240 人工地下迷宮の詳細




 忙しい週末を過ごし、また新たな週が始まった。

 火の午前は一年生の補講をやっていたが、担任のマットの計らいで補講の後半、実技の時間に人工地下迷宮を使えることになった。

 一年生では飛び級して高学年クラスに入っていない者は使用できないので、残念がっていたのだ。作った生徒の大半が一年生だったこともあって、それは可哀想だと掛け合ってくれたようだ。

「マットもやるなあ!」

「リグ、せめてマット先生って言ってやれよ」

 リグドールとレオンが掛け合いをしつつ、嬉しそうなのはやっぱり作り物とはいえ地下迷宮に入れるからだ。

 リグドールなど自分で穴を掘ったくせに、感動している。

 誰かにそのことを指摘されていたが、作るのと冒険者気分で入るのとはまた別なの! と言い返していた。


 とりあえず、実践運用はまだ禁止されているので、シウの引率による内部の説明に入った。

「建物は皆で作ったから知ってるよね。受付で名前を書いて、誓約書にサインして入ること。実際の地下迷宮も似たようなものだよ。あそこではギルドカードの提出が義務付けられているね。それから売店には緊急で戻る場合の転移石なんかも売ってる。ここにはそういったものはないけれど、下級ポーションなんかは自由に持って行っていいことになってるからね」

 自由に持って行っていいとは言っているが、もちろん良識の範囲でだ。

「おお! なんか、そのものだ!」

「本で読んだとおりで面白いな」

「救護室もあるのね」

「治癒科の先生がこっちに詰めているそうよ」

 低学年の治癒科の教師が、こちらを担当している。

「入口があそこかあ。わくわくするな!」

「自分で作ったくせに」

「ここは俺じゃないもん」

 わいわい言いながら、入り口を通って階段を下りていく。

「このへんは石や金属を使って補強しているから、安全だよ。本物の地下迷宮もこんなだったね。あっちはもっと踏み固められていて石畳も窪みがあったけど」

 説明しながら、降りていくと一階層に着いた。

「規模はどうしても本物と比べると小さいけれど、幅や天井高はこんなものだよ。剣を持ってる?」

「俺が持っている」

 手を挙げた生徒に、使ってみてと声を掛ける。おそるおそる剣を抜いて、振り回す。

「うん、なんとか使える、かな。でも戦闘になると気を付けないとな」

「剣はまだ使えるよな。長槍は無理だ。弓も、大部屋なら使えるだろうがこうした通路では難しい」

「広い地下迷宮もあるのでしょう?」

「ただ、通路自体は狭いと聞いたぞ」

 最初はわくわくしていたのに、今では真剣な表情だ。皆、人工とはいえ地下迷宮に降りたという自覚が湧いてきたようだった。

「地下迷宮では、地下迷宮ならではの戦い方があるそうだよ。そんな訓練もできるようにと、できるだけ本物に近付けているんだ。さて、ここから通路が分かれているけど、今回は幻術も切っているし、道なりに進むね。この右手が体を鍛えるための施設のようになってるんだ。行ってみよう」

 アスレチックも取り入れている箇所だ。ここで大小様々な木組みの建造物相手に、体を作っていく。

「まず、木製の櫓(やぐら)。これにいち早く登って降りるという訓練を行う。実際に、戦場に行くと櫓の上り下りができないと一人前の兵とは言えないそうだよ。もちろん、街や村でも、異常発生を知らせるために一般の人も使う。女性だって上るんだよ」

「そうなの……すごいわ……」

 マルティナが驚いたように櫓を見上げた。この部屋は訓練用なので、あらかじめ明かりは付けているが、地下なのでやはり外とは違う。少し暗めの部屋の中で、数々の木組み建造物はちょっと異様な姿だった。

「こっちは、簡易防御壁だね。木組みで作り上げたあと、内側には土嚢を積んだりするんだよ。一部そのようにしてる。これを上って降りるのも訓練のひとつ。あそこには木が並んでいるけれど、木登りの練習用だよ。さらに――」

 軍でも使用するが、民が暴徒や他国の兵から襲われて逃げる際に使う縄梯子や、簡易の橋など、そうしたものが幾つも並んでいた。

「貴族でも、政変によっては使うかもね。運動機能を鍛えるのにも役立つから、訓練の際に使ってみても良いと思うよ」

「すごいな」

 こうした建造物はシウや教師たちが主となって作っていたので知らない生徒も多かった。

 皆、静かに眺めていく。

「より真剣にやってもらうために、川も作ってみたんだ。本当は浅いんだけど錯覚を利用して深くて怖く感じられるようにしてる。どのみち落ちたら濡れるしね」

 その上に壊れかけの(ように細工した)橋をかけていた。

「このへんは、森の中や軍関係に近い建造物ばかりだけど、反対側は街中をイメージして作ってあるんだよ」

「街並みだ。ちょっと下町風?」

「うん。市街戦の場合の逃げ方を学ぶ必要もあるだろうって、このあたりはグランド先生が悪乗りしてた」

「ああ……」

 迷宮作りに参加していた男子の一人が苦笑した。

 たぶん、一番張り切って作っていたのは教師のグランドだからだ。

「階段、狭い路地、建物の窓やドア、隙間、樽の影、共同水場、井戸、なんでもあるな」

「地下倉庫とか地下水路もね。隠れてやり過ごす方法や、逃げる際の足音の消し方なんか、覚えることはいくらでもあるよ」

「本当だね」

 アレストロが感心したように眺めた。

「あのスタンピードで、『サタフェスの悲劇』がいつ起こってもおかしくないと気付いたんだ。ここで訓練するのはとても意義のあることだよ」

「……女子でもそうだわ。誘拐されないよう気を付けていても万が一ということがあるもの。ここぞと言う時に逃げ出せても、逃げ切れなかったら意味がないわね」

 コーラがマルティナを振り返って言い聞かせるように言う。アリスなら大丈夫でもマルティナなら逃げきれないと思ったのだろう。

「そうですわね。わたくし、ぜったいに無理ですわ。アリス様と一緒に、ここで練習するのも良いですわね」

「あら、やる気になったの?」

「もちろんですわ! わたくしだって魔法学校の生徒ですのよ。これぐらいできなくては」

 ふんっと鼻息荒く宣言していた。

 周囲の女子生徒たちは皆が揃って苦笑していたけれど、誰も突っ込みはしなかった。


 アスレチックの部屋を出ると、今度は罠部屋に向かう。

「ここ、エミルも必死になって罠を作っていたところだよ」

 振り返ってアレストロに伝えると、彼はへえと驚いて笑う。

「張り切っていたのは知っていたけれど、エミルが作ったんだねえ」

「ものすごく頑張っていたから、先生も褒めていたよ」

「そうか……エミルも嫌々この学校に来ていたからね。やる気になれたのなら良かった」

 言いながら歩いていると、草の根に引っかかって転びかけた。

 慌ててヴィクトルが支えて助ける。

「おや、言ってる傍から引っかかったね! エミルのかしら」

「エミルに注意しておきましょうか」

「そうだね!」

 冗談だと分かっているのだが、この主従はいろいろとおかしいので、シウは困惑げに二人を見た。

「ていうか、そんな簡単な罠に引っかかるなよな……」

 リグドールだけは素直に指摘していたけれど。


 その後、難しい罠を見付けて試しに解除してみたり、宝箱のような罠付のアイテムボックスを発見させたりと楽しく過ごした。


 次は階段を下りて二階層へと向かう。用意はしていないが、ここで細かい迷路仕様にして教師と生徒でやり合ったりする。

 土くれで作ったゴーレムモドキもここにはある。

 とにかく障害物を多く作って、木々や草に紛れさせているので通り抜けるのが大変だ。ところどころに小部屋を用意しているが休憩場所の他に、召喚部屋もあるので気を付けないといけない。

 安全対策として召喚部屋には簡易転移魔法が置かれている。これはベルヘルトの好意により作られたもので、盗難防止策が幾重にも掛けられていた。

 と言っても、召喚部屋から地上の建物の小部屋に飛ぶだけの、とても簡単なものなのだが。


 更に階下へ進み、三階層へ到着した。

「三階層は市街戦用なんだ。一階層のとは違って本格仕様だよ」

「おお!」

「一応、大貴族とまでは行かないけれど、貴族の屋敷に近いものも作ったんだ。貴族の子弟が多いから、襲われた時の防衛用として必要だろうと話し合ってね」

「ここは僕も手伝ったんだ!」

 アレストロが顔を輝かせた。

「移築用資材として用意してもらってたんだけど。そういえばあれだけの量のものをどうやって運んだのだろう。人工地下迷宮の七不思議だって言われているよ」

「小人さんじゃないか?」

「またまたー!」

「どこかの貴族が夜中にひそかに運び込んだという噂があるぞ。夜中に学校近くを見回っていた憲兵が、カーンカーンという音を聞いたとか」

「そうなのか?」

 皆、言いたい放題だ。

 シウはもちろん、無言を貫いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る