066 教師への反乱




 どういうことだと憤るケルビルを、学院長は秘書の男性に命じて連れて行かせた。

 それから、一人で中央に突っ立っているレオンに頭を下げた。

 端にいた生徒から驚きの声が漏れたが、学院長は気にせず言葉にも出して謝意を表した。

「王立ロワル魔法学院は、貴族も平民もなく平等であるべきと謳っている。その模範となるべき教師にあるまじき態度、心から申し訳なく思う。どうか許してほしい」

「……俺は、別に」

「ただ、君もまだ学生とはいえ今年成人を迎える年齢だ。もう少し思慮深くあってほしい」

「それは俺が悪いということか?」

「そうではない。もう少し、大人になれと、言いたいのだ」

「……カニスアウレスと言われてもか? いや、どうせ、それさえ信じないのだろう? 貴族どもは」

「いや、信じるとも。そのやりとりを知ったからこそ、ケルビルに謹慎を言い渡したのだ。これから学院内の規則に照らし合わせて処分を決めるつもりだ」

「……やりとりを、知った?」

 レオンが疑いの眼差しで学院長を見て、それからハッと気付いたかのようにシウへ視線を向けた。

 先ほど渡した紙のことを思い出したのだろう。

 学院長も苦笑で頷いた。

「詳しくは、説明せん。その方がいいのだろう? シウ=アクィラ君」

「あ、はい。面倒は苦手なので」

「ギルド長から聞いておるぞ。内緒好きだとな。まあ、学院内のもめ事を解決する分にはわしも助かる。あの男は前々から処分対象者になっていたが、裏が取れなかったのでな。ちょうど良い」

「証拠を取るために利用された方はたまらないと思うんだけど、ええと、彼に飛び火しないようにお願いします」

 シウが念押しすると、学院長は苦虫を噛み締めたような顔で頷いた。

「レオンだったか、君のことはもちろん守る。ただ、証拠の為に利用したのではない。それだけは信じてほしい」

 眉間に皺を寄せたままのレオンにそう断言してから、学院長はまだぽかんとしている一クラスの面々に向かって言った。

「授業は終わりだ。途中だが出席として扱うので安心してほしい。次回の戦法戦術科は休講になる可能性もあるので掲示板の確認を行うように。詳しくは担任の、誰だったか、ああ、マットか。マットから説明させよう。では、次の授業までは自由だ。移動しなさい」

 さっさと言い放つと、自らも早足でその場を去って行った。


 シウが肩から力を抜いて歩き出したところで、リグドールたちがやってきた。

 比較的仲良しのクラスメイトも近付いて来ようとしたが、その前にレオンに追いつかれてしまった。

 おい、と後ろから肩を掴まれて振り返ったと同時に、リグドールが傍に立った。

「レオン、そんな乱暴にするなよ、シウはちっこいんだぞ」

 ちっこいとは何だと、苦笑しつつレオンに向き直った。

「どういうことだったんだ? 説明しろ」

「だーかーらー、乱暴にするなよ! シウがよろめいただろ」

 確かにまあ、肩を掴まれて強引に揺さぶられたので動きはしたが。

 リグドールの中でシウはどんな被保護者なのだろう。

「大体偉そうに喋るなよな。貴族嫌いなんだろ? でもお前、今、貴族みたいな態度だぞ」

「ぐ……」

「聞きたいことがあるのは、俺たちだって同じなの。普通に聞けばいいだろー」

 そこに、おっとりとした声でアレストロが参戦してきた。

「僕も知りたい。教えてくれるかな? どうやってあのケルビルを謹慎処分にまで持っていけたのか」


 大半の生徒たちが野外コロッセウムから出て行ったので、残ったシウの友人たちとレオンにからくりを説明した。

「前からケルビルの発言がおかしかったんで、自動書記で発言を書き記していたんだ」

「……書記魔法のスキルを持っているのか」

「あ、ううん。そんな高性能なスキル持ってないよ。ええと複合魔法なんだ。だから下位の書記魔法。近くにいないと使えないから、それで二人の近くにずっといたんだけど」

「あ、だからシウはずっと中央に立っていたのか。みんなに端へ寄れって言う割には自分だけ危ないとこで立っているから、ケルビルやっつける算段でもしてるのかと思ったよ」

 ははは、とリグドールが笑った。

「それで? あの紙がそうだったとして、どうして、学院長が飛んできたんだ」

 レオンが笑いもせずに、リグドールの台詞へ被せながら早口で割り込んできた。

「あらかじめ呼んでいたという風にも見えなかったしねえ」

 アレストロも腕を組んで、うーんと考え込んでいる。

「あー、これも下位の通信魔法なんだよ。やりとりを、直接学院長の耳元に届けたんだ」

 肩を竦めて、続けた。

「ただし相当礼儀に反した行為だから、後でお咎めあるかも」

「そうなの?」

 分からないと言った様子のリグドールに、

「突然、一方的に言葉を伝えたら、誰だって狼狽するし困るでしょう? 通信魔道具を渡した相手ならともかく」

「……そう、なの、かな?」

「そうだよ。……でもさ、ケルビルの態度、今日はかなり拙かったよね? 嫌な予感がしたから、早めに知らせていた方がいいかなーと。ごめんね、レオン。勝手なことして」

 そう言うと、レオンが少し狼狽したように数歩ほど後退った。

「いや、俺は」

「学院長じゃないんだけど、利用する形になったから」

「利用?」

「前から、生徒いじめの兆候あったし、決定的瞬間があればいつでも証拠を取ろうと思ってたんだ」

 書記魔法もその為に調べて覚えた。

「てっきり僕に来るかと思ってたんだけどなあ」

「ああ、あいつ、シウのことも目の敵にしていたよな」

「そう。でもレオンが挑発するから」

 釘をさす意味でレオンをチラッとみると、自覚はあったようでほんのりと目元を赤くしていた。

「庶民だと、あちこちで要らないケンカを買うことが多くて。自衛のためにいろいろ編み出してるんだ」

「……お前も、巻き込まれていたのか」

「そうだぜ。言っとくけどな、俺たちだって商人の子だからって蔑まれたりするんだぜ? お前一人いじめられてるとか思うなよな」

 リグドールが口を挟んできたのだが、レオンはふんと鼻息だけで返事をして、シウだけを見た。

「……助かった。一応礼を言っておく」

 ジロッと見てから、リグドールにチラリと視線を向けた後、その場を後にした。

「なんだあれ、やっぱりすかしてるよなあ」

「まあまあ。君はそれよりも、場の空気を読むべきだよ」

「え、俺、アレストロに言われるとは思わなかった!」

「……僕は空気を読めていないかい? ヴィクトル、どうだろうか」

「ああ、いや、どうかな。どうだろう?」

 そのやりとりが面白くて、つい笑った。

 するとリグドールもつられて笑って、アレストロたちも笑顔になった。


 アントニーも心配してくれたし、アリスたちも場外で待っていてくれて、一緒に教室へと戻って行った。


 ところで、後日、下位の書記魔法である自動書記を覚えたいといった生徒がシウの下へ聞きに来ることが増えた。

 ただ、基礎魔法とはいえ風金木無といった属性を四つも使用する複合魔術は誰も使えなかった。持っていないということもあるが、簡略化して三つで使えたとしても複合は難しすぎる。

 そのことから魔道具にできないか試行錯誤して、出来上がったのでまた商人ギルドに特許申請をしに行った。

 ちなみに、シウはこの魔法を《ボイスレコーダー》と呼んでいる。



 ケルビル=バッヘムは謹慎処分の末に、配置換えを命じられた。

 本人は退職したかったようだが騎士の出向は自身では選べないようで、渋々従ったとか。

 彼は上級生の戦士科に配属された。教師ではなく、教師の補佐の補佐だ。

 聞くところによると「敵役」らしい。

 その話を聞き出してきたリグドールの嬉しそうな顔といったらなかった。

「あいつ、『死ね! パーウォー!』とか言われるんだぜ、きっと」

「リグ君たら……」

 聞いていたアリスが困ったような顔をしたが、リグドールは珍しく彼女に対して気持ちを隠さなかった。

「だってさー。シウに対してゴブリンって言ったんだぜ」

「そうそう。感じ悪かったよね」

 アントニーまで納得している。

 それに。

 アリスの傍にいたマルティナが話を締めくくった。

「自らがされて嫌なことを他者にしてはならない、といったことを学べるのですから、彼には良かったのではありませんか?」

 冷たい顔での一言に、いろいろと集約されていた。

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