489 準決勝戦、フェレスの闘志




 火の日になり、決勝戦が始まった。

 シードの選手も出てきて、レベルの高いレースとなった。さすがに見ごたえがあり、特に飛竜のレースは迫力満点だった。

「うおっ、ぶつかる!!」

 障害物レースで曲がり切れなかった飛竜が観覧席すれすれに飛んで来たり、反則すれすれの追い抜き方など、白熱した戦いだ。

「大がかりな防御魔法がかけられているからぶつからないそうだよ」

「冷静に言うなよなー。こういうのは驚いて楽しむものなんだからさ」

「あ、ごめん」

「シウ、そういうところ相変わらずだね」

 クリストフには笑われてしまった。

「女の子達は純粋に驚いて楽しんでいるね」

 クリストフがチラッと隣りのボックス席を見て苦笑した。さっきの、すれすれに飛んできた飛竜に対して、絞め殺されているのかと思うほどの叫び声を上げていた。まあ、それはどこのボックス席でも同じだったけれど。

「庶民席の方が楽しんでいるよね、あの声」

「見慣れてるのかな」

「案外、下の席だから安全だって思ってるのかもね」

 などと話していたら、またリグドールに半眼で見られてしまった。

「ごめんごめん」

 苦笑して謝った。


 速度レースは、決められたコースを何周も回るため、段々数えるのが大変になってきた。それでもリグドールが必死で叫んで数えるため、盛り上がる。

 女性陣も彼のおかげで楽しめていたようだ。

「円柱を曲がる時の攻め方が、個体によって違うのが面白いね」

「直線が苦手な個体ほど、積極的に攻めてるよね。失敗して曲がり損ねて棄権になってるのもいるけど」

 カスパルも軌道を見る方が楽しいらしく、シウとは話が合った。

 どちらにしても、全員一致で答えが一緒になったことは。

「あんな速さの飛竜には乗りたくないよね」

 だった。


 調教レースでは、飛竜に面白い格好をさせる者がいて、その時には大いに沸いた。

 空中で、捕えられた宇宙人みたいな格好で制止して(といっても自重で落ちていくのだが)、よほどお互いの信頼関係がないとできないよなーと思えた。

 礼法レースでも、ある意味信頼関係が必要だ。円柱の上に片足で立ち、その姿勢や美しさを競うのだがなかなか難しい。

 下の階のボックス席からは講釈を述べる貴族の声が聞こえてきたが、彼が言うには羽の美しさやその広がり方など、見るべきところは多岐にわたっていた。

 シウ達にはちょっと分からない視点だったけれど、大声の貴族の説明には笑い合って聞き耳を立てた。


 混戦レースはこの日はなくて、翌日にある。チームで参加するので、少ないらしい。

 午後からは騎獣のレースとなった。

 速度レースではドロテアの言う、貴族お抱えの聖獣や上位騎獣達がほとんどで、その中には噂の王弟も出ていた。

「アドリアン様のルドヴィークが出たぞ!」

 聖獣で獅子型のレーヴェはルドヴィークという名前らしく、威風堂々とした姿が美しい。聖獣としての誇りのようなものが感じられる。

 他にも、グリュプス、スレイプニルなど聖獣が沢山参戦している。レオパルドスやティグリス、ドラコエクウスなど、上位騎獣も混戦状態でレースを行い、この部では王弟が一位を獲った。

 彼は飛竜も持っており、明日の朝のレースに参戦する。出ずっぱりとなるので、よほど体力に自信があるのだろう。

 高位貴族の騎獣で最終レースまで残れたのは調教や礼法などがほとんどで、速度では1頭、障害物では2頭の聖獣しか残れていなかった。

 他に上位に食い込めたのは下位貴族や騎獣隊、一般参加のレース専門者達だ。

 このへんも面白かった。

「にゃ。にゃにゃ」

「うん、そうだね」

 フェレスは、ルドヴィークが早いと言って、悔しそうだった。

 夕方のレースではドロテアのカレンが出馬し、これに対しても「あの子すごい」と褒めていた。ただし上から目線で、どうやら自分なら勝てると思ったようだ。ティグリス相手にすごいと思うが、実際のところ、このレース場の条件ならギリギリ勝てるだろう。森なら完全圧勝だ。

 速度の方は、上には上があると知って、悩ましげだった。

 夕方には身悶えて、床でぐねぐねと体を揺らしていた。自分も出たい、勝ちたい、でもあれが相手では勝てない、という気持ちが表れていた。

 可哀想だったので、夜ご飯のあと、街を出て発散させてあげようと思った。



 夜、デジレ達に断って宿を出ると、まだ騒がしいクレアルの街を抜けた。

 ギルドで教えてもらっていた採取用の森のひとつにまで向かうと、そこで思う存分体を動かした。乗っててと言うので、レース気分なのだろうと思い、普段は付けない騎乗帯を付けた。背負っていたブランカも前に抱え直し、クロも抱っこひもの中に入れる。2頭ともうつらうつらしていたので文句も言わずに素直に従っていた。

 フェレスはゴーサインを出したら矢のように飛び出し、森の中を縦横無尽に走り回った。木々の上空に出て延々縦に横に、円にと飛び回った後は、木々の間を抜けて回る。

 敢えて難しいコースを選ぶのだというように、明かりもない森の中をびゅんびゅんと走った。

 飛ぶだけではなく、地面を駆けても走る。岩場を乗り越え、川を遡り、大木の上へと駆け上がる。シウを乗せているという自覚はあるようだが、騎乗帯を付けていないとどうかしたら振り落とされていたかもしれないなと思うほどで、とにかく力の限りを尽くして走り回った。

 数時間そんな調子だったけれど、ふと足を止めて溜息のような息を吐いてからは落ち着いたようだ。

 振り返って、小さく鳴いた。

「にゃ」

 言葉にならない、謝意のような鳴き声だった。

「気が済んだ?」

「にゃぁ」

「だったら、宿に戻る? それとも、ここでもう少しゆっくりしてみる?」

「にゃうん」

「いいの?」

「にゃ。にゃにゃ。にゃにゃにゃ」

 うん、ありがとなの、と可愛い返事が返ってきた。

 最後に、

「にゃにゃ!」

 スッキリした、と嬉しそうに言って、ようやく機嫌が戻ったのか尻尾を振り始めた。

 しかし歩き始めてから、少しよろめいた。

 力を出し尽くしたらしい。それでも歩みは止めなかったし、シウに降りてだとか、ポーションが欲しいなんてことも口にしなかった。

 彼なりの、矜持があったのだろう。

 騎獣レースを観戦したのは、フェレスにとって良いことであったようだ。



 翌日、閉会式の前日となり、決勝戦の後半が始まった。明日には最終レースとなるので、ここでほとんどが振り落とされる。

 午前は飛竜のレースで、ドロテアから聞いた飛竜隊も多く参加していた。

 混戦レースはチーム対抗となるため、王弟と貴族のチームや飛竜隊などが知力を尽くして陣攻めをしていた。

 何故かスヴァルフ達は出ていなかったが、サナエルだけは速度レースの決勝戦に出ていた。最後まで残ったので明日の最終決戦に出られるようだ。

 王弟の飛竜も最終に残った。彼は飛竜では速度と混戦レース、騎獣でも速度レースに出ていたのでスピード狂かもしれない。

 他に、貴族らしき男性達や飛竜隊の騎士と思しき男性達が残っていた。

 飛竜はやはりお金のある人や部署しか残れないようだ。個人で飼える規模ではないから、当然と言えば当然かもしれない。


 反対に、騎獣はレース専門の人が多く、面白い。

 この大会でも上位10名まで賞金が出る。貴族達は名誉を求めるようだが、個人だと賞金狙いだ。

 午後の騎獣レースでも残ったのは半数以上がレース専門の人達で占められていた。

 騎獣のレースを最後まで見たが、フェレスは昨日のように身悶えることはなかった。ただ目が爛々と輝いていたので、やる気が漲っているのだろう。

「レースが終わったら、訓練やってみる?」

「にゃ!」

 すっかり闘争心に火が付いたようだ。

 自分の能力の限界に気が付いていても、それとこれとは違うらしい。彼のそうした向上心ややる気は純粋に偉いなと思う。

 フェレスの様子を見ていたリグドール達も微笑ましそうに見ながら、何か思うところがあったようで、俺も頑張るかーとフェレスに報告していた。


 最終決勝戦を明日に控え、宿では前夜祭のような形で騒がしい晩ご飯となった。相変わらず立食形式で、端にテーブルや椅子はあるのだが皆が思い思いに取り皿へ盛って、賑やかだ。

 シウも、イカの一夜干しを焼いたものや、たこ焼きなどを披露していた。

「相変わらず食へのこだわりがすごいな」

 キリクには呆れられたが、精神年齢の低い人にはたこ焼きは大人気で、酒のみにはイカの一夜干しが大人気だった。もちろん、キリクもそれを求めに来たのだ。

「ヤキソバといい、うちの竜騎士達がどんどんお前の作るものを真似しているぞ」

「簡単だし、良いんじゃない? 食べる楽しみぐらいないと、やってられないもんね」

 魔獣相手に戦うのは疲れるし、どこかに気を抜く場所も必要だとシウなどは思っている。

「いっそ、専門の部隊を作ったら良いのに」

「……それもそうだな。実際、イェルドの報告でも、食事を改善してからの効率の良さは目を剥くほどだというし。後方支援部隊に、ちょっくら作ってみるか」

 割と重大なことをさらりと発言し、キリクはイカを口にしながら去って行った。

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