482 王都リアの観光と港市場で買い物




 古書店通りには似たような店ばかりで、リグドールの好きそうな武器や防具の店はなかった。それでもお土産としてフェデラル国産の紙類も買えたので、リグドールとしては良かったようだ。

 昼にいったんカスパル達と合流し、少し離れた場所にあるデジレお勧めのレストランまで歩いて向かい、美しいテラス席で食事をした。計算された空間の庭園ではなく、もう少し木々が密集した、自然な感じの庭が目の前に迫っており、人々の目を楽しませていた。

 本物の森で過ごすシウにとっては人工美でしかないが、カスパルやクリストフからすればジャングル的な感じがするらしくて、好評だった。


 昼ご飯の後は、普通に買い物がてら観光しようとゆっくり練り歩いた。

 大通りには大店しかないので少し通りを外れて歩いてみたら、カスパル希望の小さな穴場的古書店もあったり、更には隣りに道具屋、続けて武具屋もあり各自が分かれて店の中を覗いた。

 シウは道具屋に入った。狭い通路だったのでフェレスを外で待たせ、1人中に入ると懐かしい匂いがする。ベリウス道具屋と同じだ。

 ここでは魔道具が多く置いてあり、使い道を見ていると面白いものもあった。ラトリシアの変態的な細かさと違って大雑把なのが面白い。

 たとえば、水を出す魔道具では、どれだけ出るか分からないと書いてある。

 懐中電灯モドキの光魔道具も、明るさはその時々で違いますと注釈があって、笑ってしまった。持ち手の魔力の多寡で決まるのかしらと不思議に思い、失礼だと思いつつ鑑定をかけて、魔術式を展開し見てみる。すると、シウが想像したものとは違って、単純に魔術式が大雑把で不安定なのだった。理論も何もなく、ただただ詠唱句を書きこんだだけ、といった稚拙なものだ。

 他の魔道具も似たようなものばかりなのかと不安になって確認したが、まともなのもある。ただし、恐ろしいほど無駄な術式が組み込まれている「普通」の状態の、魔核食いであったけれど。

 道具屋の主に聞いてみると、ここには決まった専門の道具職人が付いているわけではなく、持ち込みなどで揃えているそうだ。道理で手が違うはずだった。

 商品の中には緻密で素晴らしいものもあったが、シウと同じくニッチ産業として狙っているのか不思議なものが多い。

「……雨を弾く道具、か」

 見るからに傘の形状で、手で持って差す。しかし魔道具と銘打ってるからには魔道具なのだ。差した傘の下は守られており、どんな水も寄せ付けない。

「砂避け覆い……レインコートの砂バージョン? 砂を決して寄せ付けません、って、この人『寄せ付けない』専門かな……」

 面白いものを作っているが、術式は至って丁寧でシンプル、無駄のない内容だった。科学的に理解しているような気配もあった。もしかしたら転生者かなと思ってぜひ会ってみたいと思ったが、道具屋の主いわく、お金に困った青年が高祖父の残したものを売りに来たということらしく、もう生きてはいないだろう。残念だ。

 それでも懐かしく過ごせたので、入って良かった。

 店を出るとシウが一番乗りのようで、他の面々はまだ店内を物色中だった。

 仕方なく、もう少し周辺をぶらぶらして時間を潰した。


 おやつの時間もデジレの案内で、図書館前の中央公園に併設されたカフェで休んだ。

 中央公園には出し物をやる店が幾つもあって、演劇、楽隊、サーカスなど楽しみなものが盛り沢山だ。

 カスパルは図書館に興味をひかれたようだが、残りの面々は各自好きなように見てみようということになった。

 ダンやその護衛が可哀想なので誰か1人を犠牲にして、シウがカスパルの護衛役を買って出た。

 シウなら図書館でも耐えられるが、朝から晩まで本の海に埋もれているのはちょっと可哀想だったからだ。

 かくして、シウはカスパルを護衛しながら図書館へ入った。


 フェレスを受付で預けると、銀貨を払って中に入る。

 フェデラル国はシュタイバーンやラトリシアと同じくロカ貨幣なので両替せずに済むから楽だ。

 図書館内部はシュタイバーンやラトリシアとは造りが若干違っており、日差しのきつい国らしく、天窓は設けずほとんど空気を入れるためだけの低い位置に窓を作り、明かりは魔道具に頼っている。

 そのため、最初入った時は薄暗く感じるほどだった。

 室内も全体的に乾燥しており、どこか砂漠で感じたような匂いを思い出させた。

 カスパルは特に気にした様子もなくスタスタと古代語関連のコーナーへ足を向かわせていた。

 手には複写魔道具をしっかと握っているので、使う気満々である。

 意外と少ない古代語関係の棚の前で、カスパルは気になる本を次々と取り出しては近くの机に運んで読んでいた。

 彼についてきた護衛のルフィノは興味がないらしくて本など全く見ることもせず、周辺の監視だ。と言っても脅威などどこにもあるはずはなく、シウが話しかけると素直に応じてくれた。

「八方目って知ってます? 全体を眺めるやり方なんだけど」

「全体を眺めるというと、薄目を開けてやる方法を教わったことがある。俺は苦手なので、ついきょろきょろしてしまうのだがな」

 というので、やり方を教えたりした。

 本のことは全く興味のないルフィノも、シウの話す護衛に関係のある事柄は興味があったようで乗ってくれた。

 カスパルの複写が終わるまでの間、2人して「街中での索敵、探知方法」について語り合った。


 夕方に全員集合して、予めデジレが手配していた馬車に乗って宿まで戻った。

 晩ご飯は全員で食べるのが気に入ったということで、アマリアを含めて皆で大広間を使って立食形式となった。

 食べ終わった頃には楽隊を招いていたのでちょっとしたダンスもしたりと、終始和やかに時間が過ぎた。



 土の日になり、シウは朝からフラッハ港へ出かけた。

 ずっと行きたかった市場があるのでその旨デジレには伝えていたが、リグドールなどはそれを聞いて呆れていた。

 フラッハという名は浅いという意味があり港によく名付けられている。

 ここの港はフェルクス大河の流れ込む河口にも近く、海流と海流が混ざり合う絶好のポイントがあって豊富な水揚げ量を誇っていた。

 ただし、港自体が浅めなので、大型船が乗り入れられない。

 その為に遠浅の海域外に人工島を作って、一度そこで仕分けをしてから、陸地の市場へ卸していた。平型の四角い船が、海獣に曳航されて移動している姿はちょっとユーモラスで面白かった。

 海獣はデルピーヌスというイルカ型の希少獣で、とても珍しい。希少獣は卵石から生まれるので、海だと発見されないことが多いからだ。

 このあたりには海女がいて、真珠貝と一緒に発見するのだと教えてもらった。

 本に乗っていないことだったので純粋に驚いた。てっきり、コルのように野良希少獣として漂っているところを発見し、使役しているのだと思っていた。

 まだまだ世の中には不思議があるようだ。

 しばらく海を眺めてから、時間を待って市場へ向かった。


 市場はどこでも同じく、活気があって賑やかだ。

 人工島でセリは終えているらしく、市場には一般人が各店を行き交って個人で注文している。個人といっても相当な量を買うのは、店をしていたり大きな家の料理人だったりするからだが、あちこちで思い切りのいい買い方をしており見ていて気分が良かった。

 シウがうろついても目を付けられることがない。

 早速、片っ端から気になったものをどんどん仕入れていった。買い占めしない程度に欲しいと言って、店主を驚かせることもあったが、概ね望んだ通りに買うことが出来た。

 しかも、嬉しいことにタコとイカが手に入った。ラトリシアの市場でもタコを手に入れることは出来たが、小さくてお高かったのだ。たこ焼きのためだけに買ったものだから、数度だけで終わってしまった。

「大きなタコですねー」

「坊ちゃん、他国の人間だろう? 珍しいな、タコを怖がらないなんて」

「そうですか? こんな美味しいもの、怖くなんてないけどなあ」

 ウキウキしてこちらも大量に買った。もちろん、イカもだ。まだ動いていたので魔法袋(という名の空間庫)に入るか気になったが、何故か入ってしまった。

 シウが食べ物だと認識しているからだろうか。ちょっと怖い想像をしかけて、頭を振った。

 イカは刺身にしても美味しいので、楽しみだ。あと、干しても良い。ちょっと酒のツマミっぽくなるが、旨味成分も出るので料理にだって向いている。イカは特に好きなので、できるだけ沢山買い取った。

 更には昆布も良いものが手に入った。

 シャイターンのヴァルム港で手に入れた海草類は、北という立地のせいで荒波と海温の低さから小ぶりであったが、味が濃厚で品質も高かった。出汁にして、残ったものを佃煮やふりかけにするという使い方も出来た。

 南方の昆布は肉厚で大きく、濃厚さはないけれど触感が良くて刺身にも向いている。そのまま料理に使っても良く、素揚げしたら美味しいのではないだろうかと味見をしながら考えた。

 ワカメも肉厚で、美味しそうだった。

 マグロもあがっていたが、ヴァルムとは違ってふた回り以上大きい。漁場が恵まれているらしく、いつでも大量にあがるそうだ。味も大味ではなく、しっかり身が引き締まっていて美味しい。

 この港市場でも大量に買うため、次々と味見させてもらっていたが、どれも買いたくなる味の良さだった。

 加工品も市場の端では売られていて、イカの塩辛など酒の肴になりそうなものが多かった。幾つかお土産に買っていくことにして、見て歩く。

 中にウナギを売っている店があった。小さな店なので見落とすところだったが、表の盥に蠢くものは間違いようがない。他にもウツボがいたりアナゴがいたり、どうも見た目だけで専門店として取り扱っているようだ。

 話を聞けば、ウナギはやはり近くの河川と海が混ざり合う場所で獲ったものを持ち込んでいるとかで、捌き方を聞いてからこれも仕入れた。店主は、通な人しか買わないのにと驚いていたが、日本人ならたぶんウナギはご馳走類に入るはずで、買わないわけがないのだ。

 どうやって調理するのかと言うので、その場で実演してみた。醤油があまり出回っていないフェデラルなので、匂いを嗅いで不思議そうな顔をされたものの、独特の香ばしい匂いに店主は興味津々で食べ終わる頃には味にも馴染んでいた。

 周辺の店の主達も出てきて試食し、意外と好評だったので醤油を譲ってほしいと頼まれ、今後の事を考えてアナから仕入れたものを渡した。それを使って作る調味料レシピも渡したが、味や調理方法についてシウは素人だから、試行錯誤はしてねと言っておく。

 そして、主からお礼をもらって店を出ると、何故かそこには次の店の人が待っていたのだった。

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