494 開発商品の話とダンス




 アドリアンはウィンクして茶目っ気たっぷりに爽やかな笑顔を見せた。

「あれぐらいなら勝てると、言っていたよね」

「あー、それですか」

 2人の視線がソファの横のフェレスに落ちた。フェレスはつまらなさそうに前足を交差させてその上に顎を置いている。

「正直フェーレースなのに、大胆なことを言うなあと思っていたのだけど、キリク殿があれはまだ若いのに豪胆で早いぞと言うものだからとても興味を持ってね」

「すばしっこいのは確かです。ただ、速度レースでは訓練された聖獣には負けるでしょうね」

「というと、聖獣でなければ勝てる?」

「条件にもよるでしょうが。ただし、やりませんよ?」

「……おっと。それは何故だい?」

 明らかに言おうとしていたので牽制したのだが、案の定肩透かしにあったかのようにガクッと来ていた。

「メリットがないこと、それと本人のやる気の問題です。今は訓練したいみたい。一応、知り合いになった人達もいるので、練習相手になってもらうか聞いたんだけど、確実に勝てるまで特訓するんだって言ってましたし」

「へえ……。君、騎獣の言葉が分かるんだね」

「なんとなくですけど」

 調教魔法のスキルも増えているので「なんとなく」という言い訳は必要ないだろうが癖で答えてしまった。

「若いのにすごいなあ」

「ありがとう、ございます?」

「ふふふ。いや、君は本当に面白いね。キリク殿の秘蔵っ子というのもよく分かる」

 そうかなと首を傾げたら、アドリアンが身を乗り出した。

「≪落下用安全球材≫を開発したこともだ。あれは本当に良いね。飛竜隊には義務付けようかと思っているんだ。早速、取寄せることにしたよ」

「レースでも貸し出してみたらどうでしょう。使い捨てだけど、使わなければ魔核が自然消耗するまでは使用可能だし」

 消費期限というやつだ。念のため、製造年月日と消費年月日を記すようにしている。

「おお、それは良い案だね」

「使った人にだけ支払ってもらうか、レースの開催側が安全対策として予算に組み込んでおくとか、そのへんはケースバイケース、その時々に応じて対応すべきだと思いますが」

「うんうん。君は商売人向きなのかな。そうした着想がぽんぽん出てくるのはさすがだね!」

 苦笑していたら、キリクから他にもあれこれ聞いたのか商品の話になったり、地下迷宮アルウェウスが出来た時の話になったりと、1時間近くも相手をすることになった。

 総じて分かったことは、アドリアンは30歳だけれど、心は少年のような、冒険者向きの人だということだった。

 それでも王弟ということで政務も行っているらしく、途中で秘書官から「国王補佐官としての威厳を」と注意されていた。


 秘書官に諭されたアドリアンがシウを解放してくれて、広間に戻った時にはダンスがしっとりしたものに変わっていた。

 リグドール達はどこだろうと探知したら、中央で踊っていた。

「わあ」

 思わず声に出たのは、リグドールがアリスと踊っていたからだ。しかも立派に、落ち着いて堂々としたものだった。目元が少々恥ずかしげなのも逆に少年らしくて清々しい。

 そそそと、アリスの兄が佇む場所まで移動した。

「シウ君か」

「ミハエルさん、あれ、良いの?」

 お目付け役なのでてっきり邪魔するかと思っていたのだが――視線はしっかり釘付けだけれど――ダンスの相手は許したようだ。

 ミハエルは苦笑して、視線は外さないままシウに答えてくれた。

「父上じゃあるまいし。近付いてくる男全てを排除してもしようがないよ」

「そうなんだ」

「アリスが嫌がっているならともかくね。アリスの中では、友人よりもひとつ上にいるようだし」

 おー、と声にならない声を上げ、シウは笑った。

 リグドールにもチャンスはあるようだ。

「彼、頑張ってるしさ。将来の事もいろいろ考えている」

「将来かあ」

「君はもう冒険者だろ? 僕は騎士になる。アリスは宮廷魔術師を目指して、魔法省に入りたいそうだよ」

「ああ、それなら安心だね」

「父上はそれでも不安のようだけど」

「え、なんで?」

 ミハエルがシウを見下ろした。ふっと小さく笑って、またダンスホールを見る。

「貴族の女性が勤めると、婚期を逃すこともあるんだ。そうした女性を娶りたいと思う貴族の男性は少ないからね。もちろん、結婚したら辞めさせるだろう。そしてアリスは、そうした相手とは結婚しないんじゃないだろうか」

 父親としては貴族と結婚して安定した暮らしをしてほしい、と願う。

「今回、アマリア姫と出会って、アリスの中でかなりの葛藤があったと思う。傍で見ていてよく分かった。彼女はこの少しの期間で随分大人になったよ。漠然としていた未来にも、はっきりと目標を持てたみたいだ」

「そっかあ」

「最悪、結婚できなくても良いとさえ、考えたようだからね。今後、父上との対立が怖いよ」

「ダニエルさん、アリスには過保護だもんね」

 まさかあれほど親ばかだとは思わなかった。ミハエルも同様だったらしく、ふうと溜息を吐いた。

「僕も将来子供ができて、それが女の子だったらあんな風になるのかな。そりゃ、アリスのことは可愛いし何があっても守るつもりだけど。父上を見ていたらちょっと怖くなるよ」

「あはは」

「笑いごとじゃないんだよ。リグはよくやってると思う。生徒同士の課題で出かけた時も、送ってくれるんだけどね、毎回父上に睨まれているもの」

 護衛もいるのに、ちゃんと送り届けようとするのは偉い。そして睨まれることを覚悟してでも行くというのは、もっと偉い。

「なんにしても、本人達の覚悟だよね。安易に応援するわけにも行かないけれど、反対する謂れもない。だからこうして見守っているんだよ」

「優しいお兄さんだね」

 そう言うと、ミハエルは肩を竦めていた。


 ダンスホールではキリクとアマリアもいて共に踊っていた。周囲を固めるようにシリルとアマンダなど、関係者で囲んでいる。キリクと踊ってほしい貴族の女性もいたようだが、自然と弾かれていた。

 感覚転移で見て回っていると、ヴィヴィが壁の花になってしまっていたのでそこに行き、ダンスに誘ってみた。

「え、いいよ、あたしは」

「でもせっかく学校で習ったのに」

「何よ、学校で習ったから踊りたいの? しようがないなあ」

 などと言いつつ、ヴィヴィは目元を赤らめて嬉しそうな顔になった。

「足を踏んだらごめんね」

「やだ、シウ。それは、あたしの台詞よ」

 2人してきゃいきゃい言いながら踊り始めると、特にシウが小さいせいか周囲から微笑ましい目で見られてしまった。

「ヴィヴィ、ごめんね。僕が小さいから踊り難いよね?」

「ううん、ちょうど目線が合って良いわよ」

 優しいヴィヴィはそんな風に慰めてくれた。ちなみに彼女よりもシウは低いのだが、なんとか腰は屈めずに済んでいるようだ。

 三曲踊ると、シウ達に気付いたのかコーラとクリストフもダンスホールに出てきた。

「交替しよう」

 クリストフがヴィヴィに手を差し出し、踊り始めた。シウもコーラにお願いする。

「背が低いけど、よろしければ」

「やだ、そんなこと。もちろんお受けするわ!」

 淑女らしい礼をして、シウの手を取ってくれた。

 アマリアの従者のジルダや女騎士オデッタもドレスは着ていたけれど、踊りには参加していないようだった。主一筋らしい。他のお付きの人は広間には入れないため、護衛達の集まる広間で待機中だろう。待ちくたびれた彼等と会うのももうすぐだ。

 曲目がかなりスローになってきた。

 ダンスホールでは人がばらけてきて、1人また1人と広間から出ていく。

 キリク達もゆっくりと踊りを止めたようだ。

 ほぅっと、溜息のような息を吐いて、アマリアは肩の力を抜いたようだった。

 キリクが気遣いながら、広間を出て行こうとエスコートする。

 絵になるなあと感心しながら、シウ達も後を追うことにした。


 控室で対面したアマリアは頬を上気させて、疲れているのに興奮しているような、気持ちがいっぱいいっぱいの状態らしかった。

 ジルダに薄荷水をもらって気持ちを落ち着かせ、ふうと一息ついて胸を抑えていた。

「アマリアさん、久しぶりの社交界、どうだった?」

 聞いてみたら、彼女はにっこりと微笑んだ。

「楽しかったです。こんなに楽しかったのは社交界に出て、初めてかもしれませんわ。フェデラルの方って、お優しいし楽しいお話しかなさらないから、聞いていてとても楽でしたし」

 それに、と続いたであろう言葉は飲み込まれてしまったが、多分そちらが一番大事だったのだと思う。キリクのエスコートが良かったのだろう。

 付き添っていたアマンダがそっと声を挟んだ。

「この国の方々は享楽の神サヴァリを主神にしているせいか、楽しいことが好きですからね。陰険な話題ばかりで社交界を窮屈にする国よりは気楽ですわ」

 ウィンクして、微笑む。

「良い気分転換となられましたでしょう? 何も恐れることなどありませんわ。キリク様がいらっしゃるのですし、わたくし達もお手伝い致しますからね」

「はい。……はい。アマンダ様、今夜は本当にありがとうございました。キリク様にもとても感謝してます。びくびくして、みっともない対応をしてしまいましたのに」

 アマンダが失礼しますと言ってアマリアの手を取って握った。

「アマリア姫。お辛いご経験がそうさせたのです。決して、卑下してはなりません。それに本日の姫の振る舞いはとても素晴らしかったですわ。さすが、公爵家のお孫様だとわたくしなど感動していたところですの。ご指導する必要もございませんでした。どうか、アマリア姫、堂々となされてくださいませ」

 アマンダの言葉に、アマリアは何も言えずただただ何度も頷いて応えていた。

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