241 祭りの準備とギルドの悩み
三階層は丸ごと使って市街を作り上げた。壊されると作り直すのが大変だから、全体にかなり強固な補強をかけている。
また屋敷の中の、使用人が暮らしていると思われる部分は内装も何もないただの小部屋ばかりにして、手を抜いた。
割と細部は適当なのだが、手伝いに来てくれた生徒たちの中には面白がって自宅から要らない装飾品の数々を持ってきては飾り付けるということをしてくれたおかげで、パッと見は本物の屋敷に見える。
石畳や、街並みも誰かがこっそりやってるらしく(たぶん教師たちだろう)、どんどんクオリティが高くなっていた。
そのうち本当に街ができそうで怖い。
「無駄に細かいんだけど、これ」
「最初はお屋敷以外は張りぼてだったんだけどなー。見てよ、護衛の詰所とか、あと道路を挟んだ向かいの商店、奥の小道とか、裏通りに並ぶ小さい家」
「……本物だろ、これもう」
「後から追加で増えてるんだよ。あと、先生の誰か、ここで休憩している気配もあるし」
「え、そうなの?」
「裏通りの家の二階の奥、布団が敷いてあった。前に確認した時なかったもん。毎回来るたびに強化しないといけないんだよ。勝手に新しく作らないでほしいんだけど」
「……無法地帯だな」
「スラムじゃないか、それ」
生徒たちは常識的で、皆一様に呆れていた。
さすがにここで煮炊きはするなと言っているが、火属性魔法を使ってしまう生徒もいるだろうとの観点から換気対策はばっちりなので、早々に規則違反が出そうな気がする。それも教師から。
「ここは、もしかしたら教養科で使うかもしれないよ。礼儀作法の実践に使えるかも、ってイヴォンネ先生が言ってた」
「それだけ本格的な施設ってことか。じゃ、防衛戦の模擬実験もできるな」
生徒の方がよほど真面目に考えている。
四階層は大きく二部屋に分かれており、ただの訓練施設だ。ただ、端にいろいろな機材を置いている。設置して、簡易建造物を作ることも可能だった。
独自のパターンが必要な時にはここを使う。大掛かりな訓練施設だ。
特にこの二部屋は強化しているので魔法を使い放題できる。隅には結界魔法も仕掛けているし、万が一崩れても天井が落ちないように網目模様の超強力糸を張っていた。これで少しの時間を稼いでる間に部屋の隅に作った緊急脱出路に入ってもらうのだ。
「緊急脱出路?」
「そう。滑り台になってるから、そのまま降りてもらう。そしたら、この人工地下迷宮の横に作った通風用の立坑底まで到達するから、あとは螺旋階段を上るか、ちょっと緊張感のある昇降機に乗ってもらって地上へ脱出するんだ」
「……聞きたくないけど、緊張感のある昇降機って何?」
シウは黙ってにこにこと皆を見た。
生徒たちがざわざわとし始めて、段々と静かになっていく。
聞いてはダメだと、悟ったようだ。
ちなみに、そんなに恐ろしいものではない。滑車を使ったただの簡易エレベーターだ。ただ金属網で囲んだだけの空間に投げ込まれて恐ろしい勢いで上っていく昇降機は、教師たちを恐怖のどん底に陥れたようなので、いざという時が起こるまでは黙っていようと考えただけだ。
決して皆を怖がらせようというような考えは、なかった。たぶん。
それから、四階層の下には隠し部屋の五階層があることを説明して、地上へと戻って行った。隠し部屋というが、いざというときのシェルター代わり、安全地帯というだけだ。
降りてきた階段とは別の、上り階段を使う。迷路になっている分、あちこちに脱出路があるのだが、最終的に戻る場合はこの階段へと通じるようになっていた。
時には滑り台で降りてくることになるので、階段の途中にはたくさんの扉が付いていた。どれも一方通行でしか開かないので、ここからは元の部屋に戻ることはできない。
「裏技禁止ということか」
いち早く、その意図に気付いたアルゲオが興味津々で扉を見ていた。
人工地下迷宮騒ぎも翌日からは落ち着いてきて、呼び出されることはなくなった。皆、一通り見たら納得できたようだ。
ただし、授業で取り入れるのは相変わらずで、人工地下迷宮の稼働率は高いままだった。
呼び出されないこともあり、授業の合間合間に確認にいく以外は放課後の時間もできた。その為、シウは誕生祭前の手伝いを相変わらず続けていた。
商人ギルドのみならず、オリュザにも顔を出す。
味自慢対決の話をしたら、誕生祭の間お店を休みにする予定だったドランが乗り気になって、ぜひ参加したいと言い出したのだ。
さすがに屋台を出し続けるのは大変だが、一日だけなら参加できるだろうと従業員総出で決めたらしい。
出るのはハンバーグの味比べ対決で、お米に合うものを作ると言ってレシピを試行錯誤している。
参加者全員に、こんな感じのものだという説明用のレシピは配られており、そこから派生させてもらうつもりだ。
「これが、レシピ通りに作ったものだよ。この中で、僕はあっさり食べたい時は大根おろしポン酢だなあ」
「おお。確かに。さっぱりして美味しい。それでいて肉の旨味も感じられるしな」
「頑張ってね!」
「おう」
ちょうど一年前に、シウの作ったものが受け入れられて、結果ドランたちにレシピを渡してオリュザができた。
感慨深いものがある。
もっとも、今のオリュザは戦争だ。夜の営業を終えてもまだ、頑張っている。
主婦たちは帰って行ったが、ドランとリエーラ、そして厨房に入っている従業員は残っており、ああだこうだとレシピを考えていた。
「じゃあ、僕はもう帰るね! 決戦は最終日だから、頑張って。それまでに体を壊さないでね」
「ああ。俺たちもちょっとは祭りを楽しむつもりだしな。毎年、屋台ばっかりで、店を持ったらいつかゆっくり祭りを見て回るんだって思ってたが。悪いな、リエーラ」
「言い出したら聞かないんだもん、あんた。ま、付き合うわよ」
仲睦まじい二人と、そんな彼等の声も聞こえずに材料を吟味している従業員たちに、シウは差し入れを渡す。
「これ、下級ポーション。疲れたら飲んでね。じゃ、お先に!」
皆に喜ばれて、店を後にした。
そんな風に、夜遅くまであちこち手伝いに回っていた。
冒険者ギルドでも準備で忙しそうだったが、今回は養護施設の子供たちが頑張ってくれているおかげで、かなり助かっているとか。
子供たちも学校の友達に声を掛けたりと、徐々に見習いを増やしているようだ。
親が下級官吏だったり、商店や道具屋の雇われだったりすると裕福でもないから、どうかすると小遣いなど養護施設の子より少ない場合もあるらしい。なので案外、アルバイトとしては良い選択肢で、西中地区のギルドよりは安全な仕事場が多いので子供たちにも利点がある。
ここで行儀作法を学べたという子も多く、親も感謝しているという話を聞いた。
「良かったですね」
「ええ。でもねえ……」
顔を合わせたクロエはにこやかだった笑顔を消して、少々困惑げに首を傾ける。
「どうしたの?」
「西中地区のギルドからしたら、引き抜かれたと思ったらしくて」
「あ、子供たちを?」
「ええ。会合があると、チクチク言われてるのよ」
「あー。すみません。勧誘してきたの、元は僕だもんね」
「それはいいのよ。こちらとしては有り難いもの。それに見習いの安全を考えたら、西中地区の十級ランク仕事より断然こちらの方がお勧めだわ」
「そんなに治安が悪いんですか?」
「慣れた大人なら大丈夫でしょうけれどね。それに、仕事の内容もまた違うのよ」
説明してもらったところによると、中央地区では商家の家の手伝いや、倉庫の片付け、家の掃除など子供でも引き受けられる内容が多いそうだ。逆に言えば大人の十級ランク者にはまだるっこしい内容とも言える。
逆に、西中地区は庶民の暮らす街であり、家の掃除などを外注するはずもない。
女性の買い物のお手伝いなんてものも、ないのだ。
「つまりね、重い煉瓦を運んでもらったりだとか、酔っ払いの汚した箇所を掃除する、つまり酒場ね、そうしたところの後片付けや、冒険者だったり大人が暴れた建物の補修などね。子供には無理があるのよ。子供でもできそうな掃除は、場所が悪かったりするわけ」
「そうだよね」
クロエははっきりとは言わなかったが、ようするに色を売る店などからも後片付けの仕事が入るそうだ。
酔っぱらって寝込んだ男を運んでくれだとか、そんなことは子供には無理だ。
西上地区は商店街が多く、冒険者ギルドにはあまり用事がないそうで小さな支店扱いらしい。
西下地区も小さく、庶民街のなんでも仕事を一手に引き受けるのが西中地区ギルドということだ。
「南はまた別荘地に近いこともあって、趣が違うのよね。あちらは別荘組と農地組とに分かれているの」
地理的なものがあって、そのようになっているそうだ。
「確かに、西中地区は庶民街全体を補っている分、大変なのよね」
「でもそんな内容だったら、子供には無理だよねえ」
「そうなの。成人してすぐはまだ子供でしょう? 働いているうちに十級ランク九級ランクと上がっていくわ。そうしたら、絶対に最低ランクの仕事は受けてくれないもの」
「未処理班の人、大変だね」
「そう。その未処理担当の人からチクチク言われちゃうの。あーあ。疲れるわ」
お疲れのクロエにも、もちろん他の職員にも下級ポーションを差し入れした。
喜ばれたけれど、クロエの顔はまだ冴えなかった。
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