487 事情説明とお見合い話、レース観戦




 食堂の広間で皆が取り留めなく話をしていると、暫くして目を真っ赤にしたアマリアと困惑げな顔のキリクが戻ってきた。

 侍女にアマリアを任せると、キリクはシリル達を呼んで席を離れて行った。ちょっとぷりぷりしていたのを小耳に挟めば、どうやら「アマリアの侍女達はお嬢様を1人にするなんてどういった教育を受けているのだ」と怒っているようだった。

 そろそろシリルが今回の旅行の趣旨を説明しそうだなーと思っていたら、案の定呼ばれてしまった。

 キリクの部屋のうち、執務室代わりにしている小部屋へ通されると何ともいえない表情で本人がソファに座っていた。

「騙されて政敵の息のかかった、妻と死に別れた年上の爺さんと結婚させられそうになって? 可哀想だから連れてきたと?」

 片方の眉を跳ね上げて、不満なのかなんなのか機嫌の悪い様子を見せた。

 シリルを見ると、素知らぬフリで窓の外に視線を向けていた。成る程、そこまでしか話をしていないのかと大体のところを悟った。

「概ね、合ってるね」

 頷くと、キリクが行儀悪くテーブルの上に足を乗せ、文句を言い始めた。

「あんな少女に、くそじじいとの縁談を持ちこまれて撥ね付けられないとは、あの爺さんも耄碌したんじゃないのか?」

「だよねー」

「で? 爺さん達が敵を片付けている間にこっちへ密かに逃したってわけか?」

「概ね、合ってるね」

「なんだ、そりゃ」

 同じ台詞を繰り返すシウに、キリクがようやく笑った。

「それにしても、よく許したな。親もだが、ヴィクストレムの爺さんも」

「渋ってはいたけどね。でもあそこで鬱々として社交界にも出ず屋敷で過ごすより、よっぽど精神的には良いと思うって説得してみた」

「……よくもまあ、お前ときたら」

 呆れたような顔をしていたが、キリクはよくやったと笑顔で褒めてくれた。

「あんな才能、埋もれさせたらダメだ。勿体ない」

「人として同情はしないんだ?」

 シウが突っ込んだら、何故かハッとした顔をして、それから視線を逸らした。

 ジーッと見つめていたら、キリクは視線を彷徨わせた後に溜息を吐いてシウを見返した。

「貴族なら普通の事だと、思うからな。ただ俺が言うと嫌味にしか聞こえんだろう。俺は好きなようにしてきたからな……そう言う意味では可哀想だと思う。特にあの手の少女には辛いことだろう。もっと、こう、貴族貴族した女なら、耐えられたのだろうが」

「キリク。一度言ってみたかったんだけど、いい?」

「うん?」

「あのね、キリクの嫌いな貴族の女性達だって最初からそうなわけ、ないんだよね。香水もオシャレも、全部そういう風に仕向けられて、そしてそうするしか生きていく道がなかったからなんだと思う」

「……分かってるさ」

「キリクも貴族の子として生まれて大変な人生を歩んできたから、分かるだろうね。それこそ、自由に生きてる僕が言ったら嫌味にしかならないだろうけど」

 ぐっ、と喉を詰まらせてキリクが半眼になった。

「不自由な枠の中に押し込められて、それでもなおそこで生きていこうと足掻いている人達を、僕はある意味尊敬してる。おしゃれの話しかしない女性達だって、個々で言うならきっと何某かのものは持ってるんだ。キリクも嫌々言ってないで、ちょっとは真剣にお見合いでもしてみたらいいのに。それとも女性は嫌いで、男性が好きとか――」

「おおーい!」

 頼む止めろ、それだけは絶対ないと断言して、キリクは肩を竦めた。

「分かった分かった。考える」

「じゃあ、考えてみてね。ちょうど良い相手がいるんだし」

「……は?」

 さすがにこれにはシリルも驚いたようだ。びっくりした顔でシウを見つめている。彼としてはもっと穏便にさりげなく持って行こうと思っていたようだが、先程の庭での会話や今の発言からも、キリク自身が絶対にないと思い込んでる節があったので、切り込んでみた。

「だから、妻と死に別れた、ずーっと年上の男性と結婚を勧められている可哀想な女性がいるわけだし」

「お、おい」

「しかもお相手には子供までいるんだよ」

「なんだと?」

 何歳だとか、性別については伏せてみた。キリクの不安を煽るのだ。

「あと、夜会の最中に突然腕を取って引きずるように、空いている部屋へ連れ込もうとしたり」

「ああっ!?」

 キリクの顔が険しくなった。シウは叩きこむように続けた。

「しかも捨て台詞に『みっともないから人形遊びは止めろ』と言われたそうだよ。キリクの言う、才能を握り潰す行為だよね」

 眉間に皺が寄って、不機嫌そのものの顔になった。慣れた人でも怖いと思うだろう。

「政敵の派閥家だし、そうそうない最悪の貴族の結婚になるだろうね」

「……だが、何故そこまで後手に回ってしまったんだ?」

 どうやらちょっと冷静になったようだ。

 シウは、少し苦笑して、知っている話を最初から始めた。


 ろくなことをしない女だな! と途中で何度か遮られたものの、キリクは大体のところを把握してくれた。ヒルデガルドのことは彼も知っていて、気に入らない相手としてインプットされているらしく反応がすごい。

 そして、話が終わるとキリクはシウを睨んだ。

「お前、俺に押し付ける気満々だな!」

「だってちょうど良いと思ったんだもん。もちろん、お互いに相性が悪かったらしようがないけどさ。お見合いするにしても、自然な形が良いだろうし。何よりも、キリクは僕にとって父親に等しい相手で信頼もしている。アマリアさんは大事な友達で気性も分かっているつもりだからね。合うんじゃないのかなーと思って、連れてきた」

「連れてきた、って簡単によ。おい」

 呆れた顔をして、それからソファの背もたれに仰け反った。

「どこのやり手ババアだ。つーか、そうか、だからカスパル殿も来たのか。あー」

 してやられた感があるらしく、力が抜けてしまったようだ。

 しばらくそうしていたけれど、ガバッと起きて、真剣な表情になった。

「彼女は、当然知らないんだろうな?」

「知らないよ。あと、恋愛についてもよく分かってないみたい。誰かに憧れるって気持ちもなかったらしいし、とにかくゴーレムを作りたいから、そうした研究を許してくれる人との結婚ならいいな、だってさ」

「そうか」

 だったらエスコートしたりして様子を見てみるか、と乗り気になってくれたようだ。

「……だがなあ、俺が相手でも可哀想な気がするけどな」

「なんで?」

「俺だって随分年上だ。それに、あんな辺境の領地で」

 今まで本格的に相手を探さなかったのも、そのへんの引け目があったからだろう。そこで頑張れる相手でないとダメだと思っていたのかもしれないし、あるいはこれがキリクの優しさだったのかもしれない。

「あのね。アマリアさんがゴーレムを作ろうとしたきっかけ、教えてあげるよ」

「うん?」

「騎士を作りたかったんだって。自分の代わりに人が死ぬのを見たくないって」

「……そうなのか」

「守られる存在だってことは重々承知していて、それでも彼女は、自分の周りの大切な人達を守りたかったんだと思う」

「ああ」

「僕は、彼女ほど、辺境の領主の奥様に相応しい人はいないと思うなあ。年齢とか、関係ないんだと思うよ。ようは、その心がどれだけ広くて深いか、だよ」

 そうか、と小さく呟いて、キリクはふと笑ったようだった。

「じゃあ、まあ、彼女に気に入ってもらえるよう頑張ってみるとしようか」

 キリクが前向きになったことを、そうと仕向けるつもりだったくせにシリル達が目を瞠って驚いていた。



 午後、クレアル街まで地竜で移動した。

 到着した頃にはアマリアの顔にはもう泣いた跡など見当たらなかった。ジルダが頑張ってお化粧したのだろう。

 気持ちも晴れやかになったのか、夕方の騎獣予選レースを共に楽しんだ。

 時間がなかったのですぐさま宿に入ったが、恒例となった食堂の広間での食事も、皆と一緒に摂っていた。

 とにかく楽しいと、彼女は終始笑顔だった。




 翌日は朝からレースを観戦した。火の日から予選決勝戦が始まるので、前日の予選で最終の滑り込みとなる。だからか気合の入った試合が多かった。

 昼はリグドール達と街をぶらつきながら自由に摂ることにした。

 屋台も多く出ていたので食べたいものをそれぞれ買って、屋台が共同で出しているテーブルに座って食べる。が、見事に肉料理ばかりだった。

「年頃の少年が買うっていったら、これだよねえ」

 呆れてしまった。

 まあ、カスパルなどはどうでもいいとばかりにダンやルフィノ達に任せて購入していたけれど。

「ちゃんと野菜も食べないと」

 カレー粉を使った野菜炒めを魔法袋から出すと、意外と全員が食べていた。

 生野菜よりは食べやすいのと、やはり味付けがカレー味というのは男性には受けるようだ。

「汗が噴き出るけど、これ、いいな」

「相変わらずラトリシアでもあれこれ作ってるんだね、シウ」

 リグドールとクリストフが食べながらそんなことを言っていた。

「それにしても、これだけ暑いのに、ここは涼しいよね」

「公園に水を引き込んで冷やしているらしいぜ。この石畳の下にも通しているとか」

「へえ。まるでオーガスタ帝国の水の都だね」

 古代帝国では緻密な都市造りがなされており、暑い南部では水を大量に使っていた。大掛かりな分、大量の魔力を要していた仕組みは当然ながら現在には受け継がれていない。

 それでも地道な努力で当時を再現できていると言えた。

「噴水の効果も高いよね」

「そうだね、シウ。視覚的にも涼しく感じられるし」

「ラトリシアに噴水があると凍えそうな気になるから、やっぱり土地土地で街の様子も違うよなあ」

 などと話して、昼を過ごした。

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