289 荷運び便




 前回はククールスを乗せていたことと、初めてのルートだったために慎重だった。

 今回は往復して経験がある上に、シウしか乗っていないというのもあって、フェレスは面白いほどスピードを上げて飛んでいた。

 日に日に体力がついてきて、これだけ飛び回っていても疲れた様子がない。時間があれば昼寝をするくせに、徹夜をしても平気なところがある。

 猫型騎獣の割には体力もあって魔力も順調に伸びているようだった。


 現地には午前半ばぐらいに到着した。

 リエトたち冒険者は魔獣狩りに出ており、宿営地には守備班だけが残っていた。

 それと、昨日助けた作業員や奴隷たちもいたが、馬車に乗って王都へ戻る手はずとなっている。

「入れ違いにならなくて済んだね。良かった」

「昨日はありがとうございました」

 皆が口々にお礼を言ってきた。昨日のことはまだ夢のようだったらしく、一夜明けて自分たちの置かれていた状況を改めて理解したらしい。命があったことが奇跡だと、冒険者たちにも驚かれたそうだ。

「助けてもらった御恩は一生忘れません」

「お礼のひとつもできずに申し訳ありません」

 などと言うので、もうやめて、と照れ臭くなって手を振った。

 ソロルもやってきて、頭を下げた後にリュカのことを心配げに聞いて来た。

「大丈夫です。僕がお世話になっているブラード家の方々が、事情を知って引き取りたいと言ってくれました。皆、いい人だし、ハーフというのにもこだわりがないです。いずれ家僕として働いてもらうかもしれないけれど、今のところは子供らしく過ごしてもらうつもりですから。将来の仕事についても本人のやりたいようにと思ってます」

「ありがとう」

 自分の子供でもないのに、心底嬉しそうに安堵していた。

 他の面々もリュカが奴隷にならずに済むのを知って、喜んでいた。


 守備の人間に荷物の引き渡しをして受領印をもらうと、シウはまた王都へ戻ることになった。

 が、少々気になって尋ねてみた。

「宮廷魔術師の方々はいらっしゃったんですか?」

 すると、顔色が曇ってしまった。

「……もう到着してもおかしくないのに、まだなんだ」

「そう、ですか」

「君が出てきた時に、それらしい騎獣は飛んでなかった?」

 すがるような視線に、シウは困ってしまった。全方位探索でも引っかからなかったのだ。

「いえ」

「そうか。一体、何を考えているのか……」

「昨日戻ってすぐに、ギルド長にも報告したので、事は一刻を争うし国レベルとして動かないとって慌てていたから、話は行っているはずなんだけど」

「そう、ギルドでさえ、それぐらい分かっているのにな」

「シュタイバーンの時は国が主体になってすぐ動いていたのに、ラトリシアは変ですね」

「ああ、そうか、君はシュタイバーンの人間か。……というと、ロワルの近くで起きた事件のことか」

 守備の人は考え込んで、ふう、と溜息を吐いた。

「まさかな。『サタフェスの悲劇』を二度と起こさないためにも、こういう時に動かないとダメなんだが」

「もしかして、今回の事で逆に構えちゃったかもしれない、って意味ですか?」

「……聡いなあ、君は」

 男は苦笑して、それから慌てて手を振った。

「いや、悪いことは考えるまい。最悪の場合を想定するのが冒険者だが、国家レベルのことは考えたくないもんだ」

 自嘲気味に笑って、シウにもう帰っていいよと肩を叩いた。


 そう言われても気になるもので、シウはフェレスに乗って王都へ戻る道すがら、全方位探索を強化して辺りを探った。

 騎獣らしき存在は全く感じられず、アイスベルク近くの山脈で見付けた大型魔獣が少しだけ街道に近付いているのが分かっただけだ。

 まっすぐ来ているわけではなさそうだが、気を付けておくに越したことはない。その存在にピンを付けて、脳内地図に保管した。



 昼前に王都の冒険者ギルドへ戻ると、商人ギルドの折衝担当であるユーリが来ていた。

「あ、シウ君、戻って来たんだね」

「はい。あの?」

「君を待っていたんだ。大変なことになっているようだね。君みたいな子供の冒険者まで駆り出されるなんて」

「あはは」

 ここでそれを堂々と言う神経がすごい。冒険者ギルドの職員たちの目がきらっと光っていた。

「それで、御用の向きは?」

「ああ、そのことなんだけど。おっと、来た来た」

 アドラルと一緒に、シウの初めて見る職員がやってきた。

「コールです、普段は交渉担当をやっているので、君とは初めて会うね」

 シウにはそう言って気楽に挨拶したものの、ユーリの前に立つと視線が鋭くなった。

「どういったご用件だろうか」

「ははは。そんなけんか腰にならないでくれよ。実は、シウ君が特許申請して開発した商品が、試作段階なんだが大量に出来上がっている。それを今回の討伐隊に提供しようと思ってね。業者もそうしたことなら無償提供したいと申し出てくれたので、こうして紹介に来た次第なんだ。試作段階と言っても特に問題はなさそうだったが」

「ようするに現場で商品を試すのにちょうど良いということか」

 苦々しい顔で答えている。

 シウとしては、どう口を挟めば良いのか分からず、おろおろしてしまった。

 コールだって開発したシウを前にして文句も言いづらいだろう。それを考えて話すのだから、ユーリは強かだ。

「……どういった品だ?」

 質問したコールに、ユーリはふふんと小さく笑った。性格がサディスティックの人だ、と思ったが賢く黙る。こういう相手に余計なひと言は不要なのだ。

「これです、どうぞアドラル本部長」

 懐炉を渡して、使い方を説明する。袋を破って、しばらくすると温かくなるその仕組みを目の前で感じ、アドラルもコールも驚いていた。

 そしてその場で、次の荷運びに入れると決定が降りた。

 即断即決は長として当然のことらしい。


 シウは時間もないので、その場で報告した。

「守備班の方から聞きましたが、宮廷魔術師がまだ到着していないようです。僕も帰路に探索しながら来ましたけど、気配すらなかったです。それと、昨夜伝えた大型魔獣が、若干こちらへ進路を変えている気がします」

「そんな……」

 ユーリが片方の眉を上げた。

「宮廷魔術師がまだ、出ていないと?」

「ああ。何度も要請しているのだが一向に答えを出してくれん。今回は緊急だと言って、要望書を提出しているのだが」

「緊急なのに要望書ですか」

「掛け合っても通してくれんのだ。いつものことだがな。他にもあらゆる伝手を使っているが、宮廷魔術師どもは動かん」

「国王の耳にも入っているのですよね?」

「大貴族どもの駆け引きを制するので今は手一杯のようだ」

「いつものことですね」

 ユーリは侮蔑の表情をしているし、アドラルは苦々しく頷いていた。

「……守備班の人は、今回の騒ぎを王宮が逆に受け取って守りを固める、つまり内に籠ってしまう気かもしれないと考えているようでした」

「馬鹿な」

「有り得るでしょうね。その人、庶民の出の割には貴族らしい物の考え方に精通しているようじゃないですか」

 嫌味たっぷりにユーリが答えた。

「だが、本来は街道近くにいる魔獣を倒してしまうのが先決だ。でないと、それこそ大繁殖を生んでしまう原因となる」

 コールの視線が険しくなった。

「大型魔獣のこともある。まさか、外で魔獣のスタンピード、王都内で人間のスタンピードなど、起こさせる気じゃないだろうな」

「最悪のシナリオですね」

「こうなったら、直談判しかないか」

 アドラルは大きな溜息を吐いた。その顔には隈ができており、相当疲れているのが窺えた。

 シウはそろっとポケットからポーションを取り出した。

「どうぞ」

「……君、いつもこうして提供してくれているようだが」

「それは本部長が飲んでください。前のも、その前のも、全部冒険者に回しているでしょう?」

「う、む」

「目の前で飲んでください」

 隣でユーリがにやにや笑っていたし、コールはぽかんとした顔をしていたが、シウは視線を外さずにアドラルを見上げた。

 彼は結局根負けして、ぐいっと飲み干してくれた。

「……すごい、な、これは」

「命のやりとりをしている冒険者が疲れててもいけないけれど、一番疲れてはいけないのが、現場の長です」

「……うむ」

「街道の魔獣や、王都がどうなるかは、アドラル本部長にかかってるんだから、頑張ってください」

 そう言ってぺこっと頭を下げたら、我慢しきれないといった感じでユーリが吹き出し、それをコールが叩くというおかしな図が出来上がってしまった。

 アドラルは表情を引き締め、二人を連れて行った。これから王宮を相手に交渉するのだろう。

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