486 課題とゴーレム、融資と研究費




 宿題の話になると、アマリアも話題に入ってきた。

「わたくしもレグロ先生から課題を出されていましたわ」

 ほぅっと溜息のような息を吐いているが、どこか嬉しそうだ。

「早く次の段階へと移らないといけませんから、パーティーどころではないですわね」

 どうやらそういう意味で口にしたらしい。ジルダが苦笑しており、アリスも笑った。

「アマリア嬢はどういったことを研究しているんだ?」

 キリクが聞くと、アマリアは恥ずかしそうに小声で答えた。

「ゴーレムですの。わたくし、土属性のレベルが五ありますので、その力に特化したものをと考えまして、元々人形作りに興味がありましたから研究対象としたのです」

 馬鹿にされると思ってか、彼女らしくもなく首を竦めかけて、おどおどとした様子が見え隠れした。よほど罠にかけてきた例の男アグリード=ダゴスティニに手酷く罵られたようだ。可哀想にと心配していたら、キリクが面白そうな顔をしてアマリアに返した。

「すごいじゃないか。それ、どこまで実用化できているんだ、ですかな?」

 喋り方が大雑把になってきていてシリルに睨まれ、慌てて言い直すあたりがどうしようもないが、アマリアは気にならなかったようだ。

「え、あの、おかしくありませんか?」

「何がだ? それより、どれぐらい作れるものなのか、見てみたいな」

 興味があると言う態度を隠さないキリクに、アマリアは少し浮上して、そっとシウを見た。シウが頷くと、口を開く。

「でしたら、あの、庭を使用しても良いでしょうか。シウ殿にも手伝ってもらわないといけませんが」

「構わんぞ。おい、誰か宿の者に使用許可を」

「早速手配してございます。さ、どうぞ、アマリア姫」

 シリルがさっと手で示した。すでにレベッカが素早く動いており、一流秘書たらんとする行動だ。


 アマリアは緊急避難などに使う防御用ゴーレムの作成はもうできている。魔道具としての販売まで漕ぎ着けそうなところまで魔術式も開発していた。

 実際には彼女の地力だけで現在は生み出している状態だが、国や自治体単位でなら買える程度にまで魔術式を落とすことに成功している。ただそれでもまだ高いので、彼女は思案中なのだ。

 庭に出ると、シウが周囲に結界を張った。生産の授業でもよく彼女の作成の手伝いをしていたので慣れたものだ。

 アマリアはジルダにドレスが邪魔にならないよう紐で縛らせて、その上に作業用のコートを着てから、地面に手を置いた。

「では、参ります」

 小声で詠唱句を唱える。基本形を、彼女独自のものに変えているため詩的だ。

 やがて、ズッ、ズズズズッと大きな音を立てて、地面が盛り上がり二秒ほどで五メートルのゴーレムが出来上がった。関節もあって、動ける仕様だ。

 アマリアが立ちあがり、ドレスのポケットから魔法陣を描いた紙を取り出した。

「《起動》わたしの前まで歩いて来て《解除》」

 ジュッと紙が焼けたように消える。まだひとつの命令にひとつの魔法陣が必要だが、ゴーレム相手なのだからこれで十分とも言える。あちこち節約しているのでこの形となった。

 もし金に糸目を付けなければ、もっと動きを登録してしまえるので使いやすいだろう。

「おお! すごいな」

 ズシンズシンと音を立てて歩いてきたゴーレムを見て、キリクは純粋に感動したようだった。

「他にどんな命令ができる?」

「単純な動作だけですが、いくらでも。この式紙があればですけれど」

 アマリアの説明に、キリクは興奮したように前のめりになった。

「俺でも命令できるのか?」

「もちろんです。この式紙を手にして、魔力を触媒に命令を実行させます。その代わり、単純な言葉でしか反応しません」

「それは、何故だ?」

 仕組みについてを聞いたのだろう。アマリアはひとつ頷いてから、シウを見た。

「言語魔法の初歩レベルが下地となっているからですわ。シウ殿に組み込んでいただきました」

 キリクがシウに視線を向けてきた。

「言語魔法も持っているのか?」

「複合技だよ。無と光と闇属性を掛け合わせると言語魔法のレベル一から二程度になるんだ。これをベースにしておくと、作成者以外の命令を受けられるんだ。アマリアさんに光属性があれば鍛えてもらってレベルを上げられたんだけど」

「わたくしには素養がないので、手伝っていただきましたの」

 でもその代わり、誰でも命令ができるようになった。もちろん本当に「誰でも」だと困るので、式紙を媒介させるのだけれど。

「なるほどなあ。よし、俺もやってみよう」

 アマリアから式紙をもらうと、キリクは子供のように楽しげに命令を下していた。

 その間も質問は忘れない。

「ところで、このゴーレムの連続使用時間はどのくらいだろうか」

「わたくしが直接作りましたので一日中、可能ですわ」

 うん? と首を捻り、振り返ってアマリアを見つめる。彼女はキリクに見つめられて少し頬を染め、俯き加減で話を続けた。

「今、汎用性を持たせるために、魔道具を開発中ですの。ただとても高価ですから、一個人が使えるほど安くならないのが難点でして、その――」

「費用の問題で研究を思うように進められていないということか」

 ふーむ、と顎に手をやりながら、キリクはもらった式紙を全て使う気なのか次々と命令を下していた。

「お父様やお爺様にご迷惑はかけられませんし、シウ殿にも助言を頂きましたから、研究費を捻出するための作業にも着手しております。いえ、しておりましたが」

 そこでアマリアの顔が陰った。

 残り数枚を残して、キリクがまた振り返った。

「どうされた? 何か学校で問題でもあるのかな」

「あ、いえ。個人的なことなのです。申し訳ありません。……使用時間ですが、魔道具としてでしたら八時間が限界でしたわ。現在、大型化を控えるか、あるいは連続使用時間に特化させるべきか悩み中ですけれど、全体としてもう少し術式を落としていくことを考えております」

「落とす、とは? すまん、俺は魔術式関係は全くの門外漢なのだ」

「あ、いえ」

 正直に吐露したキリクに、アマリアが少し笑んだ。気持ちが浮上したようだ。

「ゴーレムを作り、起動させるのには大変な魔術式が必要だということが分かりました。これまでただ自分で作るだけではイメージでできていたことも、魔道具として誰もが使えるようにするには術式が必要となります。そして、いかに短くするかが問題なのです。キリク様もご存知のように、魔道具は魔核や魔石を使って起動運用します。術式が長ければ長いほど、また起動時間によっても大量の魔核を必要とするのです。価格に反映されますし、それ以前に魔道具自体の持ち運びができなくなってしまいます。そのため、削らねばならないのです」

「ああ、そういうことか」

「わたくし、シウ殿から節約術を教わっておりますので、おかげでかなり術式を縮小することができました。それでもまだまだ課題が多いのです。学ぶべきことはたくさんございますわ」

 自分はまだまだだと謙遜する彼女に、キリクは優しい笑みを見せた。

「アマリア殿はよく頑張っておられるようだ。学者というのはすごいものだな。このようなものを編み出せるのだから。しかも万人に使えるよう、考えている」

 とんでもないと、アマリアは顔を赤くして手を振った。いたたまれないような心地らしく、もじもじとしていた。

 それを労わりと、優しい視線で眺めながら、キリクが続けた。

「研究を捻出するための作業とは何か、お伺いしてもよろしいか?」

「あ、ええ、はい」

 戸惑いながら、アマリアは顔を上げて頷いた。それからシウをそっと見て微笑む。

「シウ殿に教わった方法なのです。もっと小さなお人形を作って、売り出してみてはどうかと」

「ほう」

「型はわたくしが作ります。それらを職人たちが組み立てるのですわ。自力では動けないけれど、関節がございますので人の手で動かすことが可能です。休暇中にも研究できればと思って持参してきておりますから、もしご興味がございましたらご覧いただけますが――」

「おお! それは見たい。ぜひとも見せてくれ。……いやしかし、もしや少女人形のようなものか? こう、女児が持つような、赤ちゃん人形?」

 首を傾げてあらぬところを見たキリクが困惑げに問いかけると、アマリアはくすっと笑って手で口元を抑えながら事実を教えてあげた。

「いいえ。これもシウ殿の案ですけれど、男の子向けが多いのです。英雄や冒険者、騎士様などを象っていますの。もちろん、魔法使いのエルフの少女も作ってみましたわ」

 物語に出てくるウィリデのことだ。

 アマリアがにっこり微笑んで内緒話を告げるように教えると、キリクも清々しい顔で笑った。

「そうか。ならば、俺が見ても構うまいな。ぜひ、見せてほしい。そして、俺に融資をさせてもらえないだろうか」

「え?」

「研究費も、ぜひ出させてほしい」

 アマリアがびっくり顔で固まったら、それが拒否だと受け取ったのかキリクは慌てて手を振った。

「いや、確かにあなたの国にとっては大事な財産となろうが、その技術は魔獣のスタンピードに苦しめられている我が領にとっては喉から手が出るほどの技術なのだ。貴族として汚いとお思いかもしれないが決して独り占めするというような気持ちではなく――」

 言い訳を口にしている間に、アマリアがとうとう泣きだしてしまった。

 貴族の女性としてはそんなこと決してしてはいけない、見せてもいけない姿なのだが、彼女は感極まって泣いてしまった。

 慌てたのはキリクで、手がわたわたと泳いでいた。誰か助けろと周囲を見回したものの、もちろん誰もスルーである。あろうことか、アマリアの侍女たちまで、だ。その時のキリクは「え、なんでお嬢様を連れ出さないのだ、助けないのか」と不審に思っただろうが、自分以外誰も助け船を出さないので、仕方なくかあるいは本当に可哀想だと思ったのか、必死でアマリアを慰めていた。

 大丈夫だ、苛めてない、悪い意味ではないのだと見当違いの慰めに、アマリアはようよう小さな声でキリクに返した。

「違っ、違うのです、嬉しかったの。わたくしの、研究を、馬鹿、にされないどころか、褒めてくださって、その上援助してくださるなんて、だって、わた、わたくし」

 しくしく泣く彼女にどうしていいか分からず、キリクがそっと肩に手を置いて慰める頃、庭には誰もいなかった。

 ゴーレムひとつだけが、二人を見ていた。

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