく、グランドの説明の趣旨を理解していないようなところがあった。

 ただ命じられるがままに動いており、そのため連携に欠けていた。これならば昨日の午前に一年の生徒たちがやっていた連携の方が遙かに上だ。

 マットはグランドの趣旨を理解しているが、生徒やケルビルに振り回されて若干大変そうだ。

 シウはと言えば、なんでもやれるバイプレーヤーとしてちょこまか動いていた。

 ようはグランドの召喚獣みたいな役割である。

「あっちに泥水を作っておいてくれ。壁の方は強度を弱めに」

「後ろに罠でも張りますか?」

「おう。そうしてくれ。……あんまりひどいのはなしだぞ?」

「分かってますよー。まさか生徒たちに怪我を負わせるようなのは作ったりしません」

 笑うと、グランドはやれやれと肩を竦めた。

「お前の方がよっぽど物分かりが良いな。ケルビルは本気の罠を作ったぞ……」

「それはまた」

 呆れつつ、ケルビルが今、命じられたことしかしないのも分かる気がした。グランドに、それ以外やるなと厳命されているのだきっと。

「あー、でも助かるわ。毎回新たな訓練場を作るのが大変でな。ケルビルやマットに適当な的をやってもらうのも、生徒が飽きるしさ。練習用の地下迷宮が欲しいよ」

「作っちゃ駄目なんですか? 最初から可動式にしておけば、迷路も変えられますよ」

「……いや、でも、そう簡単に造れんだろう?」

 ちょっと興味を持ったような顔で、グランドがシウを見た。

「だって。岩石魔法とか土属性を持つ生徒も多いのに。勉強がてら掘ってもらって、補強は木属性と金属性持ちの子、生産魔法でなんとかなるだろうし。あと、壁も可動式にすると最初から決めていれば、同じ大きさのものを大量に用意すればいいだけで、意外と簡単じゃないですかね?」

 グランドの目が大きく開く。

「闇属性持ちの生徒に罠を仕掛けてもらって、っていう風に生徒の勉強にもなるから、結構面白い授業になりそうな気がしますけど」

「おお、おお! それ、いいな!」

「人間の作った迷路なら、安全対策も最初から付けられるから安心ですしね。あとは魔獣役だけど、こっちは魔道具で幻視にしたり、仕掛けはいくらでも考えられますよ」

 そこでグランドに肩を掴まれた。

 がくがくと揺さぶって、シウの顔を覗き込む。いい大人なのに、子供みたいな笑顔だ。にかっと笑って、シウを抱き締めた。

「俺は、ひとめぼれは信じない派なんだが、今日から信じるとしよう! シウ君よ、俺は君が大好きだ!」

「ギャー、グランド先生、それはダメです! それはダメ! 生徒に愛を囁いちゃダメー!」

 マットが異変に気付いて駆け寄ってきて、慌ててグランドを引っぺがしてくれた。

 どう見ても冗談だと思うが、確かにむさ苦しい髭親父に抱きつかれても嬉しくはない。これがフェレスなら、可愛いのだが。

「はっはー。愛も囁きたくなるというものだ! ようし、じゃあ場所を決めて、あ、学院長に申請しないといかんな。シウ君、報告書は任せたぞ! あと設計図もだな。ああ、マットは生徒の資料集めだ。授業に取り入れんとならんから、先生たちにも話を通して、と。それはケルビルに任せようか」

「……それ、面倒なの全部人任せにしてませんか?」

 半眼になって聞いたら、グランドは冗談だよと言って高笑いした。

 どうも嘘っぽくて、更にじとーっと見ていたら、手を振って慌てながら、ちゃんとやります! と敬語になって答えていた。


 練習用の地下迷宮なんてすぐには作れないので、この日は仮の練習場を急いで作って生徒たちの攻撃を翻弄したり、的役になったりと三人で補助をこなした。

 高学年にもなれば攻撃魔法の精度も高くなっているので、的を作りつつ逃げるのは結構大変そうだった。

 さすがに一年生のシウに対してあからさまに「的になれ」とは言われなかったが、時折、間違ったと称して何度か攻撃は受けた。

 もちろん、回避したけれど。

 グランドはあんな態度の人だが、そうしたことには目敏く気付いて、攻撃した生徒を集中的にいじめ、もとい教育的指導していた。マットも一緒になっていたのでその連係プレーには笑った。

 マット自身がグランドの元生徒で、庶民出身ということでいろいろあって助けられたこともあり、今でも頭が上がらないということだ。

 同じ教師になったのに、いまだに扱き使われているのはそのせいらしい。

 そうした話は、授業内容の総括として生徒たちを集めてグランドが説明しているときに、聞いた。補助の三人には関係ない時間だったので。

 ちなみにその間もケルビルは一人でくさっていた。基本的にやる気がないのだろう。

 授業終わりのチャイムが鳴ると急いで広場から離れて行ったぐらいだ。


 その後も、グランドやマット関係の授業を手伝い、昼休みは人工地下迷宮造りの素案を書いたりして過ごした。

 午後は初めての兵站科クラスだ。

 高学年のクラスがある別棟には何度も来ているが、小さい子がいると、いつも遠巻きにされるのであまり気分の良いものではない。

 しかし、兵站科の教室に入ると、ものすごく歓迎された。

「あれ?」

 教室を間違えたのかと思ってしまったぐらいだ。

 と言っても、他にシウを歓迎してくれる人がいるかといえば、それはないのだけれど。

「間違ってない、ここだよ」

 教室案内のプレートを何度も見ていたら、見知った顔が出てきてくれた。

「ディーノ先輩」

「やあ、久しぶり。このクラスに来てくれて嬉しいよ」

「いえ」

「指揮科と取り合いだったからね」

「そうなんですか?」

 マットのあれは冗談だと思っていた。

「クレールが君を欲しがって。あそこの取り巻き連中も何故か君のことを褒めていたし、青天の霹靂扱いされていたよ」

「ああ……餌付け? したからかなあ」

 半分冗談だったのだが、ディーノは一瞬唖然としてしまった。

 その後で大爆笑してくれたので、良かったが。

「うん、うん。そうね。そう。ははは。とにかく、歓迎するよ。ようこそ、兵站科へ」

「こちらこそ。よろしくお願いします」

 と、集まってきた他の面々にも頭を下げた。


 教師のヴァレンが入ってきて挨拶した時もだが、ヴァレン自身からも、とにかく歓迎の意を表された。

 どうも、欲しがっていた指揮科から奪えたのが嬉しいようだ。

 複雑な感じだ。

 もちろん、シウに対して優しく接してくれるので、有り難いことではある。

「兵站科って指揮科と仲が悪いんですか?」

「以前はね」

「……本物の軍じゃあるまいしと思ってるだろー?」

 ヴァレンとディーノが同時に話して、二人して顔を見合わせて笑う。

「大昔から、そういうものだと、決まってるんだよ」

「そうそう。良い指導者は良い兵站家でもある。つまり、仲が良かったり、一人で担っている場合は、上手くいくのさ」

「奥が深いですねー」

「それをすぐに分かってくれる君も、深いよ!」

 シウにとって初めての授業は和やかに始まった。

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