079 若手の勧誘




 芽生えの月がそろそろ終わる最後の週の木の日に、リグドールから変な話を聞いた。

「将来が決まっている卒業間近の生徒よりも、若い生徒で有望なのを見付けて後ろ盾になるのが流行ってるんだってさ」

「後ろ盾って誰が?」

「だから、あのへん歩いてるおっさんたち」

 さりげなく指差しながら説明してくれた。

 最近、教師ではない大人を見かけるのでどうしてだろうと思っていたら、そういうことらしい。

 先物買いというやつだろう。

「貴族? 騎士って感じじゃないけど」

「貴族だよ。騎士が欲しいなら騎士学校行くよ。大体、騎士は魔法使い嫌いだしさ」

「あ、そうなの?」

「うん。だけど、軍だと魔法使いは役に立つからって理由で歓迎傾向らしいよ。ま、足手まといだから護衛付きになるけどね。反対に、騎士は貴族出身者が多いし、そういう人たちは自分より身分が下の足手まといは護衛したくないわけ」

「ふうん」

 大貴族だと私兵も持てるそうなので、領地で囲い込むとか。

 それにしてもまだ一年生のクラスの授業をよく見にくるものだ。

 シウたちが授業そっちのけで喋っていると、教師に注意された。

「皆、集中して!」

 防御科の教師アダンテが杖を振り回したので、皆、慌てて前を向いた。


 防御は、基本の説明が終わったところで、今回からそれぞれの得意分野を見付けることになった。

 たとえばリグドールなどは土属性の魔法で土壁を作って防御とする。

 しかし土がいつでも使えるわけではない。

 なので今回は、武器が扱えるなら持つように言われている。武器も防御と成り得るからだ。

 魔法使いは魔力がなくなれば脆弱だ。守ってくれる護衛とはぐれたらお終いとなる。

 だからこそこうして魔法学校では体力を付けさせたり、防御についてしつこいほど勉強させるのだ。

 リグドールは丸い小盾を用意していた。

 持ちやすいし軽いからだそうだ。安易だなあと笑った。

 大抵の生徒は自分たちで用意していたが、中にはどれが自分に合うのか分からずにアダンテの用意したものから探す者もいた。

 庶民仲間のレオンとヴィヴィも真剣な顔をして選んでいる。

 アダンテからは武器や防具の説明をしてもらっていたので、自分に合うものが何か考えているようだった。

 アダンテも彼等の様子を見てから、次に不安要素のある庶民のシウに視線を向けた。

「シウ=アクィラ。君の、それは……」

 と言いかけてから、妙なものを見る顔になった。

「旋棍? だが、ちょっと形が変だね」

 いわゆるトンファーと呼ばれるものに近いが、かなり改造してある。

 育て親の爺様直伝の防御武器だった。

「握り手を変えて、こう、振ると」

 ジャキンと音を立てて金属棒が出てくる仕組みだ。勝手に戻らないように、飛び出たら返しが出るようにしてある。元の旋棍の長さに戻すには返しを手動で嵌めなおす。

「おお、すごいー!」

 リグドールは喜んでくれたが、アダンテは微妙な顔をしていた。

「武器には、ならないねえ。これだとよほど強い力で叩きつけないと相手を傷つけることもできない」

「防御のためですから。基本的に防具ですよ」

「うーむ、だが、守るのが前腕のみというのがな。小盾なら上半身が守られるぞ」

 盾を勧められて、シウは苦笑した。

 爺様の遺してくれた旋棍には馴染んでいるし、簡単に人を殺せるような武器は持ちたくない。

 剣ほどに殺傷能力こそないが、特殊警棒のように扱えるので相手の動きを封鎖することは可能だ。

 シウが困惑しているとアダンテも諦めたのか、溜息を吐いて他の生徒の所へと歩いて行った。


 アリスや女子生徒のほとんどは盾を持っても受けきれないので、防具に重きを置いたようだ。

 あらかじめ専門店で誂えたらしく、ぴったりと体に合った防具を付けてきていた。

 ただ、鎧のように重くてもいけないので、布か皮でできているものが多い。それぞれに防御の魔術式が付与されている。

 アダンテもそれでいいと言っていた。女性には武器も防御の盾も難しいと思っているのだ。

 ただ、ヴィヴィは勇ましくも防具の上に細剣を持っていた。

 防具は持ってきていたようだが、傷があったのと体には合っていないので誰かからのお下がりかもしれない。

 レオンは剣と盾を持っている。

 すごいと思ったのが、貴族の男子生徒たちだ。みんな防具に力を入れているようで、まだ幼い体格だというのにぴったりと合ったものを揃えている。

 鎧を着ている者もいた。

 アルゲオはワイバーン、飛竜の皮を使った防具を付けて、更には名剣らしきものを持っていた。名剣だとは思うのだが、シウが鑑定したところ、実技には使えそうになかった。元々の剣に余計な宝石や細工を施したらしく強度に問題があるのだ。

 派手な防具や武器のほとんどは実際には使えそうにない。

 貴族なので、見た目重視なのだろう。

 そんな彼等からすれば、シウの持つ旋棍警棒は玩具のように見えるようだった。

 確かに余計な装飾は一切なく、持ち手も木製の使い古したような見た目だ。

 シウとしては「味のあるアンティーク調で格好良い」と思うのだが、きらきらしいタイプの貴族には古材というのは嫌われる傾向にあった。

 アレストロなどはお泊りに来たこともあるせいか、シウの好みを分かっているようで「なかなか良い色の木だね」とおだててくれる。

 ヴィクトルは伸縮する警棒に興味を持って、リグドールと一緒になってチャンバラごっこをしていた。


 そうしてワイワイやっていたら、新たな大人の集団がやってきた。

 こちらに来てくれるなと思っていたのに来てしまった彼等は、元からいた貴族たちと合流して授業を行っていた屋内施設に堂々と入ってくる。

 アダンテが最初に貴族の方々に「授業の邪魔はしないでいただけるなら参観してもいい」と言っていたのだが、もう邪魔になってるなと、シウは思った。

 何と言っても視線が痛い。

 集団の中に、キリクがいたのだ。


 さすがに割り込むことはしなかった彼等だが、アダンテが気もそぞろになった生徒たちをまとめるのを諦めて授業を早めに切り上げたので、貴族たちが寄ってきた。

 それぞれ気になる相手を見付けて、世間話のようなものをしている。

 高位貴族の子弟となるアルゲオには勧誘というよりは阿るための挨拶だったが、顔見知りを見付けては「お父様にはお世話になっている」だとか「お父上は元気かね」などと楽しげに話していた。

 貴族の怖いところは全く楽しそうでないのに楽しそうに振る舞えるところだ。

 目が笑ってないのに顔が笑っているので、シウなどは引いてしまう。

 リグドールも同じ性質のようで、ただシウと違って多少の腹芸はできるのかやや引きつった笑顔であしらっていた。

 そしてキリクは見知った生徒に声を掛けつつ、シウを目指してやってきた。

 バレないように小さく溜息を吐いたのだが、キリクにはお見通しだったようだ。

 目の前に立った時、笑われてしまった。

「やあ、シウ少年。そう嫌な顔をするものではない」

「はあ」

「つまらぬ仕事だと思っていたが、来て良かった。どうだ、俺のところに来ないか?」

「やです」

「相変わらずつれない」

 わはは、と大声で笑うので周囲からの視線が痛い。

 どうかもうほっといて、と思っていたら、秘書らしき男性が頭を下げた。

「申し訳ございません。キリク様は豪放磊落と言えば良いように聞こえますが、実際にはがさつで繊細とは程遠い性格をしておりますので、お付き合いいただくのは大変でございましょう。ですがどうか、お時間を少しいただけませんか」

「お前、敬語を使えばそれでいいと思って、言いたい放題だな? シウよ、こいつは俺の右腕のイェルドだ。覚えていてくれ」

「シウ様、イェルド=ステニウスでございます。辺境伯補佐官を承っております。お見知りおきください」

「……シウです。あの、敬語は不要です。それでお話とは?」

 リグドールが心配そうに見ているので、手を振った。巻き込まれるのは可哀想だ。

 他の面々もなんだろうという顔で見ていたが、シウはキリクに場所を変えようと合図した。

 キリクは面白そうに笑うだけだったが、イェルドはさすが補佐官だけあって、さっさとその場を後にするべく彼を引っ張って行ってくれた。


 イェルドが説明してくれたところによると、若手勧誘はキリクが始めたことで、目端の利いた貴族が早速真似したのだそうだ。

 で、何故それほど人を欲しがるのかというと。

「我が領地は黒の森と接しているのでな。魔獣がよく出る。魔獣のスタンピードも年に一度はある。その上、大型の地下迷宮を二つ持つ。こちらは管理できているが、突然現れる迷宮も多い。その分、冒険者も多いがそれだけでは領地経営は成り立たん。いくらでも人材は必要だというのに、辺境ということで忌避される。だから若いうちにな?」

 恩を売っておこうというわけらしい。

 幼いうちに唾を付け、恩を着せて将来働かせる。嫌な大人の見本だが正直ではある。

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