480 現地へ移動、飛竜と希少獣のレース




 翌日は朝からの移動となった。

 地竜を使ったため、かなりのスピードで王領直轄のクレアル街へ到着した。

 王都リアはフェデラル国の最南にあり、フェルクス大河が海へ流れ込む港を抱える大きな都市だ。その周辺に王領もあり、クレアル街はリアから見てすぐ北に位置する。

 クレアルはフェルクス大河沿いなので、船での移動も可能だが、遡るほどの動力を要するものは王族専用船しかない。

 よって移動は地上からとなる。

 地竜だと1時間で到着したが、馬車なら3時間以上はかかるそうだ。飛竜ならもっと早いが、乗り降りや、発着場の関係から意外と手間がかかるらしい。


 クレアルに到着した後は、会場に通常の馬車で向かう。

 会場は、クレアルの街の北側にあり、北に向けて楕円形を半分に切ったような形の観覧席となっていた。とても巨大で、端から端までが霞んで見えるほどだ。

 キリクは貴賓席の、ボックス席と言うのだろうか、これをまとめて5箇所も占領しており、自由に使っていいと2つを渡された。ひとつはアマリアやアリス達高位貴族の女性用で、残りにカスパルやシウ達といった男性同士が入ることにした。

 並んでいるので、隣り合う扉部分の鍵を外して開け放てば内部では続き部屋となるが、建前上分けたのだろう。

 部屋に入ると目の前にレース会場が見えて圧巻だった。

「あれ、すごいな!」

 リグドールが興奮して手すりにしがみ付き、前方を見ている。ダンも目を輝かせて上空を見上げた。飛竜達がひっきりなしに目の前を飛んで行く。

 シウ達の隣り部屋から、キリクが入ってきて、どうだと自慢げに笑った。

「飛竜レースも楽しいもんだろう?」

「「はい!」」

 男子2人が喜んで答え、キリクも満足そうだった。

「今やっているのは予選?」

「そうだ。これは、障害物か。他に速度を競ったり、調教、礼法、混戦などのレースがあるな。騎獣大会も同じだ。午後半ば頃から始まるはずだから、見てみると良い」

 飛竜のレースがメインで、騎獣の方はオマケ扱いのようだった。

 それでも騎獣の人気も高く、最後まで残って見ていく人は多い。

 そうした話を聞きながら、注意事項の後に、いつもの「お小遣い」を渡して出て行った。カスパルが手にした袋を見て、ちょっと呆然としていたのが面白い。

「まさか、この年になって他家の方からお小遣いをいただくとは思わなかったな」

「あはは。なんか22歳の人にも渡してるそうだから、諦めて。そういう人なんだ」

「……父上からも頂いているし、大事に使わせてもらうよ」

 リグドールやダンは喜んで受け取っていたので、それが正しい姿のようだとカスパルも納得したらしい。


 ボックス席はシウ達が中央で、左側にアマリアやアリスなど女性陣、更に左に護衛用として押さえていた。シウ達の右側がキリク専用で、その右側が招待している領内の貴族などに与えていた。

 それを考えるとシウ達は破格の待遇だ。カスパルやアマリアがいるからこそだと思う。

 その左側、女性陣の扉も了解をとって開け放した。

「レース、見てる?」

「はい。面白いですわね。わたくし、先程から驚いてばかりですわ」

「アマリア様、小さな声でキャッと仰って、お可愛らしいんです」

「え、どこに驚く要素が?」

 素で聞いたら、カスパルに肩を叩かれ、リグドールには頭を揺さぶられた。

「いたた、何?」

「女性があのような障害物レース、見る機会があると思うかい?」

 視線の先には木組みで作った櫓を、縫うように方向転換しながら飛んでいく飛竜が見えた。水属性魔法で飛び上がる水球を避け、山に見立てた盛り土に沿って急上昇している。

 岩と岩の隙間を抜ける時には体を縦にしたり斜めにしてすり抜けていた。

 そう言われると、女性が見る機会はないかと納得した。

「でも、ヴィヴィは驚いてないよね」

「あたし、これでも森に行って採取ぐらいはできるようになったのよ? 騎獣こそ乗れないけれど、レオン達と一緒だから魔獣とも遭遇するし、なんだか遠目だとあまり怖くはないわね」

「まあ、ヴィヴィさん、すごいですわね」

「え、ええ、まあ」

 純粋に褒めているので、ヴィヴィは照れ臭くなったようだ。アマリアに顔を赤くして会釈していた。

「この後ずっと予選が続くらしいけど、まだ見てる? 昼を過ぎて午後半ば頃から騎獣の予選レースもあるんだって。あと、隣りの建物では小型の希少獣の種族別レースとか、ふれあいコーナーもあるらしいよ」

「素敵!」

 アマリアが手を合わせて喜んだ。

 アリスも嬉しそうだ。今はいないが、彼女もコルニクスとエールーカを召喚しているので小型の希少獣は好きだろう。

「昼はキリク達と貴族席で摂ることになってるから、その後行ってみようか」

「ええ、そうします」

「僕は割とあちこち行くけど、通信魔道具が――」

「一応お渡ししていますし、こちらにはコーラがいるので」

 アリスがそう言って、クリストフを男性陣に付くよう、指示してくれた。クリストフ自身もたまには男性達と遊びたいだろうという配慮が含まれていたようだ。

 折角の夏休みだから、羽を伸ばしてほしいとも言っていた。

 そういえばマルティナはどうしたのだろうと、アリスに聞いてみた。

「ティナは、南国へ避暑なんて有り得ないと言ってましたので、別荘へ行くように勧めてみました」

「マルティナさんたら、お見合い三昧するのだと張り切ってましたからね」

「コーラったら。内緒なのだから言ってはダメよ」

 まだ確か成人したばかりの年齢だったのに気の早いことだ。マルティナは元々貴族令嬢そのものの性格をしていたのでませているのだろう。アリスが苦笑してコーラを窘めていた。


 会場の貴族専用レストランの個室で食事を済ませると、予定通り大会場を出て隣りに立つ小さ目の会場へと向かった。渡り廊下で繋がっており、行き来が楽だ。

 他にも貴族らしき人々の移動があるが、立ち止まって挨拶などはない。フェデラルの風土というのか、大らかな気質のせいだ。特に大会期間中は煩わしい思いをしないで済むよう、そうした告知も行うらしい。

 他国の貴族もそれに倣うので、気楽に皆が楽しんでいる。

 隣りの建物に移動すると、各場所の地図が描かれていた。

 希少獣の中でも小型種のレースは屋内で行われ、あちこちに種族別のレース内容が矢印付きで記されていた。

 案内の人もおり、親切設計だ。

 シウ達は順番に見て行こうと並んで歩いた。

 梟型のウルラは人気で、枝から枝まで指示通りに飛べるかどうかを競ったり、見目の美しさだけを争う競技もあった。

 ルスキニアは鳴き声を競い、猿型のシーミアは芸の完成度、シマリス型のタミア、針鼠型のイレナケウスは小さな競技トラックを主の指示を受けて競争していた。

 亀型のテストゥドも水の中を進むレースだ。水槽になっているので水面下が見えて面白かった。

「あの足が可愛いですわ」

「一生懸命ですね」

 見ていて飽きないレースで、立ち止まっては暫く観戦し、楽しんだ。


 ふれあいコーナーでは躾けられた希少獣達がいるので、注意事項を聞いてから触り放題だった。

 アマリアも参加してアリスやヴィヴィと一緒に仲良く撫でたりしている。とても貴族令嬢とは思えない積極的な姿で、周囲の人々も温かい目で見ていた。

 それらを外から眺めていたら、何度も声を掛けられた。

「君も参加者? そのフェーレース、綺麗だね」

 フェレスも褒められて嬉しいのか自慢げに尻尾を振っていた。ツンとお澄まし顔なのが可愛くてたまらない。

 背負った猫のぬいぐるみ鞄も時折褒められるので、更に尻尾が高速で振られていた。

「ね、その子、もしかしてグラークルスの幼獣?」

「はい。まだ2ヶ月ほどで」

「うわあ、可愛いわね。でもやっぱり鳥型ね。もうしっかり立っているじゃない」

 ウルラを肩に乗せた女性に話しかけられた。彼女もまたレースに出るのだと言って、シウに聞いてくる。

「あなたも参加したら良いのに。騎獣の方はいつでも参加できるのよ。本戦が始まるまではね」

「いや、僕は見る方専門だから」

「そうなの? 勿体ないわね。まあ、フェーレースだと速度レースは無理だものね。でも礼法なら、この美しさだし勝てると思うのだけど」

「礼法って、礼儀作法のことじゃないの?」

 質問したら、笑われた。

「そうよね、普通はそう思うわね。でも、騎獣のレースでは見た目の美しさを競うの。気品のある立ち姿や、動きを競うのね。飛竜もそうだけれど、やはり個体差があって面白いのよ」

「へえ」

「あなたのフェーレース、とても綺麗にしているから聖獣が出てこない限りは勝てるかもしれないわよ」

「礼法レースは種族別じゃないんだね」

「ええ。というよりも、種族別は小型の希少獣だけよ。ただ、速度や障害物には聖獣や上位騎獣がほとんどで、下位が出ないだけでね」

 親切にいろいろ教えてくれて、女性は立ち去った。

 カスパルやダン、リグドール達も周囲の人と仲良くなって話しており、こういうほのぼのとしたレースも良いなと思った。

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