484 踊り子達とお茶会、ギルド、夕食作り
中央公園近くのカフェへ行くと、踊り子達は常連らしくて店員や客から声を掛けられていた。
皆がデッキ部分の庭近くに座ると、飲み物や軽いデザートを頼んで話が始まった。
「このへんでは見ない格好だけど、どこの子なの? 騎獣レースに参加する人のお子さん?」
興味津々なのはシーミアだけではなかったようだ。踊り子の中でも比較的若い、成人したての女の子が声を掛けてきた。
「あ、あたしは、クロエーよ。こっちがロザキノ、猫姉さんがクサントス、熊兄さんがメラース、犬姉さんがキュアノスね」
「何あんたが紹介役してんのよ」
ロザキノという人族の女性がぽかっと軽く頭を叩く。彼女がこのグループのまとめ役らしい。
「いったーい! ロザキノ、ひどいよ」
「あんたが奔放だからよ。楽団がみんなこうだと思われたくないわ。ごめんなさいね、シウ。って、変わった名前だけど、辺境の子、……ではないわね」
シウを上から下まで見て、それからチラッとフェレスを見下ろすと頭を振った。格好は確かに仕立てたものばかりで素材が分かる人なら良いものを着ていると判断できるだろう。ただし、中身は仰る通りなのだ。
「辺境の子だよ。僕、拾われ子なんだ。山奥で樵の爺様に育てられたからね。今は縁あって、魔法学校に通ってるんだ」
「わーお、すごい。クロエーよりもすごい経歴だわ」
「ていうと、クロエーさんは波乱万丈な人生?」
「やだ、クロエーでいいよ」
「照れてるわね、クロエー。珍しいこと」
クサントスという猫系獣人族の女性がからかうと、クロエーはぷんとそっぽを向いた。子供っぽい仕草で、まだまだ成人とは呼べない。が、彼女は鑑定してみたら15歳で、この世界ではもう成人なのだ。
「じゃあ、呼び捨てにするね。みんなも良いの?」
「もちろん。あたし達、そういう堅苦しいの苦手だもの」
そこに頼んだものが届いた。何故かフルーツの盛り合わせも増えていた。
「あちらのお客様からです」
ウェイトレスが手で示した先には、裕福そうな商人風の男性が座っていて、帽子を振った。すると、ロザキノが立ちあがり、チュッと手でキスを送る仕草をしてみせた。同時に他のメンバーも手を振ったり、口笛で応えたりと賑やかな反応だ。
商人風の男性が、照れ臭そうにしながらもどこか自慢げに体を元に戻し、同席者にふふんと鼻息荒く笑って見せた。成る程、こうして度量のあるところを見せ付けるのか。
きっと、先程の公演も見ていたのだろう。
楽団のメンバーが来ることも知っていて、やったのかもしれない。
「こういうことって、よくあるの?」
「奢ってもらうこと? あるわよ。まあ、向こうだってあたし達を利用しているわけだし、お互いお得で良いんじゃない」
「危険なことってない? 僕はフェデラルに来たのが初めてだから治安の良し悪しがまだ不明だけどさ」
ロザキノは、あー、と声を上げて天井に視線を向け、それから苦笑してシウを見た。
「冒険者って言ったよね。見た目通りのお子様じゃないんだ? うんうん、まあそういう危険もあるわね。それこそ、奢ってやったんだから俺様と寝ろ、なんてね」
「ロザキノ。いくらなんでもぶっちゃけすぎだろ。悪いな、このへん聞かなかったことにしてくれるかい?」
メラースが笑いながら会釈するので、シウも笑った。
「うん。でもほら、僕から言い出したから。ごめんね」
「いいのよー。そういうバカな奴も、世の中にはいるからね。心配してくれてありがと。だけどね、ちゃんとうちには力自慢の護衛もいて、あと女の子だけでは遊び歩かないようにしてあるの。今回もメラースを連れてきてるでしょ?」
「そうだね」
「あたし達、こういう格好しているから身持ちが悪いと思われがちだけど、意外とがっちがちなのよう」
キュアノスが悩ましげな発言をした。語尾が伸びる、いわゆる色っぽい喋り方をする女性だが、見た目が柴犬っぽい犬系獣人族なのでどうしても可愛く見えてしまう。相手は人間だと言い聞かせておかないと、かわいがりしてしまいそうだ。なにしろ柴犬は、前世でシウが飼いたかったペットナンバーワンなので。
「あんた、がっちがちじゃないでしょ?」
「何よぅ、クサントスったら、あんたも同じでしょう」
2人が仲良く言い合っている中、シーミアがフルーツに手を出した。バナナをもぐ姿が可愛くてにこにこしていたら、背中で鳴き声がした。
「ブランカもお腹が空いたの? 食べる?」
「みゃぅ」
クロもちょんちょん肩で飛び跳ねているので、皆に確認してからテーブルに載せた。
「そうそう、この子達を見たかったの。もしかしなくても、希少獣だよね?」
「うん。こっちがブランカ、この子はグラークルスのクロだよ」
シーミアがバナナや葡萄などを持ってきてくれたので、それらを剥いて食べさせながら説明した。
「フェレスは僕が卵石を拾ったんだ。この子達は別の子が拾ったけど、育てられないから代わりにってお願いされて譲られたんだよ。動き回るから、今が一番大変だね」
フェレスはひとりでご飯を食べられるが、この2頭はまだ自力で食べられない。
しかも躾もまだできる時期でないから、当然言うことなど聞かない。まだまだ乳幼児レベルなのだ。
「それがまた可愛いんだけどね」
「うん、それ、分かるわー。ほんと、可愛いわね」
バナナを磨り潰して食べさせてあげ、葡萄は絞って飲ませた。クロもブランカも口元を汚しているが幸せいっぱいで呑気な顔をしていた。
「楽団にも、レオパルドスやウェスペルティーリオがいるのよ。レオパルドスは護衛替わりだから表に出さないけど、ウェスペルティーリオは芸もするの。夕方やるのだけど、見に来る?」
「夕方には宿に戻らないとダメなんだ」
「あら、残念。あたし達、明後日からはクレアル街なんだよね」
「僕等もレース観戦するから、クレアルに行くよ」
「なんだ、じゃあ、冒険者って言ってたけど、レースが本命だったんだ」
そう言ってから、ロザキノが声を潜めた。
「予選落ちしたの? 残念だったね。でも、フェーレースだと、無理よねえ」
シウが騎獣大会に参加したと思ったようだ。苦笑しながら否定した。
「ううん。出てない。えーと、ややこしいんだけど、知人に誘われて飛竜大会を観に来たんだ。でも予選の間は王都観光しようって、今、自由行動中。大所帯だから、観戦している人もいるんだけどね。僕はひとり気儘に勝手やってるんだ」
「えっ、じゃあ、ホントに純粋に観光なんだ。すごいわね。その知人って、お金持ちのマダムじゃないわよね?」
おかしな想像をしたようで、シウは大笑いした。
「あはは! 違う違う。でも、うん、知人はお金があるかも。僕の友人まで誘って連れてきてくれたから」
「ひえー。すごい。世の中には豪気なお金持ちがいるのねえ。うちのパトロン達とは全然違うわ! ねえ?」
「クロエー、あんたは声が大きすぎ。あと、パトロンを貶すのやめなさいよね」
「はあい」
怒られてしゅんとしたのも束の間、クロエーは今度は楽団のスキャンダルネタ(?)などを面白おかしくばらしてくれて、ティータイムは楽しく過ぎて行った。
ロザキノ達と別れるとまた宿までの道を遠回りして、ぶらぶら歩きながら帰った。
冒険者ギルドも見付けたので顔を出したが、大勢の人が出入りしていて盛況だ。依頼書を見ると、この時期ならではのものも多かった。
まず、護衛仕事だ。クレアル街までの行き来、大会会場での観光などで必要とされる。
次に食糧の荷運びに関する仕事。クレアルにもだがリアにも相当数の人が集まっているため、あらゆるところから荷を集めている。
そして、怪我も多くなるからだろう、薬草採取の仕事も多かった。
薬草については在庫が沢山あるので、緊急扱いの分だけ放出してみたらとても喜ばれた。更にはラトリシアから来たことも分かったらしく、驚かれた。
普通はレース関連の観光に来ただけなら、ギルドの仕事など気に掛けないそうだ。
そうしたこともあってか、ギルドの職員には周辺で採れる薬草についての情報をもらえた。
折角なので、朝の時間を利用して採りにってみるのも良いかもしれない。
あちこち寄り道しながら、宿へ戻った時にはもう夕方となっていた。
宿の人に聞けば、今晩も広間にて立食形式の予定だと言う。幾つかシウも作って良いか相談したら了承されたので、早速厨房の端を借りた。
皆に出すのは、蛸飯と昆布の素揚げ、マグロの料理だ。どうせなら、マグロは解体ショーのようにした方が面白い気がして、準備だけしておく。
広間の隅を借りて用意していると、リグドール達に見つかった。
「こんなところにいたのか! デジレが戻ってるはずだって言うのに、見当たらないから、何やってるのかと思ったぜ」
「僕はそんなことだろうと思ったよ」
「俺も。シウ、ご飯作るの好きだもんな」
カスパルとダンは苦笑して、リグドールを宥めていた。
彼等は今日も各自で分かれて観光を楽しんだようだ。カスパルは言わずもがな。リグドールはアリス達と一緒に出掛けたらしい。アリスの護衛役を引き受ける代わりに、彼女の兄ミハエルに観光してもらったそうだ。それをにやにやしながらクリストフが教えてくれた。他人の恋路を笑うんじゃありませんと注意したら、ちょっとビックリされてしまった。
「シウが、恋って、言った……」
「僕だって言うよ。ふんだ」
シウだってそのうち、恋ぐらいするのだ。たぶん。
かや姉さまより後にその傾向はただの一度もなかったけれど、長い人生、きっと一度ぐらいはあるはずだった。
神様もそう願っているのだから、きっと。
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