485 マグロの刺身、薬草採取、朝の団欒




 この日の晩ご飯にはキリク達も参加した。

 立食形式のラフな形が彼には良かったらしく、味気ない会食はもう嫌だと急遽予定を断って戻って来たそうだ。断れる相手だったのが幸いであった。

 広間に入って早々にシウはキリクに見付かって、何やってんだと笑われた。

「今日、フラッハ港に行って市場で買い物してきたんだ。良い物ばかりだったから、振る舞おうと思って」

「相変わらず面白いことやる奴だな」

 ニヤリと笑って、その場に佇んだ。動かない気だなと思って、じゃあ始めますと声を上げた。するとリグドール達も集まってきた。ついでにカスパルも気を利かせてアマリアを連れてきてくれた。

 皆があらたか集まったところで、シウはマグロにかけていたさらしを外した。

「おー、大きい!」

 それはそうだ。市場でも大物の部類、500kgはあるものを選んできた。長さ4m近くもある丸々とした大きさで、それでもまだ若いのだ。ぷりっぷりしていて美味しいと市場の人も一押しだった。

 これを特製の刀で切り分けていく。

 まず、頭を下ろす。普通の人間なら、まず引き下ろせないところだが、魔法とはつくづく便利なものだと思いながら微動振動を付与してあっさり落とした。

 それから4つに切り分けた。生前マグロの解体ショーをテレビでよくやっていたので、見ていて良かった。見よう見まねだが、なんとかなるものである。

 切り落とした身の一片も相当な重さだ。

 そして、見ている方も楽しかったようで、魔獣の解体とは違うからか楽しんでくれていた。女性は引くかとも思ったが、アリスだけでなくアマリアも真剣な表情で解体ショーを見ていた。

 骨に付いた分は中落ちで美味しいのでこそげ落とすつもりだが、先に切り分けた身ごろを柵にして、これを刺身にした。

「これが一番脂ののった大トロ部分、柔らかくて甘味もあり蕩ける味わいだけど、食べ過ぎるとこってりしているから胃に重いかも。気を付けてね。中トロはもう少し脂がない分、身もしっかりしていて食べごたえがあると思う。赤味は脂分は少ないけれど、酸味もあって魚らしい味がして旨味が凝縮されているし栄養も豊富だよ。どれも一長あるから、刺身で試してみて」

「……生で食べるのか?」

「そうだよ。新鮮だから、できるんだ。特に病原菌もないけど、一応、実演してみるね」

 目の前で醤油とワサビを用意して、食べてみた。

「あー、やっぱり美味しい」

 ワサビがまた良いのだ。シウは甘みのある醤油で食べるのが好きだから、ワサビが丁度良いアクセントになってより一層美味しさを感じる。

 念のため、説明書きを置いて、小皿を用意してもらいセットしていた。

「よし、俺も男だ。最初に試してみようか」

 キリクが拳を握って宣言したが、そこまで言うほどのことだろうか。確かに生食をしない人はこの世界にも多いけれど。

「……あれ?」

「え、だめ? 合わない?」

「……いや、美味しい。まったりしているな」

「濃厚だよね、マグロ。焼いたのより、なめらかで美味しいと思うよ」

「おう、そうだな。これはいけるかもしれん」

 半数ぐらいが手を出して、食べ始めた。ワサビをつけすぎてのたうっている騎士もいたが、感触は良さそうだった。

 その為、次はもっと食べやすくする工夫を見せた。

「これから、炙りまーす!」

 火属性魔法で、表面を炙って皿に出してみた。

 すると見た目も美味しそうに見え、更には匂いもプラスされて残りの手を出していなかった人のほとんどが食べた。こちらは食べた人全員が気に入ってくれたようだ。

「甘酢生姜もありますよー。口直しにピリッとして美味しいです」

「あー、俺これ好きだわ。魚を食べた後の臭みも消してくれるんだな」

「酒に合うぞ、これ」

「おー、酒のツマミな!」

 誰かが言い出すと、次から次へと注文? が入ったので、シウはせっせと炙り刺身を用意した。

 途中でリグドール達には、中落ちをこそげ落としたマグロ丼を出してみたら、こちらも好評だった。

「味に飽きたら、熱いだし汁を入れてね、このあられを入れて海苔を掛けると」

「すっげー!」

「海の匂いだね」

「美味しそうです」

 デジレも喜んで食べてくれた。アリス達も来たので、マグロ丼のミニを渡したら美味しそうに食べていた。すごいことにアマリアまでだ。

 生食では危険かもしれないと、ジルダが気にしていたが、

「鑑定したから大丈夫だよ。万が一でも、ポーションあるからね」

 と言ったら諦めていたようだ。

 そのジルダも中落ちには喜んでいた。お代わりしたそうな顔だったが、蛸飯がまだあるので我慢してもらった。


 蛸飯も最初は恐々とした様子だったが、食べた人のほとんどからは好評だった

 食べない人もいたが、それは蛸が元から嫌いだとか苦手な人ばかりで、しようがない。

 最後に、昆布の素揚げは男性陣には大好評だった。

 磯の香りにほんのり塩味、パリパリした食感、これらが酒のツマミに最高なのだと言う。あまり酒を飲まない子供のリグドールでも美味しいと言うので、胃の弱い人以外は食べられるだろう。残念ながら元々小食気味な女性陣からは「美味しいけど、ちょっと」と敬遠された。

 サラは酒飲みなので喜んでいたようだ。


 余ったマグロは宿の人にも食べてもらった。ちゃんと刺身にして、本日中に食べるようにとも伝えた。

 それでも残る分については、マグロカツなどの作り方を教えた。

 頭は塩焼きにしても良いが、こちらは内臓と共にフェレスのご飯にするため引き取った。



 明けて風の日になり、朝も早くから起き出してリアを出ると、薬草の採取に勤しんだ。

 戻ってギルドへ少し卸すと、宿に戻って朝ご飯を食べる。

 昨日のマグロで作ったツナのオイル漬けを他の野菜と一緒にパンに挟んで食べた。リグドールも真似して食べていたが刺身よりもこちらの方が好きかもと言っていた。

 お酒を飲まない子供達は起きているが、昨日飲んだ大人はなかなか起きてこなかった。

 朝の準備がある女性陣も部屋食なので、シウ達は食堂でのんびり時間を掛けて過ごした。


 大人や女性陣が降りてきたのは朝遅い時間で、キリクがシウに二日酔いの薬を強請っているところにアマリアがやって来たので、後ろでシリルが苦い顔をしていた。

 さすがに、高位貴族の女性を前にみっともない姿を見せてはいけないという気持ちはまだ残っていたようで、キリクは彼女達に謝っていた。

「見苦しい姿をお見せして申し訳ない」

「いえ。昨日はかなりご酒を召されていましたもの。わたくしの兄や、父上もそれはもうすごい格好ですから」

 キリクが恥ずかしく思わないような配慮も見せて、偉いものだ。

 アリスは賢く後ろで黙って控えていて、大人の対応をしていた。同じ伯爵令嬢でも、立場が違うということをよくよく理解しているような態度だった。

 反対にキリクはあまり取り繕うことなく、最低限の礼儀作法を守っている、という感じだ。

「連日、フェデラルの貴族が詣でてくるので面倒くさくてね。避暑に来ているのに、貴族というのはいついかなる時も『貴族』でなければならんときてる。こうなると飲まないとやってられない。しかも昨夜は美味しいツマミもあったしなあ」

 思い出してにへらと笑うので、シリルの顔が般若のようになってしまった。シウはソッと視線を外した。こちらへとばっちりが来たら困る。

「ところで、アマリア嬢。アリス嬢も、カスパル殿もだが、こちらで社交界に出られるのならシリルかアマンダに申し出てくれるか? わたしが連れていければ良いのだが」

「いえ、わたくしは」

 チラッとアリスを振り返り、アマリアは続けた。

「わたくし達は社交界はご遠慮します。こうしてのんびりと観光させていただいて、レースを拝見できることがとても楽しいのです。正直、社交界に出たいとは思えませんの」

「……そうか。そういえばカスパル殿も社交界は好きではないと仰っていたかな。ならば、アリス嬢もそれで構わないのかな? 遠慮されなくても良いぞ」

 名指しされて、アリスはふるふると首を振って、控え目に答えた。

「わたくしも、まだまだ早いと思っております。それに、アマリア様と同じく、今の過ごし方が楽しいですから。お気遣い有難うございます」

 そうか、と納得してキリクは頭を振った。

 二日酔いの薬が効いて来たのか、笑顔になっている。

 うーんと伸びをしつつ、キリクは首をコキコキと動かした。

「シウの友達だからかな。社交界嫌いが集まってしまったな! ははは」

 シリルが後ろで相変わらずジト目だ。

「社交界はともかく、学校の勉強はやっているだろうな。遊びまわって宿題を忘れるなんてことがないようにな」

「シーカー魔法学院では課題が幾つかある程度ですよ。それほど多くないんです」

 カスパルが教えると、キリクは眉を上げた。

「なんだ、そうなのか? 俺達がいた騎士学校なんて、座学の宿題が多くて困ったぞ。なあ、スヴァルフ」

「ええ、そりゃあもう。休み明けの補講ときたら地獄でしたな」

 似た者同士らしい。2人して顔を見合わせて笑っている。

「わたくし達の学校は宿題が多いですね。ね、リグ君。帰ったら皆で一緒に課題を上げようって話してるんですよ」

「そうなの?」

 シウが聞くと、リグドールが少し照れ臭そうな顔をして頷いた。

「レオンやヴィヴィ達とも合わせてさ、やろうって言ってるんだ。グループ課題も許可されているから」

 へえ、と懐かしい気持ちで話を聞いた。

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