286 奴隷達




 ここには男性しかいないが、女性も誘拐されて奴隷にされる例もあるのだと聞いて驚いた。

「犯罪奴隷はもっと厳しい鉱山送りになるので見かけないと思う。俺たちは城壁補修といって、もっとも軽微な奴隷の立場だったのに」

「俺たちだってそうだ。建設作業員として来たのに……」

 アルリーゴと名乗った男性は作業員で、ここにいる奴隷たちと一緒に働いていたそうだ。雪崩が起きて逃げ遅れ、見捨てられたのだと言った。

「危険だから対策をしてほしいと何度も掛け合ったのに」

「冒険者ギルドでも前々から何度も、王宮に掛け合っていたみたいだよ。これぐらい大がかりな雪崩を片付けるには宮廷魔術師じゃないとって、何度もお願いしたらしいけど、出してもらえないと悩んでいたもの。交替要員も工面してたし、職員も寝ずに頑張ってたんだ」

「そうか。ギルドはまともだよな。いつも職員を寄越してくれたし。そういえば、ポーションも一度大量に持ってきてくれたな」

 あ、それは僕が作ったのです、と心の中で返事した。

「ポーションと言えば、さっきの」

 皆がおずおずとシウを見つめた。

「本当に代金は要らないよ。大体、目の前で人が死にかけていて、自分が薬を持っていたら普通は使うよね」

「……普通は使わないよ」

 困惑したような、変わった笑いを漏らしてソロルは答えた。

 それから居住まいを正して、もう一度頭を下げてきた。

「助けてくれて、ありがとう」

 他の面々も一緒に頭を下げてきたので、シウは慌ててそれを止めた。


 皆、大なり小なり栄養失調で、体力だけが戻った状態なので高栄養のスープを作って飲ませた。まだ固形物を食べさせるには体が受け付けないだろうと思った。

 急いで食べようとするのを押さえて、ゆっくり食べてもらう。

 奥の遺体は遺族に返すかもしれないので、その場で保存することにした。

「これ、懐炉です。温かいので持っていてください。ただし直に肌に触れさせると低温火傷するので気を付けて。あと、かんじきを履いてね」

「か、かんじき? それに懐炉……?」

「僕が作ったんです。雪道にかんじきは良いですよ。山奥暮らしの樵の子の言うことです、信じて」

「あ、ああ」

「懐炉は先日特許を出したばかりだから、使ってくれると意見が聞けて嬉しいかな」

 笑ってウインクすると、アルリーゴが気付いてくれて笑顔で受け取ってくれた。

「そうか、なら、商品がどうだったか意見を言うにも使う必要があるな!」

「あ、ああ」

 ソロルたちも言外の意味に気付いて受け取ってくれた。

「あったかい!」

「すごい、これなんだ? 魔法?」

「くれぐれも直に触れさせないでね、低温火傷は怖いよ」

「……分かった」

 各人が神妙な顔をしつつも綻んでいたのは、熱いスープを食べ、温かい懐炉を持っているからだ。

「じゃあ、行きましょうか。歩きだと一時間かかるかもしれないけれど、危険な場所さえ乗り切ったら、交替で運べるし」

 交替? と首を傾げる男たちが、雪洞を抜けて見たのは騎獣だった。


 小さいリュカだけをフェレスに乗せ、シウはその横を歩いて進んだ。

 皆、最初はおっかなびっくりついてきていたが、文句を言うこともなくシウに従っている。

 危険な雪崩を起こした箇所を通り過ぎたらあとは街道を進めば良い。

 彼等が道を通してくれていたおかげで、さほど歩くのには苦労しないが、数日閉じ込められていた十二人が歩き通すのは大変だろう。

 最初に言っていた通り、シウは一人ずつ宿営地まで運んだ。

 一番最初にリュカを連れて行くと一人取り残されて不安だろうから、リュカはソロルたちに預けてアルリーゴを運んだ。

 あっという間に空へ浮かび、乗っているアルリーゴも見ている奴隷たちも、ひゃあぁっと変な声を上げていた。

 宿営地へ到着するとククールスが戻っていた。

「シウ! 遅いから、どうしたのかと、あ?」

「ごめんね。連絡入れようかと思ったんだけど、驚くかと思って」

 いきなり通信魔法を使えなかったのだ。

 降り立ってからすぐに事情を説明すると、ククールスは同情して何度も頷いていた。

「生き残りがいる可能性は聞いていなかったな。逃げてきた現場監督を後でとっちめないと。それにしても」

 ククールスはシウの肩を叩いた。

「良くやった! 初動が肝心なんだ。俺でも見付けられなかったのに、お前はすごい」

「あ、はは、痛いよ」

「おっと、わるい」

 とにかく残りの人を順に運んでくるからと言って、フェレスに飛び乗った。

 その後は往復して運んだ。

 奴隷たちはその場で待つことをせず、少しずつではあるが歩いて来ていた。そんな人間性なのにどうして奴隷になったのだろうか。後で聞いてみようと思った。


 彼等のための休憩場所を作ったりしていたら昼になった。

 昼ご飯はシウの持ち出しで作った。荷運びを請け負ったので食糧があるのは知っていたが、勝手に取るのは計画にないだろうと遠慮したのだ。

 そのことに気付いたククールスが、後できちんと金を払うと言っているのをイーサクが聞いていたらしく、昼ご飯の時には少々すったもんだもあった。

 ようするに自分たちには払えないからと遠慮したのだ。

 その結果、時間がかかってしまって、せっかくの料理が冷めてしまったほどだ。もちろん、温め直したが。

 そして、食べ終わった頃に先発隊が到着したのだった。


 先発隊にはガスパロもいた。

 冒険者ギルドでは顔利きの男だ。シウを見付けて駆け寄ってきた。

「お前が斥候だったのか! ギルドは何考えてんだ!」

「こんにちは。久しぶりですね」

「ああ、そうだな。って、呑気なこと言ってんな!」

「シウってこんなだよな。この二日で分かったよ」

 ククールスが隣に来て笑うと、ガスパロがそちらを見てげんなりした顔をした。

「なんだ、お前も一緒か」

「なんだとは失礼な」

 二人がやり合っていると、他の面々もやってきた。先発隊に入るだけあって、皆、冒険者だ。

 そして宮廷魔術師は未だ姿を見せない。どうなっているのだろう。

「先発隊のリーダー、リエトだ。周辺の様子を聞きたい」

 真面目な態度にククールスも表情を変えた。

「北にニクスルプスの群れが二つ、東寄りの群れが百匹前後、西寄りの群れが二百匹を超えると思う」

 そう言ってから、シウを見た。

「えっと、さっき調べた限りでは、北東の群れが百匹なのは変わりなしで、北西の群れが二五〇匹近く、です」

 周辺にいた冒険者たちがギョッとした顔をした。

「それと、まだこちらには来ないと思うけど、あちら」

 西を指差して、続けた。

「岩猪の小さな群れが、それぞれ二十三あります。四から十匹以内の小さい群れだけど、数はあります。ゴブリンの群れもいましたがかなり遠いです。カニスアウレスも同じような場所にいましたが、行動範囲が広いので一応数に入れておいてください。群れではなくほぼ単体で三十匹近く。それと」

 まだあるのかとガスパロがうんざりした顔をした。

「こっちは自信がないんですけど、ここより東に向かって山脈の手前あたりかなあ、と思いますが、そこに巨大な魔獣の存在が感じられます。具体的には分かりませんが、十メートルぐらいありそうです。時間がないのと、今回とは別件になるかもしれないと思って索敵には行ってません」

「……いや、その位置だとまだ脅威じゃないだろう。的確な判断だったと思う」

 リエトは呆然としつつ答えて、それからまじまじとシウを見下ろした。

「嘘を、言っているわけでは、なさそうだな」

「リエトよ、こいつは嘘はつかんよ」

「リエトさん、シウはそんなことするような子じゃない」

 ガスパロとククールスが同時に証明してくれた。お互いに顔を合わせて苦笑しつつ、シウを振り返った。

「うん、嘘ではないです。その、探知をどうやったのか聞かれても答えられませんが」

「……それは分かる。魔法使いの生命線だ。大事な魔法の種を明かせとは言わんよ」

 しかし、と大きな溜息を吐いた。

「こうなると全体の計画を練り直しだな。ニクスルプスの数が予想以上に多い。岩猪たちも弱いとはいえ数が多すぎる。万が一こちらに流れてきたら危険だ。ジャンニ、来てくれ。ドメニカは先発隊を休ませておいてくれ。ああ、ククールスとシウか、お前たちも来てほしい。詳しく地図に書き込みたいのでな、それと」

 ふと、顔を上げて、怪訝そうに周囲を見渡した。

「ここにあんなもの、あったか?」

「あれ、シウが作ってくれたんだ。荷運び要員でもあったから、倉庫を作るついでにって退避場所もちゃっちゃと作ってくれて。地均しもしたんだよな?」

 うん、と頷いたら、リエトが渋い顔をした。

「……地均しまでか」

「竈もあるから、温かいものを出せるぜ。あ、そうだ、一番大事な話を忘れてた!シウがさっき置き去りにされた人を発見して助けてきたんだ。今は休憩場所を新たに作ってそこに寝かせてる。作業員と奴隷を合わせて――」

 シウを見たので、話を継いだ。

「十二人です。だけど、栄養失調で戦力外です。内一人は八歳の子供で――」

「子供!」

 なんてことだと、リエトは天を仰いだ。

 大抵の良心的な冒険者たちは子供がこうした場にいるのを厭う。同情して憐れに思ったのだろう。

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