488 騎獣と小型希少獣のレース観戦




 午後のレースではなんとスヴァルフ達が出ていた。飛び入り参戦らしい。

 速度レースのみ、サナエルがソールと共に出て、それ以外は障害物レースに参加していた。面白いことに礼法には誰1人として参加していない。

 こんな楽しそうなことにキリク本人が参戦していないのは何故だろうと思ったが、隣りのボックス席にはひっきりなしに尋ねてくる人がいて大変そうなことだけは分かった。


 夕方の騎獣レースも見たが、やっぱり予選だからかあまりすごいとは思えなかった。ぶっちぎりでフェレスが勝ちそうである。

 ただし、混戦などの競技はフェレスには向いていないと思う。

 彼は他の仲間と協調して動くということには慣れていない。それに、戦えるのに他の仲間を優先させて待てをさせておくと、じりじりしてストレスが溜まりそうだ。

 実際に見ていても、どうして他の皆が我慢して1頭だけが最後を仕留めるのかと、不満そうだった。

 速度レースでも本人は出たいと思わないようだった。消化不良なのだ。中途半端な距離だったり、ルールが細かすぎてイライラするのだろう。このへん自由に育ってきてるので気持ちは分かる。

 障害物もフェレスからすれば単純すぎるのか、つまんない、とのことだった。

 実際の森を利用してレースなどできないから、こればっかりは仕方のないことだが、つまんないと言われた方は可哀想だ。皆、一生懸命頑張っているのだから。


 聞こえないだろうが、面白くなさそうな顔でレースを見させているのも可哀想なので、小型の希少獣達のレースや見世物がある別棟の会場へと足を運んでみた。

 アマリアやアリス達も一緒に行くというのでまたぞろぞろと歩いて向かう。

 小型の希少獣達の競技は今日が最終だから、決勝戦があちこちで行われていた。

 どうやら火の日から、飛竜と騎獣のレースに絞って全員が観戦できるように調整されているようだった。

「行け、勝て! 勝て!」

「あの赤毛のタミア、早いぞ!」

「よし、抜けっ、抜くんだ!」

 白熱したレースに一番のめり込んでいるのは観戦者達だった。どことなく、競馬場を彷彿とさせる姿に笑ってしまった。

 案の定、賭けでもしていたのか、負けた者達は床に手を突いている。


 アマリア達が礼法レースも見てみたいと言うので一緒に向かうと、美しい鳥型の希少獣達が止まり木に佇んでいた。

 クロも同じ鳥型として気になるのか、シウの肩の上で飛び跳ねていた。

 すると以前に出会ったことのある女性から、またも声を掛けられた。

「あら、また会ったわね。やっぱりレースには参戦していないのね」

「こんにちは。レースは本人がつまらないって言うので、申し込みませんでした」

「まあ、そうなの」

 肩にはウルラが乗っていて、騎乗服を着た男装の女性だ。

「あなた、言葉が分かるってことは調教の魔法を持っているの?」

「いえ。でも大体なんとなくで分かるんです。あ、でも、調教魔法はもしかしたら増えているかも」

「スキルは常に調べておかないとだめよ。財産なのだから」

 神殿やギルドで分かることなので意外と簡単なのだが、いくらかのお金がかかる。特に自分から調べてほしいということならば、だが。

 だからか、金銭に余裕がないのかと心配されてしまった。

「わたしの知り合いに鑑定魔法持ちがいるから、頼んでみましょうか? もちろん、お代は結構よ」

「あ、いえ、いいです。僕のはただのものぐさですから」

 慌てて手を振った。

「そうなの。遠慮してるのではなくて?」

「いいえ」

 見られたくないぐらいなのだ。シウは誤魔化して笑った。

「大らかな性格なのね。ま、本人がいいのなら、構わないのだけれど。ああ、そうだわ、名乗ってなかったわね。わたしはドロテア=クラウスラー、クラウスラー男爵夫人よ。この子はリナ。ティグリスもいて、その子はカレンと言うの」

「騎獣のレースに出られるのでしたか?」

「そうよ」

 姿を見た覚えがないので、予選が早かったのかもしれないと思ったが、その堂々とした態度からあることに思い至った。

「もしかして、決勝戦から参加する方ですか?」

「ええ。なんだ、知ってたの?」

「いいえ。ただ、今までの予選で見た騎乗者とは全く違うので」

「あら、それは喜んでいいことかしら」

 お茶目に笑ってウィンクしたので、シウも笑顔で頷いた。


 話を聞けばかなり有名な乗り手らしい。

 暫く話し込んでいたら何度か擦れ違う人々から声を掛けられていた。決勝では頑張ってとか、聖獣相手に負けるなだとか。

「わたし、フェデラル軍の騎獣隊第三隊隊長なのよ。第一隊の隊長も出るし、上位貴族の方々の聖獣が相手なので負けるわけにいかないの」

「貴族の方々は代理ですよね、騎乗者って」

「そうよ。勝ち目はそこね」

 ただし、プロの騎乗者もいるので、楽観視はできないそうだ。

 しかも、金に飽かせてすごい乗り手を連れてくることもあるらしい。

「王族の方々には負けるけれど、上位貴族には負けたくないわね」

「王族の方もレースに参加するんですか!」

「もちろん、代理よ。あ、でも王弟殿下はご本人が乗られるわね。あの方は強いのよ。ただし、わたしの出る障害物とはかち合わないの」

 そう言って、うふふと笑った。

 王弟殿下は速度レース、調教と礼法に出るそうだ。ドロテアは障害物と混戦レースになるから、勝てる見込みがあるらしい。

「それにしても、あなた、どういう立場の子供かよく分からないわねえ」

 シウも名乗ったのだが、冒険者で魔法使いだと言ったら首を傾げられた。

「仕立ての良いものを着ているし礼儀正しいから貴族の子かと思ったけれど、冒険者なのよね」

「今はシーカー魔法学院で学んでますけどね」

「それもまたすごいわ。騎獣2頭に小型希少獣、それらの面倒もあるでしょう? 正直、わたしなんて騎獣隊に入ったのは餌代を稼ぐためもあったのよ」

「あ、そうなんですか」

「幸いにして、良いご縁があって男爵夫人に収まったのだけれどね。理解のある夫のおかげで、隊長にまで昇進できたわ」

「フェデラル国って自由なんですね」

「あ、そっか。ラトリシア国出身なのね。あそこは女性は大変よねー」

 実際はシュタイバーン出身なのだが、ややこしくなるので黙っておく。

「それにしても、グラークルスも可愛いけれど、猫ちゃんも可愛いわね」

 そう言ってから小声で、

「ニクスレオパルドスでしょう?」

 と話しかけられた。希少種なので気を遣ってくれたらしい。

「はい」

 最近、模様が浮かび上がってきて、白猫とは言えなくなってきたブランカは、シウに背負われたまますやすや寝ている。この子はとにかくよく寝る子だった。

「綺麗な毛並みだわ。そういえばフェーレースのこの子も綺麗よね」

「お風呂に入れてブラッシングもしたり、マッサージもしてるので」

「まあ、そうなの?」

 そこからは騎獣の手入れの仕方について語り合った。

 リグドール達が見て回って戻ってきてからも話していたので呆れられたが、騎獣隊の騎獣の扱いについて詳しく知れたのでとても良い話し合いだった。


 フェデラルでは、騎獣は個人の持ち物として登録すれば誰でも持てるそうだ。

 騎獣レースが盛んなので、餌代を捻出できる庶民も多いとか。

 それでもやはり飼うにはお金がかかるため、騎獣隊に入る人もいる。だから騎獣隊には庶民上がりも多く、緩めの気風らしい。元々フェデラル国自体が大らかな性質の人が多いらしくて、騎獣達ものんびり自由に振る舞うそうだ。

 そのせいで、風呂嫌いや少々我儘な子も多いらしい。

 そうしたことから、調教師の仕事が多くて、フェデラル国では調教師が花形職業のひとつになっている。だから、先程シウに調教魔法があるか調べろと言ったそうだ。

「うちのカレンは、穴掘りが好きなのよね。おかげで毎日汚いの。水浴びも嫌がるし、侍女達が総出で浄化を掛けようとするのだけれど、逃げ足だけは立派で」

「あはは」

「リナは水浴びが好きなんだけど。ね、リナ」

「きぃー」

 うん、と嬉しそうに返事をしている。

「騎獣隊は規則も厳しくないから、飛竜隊からはよく睨まれているのよね」

「飛竜隊は騎士ばかり?」

 シュタイバーンがそうなので聞いてみたら、頷いていた。

「だから貴族出身者が多いのよ。わたしなんて名ばかり貴族の出身で、結婚して下位貴族の人間となったでしょう? だからいろいろあるの。で、レースでは絶対負けるわけにいかないのよね」

「成る程」

「まあ、でも見てなさい。今回は勝つから。ふふふ」

 彼女の決勝戦は火の日の午後遅い時間らしく、絶対に見てねと念を押された。

 手を振って去っていく彼女には、全く気負いが見られなかったので勝負事への胆力はすごいと感心した。


 それにしてもと、シウは溜息を吐いた。

 国によって希少獣の扱いがこうも違うとは。

 ラトリシアはがちがちに囲い込み、大事に大事にしている。いざと言う時にも出さないほどだ。

 そういえばデルフ国も囲い込んでいた。ただし、こちらは大事にしているというほどではなかった。軍事的に必要だから、という意味で外に出さないだけだ。

 シュタイバーンでは割と自由で、フェデラルに近い。ただし、フェデラルは自由すぎる。レースで餌代を稼ぐという話や、軍隊での利用なのに規則が緩やかなのには驚いた。

 他の国、たとえばシャイターンなどではどうだろう。

 北国の希少獣の生態も知りたいし、機会があれば彼の地の人に聞いてみたいものだ。

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