491 閉会式と優勝者の望み+模範演技?




 遅めの昼ご飯を挟み、午後から閉会式となった。

 国王による上位者への褒美の言葉と賞金授与式などが恙なく行われた。

 国王の後ろには彼の持つ騎獣スレイプニルと飛竜もいて、賢く鎮座していた。

 1人1人の名が読み上げられるのは名誉らしく、皆が胸を張っていた。飛竜はさすがに会場にいなかったが、騎獣達は主と共に栄誉を受けており、その顔は誇らしさでいっぱいだった。

 フェレスも羨ましがるかと思ったが、あんなところでじっとしてるのいやー、と何故か同情していた。


 国王はアリストロ=サカリアス=フェデラルという名で、45歳だった。

 彼の子供達も背後に立っており、妙齢の女性が2人と青年などが順番に並んでいる。男子には聖獣が与えられるのか、三番目らしい王子にはグリュプスが従っていた。

「さて、長い話は諸君も聞きたくなかろう。これで閉会としたいが、最後にとっておきの、そう、皆の楽しみのひとつでもある優勝者の望みを聞こうとしよう!」

 わーっ、と大歓声が響いた。

 どうやら優勝者には望みを言えば大抵のことが叶えられるらしい。もちろん、受けられないものもあるそうだが、ここに出る者は空気が読める。

 更に国王は、

「最後の締めくくりまでもう少しであるから、皆、待っておれ」

 と声を張り上げた。

 拡声魔法を使って伝えているのだが、それでも張りがある。男盛りの力強さだ。

「最後の締めくくりってなんだろ?」

「さあ」

 リグドール達が首を傾げていたら、ふと、全方位探索の動きで引っかかるものがあった。キリクがボックス席を出て行ったのだ。スヴァルフ達も付いていく。

 ああ、これが彼の楽しみか、と納得した。

 国王の話ももしかしたらこれに繋がっているのかしらと思いつつ、優勝者達の望みが読み上げられていく。

 直接、拡声魔法で伝えられないのは万が一のことを想定してだろう。

 たとえば国が欲しいなんて言われても、答えられないからだ。


 優勝者達の望みは割と控え目なものが多かった。

 たとえば閉会式の後に行われる晩餐会で、王女と躍らせてください、だとか。

 王女から祝福の言葉を戴けたら天にも昇ると続けた人もいた。

 もしかして様式美かしらと思っていたところで、ヴァイスヴァッサー辺境伯の望みが口にされた。

「ぜひとも、かの勇名を馳せる隻眼の英雄と、飛竜同士を交換した上での交流レースをさせていただきとうございます」

 会場がおーっとどよめいた。ここにキリクが来ていることを誰もが知っているようだ。

「オスカリウス辺境伯殿がお許しくだされたら、願い出てみると良かろう」

「はっ」

 国王は苦笑いだ。それでも叱責しないあたり、こういうのはアリらしい。

 サナエルの望みは、

「この後の我が主の行動を鑑みますにきっと大騒ぎになるであろう結果が見えております。どうか、適度なところでお止めくださいますよう、お願い申し上げます」

 これには会場もドッと笑った。

 ハッスルしすぎないよう、会場の皆も煽らないように、との注進だ。

 国王も笑いながら了承した。

 王弟アドリアンには、家族ならではの気さくさで国王は話しかけていた。

「そなたは何が望みであるかな?」

「はい。わたしもオスカリウス辺境伯とのレースを望んでおりましたが」

 チラッとヴァイスヴァッサー辺境伯の方を見て苦笑し、肩を竦めた。気障な仕草なのだが、不思議と似合っている。

「ハヴェル殿に先を越されてしまいましたので、代わりにと言ってはなんですが、オスカリウス辺境伯殿の養い子と話をしてみたいですね」

「ふむ」

「同じ騎獣乗り同士としてぜひとも交友を深めたいと」

「承知した。そちらもオスカリウス辺境伯殿のご意向次第ではあるが、頼んでみることとしよう」

 彼の申し出は上手に通訳されて、拡声魔法によって望みが伝わったのは、ただキリクと話をしてみたいというような内容に変わっていた。

 ただし、感覚転移して実際の話を聞いていたシウにははっきり聞こえたし、アドリアンもこちらを見てウィンクしていたのでシウを指してのことだということは分かった。


 アドリアンとは会ったこともないのに、キリクとの会話の中でシウの話題でも出たのだろうか。

 首を傾げていたが、次の催し物によって気分が一新された。

「さあ、お待たせしました! これより、あの伝説の優勝者、キリク=オスカリウス辺境伯殿の模範飛行が始まります!!」

 会場から、うぉーっ、という声が上がり、観覧席が揺れた。

 皆、待ってましたとばかりに手を叩き、特に庶民席の騒ぎは大きなもので紙吹雪が飛んでいる。

「大会の規定により、連続で2つ以上優勝した者はレースに参加できなくなりますので、伝説の英雄の姿はそう見ることは叶いません。昨年はレースがなかったため、皆様も久しぶりの感がございましょう! これより、瞬きせずにじっくりとご覧ください!」

 どうぞ、と紹介者の手がのばされたのを合図に花火が上がり、やがて飛竜舎の方面からルーナが飛んできた。もちろん、騎乗者はキリクだ。

 スヴァルフ達も追って来ている。が、彼等は護衛兼、周囲の威圧係のように、定位置で止まるとホバリングを始めた。

 キリクはルーナを会場からよく見えるよう、ゆっくり東から西へと向かって飛ばせた。途中目が合い、にやりと笑われた。彼の自信たっぷりの様子に苦笑していたら、次にアマリアを見たのか、彼等の視線が交わったのを感じた。

 びっくりした顔のアマリアが、目も逸らせずにキリクを見つめていて、その一瞬まるで時間が止まったかのように見えた。

 映画のようなワンシーンに、柄にもなくドキドキしてしまった。キリクが振り返りギリギリのところまで視線をアマリアに固定していたところも、その顔がとても穏やかだったことも、まるで見てはならないラブシーンを見ているような感覚に陥ったのだ。

 アリスは両手で口元を抑えて、きゃーっと声にならない悲鳴のようなものを上げていたし、周囲の女性陣も顔を赤くしていた。あの、というと失礼だが、普段落ち着いているヴィヴィまで真っ赤になってキャーと声を上げている。

 通り過ぎて行ったルーナの後姿を見ながら、リグドール達も、おー、と気の抜けたような驚きの声を発していた。

「すげえ、なんか、めっちゃ格好良い……」

「び、っくりしたー」

 リグドールとクリストフは顔を赤らめて、ルーナを視線で追っている。

 カスパル達も呆然として、眺めていた。

「あんなにゆっくりと飛べるものなんだね……」

「あれ、すごい技術だぜ」

 ダンがそう言った頃にはルーナの披露は終わっており、何度か円を描くように飛んだあと、人々の目が集中するのを待ってから、アクロバット飛行が始まった。

 これまでの障害物レースは前座だったと言わざるを得ないほどの高等技術だと、素人目にも分かる。天高く飛んで、急降下し、地上すれすれを岩や障害物に当たらないよう飛ぶのも高レベルなら、体を横にして飛び続けるのもすごかった。

 当然、キリクだって飛竜の上で体を固定しておかないとならない。横になったままの状態で、よく踏ん張れるものだと思う。しかも彼は魔法でなんとかしてるわけではない。

 足腰が丈夫なんだなと変なところに感心していたら、今度はスヴァルフ達を障害物と見立てて横8の字を描くようにすり抜けていく。

 これのすごいところは、ルーナの身体能力もさることながら、狭い範囲をくねくね猛スピードで飛ぶのに騎乗者が耐えられていることだ。

 しかも、その場でジッとホバリングしていられるスヴァルフ達の飛竜も素晴らしい。

 ぶつかるかもしれない恐怖もあるだろうに、指揮者の命令を確実に守っているのだ。

 そうした説明は、拡声魔法によって大会の司会者が行っていた。

 猛スピードで飛び回るルーナは王者の風格で、不安な要素は何ひとつ見えなかった。あまりの堂々っぷりに、溜息まで出てくる。

 最後に縦に8を描いて飛んだあと、突然会場中央でぴたりと止まった。

 これもすごい技術らしい。

 ホバリングしながら、観覧席側に向かってキリクが手を振ると、ルーナも尻尾を振った。途端に会場中から歓声が一際大きく鳴り響いた。

 誰も彼もがキリクに憧れているといった様子で、貴族の女性陣は帽子を飛ばしたり、男性陣も何やらスカーフなどを投げている。

 庶民達はやはり紙吹雪だ。

 チラリと横を見たら、アマリアが口元も抑えずに、まだ放心状態でキリクを見ていた。

 その目元が赤くなっており、感動した様子と、仄かに恥ずかしさのようなものが見て取れた。

 人が恋をする瞬間を見てしまった。

 そうか、これが恋なのか、と見てるシウまで恥ずかしくなった。

 それでも目を逸らしはしなかった。

 とても美しい絵だったからだ。

 シウもいつか、こんな恋をするのだろうか。気恥ずかしいけれど、幸せそうな彼等を見ているとそれもいいかと、ほんのり思ったのだった。




 その後、興奮冷めやらぬまま、ヴァイスヴァッサー辺境伯との交流レース、ようするに混戦レースが始まった。

 2チームでやるので、やりづらいかと思ったがこれはこれで楽しかった。サッカーのようなものかと、見当違いなことを考えている間に、こちらはあっさりと勝負がついた。

 最低1年に一度は魔獣スタンピードを抑えているキリク達が、負けるはずがないのだった。

 国王もヴァイスヴァッサー辺境伯の健闘を称えたけれど、相手の方が格上だということを言葉の端々に乗せていた。

 そして結果は誰の目にも見えていたようだった。

 それを裏付けるように、レースが終わり中央に降り立ったヴァイスヴァッサー辺境伯は、飛竜から降りた時に若干よろめいていた。

「あの隻眼の英雄によく食らいついたものだ。どうだ、技術のひとつや2つは盗めただろうか。きっとハヴェルならば、いずれは英雄に追い付けるものだと信じているがね」

 言われたヴァイスヴァッサー辺境伯は苦笑して、跪いていた。

 同じく隣りに立っていたキリクは年齢が10歳も上なのだが、普通に立っている。

 これが、勝敗を分けた違いのひとつなのだろう。

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