481 騎獣の予選レース、合流、王都観光




 時間になり、また大会場へ戻るとちょうど騎獣の予選レースが始まった。

 こちらも迫力のある内容だった。

 シウには見慣れた光景でも、他の面々は初めてということで興奮しっぱなしだ。

 シウも、これだけの数の騎獣を見たことがないので面白かった。フェレスも興味津々で手すりから顔を覗かせて見ていた。

 速度レースの予選では、先刻の女性に教わった通り、ほとんど聖獣と上位騎獣で占められていた。シード権のある騎獣もいるらしく、決勝戦が楽しみだ。

 障害物レースでは下位騎獣も出ていた。小回りが利く利点を生かして時間を稼いでいるようだ。種族特性もあるため、騎手として乗っても良いし、司令塔から指示出しをしてもいいというアバウトさはあるが、試合自体は緻密な作戦を立てて臨んでいるようだ。細かな動きが、騎獣の本来の性質をよく理解しているからこそ指示できているのだと分かる。

 また、カペルのような小さ目の希少獣が勝ち抜けているのをみると観戦者も応援したくなるのか、大声をあげての声援である。

 障害物レースと速度レースは競技場所を分けているので、近距離と遠距離で同時に見られてお得感もあった。フェレスは速度レースにしかほとんど興味がないようでそちらばかり目で追っていた。

「にゃ。にゃにゃにゃにゃ」

「うん、そうだね」

「シウ、フェレスなんて言ってるんだ?」

 リグドールが聞いて来たので、シウは笑いながら答えた。

「あの子、おそいね、だって」

「へー。じゃあ、フェレスはもっと早いの?」

「そうだね。あれぐらいの距離ならフェレスの方が早いと思う。あと、障害物も、今の予選程度なら、フェレスは勝てるだろうね」

「えっ、じゃあ出てみたら良いのに!」

「やだよ。そんなことしたら、観光できないもん」

「……お前、相変わらずだなあ」

 呆れた顔で指摘されてしまった。

 シウは肩を竦めてフェレスを見下ろした。

「別にフェレスも出たいと思ってないみたいだし、僕は誰かと競ったりするの苦手だから、いいや」

「シウらしいな」

 何故か、にぱっと屈託ない笑顔で抱き着かれた。肩を揺さぶられて、シウも笑う。

「仲が良いな、お前ら」

 気配はしていたが、特に気にしていなかったキリクが声を掛けてきた。

「どうだ、問題ないか?」

「うん。ありがと、キリク」

「どういたしまして。ところで、シウよ、今晩にもアマリア嬢のお付きや、カスパル殿の配下が到着するからな。話をしておいてくれ。俺は夜まで手が離せない仕事が入った。悪いが――」

「大丈夫だよ。それより体に気を付けてね!」

「……気味悪いな、なんだ、その心配。俺、死ぬんじゃないだろうな?」

 首を傾げつつ、キリクは自分のボックス席へと戻って行った。


 デジレとレベッカもいて、何度も来たことがあるという彼等に先導されて、シウ達は夕方早めに会場近くの宿へ入った。

 リアと同じく高級宿ひとつを全て貸し切っており、話は通っていたのですぐに部屋へ案内される。夕食の後、皆で一緒になって広間で寛いでいたら、予定通りに護衛や従者達の後続が合流してきた。

 少々よれているのは相当な強行軍だったからだ。

「お疲れ様です」

 声を掛けたら、ロランドが背筋を伸ばしながらもどこか疲れた顔で会釈した。

「ありがとうございます、シウ様」

「良かったら、皆さんにポーション渡しましょうか」

 背負い袋から取り出すと、最初は遠慮していたアマリアの従者達も、よほど疲れていたらしくて受け取ってくれた。

「飛竜を乗り継いで来たの? すごいね」

「はい。あのような目に遭ったのは初めてでございます……」

 力なく答えていたロランドも、ポーションを飲んでからはスッキリしたようだ。

 ただし、カスパルからは充分休息をとるように命じられていたが。


 アマリア達の護衛も合流してホッとしているようだった。特に女騎士のオデッタは涙を流さんばかりだ。

「お嬢様! ようやくお会いできました!」

「まあ、オデッタったら。さあ、落ち着いて。シウ殿がくださったポーションを飲んで、しっかりなさいな」

「はい。はい、お嬢様……」

 ジルダが傍にいるとはいえ心配でしようがなかったそうだ。

 他にも普段学校で目にする護衛以外に、特にしっかりした侍女を父親から付けてもらったようで、共に来ていた。せっかくの避暑なので、侍女たちもまた交替で夏休みをとるという形になるそうだ。

 護衛はそうも行かないのだろうが、いつも通りの交替で休みぐらいはあるだろう。特に今回の旅行ではオスカリウス家から相当の人員を割いている。多少は楽なはずだ。

 逆にオスカリウス家で働く人々にとっては夏休み返上となるかもしれないが、ある意味タダで旅行に来ているので全然構わないということを平然と話していた。

 それを言っちゃえるあたりがオスカリウス家なんだろうなと、シウなどは思う。

 アマリアもカスパルも、そうしたオスカリウス家のノリには慣れてきたようで、各家の人間が入り乱れる中、明日の予定などを付き合わせていた。

 広間はさながら、広大な会議室と化していた。



 明けて木の日、合流した部下達の疲れも考慮して午前中は遅めに起き、朝昼兼用の食事を摂ってから、皆で大会場へぞろぞろと移動することになった。

 もちろん、シウは普段通りに起きて街をぶらぶらしてきたけれど、そんなことはおくびにも出さず一行とともに大会場へ赴いた。

 アマリアのところも、カスパルのところも、今日が初めての人間達は大会場の規模や飛竜のダイナミックな姿に仰天しており、ボックス席を丸ごと与えられていることにも感謝していた。

 今日はまだ様子見という感覚で、おのぼりさん状態で観光に徹するらしい。

 夕方にまたそれぞれで話し合い、明日からの具体的な予定を立てるそうだ。

 アリスはすっかりアマリアと仲が良くなったので、ほぼ彼女と行動を共にすることにしたらしい。ヴィヴィもバイトとして来ているというのもあり、そちらに付くそうだ。コーラは当然アリスの従者だから、同じくミハエルも保護者同伴なので女性陣と共に過ごす。

 カスパル達は別行動だ。一応彼もレースを見るつもりはあるようだが、やはり心は古書店に飛んでいるようで、シウも付き合うことにした。

 リグドールも街へは行きたいと言うことだから最初は一緒だが、たぶんクリストフやデジレと共にレースを観戦することになるだろう。

 大よその予定を立てたあとは、大広間で立食形式の晩餐として、しばし上下関係などの問題も礼儀作法も無視して、外国での気楽さを満喫した。

 アマリアが想像以上に肩の力を抜いていて、心底気楽になっていたのが良かった。



 金の日は、朝だけ一緒に行動した。

 王都リアまで地竜で移動し、一度宿へ戻ってからそれぞれ分かれる。

 アマリア達は、レベッカなどオスカリウス家の慣れた者達を案内人として、王都観光を楽しむようだ。

 シウ達も王都観光だが、主にお店めぐりとなった。

「古書店がメインだよね?」

「できたら、そうしたいね。でも君達は興味ないだろう?」

 カスパルが一応気を遣ってリグドール達に聞いていた。リグドールはまだちょっと慣れないのか緊張しつつも、肩を竦めて答えていた。

「シウが本好きだから付き合うのは想定してましたし、1日中じゃなければ一緒に行きます。珍しいのがあればお土産にも買いたいですし」

「リグ、君、本なんて買うの」

「クリストフ、ひどいよ」

 じゃれあう2人にカスパルが苦笑し、それから納得顔でロランド達に指示を出していた。馬車はすぐに動き始め、王都の石畳を進んだ。


 二台に分かれていたが、古書店の多い通りに到着すると馬車は返してしまった。

 買った荷物は、今回カスパルが父親に頼んで貸してもらった魔法袋に入れるそうだ。シウを頼らないあたりが彼らしい。

 というか、魔法袋を使わないといけないほど買う気満々なのだ。そのへんがカスパルらしいのだった。

 古書店にはシウも共に入ったが、すぐに出てきた。特に気になるものが無かった。ほとんど手に入れてるか、内容的には知っているものばかりだった。

 あと、悪気はないのだが、見た瞬間に内容が勝手に記録庫へ保管されてしまうので申し訳ない気分にもなった。気に入ったらもちろん買う気であったのだが、気に入らなくとも自動で保存されてしまうのはどうしようもない。

 早々に出てきて、近くを散策する。

 カスパルは本に夢中なので置いてきた。従者のダンは諦めた顔でぼーっと背表紙を眺めていたのが、少々可哀想であった。


 シウには、リグドール達も付き添ってきた。

 やはり本屋で数時間過ごすのは苦痛だったようだ。

「フェデラル国って、南にあるからもっと暑いと思っていたけど、意外と過ごしやすいなあ」

「水路を活用しているんだって。夏になると埃が立つのを、この水で解消しているみたいだよ」

 シウが観光本を脳内で見ながら教えると、クリストフがへえと面白そうに街並みを眺めた。リグドールも地面を見て、頷く。

「打ち水のようなものか。商家でも、目の前の道に撒くな」

「夏は乾燥してどうしても埃っぽくなるものね」

 歩きながら、緑の多さにも言及した。南国ムード漂う街並みの中、豊かな木々が彩りを与えて異国情緒たっぷりだ。

 元から住んでいる人にとってみれば、これが普通なのだろうが、特にシウのようなラトリシアから来た者は正反対の景色に驚かされる。

「リア王都は過ごしやすいよな。シュタイバーンの商人でも、こっちへ来るのが好きだって言う人多いから、気になってたんだ。今回来れて良かったよ」

「僕だって、まさかフェデラル国に来られるなんて思ってなかったら、びっくりだよ」

 シウも同意して、街並みを思う存分楽しんだ。

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