495 二日酔いには鯛茶漬け、デルフの話
翌朝は死屍累々といった様相で、ほとんどの人が起きてこなかった。
シウはいつも通りに起きて、森へ向かいフェレスとの早朝訓練だ。ついでに採取もしたりして宿に戻ったが、それでもまだ大半が起きてこない。
仕方なく食堂広間の片隅で二日酔いの薬を作ったりして時間を過ごした。
お昼前に1人2人と起き出してきたので、欲しい人には薬を分けてあげる。
「シウ様、あなたは神様ですか!」
騎士の中には感動して抱き着いてくる人もいた。
リグドール達も起きてきたので、何かさっぱりしたものを食べたいというからウンエントリヒの港で買った鯛でご飯を作ってあげることにした。
というのも、フェデラル国の食事も例にもれず、こってりしたものが多いのだ。
パスタやピザのようなものは普段の少年には文句の出ようもないだろうが、チーズや生クリームばっかりでは腹も重くなる。
食堂の端に、宿の計らいで特別にシウ専用調理スペースが出上がっているので、そこで鯛料理を作っていると、人が集まってきた。
「良い匂い~」
リリアナとマカレナが立っており、後ろには見慣れた面々が並び始めた。
「これ、なあに」
「鯛だよ。白身魚でさっぱりしてるから、食べやすいと思う。あと、味噌汁は二日酔いには効くよ~肝にも良いシジミ貝も入ってるからね」
「おっ、俺それ知ってるぞ。シジミの汁は酒飲みの必需品だろ?」
薬師に教えてもらったことがあると、騎士の1人が自慢げに語った。
食べ方はリグドールに教えてあげていたので、食べ終わってから他の人にも説明していた。
「半分はそのまま食べて、その後お茶をかけて鯛茶漬けにするんだ。するするって食べられて美味しいぜ」
「へえ」
クリストフは、ご飯には断然摩り下ろした山芋だと言って、別の兵士や従者などに教えていた。
「この出汁醤油をかけると美味しいんですよ」
鯛の炊き込みご飯は人気があって、魚特有の臭みは敬遠されるかと心配したものの、結局は足りなくなるほどだった。もちろん、魔法の力で釜炊きを時間短縮して作り続けた。
他にも、干物にしていたアジやサバなども網で焼いて出した。
偏らないように野菜の煮物も小鉢に入れて問答無用で渡す。葉物野菜は苦手な人も多いので軽く炒めて味を付け、魚の皿に添えてあげた。
「まーた、こんなことしてるのか」
寝癖のついたまま、キリクがやってきた。あらかた配り終わっていたので調理スペースの前は閑散としていたが、匂いが部屋中に充満しているのでばれている。
「えへへ」
「こいつらの舌が肥えたら、後で困るんだぞ」
「たまのことだから、良いんじゃないの?」
「ま、おかげで美味しい物を食べるために日々頑張る! って張り切ってるけどな」
オスカリウス領では今、急激に飲食店が発展していっているそうだ。
騎士や兵士の妻などから伝わり、店を出す者が増えたとか。
ロワル王都で流行っているドランの店からも、とうとう弟子が独り立ちして店を出したというし、新たな食文化が花開こうとしている。
「今度お好み焼きも教えてあげようかな」
「なんだそれ」
「ヤキソバの親戚? たこ焼きの親戚かな……」
呟きながらキリクにも鯛茶漬けを用意してあげた。おぼんの上にあれこれと小鉢も載せる。ちなみに、おぼんは木でできたものだ。重さを感じさせない薄型にして、樹液とスライムと魔獣の油を精製したものを掛け合わせて作った漆風塗料を重ね掛けし、風合いを出してみた。ごくごく個人的な好みなので誰にも言ってないがシウとしてはお気に入りのシリーズで、和風の時はこれを使う。蛇足だが、洋風の場合は軽量金属で作った銀色のトレーを使用していた。シウなりのこだわりである。
「良い匂いがするな」
「お好みで焼き海苔を振りかけても美味しいけど、まずは炊き込みご飯をそのまま食べてみて。鯛の出汁が効いてて美味しいよー」
「おう」
「その後、お茶漬けにしてね。お好みでワサビと大葉を入れるとまた別の風味が出て来るよ」
「ワサビってのは、あのツーンとくる冷たくて辛いやつか。意外と癖になるんだよなあ」
そんなことを言いつつ、甘酢生姜の小鉢を2つ追加で乗せていた。なんだかんだで、キリクもシウに毒されてきているようだ。
ところで、シウも全員の分を作るわけではないので、宿の人も準備はしている。その上で余ったものは順繰りに回していた。嫌がりもせず、それどころか、どんなものを作るのかと毎回手伝いにも来てくれるし、食材を融通してくれたりと臨機応変に対応してくれていた。こういったところはオスカリウス家が常宿にするだけあって、商売人気質の店だ。
その宿から、余ったのでぜひと融通してもらったのは大量のパスタで、乾燥麺としてフェデラルで流通しているそれを受け取り、シウとしてはとても有り難かった。
生麺も貰っているので食べるのが楽しみである。
この日も朝昼兼用となってしまった人が大半だったので、昼の分の食材が完全に浮いてしまった。そのため、宿の料理人達と一緒になってパスタのレシピ作りに没頭した。
「おー、これならさっぱりといただけますな」
「生クリームのこってり感が嫌な人は、牛乳とバターだけでもなんとかなるでしょう?」
「ふむふむ。そこに卵の黄身ですか。新鮮なものでないといけませんが、これは癖になる味です」
「塩っけはベーコンが出してくれるし、コショウで味を引き締めます」
「こちらはワフーというのですね?」
「そう、生クリームやチーズというこってり系以外にも、さっぱり食べられるようにしたのがワフー系です。シャイターンの醤油や出汁をベースにするんです」
「魚介類に合う出汁ですね」
和風パスタは、前世でシウの好きだったもののひとつなので、広めてみた。なにしろ老人になると買い物に行くのも億劫となる。乾燥麺はとても有り難い存在なのだ。うどんやそばの乾燥麺はどこか許せなかったシウだが、パスタはもっちりして美味しかった。
「ここに、マグロの油漬けをですね、こう」
大葉と一緒に乗せて、大根おろしをかけて醤油をサッとかける。
味見した料理人達がびっくり顔で食べていた。
「カルボナーラというのも美味しかったが、これもまた美味しいですな」
でしょう、と自慢げに笑っていたら、調理室にリグドール達がやってきた。匂いを嗅ぎつけたようだ。育ちざかりの少年達は1時間や2時間ですぐお腹が空くらしい。
「食べる? 味見係として」
声を掛けたら、クリストフもデジレも喜んで頷いていた。ちなみにカスパルは遠慮して、ダンは無言で手を出していた。
午後、ゆったりと地竜の馬車で王都リアへと向かった。
宿の人からは盛大にお見送りしてもらった。料理人達からはシウにお土産までくれた。地元で採れるスパイスだ。シウがそうした調味料に興味があることを知って集めてくれたそうだ。珍しい野菜なども入っており、有り難く受け取った。
「宿の人間とこれほど仲良くなるのはお前ぐらいだな」
馬車へ戻ったシウに、キリクは呆れたような顔をして笑っていた。
夕方にはリアへ到着し、貸し切っている宿へと入る。
この日はのんびりすると決めているのか、誰も仕事以外で外出することはなかった。キリク達もパーティーへの出席を断っていた。
「そういえば闘技大会は今年どうなるの?」
デルフの南部、小領群でスタンピードが少し前に発生し、話題になったことがある。対応に失敗したらしく小領群の一部が壊滅状態になったそうだ。おかげで、南部の領主達が揉めていると噂で聞いた。
ラトリシア国の護衛専門冒険者達が夏前に戻ってきた際、そのようなことを言っていた。キリクは毎年行くと言っていたので、普通に開催されるのかと思っていたが、未だこの地でだらだらしているところをみるともしやと思ったのだ。
「ああ、言い忘れていたな。デルフ国の闘技大会は今年はなしだ。直前まで返答が来なくて難儀していたんだが。おかげで予定が空いて、俺もゆっくりできる」
「イェルドさんが仕事を捻じ込んできたりして」
「……恐ろしいことを言うな」
眉間に皺を寄せてうんざり顔になった。
夜も更けてきて、お酒を飲みながらキリクは行儀悪くソファのサイドに足を乗せていた。彼は煙草はやらないらしく、お酒だけを飲んでいる。
「国としては開催する方向で決まりかけていたようだが、南部の有力貴族が結託して異論を唱えたそうだ。それに、領同士の対立も深まっている」
「ラトリシアの南部とデルフの北部も揉めているよね?」
「大抵、境界線で揉めるんだよなー。うちは北部がシャイターンで本当に良かったよ」
肩を竦めるので、突っ込んで聞いてみることにした。
「シャイターンはそのへん、緩いの?」
「緩いっつうか、合理的だな。我が領の大変さを理解しているから、っていうのもある。上手く付き合っている方が理に適うことを知っているのさ」
「商売人っぽいね」
「実際、そういうところはある。食へのこだわりも深いし、職人気質も高いな」
「同じ国内で、たとえば接している領とは仲が良いの?」
「仲が良いってことはないな。ただ、うちの強さは重々分かっているから、手出しはしないといった感じだ。なにしろ、うちにちょっかいかけて潰れたら、黒の森の脅威はそのまま自領へと向かうわけだからな」
「そのへんは賢いんだね」
それぐらいの頭がないと領主は務まらんよ、と苦笑された。
「オスカリウス領は、黒の森の脅威さえ押さえていれば案外楽なんだがな。なかなか後継者になってくれる者がいないから、辛いところだ」
自嘲気味の発言に、近くで同じく飲んでいたスヴァルフやシリルなどが口を挟んできた。
「キリク様も強引に後継ぎを指名しませんからね」
「シウ様を中継ぎに養子とすれば良かったのですよ。何、どうしても見つからなければそのままシウ様に、というごり押しも可能でしたのに」
怖いことを言うシリルに、シウだけが半眼になって見た。他は笑うだけだ。
「ですが、まあ、まだはっきりとは言えませんが、上手くいきそうですしね」
しみじみと果実酒を傾けながらシリルが呟く。
「事がしっかと収まるまではイェルド様が暴走せぬよう、お止めしておきますが、くれぐれも緘口令を敷いて皆さまも余計なことはなさいませんように」
話を聞いていたらしい周囲にも釘を刺して、最後にシウを見つめた。
「……本当に良いご縁を繋げてくださいました。ありがとうございます」
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