483 港市場の男達、王都観光、楽団と踊り子
次の店、次の店と連れ回されてあちこち見たが、概ね良い品を手に入れることができた。
中には商品で何か作ってみろと居丈高に言う人もいたのだが、困っていたら周囲の人がさっさと追い払って助けてくれた。あんなやつばかりじゃないのだと言って、シウのような子供相手に優しくしてくれるので、荒い口調の男性が多い市場でもさほど危険を感じずに済んだ。
今思えば、市場で危険だと思ったのはデルフのボルナ王都ぐらいだった。もっともシウが自重せずどんどん買い物していくのも悪かった。あれはシウの責任が半分だ。
反省を込めて今回もきちんと、店の裏手などで買ったものを魔法袋に入れている。
もちろん、ばれてはいたけれど。
そんな風に相変わらずやりたい放題に買い物を済ませると、市場の気の良い男達に勧められた店で昼ご飯を奢ってもらった。
フェレスも中に入って良いと言われ、いかにも働く男達しか入らない食堂、といった雰囲気の店で大勢と一緒に食べた。
夏の時期は、他国から大量の人がやってくるが、シウのように市場まで顔を出す観光者は珍しいとのことだった。騎獣の姿も間近で見られて良かったと、港の男達は機嫌が良い。
「普段、俺達はデルピーヌスぐらいしか、見ないんだよな」
「王都内に騎獣はいないの?」
「騎獣屋もあって、この国は多いんだけどな。夏場はへたってるから、表ではあまり見ないし、冬場は訓練だ。大体俺達は海に出ているから、このあたりでは見かけないんだよ。さすがにデルピーヌスと騎獣を両方持つやつはいない」
「あ、そっか」
買い物に来る人達もわざわざ騎獣を連れ歩くことはないだろうし、一般人がそう騎獣を見るということもないのだろう。
地元の人も仕事があるから気軽に大会場まで足を運べないし、意外と見ないものかもしれない。
「それにしても、こいつは可愛いなあ」
フェレスを撫でくり回して、赤黒く焼けた男達が笑う。
前世でも南方の人は気性が明るいと聞いたものだが、それはどこの世界でも同じなのだとシウは思った。
市場を出ると、リアの街並みを散策しながら宿へ戻ることにした。
王都リアは水路や木々が多く配置され、ゴミ箱も設置されていて綺麗にしてある。街中には沢山の人種が溢れており活気があって笑顔も多い。獣人族も多種多様で見ていて面白かった。というのも、どの種族か脳内で1人クイズをやるのだ。鑑定しているので、その答えを見る前に考えなくてはならないから真剣勝負だ。
くだらない遊びに没頭しつつ、王城の近くも通ってみた。
こちらはさすがに石造りでできており、しっかりとした荘厳な姿となっていた。今まで見た中で一番絢爛豪華なのではないだろうか。ただし、下品には見えない。
芸術の都とも呼ばれているので、美観にはこだわっているのだろう。
フェデラルは元々芸能関係や美的なものに関するこだわりが強く、そうしたもので発展してきた国だ。サヴォネシア信仰でも弟神サヴァリを主神とする者が多く、そのサヴァリは享楽の神とされている。
その為か、また南国ということもあってか、行き来する人々の服装もなかなかの露出度で北国から来た者にすれば驚きの連続だった。
透き通って見えるほどの薄手の布を何重かにして巻いているだけのドレスなど、適齢の男性からすれば目の毒だと思えるのだが、誰も気にしていない。
男性もまた、薄手のシャツで透けて見えるし、しかも胸元を大胆に開けている。
市場の男性だけが特別なのかと思っていたが街中でもこれなのかと、ちょっとびっくりしつつも見ていたら、一際すごい格好の集団を見付けた。
昨日も寄った中央公園への道中を歩く一団だ。
「はーい、今日もアスプロス楽団が音と踊りを披露するよ! みんな、来ておくれ!」
女性は上半身が胸当てだけ、下半身は向こう側が透けてみえるほど薄い生地で作ったパンツで、下着まで見えている。いや、下着といっても胸当てと同じで踊り専用の生地なのだろうが、些か扇情的だ。
男性も、同じような格好で、上半身は着てもいない。その代わり、首や腕には金輪がじゃらじゃらと付けられている。
女性が布で編んだ紐をつけているのに、男性は金物なのは、その躍動感を示すためだろうか。女性はふんわりと踊るらしく、時折道を歩きながら踊りを披露している。こうして誘っているのだろう。
フェレスが興味を持ったようなので、シウもついていくことにした。
演劇用のホールがある場所を通り抜けると、円状の広場に出た。そこには即席のステージが作られており、演者側の端にテントが並んでいた。そこに楽団の人達がいるようだ。
観覧席は一番手前にシートが敷かれているものの、ほとんど立ってみるスタイルだった。どうやってお金を払うのかと思っていたら、お捻り形式のようだ。これだと見るだけ見て帰られてしまうのではないかと他人事ながら不安に思った。
けれど、それは杞憂だった。
ちょうど空いていたので一番前を分捕ってシートに座りながら見たのだが、それはもう楽しい物だった。まずは小型の希少獣達の技で、調教している人も肉体美を見せつけながら芸を披露していた。
前世で、サーカス団が出てくる雑誌を読んでとてもわくわくして想像したことを、思い出した。今、目の前に同じような光景が広がっているのだ。
そして、ひとつひとつのショーが終わるたびにお捻りも飛んでおり、失礼ながら鑑定したら金貨も多く入っていたので損はしなさそうだと気付いた。
時折、後ろの席や真ん中などの客からもお捻りをもらおうとしてか、猿型希少獣のシーミアが踊り子たちと同じ衣装を着て練り歩いていた。その手には籠が握られており、皆がにこにこと笑って入れていく。
フェレスが興味津々だったので、彼の口にお捻りを咥えさせて籠に入れると、シーミアも嬉しそうに鳴いた。
「キーキー、キーキーキーキーキーキー」
こんにちは、わたし仕事をしているのよ、偉いでしょ。とまあ、自慢されて、フェレスもにゃあにゃあと返事をしていた。ふぇれもこぶんしてるもん、とよく分からない自慢だったけれど、お互いに分かり合えたのか仲良さげに体を擦り合わせていた。
希少獣の見世物が終わった後、それまで希少獣に合わせた音出ししかしていなかった楽団が、やおら本格的に楽器を構え直した。
ジャーン、と一際大きなシンバルが鳴り響くと、観客がシンと静かになった。
それからは一際激しく楽しい音楽のオンパレードだ。太鼓に笛、バイオリンに似た弦楽器ウィオリナやタンバリンなど、多種多様な楽器で合奏していく。
自然と観客席の人達も体を揺すらせて、中には踊る人も出てきた。
乗ってくる頃合いを見計らって、踊り子達が出てくる。最初は女性ばかりで、人族のみならず獣人族もいた。シーミア数頭も体をくねらせて、音に合わせている。そして観客席にやってくるのだから、見る者との一体感がすごい。
音痴なシウでも音楽は聞けば素晴らしいと分かるので、皆と合わせて体を動かした。
そして音楽が最高潮に達したころ、今度は男性陣が出てきた。どの人も細身なのに筋肉があり、それを見せつけるために上半身が裸なのかもしれないと思った。
彼等が踊り始めると、それまで優雅で美しく、ふわふわと飛び回っていた女性陣とはまた別の、激しさとなった。
素早い動き、高いジャンプ、動きのダイナミックさは男性ならではだ。この身体能力を示すには、確かに裸が一番だろうと思えた。金輪が音と煌めきを表現し、より一層踊りの魅力を増大させている。シャラシャラと鳴っていたかと思えば、ジャン! と音を立てたり、動きを止める際には必ず筋肉が良く見える格好で、と計算され尽くしている。
最後には女性陣もまた参加し、お互いの良さを見せつけていた。
男性に抱えられてくるくる回る女性や、高く飛ばされて上空でくるりと舞う女性。
誰かが手を叩きながら「まるで妖精だ!」と声を上げていた。
観客の気持ちも最高潮に達したころ、シンバルや太鼓がひとつに鳴り響き音が止まった。
それに合わせて踊り子達も動きを止める。その見事な様子に、観客席からは大きな拍手と、そして彼等を称える声が聞こえた。
やがて、お捻りの嵐だ。
シウもお捻りを渡した。フェレスもやりたそうにするので、紙に包んで渡してあげた。するとさっきのシーミアがまたやってきて、フェレスから受け取った。頭をちょこんと下げて挨拶するのがまた可愛くて、周囲の人も次々とお捻りを渡していた。
中央公園から見える時計台の時刻を確認すると、1時間強経っていた。
隣りの人が次は夕方だと言っていたので、1日中やるわけでもなさそうだった。
シウも他の人に倣い、席を立っていると楽団から数人がやってきた。
「ねえ、そこの子、あなたよ、あなた、フェーレースのご主人」
そこでようやく自分のことだと気付いて振り返ると、踊り子達が立っていた。男性の肩にはシーミアがいたので、彼が飼い主だろう。
「見てくれてありがとう。お捻りも何回もくれたみたいね」
「え、そんなことまで分かるの?」
「分かるわよー。この子、賢いもの」
男性の肩の上にいるシーミアを撫でた。
「綺麗なフェーレースと、小型の希少獣を連れているって言うから興味があって見に来たの。良かったら、この後一緒にお茶しない?」
そう言われると予定もないので、まあいいかと頷いた。
するとシーミアがきゃっきゃと喜んで、フェレスの上に飛び乗った。
「あ、こら、エリロス! 申し訳ない、若様」
男性が慌てるので、シウは苦笑しながら手で制した。
「構わないよ。フェレスが嫌がってないし、興味津々なのはフェレスの方もだから。あと、僕は冒険者で魔法使いのシウ。若様なんて呼ばれる立場じゃないから、気を遣わないでね」
「えっ、そうなんだ!」
「そうなの、ですか?」
女性陣は普通なのに、男性だけが疑わしそうに問い返してきていて、この楽団の男女の違いが分かった気がした。
いや、女性はたぶん、どこの世界でも逞しいのだ。
「ね、それはともかく、早くお茶しに行こうよ!」
心配性の男性を捨て置いて、それはともかくと言っちゃえるぐらいなのだから。
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