067 服作り




 雪解けの月に替わった、最初の日。

 いつもは学校から戻るとすぐさまギルドへ顔を出して何か依頼をこなすのだが、この日のシウは離れ家で作業をしていた。

 やることがたくさんありすぎて、クロエとも相談の上でギルドの仕事をセーブすることにしたのだ。

 どのみちシウはまだ未成年で、特例で十級になったのでそう簡単にはランクを上げられない。だから、ゆっくりやってもいいと言われている。

 学校にも通う学生だから、生活費に困ってさえいなければ請け負わなくてもいいのだ。

 最近は地道に十級ランクをこなすと見習いでも本会員になれるという噂が出回って、一番近い西中地区のギルド支部から依頼を請けに来る子供が出てきたそうだ。

 ギルドの処理係の担当が、挨拶の作法や仕事の仕方を含めた説明をしてから送り出しているとか。

 シウだけでなく処理係の負担も減るので、是非とも育ってほしいと双方が願っている。


 で、シウは現在、ダウンベストを作成していた。

 もう雪解けの月に替わってしまったので、厳しい冬というほどではなくなった。

 それでもまだ寒い日は続くので、見た目にも暖かそうで着易いものをと思い、作ることにしたのだ。

 本当は毛皮のベストがあるのだが、リグドールには猟師みたいだと残念そうな顔をして言われるし、ギルドでも「どこの田舎の冒険者だ」と笑われたので、冬登山の時だけ使うことにしてタンスの肥やしならぬ、空間庫の肥やしとした。

 新しい服の材料は選び放題だった。前回のロワイエ山行きで、ついでに採ってきたものがたくさんある。

 その中でも、肌触りが好きなのでシウは綿布を選んだ。ちょうど良く高山のみに生息する綿花バオムヴォレがあり、好きなだけ採れた。これを夜、読書しながら糸紡ぎをするのも楽しかった。ただ、慣れてくると生産魔法レベル五のおかげであっという間に出来上がってしまったので、夜の楽しみもなくなってしまったけれど。

 とにかく、糸を染めたり、布にしたりと夜の内職を続けて、ようやく服作りに突入した。

 中に詰めるのはコルディス湖に生息していたと思われる水鳥アクアーティカの羽だ。

 これらは水竜が原因なのか、体内の魔素に混乱があったようで大量に死んでいたものから採取した。死んで間がなく、腐りもせずに放置されていたので、シウにとってはラッキーだった。

 ついでに身も柔らかくて美味しいと本に書いてあったので、部位ごとに切り分けた後、空間庫へ入れている。

 同じ本に、アクアーティカの羽は高級品だと書かれていたから、どうせならダウンベストに使おうと思いついたのだ。


 ダウンベストと言っても、服のデザインについては王都風にした。

 前世では安いフェイクダウンがいくらでもあって、年寄りでも皆が着ていたからシウも持っていた。意外と着易くて、また若くも見えて気に入っていたものだ。デニムの服もしっかりとした生地だから好んで着ていた。

 しかし、さすがにあの頃のデザインのまま着ていたら、猟師や田舎者と呼ばれる前に「変人」扱いされる。

 シュタイバーンに限らずだが、この世界の服装は中世風だ。ところどころファンタジーらしきところもあるが、これは冒険者の服装に多く、かつての転生者が広めたのではないかと思っている。

 そんなわけで、中世風の少し古風な感じを目指して作っていた。


 羽が寄らないようにキルティングするのも忘れない。これは内布で行い、表面はキルティングというのが分からないようにした。肌に触れる側がバオムヴォレの生地なので、触り心地もシウ好みとなった。

 こちらでは立襟が主流なので、立襟風にする。フードも付けてみた。

 表地はシウの好きな色カーキグリーンだ。グラスグリーンとも言うのだろうか。冬なので落ち着いて見える。

 ポケットも表だけでなく裏側にも幾つか作ってみた。

「意外といい感じ?」

 上流階級の人から見ればきっとおかしな服だろうが、庶民からすれば「普通」の範囲に入るだろう。

 庶民の服装は、シャツにスラックスというもので、冬は立襟のジャケットにローブ風のコートを着る。室内だとベストだけというのも多い。

 女性はシャツというよりはブラウスで、スカート。ワンピースは若い女性に好まれる。

 チュニックもよく着られるようで、シウもエミナからチュニックを幾つか貰った。

 服を新しく仕立てることは少なく、大抵の人は古着を買う。田舎だと安い生地を購入して自作することも多い。

 田舎育ちのシウも幼い頃から縫い物をしていたので、得意だ。

 というわけで、古着を買うのもどうかと思って、一から自作している。

 ローブも幾つか作ってみた。

 学校規定のローブには何故かフードがないので、余ったグランデアラネアの生地でローブにフードを付けたりもした。指定の仕立屋で作ったわけではないから、こちらは自宅用だ。

 どうせだからと、縁取りをしたり、フェレスをモチーフにした刺繍を施したりしている。エミナからは好評だったが、遊びに来たリグドールには「……女の子じゃないんだから」と呆れられた。どうやら猫の刺繍がまずかったらしい。表地だったけれど、裾の端っこに付けたのに目敏いものである。


 フェレスにもスカーフを作るのだが、大抵お揃いになるよう心掛けている。

 今回はどうしようかなと考えて、ふと、猫服はどうだろうと思いついた。

「長毛だし、寒くはないからダウンにはしなくてもいいかなあ」

 シウのダウンベストも、見た目にはただのベストだ。厚みがあるので中綿が入って暖かそうに見えるはず。

 同じように作ってみようと、フェレスのサイズを測る。

「あ、また大きくなった? ちょっと考えて作らないと、今季限りになっちゃうかなー」

 それでも作り直せるだろうと思い、少しだけ余裕をもって作り始めた。

 ちゃんとフードも取り付けた。

 ポケットも、自身で物を入れられるとは思えないが、同じように作った。

 こういうところをフェレスも喜ぶ。同じというのが嬉しいらしい。

「みゃ!」

 普通、服など着せられたら嫌がりそうなものだが、フェレスは好奇心旺盛でシウの言うことは大抵受け入れる。

 今もまた喜んで、おなじー、と意思のようなものを伝えてきた。

「お揃いだね」

「にゃ!」

 嬉しくて仕方がないらしく、尻尾が盛大に揺れている。

 腕を通すのにはお互いに「?」となりつつも、着せ終わると満足げに鳴いた。

「みゃみゃっ!」

 誰かに見せたいらしく、しきりに外へ行こうと誘ってくるので、シウも部屋着から外出着に着替え、その上にダウンベストを羽織って離れ家を出た。


 まず、エミナからは珍しく「ダサくない、むしろ暖かそうで素敵」と褒められた。

 更には「フェレス、すっごく可愛いよー! やだ、フードまで付いてるの? きゃー」と大騒ぎで喜ばれた。当然、フェレスも嬉しそうでツンと顔を上げて自慢げだった。ツンとしているのに鼻息荒く、尻尾が右に左にばふんばふん揺れるのが面白い。


 次にヴルスト食堂の前でアキエラに会い、彼女にもフェレスは可愛がられた。

 素敵な服を作ってもらえて良かったね、ということだったので間接的にシウのダウンベストも好評のはずだ。たぶん。


 そして夕方を過ぎていたので、久しぶりに夜のドランの店へ顔を出してみることにした。

 忙しそうだったが、裏にフェレスがいると話すと顔を出してくれて、ドランもすごく褒めてくれた。

 ただし、シウの格好には首を傾げていた。

 夕飯はついでなのでドランに作ってもらった。もちろん、ちゃんと支払って店を出た。


 帰る頃に、クロエとザフィロの二人とすれ違った。ドランの店に食べに来たようだった。

「あら、お揃いの服? 可愛いわね! フェレスは良い主に出会えて幸せねえ」

「お、帽子付きなんだ。へえ、ポケットもある」

 と可愛がられた。

 彼等からは特にデザインについては何も言われなかった。

 一応、セーフなのだと信じたい。


 一人と一頭でてくてく歩いていると、調教師のリコラと行き会った。仕事からの帰りらしく、仲間と一緒だった。

「おっ、フェレスか! あ、シウ、久しぶりだなあ」

 真っ先にフェレスへ駆け寄るあたり、騎獣専門店の調教師らしい。

「へえ、可愛いもん着せてもらってるな!」

「なあ、シウよ、これ嫌がらなかったのか? フェーレースは気難しいのに」

 同僚の一人が聞いてきたので、

「自分から進んで着ましたよ。お揃いだって喜んでました」

「まじかよ。やっぱり卵石の頃から愛情注いでると懐くんだなあ」

「いや、でもさ、フェレスは特に犬っぽくねえか」

「だよなあ。シウに従順というか、好きだよな!」

「全然猫らしくねえ」

 などと話し合っている。

 猫型と言われるだけあってフェーレースは気儘で調教もし辛いと聞く。

「庶民の間じゃ、ひそかに人気あるんだよな、フェーレース。それでこんなに可愛く懐くんじゃ、妬まれるぞ」

「おお、そうだ! シウ、気を付けるんだぞ? 他人の騎獣を奪おうとするやつはいくらでもいるんだからな」

 リコラに改めて強調されて、はい、と素直に答えた。

 実際にソフィアという少女に交換を持ちかけられたこともある。

 気を引き締めて、もちろんフェレスにもよくよく言い聞かせた。

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