359 休暇地変更とお手伝い




 翌日は朝からキリクに呼ばれて、オスカリウス邸に出かけた。

 リュカとソロルは疲れもあるだろうからと家に残したのだが、スタン爺さんのお手伝いをすると、張り切っていた。

 いつも通り貴族街を抜けてオスカリウス邸に向かったのだが、途中で出会った門番や警邏の人から、心配されてしまった。

「気を付けてくださいね」

 だとか、

「1人歩きは危険ですよ」

 などだ。

 それぞれに、はいと頷いていたものの意味が分からず首を傾げていた。

 その答えはキリクによってもたらされた。

「ソフィア=オベリオが脱獄した」

「あ、それか。でも、脱獄じゃなくて、脱走でしょう?」

「似たようなもんだ。というか、もう知っていたのか」

「冒険者ギルドに寄ったら、教えてくれました」

「ああ、そういや、ギルドでも指名手配をかけてたな」

 国としても各領に話を通しているそうだ。

「厄介なことに、裏の組織と繋がっている」

「裏の組織」

 やくざのようなものだろうか。どこの世界にもあるものだ。

「魔人も入ってきているようだし、頭の痛い話だぜ」

「彼女、一度は悪魔付きでおかしくなったんだよね。もう元に戻れないのかな?」

「さて。本人の心構えの問題なんだがな。悪魔祓いをしたのに、本人が元から悪心を抱いていたらどうしようもない」

 クロエは聖別したと言っていたが、彼女もそうだがシウも、その言葉の意味をはき違えていたのかもしれない。

 元々悪心のあるような人間には、聖なる場所に置いていたところでどうしようもないのだろうか。性格というのか、元々の性質というものは、そう簡単に変えられないしそもそれこそが本人たる所以でもあるのだ。

「上昇志向が強く、特権意識の強い人間だと聞いていたし、我慢ならなかったんだろう」

「でも、こんな言い方するとなんだけど、彼女って大商人の家の子ではあったけど、庶民だよね」

「どうやら、どこぞの貴族の家と婚約が決まりかけていたそうだ。それも伯爵位だったそうだから、大層な出世だ」

「それはまたすごいね」

 庶民の娘が伯爵家の正妻というのは相当なことだ。どんな手を使うのか分からないが、お金もかかりそうだ。

「まるで、女の子が好む小説みたいだね」

「あー、な。夢見がちな少女が好きそうな話だぜ。貴族の嫁になるののどこが良いのか、俺には全く理解できないが」

 そう言うのなら、シウに養子縁組の話をしないでほしいのだが。

 じとっと見たのが分かったからか、キリクは目を反らした。

「まあとにかく、ああいう性質の女の、次にやることって言ったら大抵は復讐だ。逆恨みも良いところだが気を付けろよ」

「はい」

 それから、今日のうちに領地へ戻るので一緒に行こうと誘われた。

 帰りは飛竜を借りる予定なので、オスカリウス領からでもロワルからでも時間に変わりはない。

「夕方に転移する予定だから、それまでに来いよ」

 シウが迷っていると、キリクはにやりと笑って続けた。

「ラーシュに会いたくないか? 元気になって、頑張ってるぞ?」

 良い釣り餌である。

 シウは半眼になりつつも、食い付いた。

「分かった。じゃあ、リュカとソロルにも話をしてから、決める」

 そう言うと、善は急げとばかりに部屋を出て行った。もちろん、キリクの後ろでイェルドが次の仕事を抱えていたからではない。シリルが笑いながらワゴンに書類を乗せて廊下を歩いてきた姿が見えたからでもない。


 家に戻ると、母屋から楽しそうな声が聞こえてきた。

「お、帰ってきたの。どうじゃった。キリク様の御用は終わったのかの」

「うん。まー、いろいろと問題があったりなかったり」

 答えつつ、部屋の中を見ると料理が並べられていた。

「が、頑張りました!」

「僕も!」

 2人がスタン爺さんの指示の元、料理を作ったようだ。台所はまだ汚れていたものの、作ったものはお皿に綺麗に盛られていた。

「すごい、これ、全部2人で?」

「はい」

「そうなの! あ、でも、僕はお手伝いだけなの。ソロルお兄ちゃんがいっぱい作ったの」

 自己申告して、ふにゃっと眉をハの字に寄せる。ソロルはそんなことないよとリュカの頭を撫でていた。

「2人で頑張ったんだね。すごいね。お手伝いって、これだったんだ」

「皆さんに、してもらってばかりで、だからその、お返しをと思ったんです」

「偉いねえ」

 ほんわかしてそう言ったのだが、やっぱり何故かスタン爺さんに笑われた。

「お前さん、相変わらず自分が子供じゃという自覚がないのう」

「……あ、そうか。僕、まだ子供だったね」

「なんとのう、お前さんは時折子供になるが、大人びておるからの。そう早く大人にならんでもいいんじゃぞ」

「うん……そだね」

 照れ臭くなって、頭を掻きつつ、椅子に座った。

 テーブルの上には幾つもの料理が並んでいる。

 どれもラトリシアの料理だ。ブラード家で出たものもあれば、食堂で見ただけのものもある。

「記憶を頼りに、スタンおじいさんに教えてもらったりして作りました。わたしが作ったので美味しくないかもしれませんが」

「ううん。美味しそうだよ。それに、作ってくれたのが嬉しい」

「そうじゃそうじゃ。さ、後片付けをしてから、エミナを呼んで昼ご飯としよう」

 はーいとリュカが手を挙げて台所に走った。ソロルも後を追う。

 暖かい光景に、シウも一緒になりたくて後を追った。


 昼ご飯の時にキリクから聞かされた話をした。

 ソロルは事前に聞いていたこともあり、ソフィアの件を黙って聞いていたが、エミナは食べながら怒っていた。

 それから、オスカリウス領へ行くことを勧めてきた。

「オスカリウス領には怖くて行かないんじゃないかしらね。特に後ろ盾がキリク様だって知っているでしょうから、余計に」

「確かにそうじゃのう。それにあそこは警備もしっかりしておる。王都だと人が多い分、危険も多いしの」

「うん。でも、せっかくリュカ達と遊びに来たから、忙し過ぎないかなと思って」

「僕、大丈夫! 分かんないけど、一緒に行く!」

「わたしも、一緒に行きます。その、楽しみでもあります」

 ソロルなりの気遣いもあってか、そのように言ってくれた。

「王都でもたくさん見て回りましたし」

「そう? 他に行きたいところ、ない?」

「いっぱい行ったよ」

「はい。いろいろ見て、楽しかったです」

 遠慮してる風でもなかったし、元々ロワルのことに詳しくなければどこそこへ行きたいという希望もないのだろう。

「じゃあ、夕方まで近所を散歩したりして過ごす?」

「うん!」

「はい。あ」

「なになに?」

「……あの、もう一度、馬に乗れたらなと、その」

 初めて出るソロルの希望に、シウは笑顔になった。

「うん、行こう! 今度は騎獣に乗れるかもしれないし!」

「はい!」

 そういうわけで、午後はカッサの店へ行くことになった。

 食事は素朴な味ながら、シュタイバーン風にアレンジされていて、とても美味しかった。


 カッサの店で騎乗の練習をしたのだが、やはりソロルは覚えが良いようで馬は1人で乗っても大丈夫だと太鼓判を押されていた。

 とはいえ、早駆けはまだまだ無理だ。少しずつ練習すれば良いだろうと言ってもらえた。

 騎獣にも乗ったが、騎獣の場合は賢いので特に問題もなく乗れていた。ふわふわっと飛んだ時は珍しくはしゃいでいた。

 リュカはフェレスに乗り慣れているので騎獣へ乗ること自体は良かったのだが、自分で操作するというのはまだ無理だった。

 どうせならと、小さな兎馬を相手に夕方まで練習していた。

 2人が練習している間は久々に厩舎内を掃除したり、騎獣や馬達のお世話をした。

 アロエナも子供を連れて見せに来たあと、シウのブラッシングを気持ちよさそうに受けていた。ゴルエドもだ。

 子供のフルウムはまだちっちゃく、足元もおぼつかないような感じではあったがすでにやんちゃな兆しを見せていた。フェレスが来ると怖い物知らずで尻尾を食べようとするし、同じ厩舎内でもこれまで顔を合わせていなかったティグリスを見て駆け寄ろうとしたりで大変だった。

 ティグリスももう大人なので落ち着いていたが、機嫌が悪いと相手がただの獣ならば怪我をさせる可能性もある。アロエナは慌てて子供を引き寄せるし、ゴルエドも子供を守ろうと間に入っていた。

「がるる……」

 ティグリス自身は、俺なにもやってないのに、と愚痴を零していたけれど。


 そんな風にして、午後は過ぎて行った。

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