358 熊獣人と普通の見方




 待ち合わせの店に行くと、リュカが獣人族と思しき冒険者風の男に遊んでもらっていた。その横でソロルと、護衛のロドリゲスもいたので問題はなさそうだと思ったが、急いで走った。

「あ、シウ!」

 肩車をしてもらって、その上からリュカが手を振ってきた。

 ソロルもパッと笑顔になる。やはりまだ慣れない人の中で不安だったのだろう。悪いことをしてしまった。

「ごめんね、遅くなって。遊んでもらってたの?」

「うん、そうなの。ソロルお兄ちゃんも高い高いしてもらったらいいのに」

「ええっ? いや、でも俺はもう大人ですから」

「がはは! そりゃ人族なら大人だろうが、俺たちからすればまだ子供みたいなもんだぞ」

 獣人族の男が笑うと、店の床が揺れているように感じた。それぐらい、腹の底から響く大きな声だ。でも不思議と不快ではない。

「初めまして。リュカと遊んでくれてありがとうございます。僕はシウ=アクィラと言います。冒険者で魔法使いです」

「おお、そうなのか! 小人族か? 小さいのに偉いなあ! 俺はグラウィス=ペルラ=サントスだ。見ての通りの獣人族で、冒険者だ。よろしくな!」

 ぴこぴこと熊のような丸い耳が動いた。髪の毛は茶色だが耳は黒い。可愛いのだが、見た目は厳つい大男で、ギャップが面白かった。

 獣人族と言っても顔は人間そのものだし、そこに耳や尻尾がついていたところでそう変わりはない。まあ、多少毛深いとは思うが。

 それよりも、だ。

「……シウ、君、小人族だったの?」

「ううん。一応、鑑定では人間になってる」

「ふうん」

 アレストロもこの冒険者のいきなりの出現に呆然としていたようだ。

 よくよく聞いてみると、ここでお茶を飲んでシウを待っていたそうなのだが、いきなり店に現れた大男が近寄ってきて、めんこいなあ! とリュカを抱き上げたそうだ。

 最初は驚いて剣に手を掛けかけたスタンたち護衛だが、相手が、

「こんなところで獣人族に会えると思わなかったから、すまんすまん」

 と下手に謝ってきたので様子を見ていたそうだ。

 リュカも最初こそぽかんとしていたものの、同じ獣人族に可愛がられて喜んでいたので、遊ぶのを許可していたのだとか。

「ごめんね、いろいろと」

「いや、いいんだけどね」

 熊の大男はリュカを下ろしてから、シウにも乗るか? と聞いて来た。それを丁寧に断ってから、名前を聞き直した。

「ええと、お名前はサントスさんで、良いんですよね?」

「そうそう。お、お前さんは物知りだな。そうだ、俺たちは最後が名前になるんだ」

「ということはフェデラル国出身なんですね」

 今度はサントスも目を見開いた。

「おう、そうだけど、よく分かるな? ……俺の格好、おかしいかな?」

 自分の服を見下ろして言うので、シウは種明かしをした。

「ううん。同じ獣人族でも、順番が違うと出身地が違うんだって。サントスさんには区切りがあって三つ、名乗ったでしょう? で、最後が名前だとしたら、フェデラルやその周辺国なんだろうなと思ったんだ」

「ほほう。そうなのか。よその国だと違うんだな」

「ラトリシアの狼系だと、出身地の後に名前がくるね」

「へえ」

 そんな会話をしていると、男の腹が鳴った。ぐぐぐぅっとかなりの大きな音で、皆、思わずサントスのお腹を凝視してしまった。

「いやあ、すまんすまん! 腹が減って店に入ったのを忘れていたぞ。おう、姉ちゃん、飯くれ飯!」

 サントスは豪快な、冒険者そのものといった態度でテーブルに着くより前に注文をしていた。


 流れで、彼の隣のテーブルに皆で座った。

 少し早いがシウたちも昼ご飯を食べようと注文する。

 この店は庶民が多く来るのだが、観光地という街の性格上、その美味しさを求めて貴族関係の客もよく来るらしく、アレストロやヴィクトルを相手にしても委縮することなく対応していた。

「ここは評判らしいからね。スタンたちが情報を集めてくれて、来てみたんだ」

 護衛たちも周りを取り囲むように座って、注文した。

「あんたら、変わった集団だなあ。変な組み合わせっつうか」

「友達なんだよ。サントスさんは、一人なの?」

「サントスでいいぞ。俺は仲間と逸れて、捜すのも面倒くさいから市場に来てみたんだ。腹が減ったし、美味しい物を食べたかったら市場近くの店を覗くのが一番だしな!」

 マイペースな人のようだ。

「フェデラル国から来たのだね。仕事かい?」

「護衛でな。素っ頓狂な雇い主のせいで、陸地を馬車で来たもんだから、大変だったよ。飛竜や地竜、船もあるってのに」

 アレストロの問いに素直に答えて、やってきた昼ご飯を掻き込んで食べ始めた。数日断食でもしていたのかというほどの勢いだ。

 その食べっぷりに呆れていると、シウたちのところにも定食が届いた。

 こちらは市場で味見を繰り返していたこともあり、ゆっくりと食べ始めた。

 元より、アレストロやヴィクトルは貴族なので食べ方は洗練されている。護衛たちも貴族に仕えるだけあって礼儀正しい。

 リュカは多少おぼつかないものの、スサにすっかり仕込まれているので上手に食べることができていたし、ソロルもリコから猛特訓を受けていたのできちんとしていた。

 つまり、この付近に座る客の中でサントスだけが、ひどい食べ方をしていたのだが、本人は別段気にすることもなくがつがつと食べ散らかしていたのだった。


 食べ終わるとサントスはリュカの頭をぐらつくぐらい撫でて、じゃあなと店を出ていった。嵐のような男だった。

「あの方、リュカ君がハーフだと分かっていても普通に接していました。めんこいなあと言ってとても優しい目で見ていて……まるで自分の子供みたいに」

 ソロルが教えてくれた。

「リュカ君もすぐ懐いていたので、きっと良い人なんだなと思って」

「うん。豪快な人だったね」

「これが、普通なんですね」

 それは、ハーフ獣人に対する扱いの事だ。

「ロワル王都でも、特に何もなかったでしょ?」

「はい。誰も何にも。むしろ、アキエラさんなどは、可愛い可愛いと言ってましたし」

「うん」

「……わたしのことも、元奴隷だと言っても、エミナさんはそれがどうしたの、と」

「彼女なら言いそう」

「頑張って、抜け出せたんだから逆にすごくない? なんて言って、肩を叩かれました」

「痛かったでしょ。エミナ、力が強いんだよね」

「……でも、嬉しかったです」

 リュカがようやく食べ終わった。一人で全部やったので時間はかかったが、上手になった。食べた! と嬉しそうに報告して、シウとソロルを見た。二人で褒めてあげると、てれてれして耳をピピピと動かす。

「サントスさんや、この国の人みたいな人間になれるよう、わたしも頑張ります」

「うん」

 偉いね、とソロルの頭を撫でたら、アレストロとヴィクトルがぶはっと吹き出して笑った。子供が大人にすることではないと言われたが、ソロルは恥ずかしそうにしたものの、ぽやっとした顔になってどこか嬉しそうだった。

 問題はフェレスだ。

 とととと近付いてきて、頭を傾けてくる。

「に」

「え?」

「にっ。にゃ!」

 頭を撫でろということらしい。

 仕方ないので撫でてあげたら、アレストロが、

「シウ、フェレスに甘くない?」

 と笑いながら注意されてしまった。

 その後ろでスタンが、猫相手では仕方ありませんよと言っていた。

 スタンは去年から猫を飼い始めたそうだ。しみじみと、続ける。

「猫は、自分が一番なんです。一番可愛がってもらわないとふてちゃうんです。そういう生き物なんですよ」

 力の入った言葉だった。


 昼を食べた後は船に乗り、別荘地まで戻った。

 そこからはアレストロたちとは別行動になる。彼等は学校があるため、馬車でそのまま帰っていった。

 シウたちは別荘で少し休ませてもらったあと、ゆっくりと馬車で帰ることになっていた。

 午前中は歩き疲れたこともあり、リュカは昼寝をし、ソロルも湖を眺めたりして穏やかに時間を過ごしていた。

 シウは厨房を借りてケーキを作り、おやつの時間にはアレストロの使用人にも振る舞った。遠慮する彼等に、お礼代わりだからと言って。

 その後、馬車で帰路についた。


 帰ってから、リュカはスタン爺さんに一生懸命シルラル湖の美しさを説明し、ソロルはエミナとドミトルに港街の話をしていた。

「そうかそうか。そんなに綺麗じゃったか。三人とも、そりゃあ楽しかったろう」

「忘れられない思い出になりました」

 うむうむと頷いて、それからスタン爺さんは二人にプレゼントだと言って紙の包みを渡した。

「日記じゃ。上半分が空いておってな、下半分に線が書かれておる。上には絵を、下には文字を書きこむのじゃよ」

 言われて、そろりそろりと綺麗な包み紙を剥す。宝物を開ける時の、わくわくした顔だ。二人とも目をキラキラさせて日記帳を取り出した。外側は地味ながらもしっかりと丁寧に装丁されている。中の紙は上質紙とまではいかないものの白くて書き心地の良さそうな中質紙だ。ペン先が引っかかることはないだろう。

「文字の練習にもなるぞ。それに、歳を取ったときに、昔感じた感動をもう一度、味わうことができるのじゃ。日記とは自分を書き写す、歴史となるのじゃよ」

「歴史……」

 ソロルは日記を胸に抱いて、そっと呟いた。

 リュカは分かっていないようだったが、とても綺麗な紙をもらったことは理解していて、良いのかしらと少し戸惑っている。シウはいいんだよと肩を撫でてあげた。

 二人とも、我に返るとお互いに顔を見てから、ありがとうございますとスタン爺さんに深く頭を下げていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る