288 人族と獣人族のハーフ




 屋敷に戻ると、あらかじめ泊まりになるかもと伝えていたせいか、心配した顔で皆が集まってきた。

 更にシウの腕の中にいる小さな子供の境遇を聞いて、一様に心配してくれた。

「もちろん、こちらで面倒見させていただきます」

 家令のロランドが胸を張って言うので、シウはホッとしつつ伺った。

「いいんでしょうか。勝手に連れてきた僕が言うのもなんだけど」

「大丈夫でございます。若様はそのような小さいことに拘る方ではございませんし、それに下働きの子が欲しいと言えば雇うだけの裁量は任されてございます」

「……ありがとう、ロランドさん」

「いえいえ。それに、こちらで引き取るのがこの子のためになるかもしれませんし」

「え?」

 首を傾げたら、家僕のリコが小声で教えてくれた。

「この国では獣人のハーフは忌み嫌われているらしいのです」

「そうなの?」

「人族からも、獣人族からも、純粋ではないと言われるそうですから」

「……でも学校では差別らしきものはないよ」

「純粋な種族に対しては言わないようですね。わたしも不思議なんですが」

「ふうん、そうなんだ」

 でも、ミルトという青年はハーフだった。ただし犬と狼のハーフだから、そのへんがポイントなのだろうか。

 良く分からないながらも、屋敷の人が好意的で良かったと安堵した。

 目が覚めた時に知らない人ばかりだと怖いだろうから、リュカはシウのベッドで一緒に寝ることにした。


 晩ご飯の後にカスパルへも報告したが、ロランドが言った通り特にどうということもなく、

「いいよ。ロランドに任せる。学校にも行かせてやったら?」

 とまあ、あっさりとしたものだった。

 ダンは境遇を詳しく聞きたいと言って、彼には話して聞かせた。

 彼もロランドたちと同じように憐れんでいた。



 翌朝、リュカの目覚めを待って部屋であれこれ作業していたが、かなり早い時間に起きてくれた。

 昨夜は晩ご飯も食べずに寝てしまったのでお腹が空いたのかもしれない。

「おはよう。朝ご飯食べようか」

「……シウ?」

「そうだよ。体、どこかおかしい?」

「ううん。……おはよう」

 ここがどこなのか、ぐるぐる考えていたのだろう。そして昨日までのことが夢ではないと悟ったようだ。顔が悲しげに曇ったものの、シウに笑顔を見せようとした。

「無理しなくていいんだよ。おいで」

「……うん」

 手招くと、リュカは手を伸ばして抱き着いてきた。

 暖かい小さな体を抱っこすると、肩のあたりがじんわり濡れた。声を上げずに泣いているようだった。

 しばらくそうして、背中を撫でて揺さぶっていたら、ぐーっという可愛い音が鳴った。

 何故かフェレスが飛び起きて、きょろきょろしていた。そして自分のお腹を凝視した。まさかここから鳴ったのか? と思っているらしい。稀にお腹が鳴るまで遊びに夢中になることもあるので、音が鳴ることは知っている。

「にゃー、にゃにゃにゃ!」

 そういえばお腹がへっているかも、と訴えてきたので、シウは恥ずかしそうにしているリュカを抱っこしたまま、フェレスにもおいでと手招いた。

「朝ご飯にしよう」

「にゃん!」

 わーいと子供のように喜んでついてきた。それを見て、リュカもふふふと小さく笑っていた。


 賄い室ではリュカは皆に可愛がられた。

 最初は綺麗な格好をしたメイドたちに怯えていたものの、ちやほやされているうちにここでは怯えなくていいのだと気付いたようだ。

 それでも我が儘のひとつも言わないので、健気だとロランドが涙もろく隠れて呟いていた。


 滋養たっぷりの柔らかい食事をいただくと、シウはリュカに目線を合わせて話をした。

「ここの屋敷の人たちに、僕もお世話になっているんだ。皆とても優しくて良い人たちばかりだから、リュカも一緒にお世話になろうね」

「……いいの?」

「いいよ。それでね、これから僕は、リュカを引き取りたいからそうした手続きをしに行くんだ。他にも、雪崩の起きたところにたくさんの人が復旧活動で向かっているんだけど、もう一度か二度、物資の輸送をしなきゃならない」

「おしごと……?」

「そうだよ。その間、リュカはとっても疲れているから、連れて行けない。ここで休んでいてほしいんだ」

「……うん」

 とても小さい頷きだった。本当は心細く寂しいのだろうが、必死に我慢しているというのが分かって、可哀想になってきた。

 でも、これも自立の一歩だ。

「待っていてくれる?」

「うん」

「じゃあ、スサお姉ちゃんにお世話してもらおうか」

「ぼ、僕、自分のことはできるよ」

「体が元気になったらね。今はダメ」

「……僕、僕」

「今、リュカの仕事は休むことなんだ。無理したらもっと体が悪くなる。そうしたら働けなくなるよ」

「そ、そうなの?」

「そうだよ。リュカの仕事は、まず、休むこと。治って元気になったら、今度は勉強することだね」

 よく分からないといった顔をしたが、リュカは真剣に頷いた。

 仕事がどれほど大事なことか、分かっているのだ。父親や周囲の人間の働いている姿をずっと見ていたのだろう。

 シウはリュカを宥めると、スサに後のことをお願いした。

 スサはもちろん喜んでお世話すると嬉しそうだった。

「シウ様は全然お手が掛からないので寂しかったんです。リュカ君、よろしくね!」

 綺麗な女性ににこにこ笑顔で挨拶されて、リュカは恥ずかしそうに顔を赤らめていた。



 冒険者ギルドに顔を出すと、ルランドが待っていてくれて交渉担当のスキュイという男性を紹介してくれた。

「昨日のうちに、あの子供の父親がチェルソ=モンカルヴォという奴隷商持ちだということが分かりました。仕事の依頼があれば貸し出すという形で使っていたようです。子供の引き取りについてはわたしが担当しようと思っています」

「よろしくお願いします」

 シウが丁寧に頭を下げると、スキュイはほんのり優しく笑った。

「無事、引き取りが済めば養護施設を探す予定ですが、もしかして?」

「あ、はい。僕がお世話になっているブラード家でこの話をしましたら、リュカの境遇を考えると養護施設よりもブラード家で引き取った方が良いだろうという結論に達しました。本人が望むなら学校にも通わせたいと考えていますし、ぜひ引き取らせてください。リュカも僕やメイドたちに慣れていますし」

「そうですか。また面談に行く必要はありますが、形だけになりそうですね。我が国の子供のことでいろいろお手数をおかけして申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いします」

 ということで、奴隷商との交渉は彼に任せることになった。


 その場で荷運びの依頼を受けることになり、荷置場へと赴いた。

 タウロスが待っていてくれたが、魔法袋に入れるのにそれほど手間はかからずあっという間に終わってしまったので苦笑された。

「便利だが、気を付けろよ。そんな高価なものを持っているなんて知られたら怖いぞ」

「はい。でも、ロワル王都だとそこまで気にしなくても大丈夫だったのになあ」

「そうなのか? 今度あっちへ旅行に行くつもりなんだが、手に入れられるかな。オークションだと高いんだよな」

「……紹介しましょうか? 知り合いの店が、面談しないとだめですけど、売ってくれますよ」

「まじかよ!」

「その代わり、変な人には売らないって方針です。脅しても、売り手と作り手が違うので、絶対に手に入らないシステムだし」

「脅かさないでくれよう」

「あはは。いや、あくどい人には売りたくないっていうのが、信条らしいから。たぶん、大丈夫だろうと思いますけど。また王都へ行く時に言ってくれたら紹介状書きますね」

「頼みます」

 急に敬語になって頭を下げてきた。

 その後二人して笑ったが、それほどまでに魔法袋は貴重なのだろう。特にこの国では騎獣と同じく、そうしたアイテムは上部の人間が買い占めているそうだ。

 シュタイバーンでも珍しいことは珍しかったが、冒険者なら持っている人もチラホラといた。

「ラトリシアはシーカー魔法学院があるし、魔法大国だと聞いてもっと夢のある国を想像してましたけど、内情はいろいろあるんですねー」

「まあ、な。情けない話ではあるが。とはいえ、上層部の人間なんてどこも似たり寄ったりだぜ」

「……そういえば知り合いのエルフの女性が言ってました。貴族はどこも同じ! 最低! って」

「ははは! そりゃ違いねえ」

 タウロスは、エルフの女性なら特に嫌な思いをしているだろうと、同情的に相槌を打っていた。

 それから、次の荷運びの予定を話し合って、その場を後にした。相変わらず非常事態扱いなのでギルドの前から飛んでもいいと言われてフェレスに跨ったのだが、何故か見物人が増えていた。皆の顔がわくわくしていたのも、注目されてツンとおすまし顔になったフェレスも、どちらも面白くて笑いを堪えるのが大変だった。

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