493 騎獣乗り達と王弟殿下




 レース専門の騎獣乗りで、ウリセスと名乗った男性はフェンリルを連れていた。こうした場にも慣れており過去に何度も入賞しているせいもあって、他の人達から慕われているようだ。

 その場にはレオパルドスなどもいたけれど、ドラコエクウスは体高もあるため遠慮して併設している獣舎に預けている。そうしたこともウリセスが教えてあげたとか。

 確かに貴族でも連れてきているのは比較的体高の低い騎獣が多かった。ただし、聖獣だとどれだけ大きくても連れて歩いている。あれは自慢なのだろうなと、微笑ましく見ていたら。

「お前さんはレースに出ていなかったよな?」

 話しかけられた。

「はい」

「年齢制限はないから、出たって良いんだぞ。それともまだ調教が済んでないのか?」

「いえ。でも王都観光などで見たいところが沢山あったから。予選に出てると時間が取られるでしょう?」

 答えると、ウリセスが顎を撫でながら思案げにフェレスをジッと見た。そして、肉をフォークで突き刺して食べながら、シウににやりと笑いかけた。

「つまり、あれか。少なくとも第一次予選程度なら、通れるって思っていたわけだな?」

「へえー」

「ほう」

 何人かが話を聞いていて、ちょっと目を光らせていた。

「あはは」

 笑って誤魔化したのだが、誤魔化されてくれなかった。横でリグドールは、自業自得、と呟いているし、誰も助けてくれる気はないようだ。

 仕方なく、シウは肩を竦めて正直に告げた。

「予選なら突破できるだろうなと思いました」

「ほう」

「ただ、条件が悪いから、あのレースでは勝てないかもとは思ったし、この子も大して乗り気じゃなかったので」

 最初は、だが。

 フェレスが闘志漲り、ハッスルしたのは速度レースで聖獣の早さを垣間見たからだ。

 これまでフェレスが会ってきた聖獣は、遅かった。だから、そんなものかと高を括っていたに違いない。

 しかし、訓練された実際の聖獣はとても早く、勝てないことを実感した。

「でも良い勉強になりました。第三者目線で見られたので、自分の悪所にも気付いたようだし、今後の課題ですね」

「優等生だなあ」

「だって、そういう言葉に置き換えないと、この子が喋っているのを聞いたら驚きますよ」

「そうなのか? まあ、でも、うちのスピナキアも小さい頃は面白発言多かったけどな」

 そう言ってフェンリルの頭を撫でた。本人は恥ずかしいのかプイッと横を向いていたけれど尻尾が緩く振られていたので怒ってはいない。可愛いなあと思って見ていたら、ウリセスも同じように感じたらしく、

「可愛いだろ?」

 などと、でれでれ発言を口にしていた。


 彼等は速度レースでは勝てなかったものの、障害物や混戦レースなどで軒並み入賞した実力者ばかりだった。

 中には冒険者なのに参加した人もいた。

「オダリスだ。こっちはリヴェルリ」

 冒険者の若い男性はウルペース、キツネ型の騎獣を紹介してくれた。ものすごく珍しく、ニクスレオパルドスと同等ぐらいに見かけない。

「うわー、可愛いですね」

「そうだろそうだろ。お前さん、シウだったか? そっちの、フェーレースも可愛いな」

「ほんと。猫ちゃんの面倒まで見て偉いのねえ」

 オダリスの隣りにいた女性がフェレスの背中を見て言った。それに対し、オダリスが苦笑する。

「スジェンカ、猫ちゃんって。それ、ニクスレオパルドスの幼獣だぞ」

「えっ? そうなの?」

 びっくりした彼女が覗き込んでいる。今はおねむなのでブランカは顔だけだしてすやすや寝入っていた。これだけ大騒ぎしても平気なのは結界を張っているせいもあるが、本人が大物だからだ。

「うわ、本物だわ。すごいわね……」

 彼女も冒険者で、フェンリルのアルギュロスという子を飼っている。銀色という意味の名前で、見た目もそのままだ。格好良い。

 ちなみにリヴェルリというのはトンボという意味があるので、何故そういう名前を付けたのか聞いたら、

「語感が良かったから。まさかトンボって意味だとは知らなかったんだ」

 眉をハの字にしてしょげていた。

 実際そういう風に、変な名前を付けている人は多い。古代語やら、そのもっと大昔の文献から間違って伝わってきた文字などのせいで、勘違いしたりして誤った内容で定着したものもある。

 シウも人の事は言えないので深く突っ込むことは止めた。

 ただ、一番笑ったのは狼型騎獣のフェンリルにコガネムシという意味がある「スカラヴェオス」と名付けているのを知った時だった。何故笑われたのか分からなかったらしい彼等には、思い出し笑いですと誤魔化した。


 あらかた食べ終わった頃、ようやく国王などの国の重鎮達が集まった。

 改めてレースの無事の終了を祝い、上位入賞者達の名を呼んで集めた。

 それぞれを皆に紹介して、望みを口にした者へは用意が出来たところから叶えていた。たとえば王女とのダンスなどだ。

 楽団も張り切って楽しげな曲を演奏している。

 そんな風に宴もたけなわ、カスパル達がフェデラル国との貴族と社交を深めている間、シウとリグドールは腹休めをしていた。

 シウは感覚転移をして、キリクやアマリアを眺めたり、面白いことはないかとあちこちに視覚を転移させて遊んでいたが、リグドールは本気でお腹いっぱいらしく椅子にだらしなく座っていた。

 そこに、男性が近付いてきた。

「やあ。少々よろしいかな?」

 爽やかな青年風の王弟アドリアン公だ。レースに参戦するからか若々しく見えるが、鑑定の結果で判明したことにはもう30歳のようである。

「はい。初めまして、殿下」

「殿下はよしてくれ。アドリアンだ。君がキリク殿の秘蔵っ子だね?」

「シウ=アクィラです。冒険者で魔法使いの13歳です。現在はシーカー魔法学院に在籍しています」

「うん、そうらしいね」

 にこにこ笑って、付き従ってきた秘書官などを遠ざけていた。護衛の数人は渋々従っていたが、従者などはさっさと離れている。アドリアンの命令に忠実なようだ。

 リグドールはだらしない格好をささっと収め、素知らぬ顔で従者顔になっている。アドリアンは彼に何も言わなかったことから完全に人払いがしたいわけではないらしい。

「騎獣レースで優勝したので、陛下に望みを叶えていただけるようお願いしたんだ。君と話してみたいとね」

「そうですか」

 知ってましたとは言えないので、曖昧に頷いた。

「もちろん、後見人のキリク殿に了解は得ているよ。どうぞどうぞと、ああ、ほら」

 振り返って目でキリクを探し、指差した。こちらを見て手を振って笑っている。その横にアマリアとアリスがいた。両手に花状態だ。リグドールがちょっとへこんでいるのが可哀想だったが、そういうのではないと教えてあげたい。

「というわけだから、良ければわたしの相手をしてもらえないだろうか」

「はい」

 この場所では話しづらいのか、席を変えたいというので付いて行った。その際に、できれば難しい話になるのでと切り出されたので、リグドールにはアリス達のところへ行くよう頼んだ。少し心配そうな顔をしていたものの、シウの顔を見て安心したのか素直に了承してくれて離れて行った。礼儀作法の授業をしっかり学んでいるらしく、アドリアンに辞する際の態度もしっかりしていた。


 広間を出て、廊下を挟んだ休憩用の小部屋に通された。

 護衛は廊下で待ち、部屋の中には秘書が2人、侍女が1人となった。

「お茶の用意をさせたら侍女は下がらせるよ。秘書の2人は許してくれるかい」

 会釈だけで応えた。嫌だと言う理由はどこにもない。

 席に座ると、すぐさまお茶が供されて侍女は隣りにある控室へと向かった。秘書2人は部屋にはいたけれど、離れて立っている。

「実は、君にはお礼を言いたかったんだ」

「……え? お礼ですか?」

 何を話すのだろうと思っていたら突然の内容にびっくりした。

「シウ殿。君が開発した≪落下用安全球材≫、あれのおかげで飛竜隊の1人が墜落した際に死なずに済んだ。本当にありがとう」

「えーと、いえ、それは商品のことですし」

 ちゃんと機能したのは良かった。しかし、飛竜から落ちる人っているのだなあ。などと思っていたのが通じたのか、アドリアンが苦笑しつつ教えてくれた。

「障害物レースなどでは頻繁に起こるんだ。特に接戦するからね。その為、落下しても大丈夫なようになるべく低空を飛ぶような規則にしている。ただ、未熟な者だと張り切りすぎて、つい高度を上げてしまうんだ。今回も入隊2年目の若手でね。低空から落ちたとしても打ち所が悪ければ死ぬこともあるのに、かなりの高さだったのでもうだめだと思っていたんだ」

 落ちた隊員はかすり傷ひとつ負わずに助かったそうだ。それを聞いてシウもホッとした。

「でも、そうした場面はありましたか?」

「予選だったからね。若手で作ったチームだったので、早々に敗退したよ」

「そうですか」

 だったら、見ていなくても仕方ない。

「最初は≪落下用安全球材≫ってなんなんだと思っていたんだけどね。キリク殿が面白いものがあるからと渡してくれたので、適当に飛竜隊の者へ渡していたんだ。彼が落ちるまですっかりその存在を忘れていたほどでね」

 成る程、それで実際の有用性に気付いたというわけか。

「慌ててキリク殿のところに押しかけて話を聞いたら、ちょうど隣りのボックス席に君がいて、面白い話をしていたから聞き耳を立ててしまってね」

 キリクのボックス席にはひっきりなしに人が来ていたので一々気にしていなかったが、貴族などの中にアドリアンもいたようだ。それにしても何を聞かれたのだろうと首を傾げた。

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