490 最終決勝戦




 決勝戦が始まった。

 一番に飛竜の調教と礼法レース、その後に騎獣の調教と礼法レースが行われる。こちらは前哨戦というのか前座扱いのような感じだった。ただ、これをもって段々と盛り上がっていくよう、気持ちを高めているのかもしれない。

 人気のあるレースを最後に持って来るのも、そのためだ。

 つまり、最後に速度レースが来る。

 この4種類のレースが終わった後、少し休憩をはさんでから、騎獣の障害物レースが行われる。顔見知りとなったせいもあるが、シウはドロテアを応援した。話を聞いていたリグドール達も一緒になってドロテアとカレンの名を呼ぶ。

 彼女はなんと2位になった。

 手を叩いて健闘を称えていたら、余韻に浸る間もなく次のレースが始まった。飛竜の障害物レースだ。こちらも騎獣と同じく数体が混戦状態で競うので個体同士がすれすれで、どうかすると当たったりもするのだが騎獣と違って激しい。勢い余って岩に激突し、飛んで行ってしまう飛竜もいた。こちらはフェデラル国の飛竜隊が1位を取っていた。2位3位と同じく飛竜隊で、4位以下から貴族の所領持ちが独占していた。10位以内には他国の飛竜隊も2頭入っており、1頭はシュタイバーン、1頭はデルフ国のものだった。

 次に騎獣の混戦レースが始まる。ドロテアも参戦していたが、先程の疲れが出ていたのか精彩を欠いていた。それでも4位には入っていた。彼女達は騎獣隊第三隊として出ていたので、文字通りチームで出ていたようだった。

 優勝したのはレース専門の一般人だった。10位以内にはデルフの騎獣隊とラトリシアの騎獣隊も入っていたが、残りはレース専門の一般人とフェデラルの貴族お抱えチームで半々ぐらいとなっていた。

 飛竜の混戦レースでは王弟チーム、国の飛竜隊チームが2つ、辺境伯など上位貴族のチームが2つ、他国からの参戦が2つという形で、文字通り混戦となった。

 こちらは飛竜の能力だけではなく、指示する人間の能力も問われる。つまり、どれだけ現状を把握し的確に指示を飛ばして飛竜を上手く動かせるかが大事なのだ。

 それを障害物コースを利用して、陣取り合戦を行う。7つのチームが同時に行うので迫力満点だった。騎獣の時よりも使う空間が大きいため、ダイナミックな催し物だ。皆が、歓声を上げて見守った。

 元々競技には時間制限もあったが、このレースに一番時間が割かれていた。1時間という長さで陣取り合戦を行うのだ。

 相手の陣地を襲って色のついた玉を奪えば勝ちだ。獲り返しても良い。ただし、自陣まで戻ってしまえば、取られた側は負けとなる。

 そうして次々脱落していく中、最後まで残ったのが飛竜隊のひとつ、辺境伯のひとつ、シュタイバーンの飛竜隊のひとつとなった。

 リグドール達は当然シュタイバーンの竜騎士団を応援していた。シウも会ったことのあるエリク=リップスが率いており、豪快な指示には驚いた。以前会った時は、兵士たちへの気遣いに溢れたタイプに見えたからもっと繊細な指揮を執るのだと思っていた。

 もっとも、他のチームもそうだが、飛竜に乗る者は案外気性が荒いのかもしれない。

 王弟も玉を取られた時には大声で叫んでいたし、フェデラルの飛竜隊の指揮者ががなり声を上げている。

 最終的に掠め取るように玉を奪ったのは辺境伯だった。チラッと隣りのボックス席を見たら同じ辺境伯のキリクが面白そうににやにや笑って見ていた。

 ちなみに、鑑定して分かっていたのだが、優勝した辺境伯チームの指揮者はハヴェル=ヴァイスヴァッサー辺境伯本人だった。まだ29歳という若さだけれど、キリクに通ずるものを感じてしまった。


 最後にもう一度休憩をはさんで、最終レースが始まった。

 まずは騎獣の速度レースだ。残っているのは軒並み聖獣ばかりで、騎獣は1頭もいない。当然ながら王侯貴族が主ばかりで、他国の王族も声を張り上げて応援していた。

「早いことは早いんだけど、なんだか優雅だなあ」

「にゃ」

「フェレスなら、あのへんには勝てそうだね」

「にゃ!」

「直線距離が長く続くと難しいか。もっと技を磨いたらいけるかも」

「にゃ?」

「風属性魔法を使うんだよ」

「にゃ、にゃにゃ……にゃにゃにゃ」

 よくわかんない、どういうことと不安そうに見上げてくる。騎獣達は魔力も高く、元々属性魔法が備わっているのだが、成獣になると自然と使えるようになる。これこそイメージ力のなんたるかを体現していると思うのだが、そのため、理論的に実践できていない。

 ようするに高い魔力でばかすか無駄に使っているようなものだ。

「フェレスも勉強して、節約しながら使えば案外勝てるかもよって話」

「にゃ。にゃにゃ!!」

 勝てるならがんばる! と気合を入れた返事があり、シウは笑った。

 シウの後ろではリグドール達が話を聞いていて、会話に混ざってきた。

「でもさ、希少獣の魔法って、本能と同じだって聞いたけど。調教ぐらいで変えられるものか?」

「フェレスなら、出来る気がするけど。割と柔軟な考えだし」

 本能一辺倒でもなさそうだ。なにしろ冒険者達に子分を作れと言われてほいほい作ろうとした過去がある。シウに唆されて森の中で遊びながらの訓練にも付き合って来たし、魔獣を倒す方法も同じく学んできた。

「柔軟、柔軟だろうなあ」

 苦笑しながら、リグドールとクリストフがフェレスの背中を見た。そこには猫の鞄がある。

「俺、騎獣がこんなの付けてるの見たことないもん」

「僕も」

「せいぜい首輪までだよなー」

「ピンクのフリルがついたスカーフを見せられた時はどうやって褒めたら良いか悩んだよ、僕」

 2人の会話に、カスパルが混ざった。

「僕はレースのスカーフにも驚かされたけどね。何が一番すごいって本人が喜んでいることだよ。宝物を見せてもらった時もびっくりしたけれど」

 それは魔法袋から直接出してみせたからだが、さすがにそこまでは暴露しなかった。

「騎獣って案外、可愛いよね」

「カスパルさん、でもそれって、フェレスだけだと思う」

 リグドールが言って、クリストフも横で笑って頷いていた。


 騎獣の速度レースの優勝者は王弟アドリアンに決まった。

 この後、彼は飛竜の速度レースにも出るので、ポーションでも飲んで頑張るのだろう。

 やがて、最後のレースが始まった。

 飛竜の速度レースにはサナエルも出ていた。各国の威信を掛けた戦い、というほどではないだろうが、フェデラル以外の国から最低1頭は出場していた。

 見ごたえを持たせるためか、10頭が出てくる。中央の一番目立つ場所で各飛竜を披露すると、次々と優雅に舞いながら出走場所まで飛んでいく。これも見世物になっているのだろう。

 観客席すれすれに飛ぶ者もおり、楽しませてくれる。

 そして、スタートの合図が鳴り、スピード狂達の競争が始まった。


 目の前を恐ろしい速さで飛んでいく姿は圧巻だ。しかも完全に恐竜なのだから。今更ながらにシウはここが異世界なのだなあと思った。

 ワイバーンとも呼ばれる飛竜は3mから20mほどの体長があり、蜥蜴を厳つく怖くしたような顔をしている。これらが必死の形相で飛んでいくのだから、つくづく面白い。

 この世界にも慣れてきたが、改めて考えると不思議な気分だ。

 飛竜達は周回を重ねるごとに飛び方が雑になっていくが、それを騎手が上手に捌いて指示している。このへん、競馬と同じように感じた。

 庶民は賭けも行うそうだから、ある意味競馬そのものだ。

 面白いなーとぼんやり見ていたが、段々と遅れるものが出てきた。

「ソールは元気だな。体力が有り余ってるみたい」

「あれはルーナに良いところを見せようと張り切ってるだけだ」

 キリクが自身のボックス席から移動してきて、教えてくれた。

「あっちはいいの?」

「こんな大事な場面で貴族の相手をしてられるか」

「大変だねー」

 こんな時まで貴族に押しかけられていたようだ。フェデラルのような国の貴族でも、そうした人脈造りに頑張る人もいるらしい。

 ラトリシアよりはマシなようだけど。

「ルーナ、近くにいるの?」

「ああ。北の飛竜舎で待機している。引き出されているから、見えているだろう」

「引き出されてって? なんで?」

「ふっふー」

 楽しげな笑いで、内緒だと言われた。

 そういえば彼がシウを誘った時もこんな感じだった。

 考えてみればキリクはレースに参戦もせず、そう毎日しっかりレース観戦していたわけでもないのにと思っていたが、どうやら何かあるらしい。

 それはそうと、だ。

「番になったのに、まだ良いところ見せたいって頑張ってるんだ。雄って大変だね」

「おうよ。雄ってのは大変なんだ。お前にゃ、まだ分からんだろうがな」

 頭をぐりぐりされて、それから小声で教えてくれた。

「ルーナに、そろそろ本格的な発情シーズンが来る。前回は無理だったが、今回は子ができるかもしれん。ソールもやる気になるってもんだ」

「あ、そうなんだ」

「ソールが先にシーズンを迎えかけているからな、丁度良い発散だと思ってレースに捻じ込んでやったんだが、お、そろそろか」

 接戦状態で縺れ込んでいた。

 最後まで残っているのはアドリアンのケラソス、ヴァイスヴァッサー辺境伯のシュレム、こちらは乗り手は違っていたが、それから飛竜隊のブラッシカという名の飛竜と、ソールだった。

 ただし、ケラソスは騎手が疲れているせいか、速度を落とし始めている。コーナーで何度かしくじったのだ。張りつめていた精神の糸が切れたというか、最短のコースを通り切れなかったらしい。

 そうしたことをキリクが説明しながら、にやりと笑った。

「勝つな」

 その独り言は、聞いていたリグドール達少年も、そして開け放していた隣りの女性陣達にも聞こえたようだ。

 喜色満面で前のめりになってソールを応援する声を張り上げた。

 貴族の子女としてははしたないと言われるであろう大声に、だが誰も指摘することはなかった。

 皆が一体となってソールの名を呼んでいる。


 そして、キリクの宣言通り、ソールが三竜身あけての圧勝でゴールを切った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る