492 祝賀会
興奮冷めやらぬまま、慌ただしく移動が始まった。
大会が恙なく終了したことや、上位入賞者達を招いた祝賀会となる晩餐会が王領クレアルにある離宮で行われるのだ。
招待されているキリク達も含め、同行者は出席できる。
フェデラル国の貴族達も挙って出席するため、大移動だ。
上を下への大騒ぎの中、慣れた様子でレベッカが女性陣を連れ出していた。シウ達にはデジレが付き添い、地竜の引く馬車まで連れて行ってくれる。
貴族専用の馬車停留所にはすでにシリルやアマンダ達が待機しており、スムーズに発車できた。というのも、あちこちから慌ただしい声が聞こえてくるからだ。
毎年のことなのに、段取りと言うものはその度に変わるらしく、御者同士の切羽詰った会話もよく聞こえてきた。
晩餐会の会場となる離宮では、オスカリウス家用の控室としてかなりの数が確保されており、そこはまるで「屋敷」そのものだった。
なにしろ、広間から各部屋への扉があるのだが、中を空けて確認すれば従僕達の控室まで整っている始末だ。もちろん、前室もあって、奥にプライベートルーム、隣室にはクローゼットルームもある。
付き従う従者や侍女達専用の部屋もあり、立派なものだった。
広間ではアマンダが張り切って皆に指示出ししていた。しかし、彼女にはもっと大事な役目がある。
「アマリア様、そしてアリス様。お二方の付添人はわたくしが承っております。どうぞよろしくお願い申し上げます」
「こちらこそ、よろしくお願いいたしますわね」
「わたくしも、アマリア様の足を引っ張らないように頑張りますので、アマンダ様、よろしくお願いいたします」
軽い会釈なのは立場ゆえだ。アマンダは男爵夫人なので、階位は下になる。女性2人はまだ「子」の状態だけれど、親の爵位がそのまま通用すると思っていいので、こうしたことになる。
カスパルにはシリルと、従者係としてクリストフが手を挙げた。ダンだけでは心もとないし、シリルには全体の指示があるからだ。
肝心要のお館様であるキリクの世話は、駆け付けてきたイェルドが付くらしい。
デジレはそのままシウ達のお目付け役もとい案内を受けてくれるそうだ。
ただ、宿で見かけた他の顔馴染みの人達は来ていなかった。やはり一般人に近い部下達は入れないらしい。シウ達だって同じようなものなのだが、魔法学校の生徒だということで大目に見られているとか。
「あとは、養い子の友人を連れてきた、という体でないとアマリア姫を連れ出す理由にならないですから」
「あ、そうか」
まだ彼等は婚約してるわけでもないので、要らぬ噂を避けるためということだ。デジレの説明を聞いて納得した。
「キリク様がやる気になったって、昨日は父上も珍しくお酒を召されてましたね」
「シリルさんが? わあ、そうなんだ」
「イェルド様なんて、駆け付けてきたので疲れているだろうに、踊ってましたよ」
「踊ってたの?」
「はい。なんか、こう、変な格好で」
デジレがやってみせてくれたが、それは単純に驚いてよろめいただけではないのだろうか。そう思ったが口にはしなかった。
どちらにしても、上手くいけば良いなと2人して顔を見合わせた。
服の用意はすでにされており、急いで支度をした。
自分でできるシウは断って、代わりにリグドールを手伝った。
「悪い、ここまで正装だと思ってなかったから」
「持ってきてなかったんだね」
「まさか、社交界に出る機会があるとは思ってなくてさ。ただ、昼なんかは有り得るかもってことで、ほら、キリク様と同席することもあるだろ? だから父さんに持っていけって言われて」
「そういえば昼ご飯の時、キマってたよね」
食べ終わるとすぐに着替えていたが。
「なんかこう、肩が凝るんだよなー」
わかるわかると頷いていると、さっさと用意を済ませたクリストフがやってきた。
「君ら、呑気だね」
「クリストフはやっぱり早いね」
「従者だからね。それに、カスパル様は手がかからないから助かるよ」
むしろダンの用意に手間取ったと苦笑していた。
「カスパル様が一緒にどうかって言ってるし、男子は固まってようか?」
「そうだね。あ、でも、リグはアリスのところに行ってる?」
何気なく聞いただけなのだが、リグドールの顔が赤くなった。
「いや、俺はこっちで」
「シウー。そういうのダメって言ったのはシウなのにさ」
クリストフに苦笑まじりで怒られてしまった。いや、からかったわけではないと否定したのだが、その後しばらく笑顔で突っ込まれてしまった。
女性陣は支度に時間がかかるため、シウ達は先に会場へ行ってみた。
ちなみに、騎獣は連れて行っても良いことになっているので、フェレスも繊細なレースで紡いだスカーフをして背中にブランカを背負い、一緒に歩いている。
ブランカを背負ってほしいと頼むことで、例の猫の鞄は外させてもらった。それがあるとブランカがごわごわして居心地悪いと思うなーと誘導したらあっさり聞いてくれたので、少々罪悪感を覚えたシウだ。
その代わり、背負うための紐は火竜の革などで作った高級品に仕上げてみた。
「格好良いよー」
と、シウだけでなく周囲からも褒められて、本人は喜んでいた。鼻や耳がぴくぴくして、どこかツンとしているのは嬉しいからだ。
その背中ではブランカがすっぽり収まっていた。抱っこひもの背中版に入れているのだが過ごしやすいよう広めに取っている。外に出てきてもフェレスの背中の上でうろちょろできる形だ。
ただし、落ちたり誘拐されたら困るので、首輪にリードを付けるのではなく、ベストを作ってそこにハーネスを取り付けた。それをフェレスの背負い紐に繋げている。
万が一フェレスの上から落ちて宙ぶらりんになったとしても、ベストなので苦しくはないだろう。
「クロはそこでいいのか?」
リグドールが困惑げにシウの肩を見た。
クロは肩の上が好きなので、そこに革で作った付け外し可能な肩章っぽいものを付け、そこに立たせているのだ。下に袋状となった革の入れ物もあるので自分の嘴で開けて入れるようにしている。
「何度か教えたら覚えたし、眠くなったらここに入るから良いんじゃないのかな」
「いや、そういう意味じゃないんだけどさ」
「え、まずいかな? それっぽく作ってみたのに」
それっぽくとは、肩章のことだ。革の表面には植物を模したデザインで型押ししているから、格好良いと思ったのだが。
「正装に希少獣を入れる袋を付けるとか、その発想がすごいと思ってさ」
「え、そう、かな」
褒めているわけではなさそうなので、シウは困ってデジレを見た。するとデジレもリグドールと同じような困惑げな笑顔を見せた。
「でも、その、無礼講のようですし。構わないと思うよ、シウ」
「……う、うん」
その後ろではカスパル達が笑っていた。
ところで、階位の低い護衛達は別室で飲み食いが許される。会場にはある程度絞った人だけが入れるのだ。
シウ達はデジレが持つ、キリクの紹介状を持っているため、会場にはあっさりと入ることが出来た。
特別、変なことを言われるでなし、フェレス達にも動じることはなかった。
もっとすごい人がいるのだろうと思っていたら、会場内にはすでに騎獣を連れた人達が集まっていた。
なんとはなしに見回していると、ポンゴを連れた人がいた。ポンゴはオランウータン型で、つまり大型の猿種だ。騎獣には当たらないのだが、ポンゴの腕には小さな女の子がいて、軽々と抱いたまま歩いている。大人でも乗せて歩けそうなほど大きいし、力強い。
「す、すごいな」
「護衛の人達が驚かないはずだな」
「だね」
他にも珍しい希少獣がいたり、広い会場内のあちこちで料理の用意が始まったりと、ざわめていた。
「貴族が増えてきたね。支度が終わったのか、女性陣も少しずつだけど入場してきているよ」
「ほんとだ」
皆で振り返ると、入り口には沢山の人が列をなして入ってきていた。
普通の晩餐会だと1人1人名前が読み上げられるらしいが、今回は祝賀会がメインなので人数が多いため、省かれているようだ。
「あれを聞いて、会いたい人がいれば急いではせ参じるんだよ」
「ふうん。じゃあ、会いたくない人がいたら隠れるんだね?」
カスパルに聞くと、無言でにっこりと微笑んで返された。
後ろでリグドールが、社交界ってこぇー、と呟いていた。同感である。
祝賀会は特に開始の挨拶などはなく、なんとなく始まった。
立食形式で、食事の用意はされているものの貴族はほとんど手を付けないようだ。
勿体ないのでシウ達はもちろん食べる。端に用意された食事席には、そうした人達が集まっていた。ようするに一般人、庶民だ。
「僕も今のうちに食べておこうかな」
と、カスパルも付いて来た。それを聞いたダンとクリストフは嬉しそうだった。こうした席ではそうそう食べられないのだそうだ。
一緒になってあれやこれと料理人に指定して取ってもらい、食べる。
同じように食べている人達はほとんどがレースの上位入賞者らしく、自然と仲良くなった。
彼等とテーブルに移動して食べながら話をしたが、レースの裏側などを聞けて存外楽しいひと時を過ごした。
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