242 二度目の誕生祭、初日
根本的なところを変えないと意味がないのではないかと、シウは意見してみた。
「と言うと?」
「ルールを全部変えないと、無理じゃないのかなあ。ギルドの未処理班の人も可哀想だし、冒険者の無駄に背伸びした仕事の仕方を変える、良いきっかけにならないかなあ」
「……そうね。何度も議題にはなっているのだけれど、毎回こじれてるのよね」
「十級ランクの人は最低でも十回は十級ランクこなさないとランクアップできない仕組みにするとか。そうした最低限のルールはやっぱり必要だと思うなあ。もちろん、得手不得手があるから、幾つかの仕事は用意しないといけないし、ない場合は試験なりで通すしかないんだけど。あと、何でも屋専用の冒険者とか、引退した人を募って専門の部署を作るとかってどうかな」
クロエが目をパチパチさせた。
「試験や最低回数については何度も議題に上がったけど、引退した人を使って専門部署を作るというのは初めてだわ……。何でも屋というのも良いかも。ランクが上がらなくて腐っている人も多いから……あれは能力の割り振り方を間違っているのよね……」
小さな呟きだったので、シウは返事しなかったけれど、クロエは気にしていなかった。
ぶつぶつと呟きながら考え込んでいる。何か思い付いたようだ。
「……シウ君、ありがとう! わたし、今度の会議では頑張ってみるわ!」
「あ、うん」
「それとね、結婚式、ぜひ来てちょうだいね」
ウインクされた。
どうやらとうとう今年中に結婚することを受け入れたようだ。
「ぜひ。楽しみに待っています」
「ええ。あの素敵な老夫婦のお話をザフィロから聞いて、時間は有限なのだと気付いたわ。本当に良い話をありがとう。それと、さっきの話もね。さて。頑張るわよ!」
ガッツポーズをして張り切りだしたので、シウもここで別れることにした。
彼女たちは今日も残業なのだろう。
クロエに呼ばれて、各自がシウの差し入れたポーションを手に、席へと戻っていく。
シウは静かに挨拶して、ギルドを後にした。
土の日、誕生祭初日は学校ももちろん休みだ。
朝一番は厳かな雰囲気のあった街の様子も、朝日が高く昇ってくると騒ぎ声でうるさくなってきた。
「エミナはドミトルと回るの?」
「そうよ。シウはお友達とでしょ。あ、そうだ、アキも一緒なのよね?」
「うん。アリスたちが一緒に行こうって誘ってたみたい。途中で合流すると思う」
「そう。なら安心ね。でも何かあったら教えて」
分かったと返事をして、ベリウス道具屋の前で手を振り合って別れた。
スタン爺さんは店番だ。一応開けているという程度で、ほとんどは馴染みの客が来るのを待って店の前でテーブルを広げ、盤上ゲームをしたりするそうだ。
普段は仕事で忙しい友人たちがこういう時に集まって話をするとか。シウもつまめるものを何点か作って差し入れた。
店前で待っていると、リグドールがやってきた。
ついで、レオンとヴィヴィだ。アントニーはきょうだいたちと回るそうなので今日はいない。
「アリスたちは東上地区から回ってくるそうだよ」
「よく許してくれたな、親父さん」
「護衛してくれるんだって」
「……親父さんが?」
「そう。今年は休みが取れたんだって。なんといってもベルヘルト爺さんの子守りがなくなったからね」
毎年、誕生祭に街へ降りたいと我が儘を言っていたベルヘルトが、今年は何も言わずに屋敷で籠っていると自ら言い出したそうだ。
エドラの体力を思えば人ごみの中に連れ出すのは可哀想だし、自分だけ観に行きたいとは言えなかったようだ。
ダニエルは「変われば変わるものですねえ」と感慨深そうに言っていたとか。
「お昼前には中央地区の公園でアキたちと合流するらしいし、僕等も時間が合えば行ってみようか」
「お、おう」
リグドールの動きがおかしくなったが、皆そのことには触れずに歩き出した。
「シウは去年は屋台を出していたんだろ?」
「うん。楽しかったよ。忙しかったけど」
「にゃ」
適当に相槌を打っているフェレスに、シウは苦笑した。
「覚えてないくせにー。ずーっと檻の中で遊んでいたか寝ていたでしょ?」
「にゃ!」
わかんない! だそうだ。
「フェレスも一緒にやってたの? すごいわね」
「一応、猫のフリしてたけどね。まだこーんなに小さかったから」
「ええっ、そうなのか?」
レオンがびっくりして、シウの手で示したサイズと、横を歩くフェレスを何度も見比べる。
「おっきくなったんだなあ!」
「ほんとねえ」
ヴィヴィも笑って、フェレスの頭を撫でた。
「にゃにゃ!」
「あ、これは、あたしでも分かるわよ。当たり前だ! でしょ?」
「近いかな。もっと大きくなるもん、だって。フェーレースはこれ以上はあんまり大きくならないと思うんだけどなあ」
「あんまり大きいと部屋に上げられないから、これぐらいが良いわよね」
「あ、だね。今も部屋をいっぱい占領してるし」
「に? にぃ……」
「大丈夫大丈夫。落ち込まなくても。ちゃんとご飯いっぱい食べていいから。ほら、大きくなるんだろ?」
「にゃ。にゃ? にゃー」
疑わしそうな顔をしたものの、フェレスは機嫌を直して尻尾を振り始めた。
「……可愛いわねえ」
「いいよなあ、騎獣」
「羨ましいな、俺も」
それぞれに言わしめる、フェレスだった。
食べ盛りの子供たちがまず向かったのは、公園の道沿いに広がる屋台の数々だった。
去年はほとんど見て回れなかったので、リグドールに引っ張られて歩く屋台通りは楽しかった。
フェレスも人ごみだというのにぶつかることもなくひょいひょいと避けて歩いており、楽しそうに尻尾を振っている。
賢くしていたら食べ物をもらえることも知っており、おすまし顔だ。
「あ、これ、デルフ国の郷土料理だ」
「……悪夢の再来だ」
リグドールとレオンが小声で囁いていると、ヴィヴィが首を傾げる。
「美味しそうなのに」
「一度食べてみると良いよ。うん、そうしたら?」
シウが笑いながら言うと、ヴィヴィは半眼になって首を振った。
「やめておくわ。なんか嫌な予感しかないもの。大事なお金と胃袋を、訳の分からないもので使えないし」
「ヴィヴィ、しっかりしてるねえ」
「庶民を舐めないでよね」
「俺も庶民だぞ」
「あら、あなたは庶民でも、男子でしょう? 男子って、ほんと変なもの買ったりしたりするんだから」
「う……」
言い返せないレオンには、実績がある。
彼はデルフ国へ闘技大会を観に行ったのだが、そのお土産に投げナイフを買ってきた男だ。
そして、熊の置物を買ってきた男が、偶然現れた。
「あれ、もう公園に来たの?」
「こっちの台詞だっての。アレストロたちだって早いじゃないか」
顔馴染みの護衛たちもいてシウが挨拶している間に、子供たちはすぐに何が美味しかっただのと祭りでの戦歴を自慢し始めている。
「僕はアップルパイが良かったかな。ただ、ステルラのものには負けるよね」
「ステルラのパイと比べるなよなあ」
と嬉しそうにリグドールが言う。ヴィヴィが呆れたように笑っていた。やっぱり男子は、と思っているような顔だ。
「ヴィクトルは何か良いもの見付けたのか?」
「いや、食べ物ばかりだからな、このへんは」
レオンとヴィクトルは武器を見るのが好きなので、話が合う。
少し離れて彼等を眺めていると、アレストロの護衛が声を掛けてきた。彼等は普段着に近い格好をしている。
「お久しぶりです、シウ殿。坊ちゃんに聞いたのですが、人工地下迷宮を作ったとか」
「はい。でも、先生たちと、生徒みんなで作ったんですよ」
先に言っておかねばと被せるように言ったら、スタンとロドリゲスの両方に笑われてしまった。
「ははあ。なるほど」
信じてないようだ。なおも言い募ろうとしたのだが、スタンが手で制しながら、
「俺もぜひ行ってみたい。訓練にも良いでしょうね」
と言ってきた。
「子供向けですよ? 子供だましも良いところです。本格的にやるなら、やっぱりオスカリウス辺境伯のところにあるアルウスが向いてると思います。軍でもそこを訓練に使うとか言ってるそうだし」
「へえ」
「魔獣スタンピードがあった、例の場所はまだ稼働できるまでに至ってないそうだから、数年はかかるでしょうね」
「では、オスカリウス辺境伯はまた儲かりますな」
「あ、ほんとだ」
ポンと手を打ったら、スタンとロドリゲスにまた笑われてしまった。
「まあ、でも、我々にすれば、本格的な地下迷宮よりは、子供だましでも人工の地下迷宮の方が助かりますけどね」
そうした施設があると訓練に良いのにと、しみじみ語られてしまった。
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