287 奴隷の子供
大雑把な地図を広げてククールスとシウが交互に書き記した。
ククールスの方でも、昨日シウが調べた時にはいなかった魔獣を発見して書き込んでいる。
地図の間違いも修正しつつ、危険な箇所などをお互いの知識を総動員して書いた。
ククールスはさすが森の申し子と呼ばれるだけあって詳細に知っていた。
雪崩の起きやすい場所なども見付けてきている。
「すごい」
「ふふん、褒めて褒めて」
そんなやりとりをしつつ、今後のことを話し合っていた。
シウは一応ここでお役御免なのだが、荷運びができるのなら追加で依頼したいと言われた。
魔法袋持ちが、今、近辺にいないそうだ。それほど少ないのかとシウは驚いた。
しかも騎獣がいるのはとても魅力的だそうだ。
「本当は子供に頼むのは気が引けるんだが」
「まあ、俺も同じ気持ちだけどよ。シウは評判は良いから、大丈夫だろう」
リエトとガスパロが会話する横で、ジャンニという短槍使いの冒険者がおそるおそるフェレスを撫でていた。
「噛み付いたりしないから、大丈夫ですよ」
と声を掛けたら慌てて手を引っ込めてしまった。悪いことをした。
「えと、乗ってみます?」
声を掛けたら、厳つい顔をしたジャンニがぱあっと明るい笑顔になった。
無口なままそれをやられたら怖いと思ったが、言いはしなかった。
「フェレス、乗ってみたいんだって。いい?」
「にゃ」
いいよと、ちょっと得意げな顔をして前屈みになった。そんなに自分に乗りたいのかーというようなニュアンスが含まれていた。
翻訳しないまま、どうぞとジャンニに勧めたら、嬉しそうに乗っていた。
話し合いをしていたリエトとガスパロがぽかんとして見ていたことには気付いていないようだった。
フェレスとジャンニが遊んでいる(?)間に、シウは王都へ戻るのにリュカを連れて帰りたいと伝えた。
リエトたちもできれば早く王都に連れ戻してやりたいと思っていたらしく、渡りに船とばかりに了承してくれた。
休憩場所に顔を出すと、数人は起きていた。
「ソロルさん、リュカは寝てる?」
「ああ。どうしたんだ?」
「まだ小さい子だし、先に王都へ連れて帰ろうと思ってるんだけど、どうかな」
「それは助かるが……」
「お父さんのこと?」
「いや、本人も親父が亡くなったのは理解している。ただ他に家族がいないからな」
「奴隷の子でも、奴隷ではないよね?」
「ああ。だが、持ち主によるかな。借金持ちだと子供に引き継がせる場合もある。契約次第だ」
「そっかあ。でも親の因果が子に報うというのは気に入らないなあ」
「……あのさ、その、あんた、いやシウ様に頼めることじゃないかもしれないが」
「シウでいいよ。何かな」
ソロルは何度か言い淀んでから、口を開いた。
「子供のうちから奴隷なんて可哀想だ。せめて養護施設に入れたら良いんだが、その、持ち主となんとか掛け合ってもらえるよう、ギルドに口添えしてやってもらえないだろうか」
「ああ、そんなこと。うん、もちろんそのつもりだよ」
もしも引き取り先がなければ、シウが引き取ろうかなと思っていた。
「今後のこともあるし、ソロルのこと聞いておいていい?」
「そうだな、俺は――」
語ってくれたところによると、ソロルは親の借金の形に買われたそうで、リアム=フロッカリという建設業関係の商人の下にいるそうだ。こちらも親の因果が、というやつである。イーサクは騙されて借金を背負わされて奴隷落ちしたそうだ。そうした人は周囲にごまんといると教えられた。
複雑な気持ちのまま、用があればリアムを訪ねるということで約束した。
寝ているリュカを、可哀想に思いながら起こした。
「王都に帰ろう。おいで」
「……僕、売られるの?」
「売らないよ。大丈夫、一緒にいるから。ほら、フェレスも待ってるよ」
慌てて後を追って来たらしいフェレスが尻尾をぶんぶん振って見ていた。離れたところにジャンニがいて、寂しそうだ。振り落としてきたのだろうか。ひどい。
「一緒に王都へ戻ろう?」
「……うん」
何か諦めたような顔をするのが、憐れだった。奴隷になるというのは、心まで折れてしまうのだ。
シウは、リュカの頭を優しく撫でた。
フェレスも何か感じたのか、寄って来て体を擦り付けてきた。
「にゃあん」
「……かわいい」
「どうしたのって心配してるよ」
「そうなの?」
「悲しい顔してるからね。フェレスもそれぐらいは分かるんだよ」
リュカは不思議そうな顔をして、フェレスと目を合わせていた。それからソッとフェレスの首に抱き着いた。
「にゃん」
「にゃんちゃん、かわいい。ありがと」
八歳だと聞いていたが、かなり幼い。全体的に体も小さいし、心もまだ成長できていないのだろう。よしよしと頭を撫でた。
リュカには暖かい格好をさせてから、フェレスに乗せた。
見送りに来たソロルたちに挨拶をすると、シウの前に座ったリュカは小さな手でフェレスの騎乗帯から伸びる紐を掴んだ。万が一を考えて安全帯は付けているのだが、誰だって高いところは怖いのでしようがない。できるだけ肩の力を抜くように言って、飛び上がった。
最初はゆっくり飛んでいたが、慣れてきたのを見てスピードを上げた。
リュカも緊張していたようだがやがて懐炉の暖かさと、シウの温もりを感じて力を抜いてくれた。
「寝ててもいいよ。落とさないからね」
「ううん、ちゃんと、起きてる……」
返事はしたもののうつらうつらして、とうとう眠ってしまった。
完全防寒で、火属性も使って空間内を温めていたこともあり眠気が勝ったのだろう。
その後は更にスピードを上げて王都まで戻った。
冒険者ギルドの真上まで来て、ゆっくり降りたが意外と誰にも見付かることはなかった。目の前まで来てようやく、ギルド前に待機していた冒険者たちが驚いたぐらいだ。
「うわっ」
「斥候で向かった少年冒険者か!?」
「はい、そうです。すみません、この子見ていてもらえますか?」
そう言ってフェレスの手綱を渡すと、冒険者たちはびっくりしつつも了解してくれた。
「な、撫でても大丈夫か?」
歩きながらギルド内へ入ろうとしたら声を掛けられたので、シウは振り返って笑顔で頷いた。
「どうぞ。噛みませんよ」
「やった!」
「お、俺も、触りたいぞ」
「そっとしろよ。そっと」
男たちの可愛い言葉を耳に、奥へと進むとクラルがやってきた。
「シウ! 大丈夫だった?」
「うん。それより、報告があるんだけど、いいかな」
「あ、こっちだ。ギルド長が待機してるから」
部屋に案内してくれた。
そこでは職員数人が話し合いをしており、数人の冒険者も座っていた。
「すみません、お邪魔します」
「おお、シウ殿か。助かったよ、それで、どうだったかな?」
「はい、その報告と、あとすみませんが、この子を少しの間寝かせてもらっても良いですか?」
「……その子供は?」
「生き埋めになっていた作業員と奴隷たちに混じって、生き残っていました。父親は奴隷で、預かり先がなくて一緒に連れて行っていたそうです」
「まさか」
「父親はこの子を庇って亡くなったそうです」
「なんてことだ」
「それに、生き埋めだと? まだあそこに残っていたのか……」
部屋にいた冒険者の幾人かが顔色を変えていた。現地にいた当初の冒険者たちだろう。一旦引き上げてきて、休息の後にまた行く段取りのようだ。
「先に報告をと思ってそのまま連れてきました。この子のことは僕がなんとかします。先に説明を」
「あ、ああ、分かった。いや、待ってくれ。その奴隷の子のこともできるだけのことはする。子供のシウ殿に全部を任せるほど、情けないつもりはない。どうか信じてくれ」
毅然とした態度に、シウはようやく笑みを見せた。
「ありがとうございます。でも、面倒だけは見させてください。この子もあっちこっちに行かされると可哀想だから。最終的な判断には従います」
「……分かった。ありがとう」
アドラルの言葉を受けて、話が一旦終了し、シウの報告が始まった。
現地での状況、索敵の結果、冒険者リーダーのリエトとの話し合いなどを説明した。
想像以上の魔獣の数に、皆が顔色を悪くしていたが、最後まで聞き終わるとすぐさま動き始めた。
冒険者ギルドだけでまとめられる話ではないので、国に上げるしかない。その報告などで慌ただしくなった。
シウは一度リュカを連れて屋敷に戻ることにした。
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