496 市場での情報、楽団の情報、面会人
翌日は朝からまたフラッハの港市場に行って、大量の魚介類を中心に仕入れた。
通常の市場にも寄り、フェデラル国ならではの小麦なども購入する。買い占めにならない程度にと言ってあるのだが、ここ数年はどの国も豊作らしくて余剰品があるそうだ。
デルフでは不作だという話を聞いたが、少なくともシャイターン、シュタイバーン、フェデラルなどは豊作ということだった。
またフェデラルの西に位置するロキ国や、その北部の小国群も今のところ順調らしい。
市場の人は特に小麦の値段には敏感で、変動すると自分達にも影響があることから他国の情勢にも詳しかった。
「相変わらず北のアドリアナ国やシアン国は小麦は輸入に頼っているらしいね。冬が厳しい年もあるから、貯蔵したいってフェデラルまで買い付けに来た時には驚いたよ」
「大陸縦断だね」
「そうさ。ただ、帰る時は空間魔法の持ち手がいたらしくて、かなり大がかりな魔法陣を作って数人がかりで何日もかけて荷物だけ送り出していたよ」
「へえ、それはすごいですね」
「アイテムボックスも大量に持ってきていたが、そっちは新鮮な野菜を入れて飛竜で帰って行ったらしいね」
あれだけの量は見たことがないと、市場の顔役などが教えてくれた。
「坊ちゃんもかなりの容量の魔法袋を持っているだろうが、あちらさんは容量よりも数で確保したみたいだね。ま、あちらは宝石や鉱石、魔石などがわんさか採掘できるから、それで買ったのだろうが」
その護衛もあって、フェデラルに買い付けに来たアドリアナ国の人間は相当数に上ったらしい。
「今年も秋頃に来るのかねえ」
「毎年来るの?」
「いや、数年に一度だね。坊ちゃんと同じで買い占めしない程度にやるようだ。あとは、買い付けの旅も相当な金がかかるわけだからね」
「そっか」
「最近は、冒険者の間でも魔法袋を持つ者が増えているらしいけど、まだまだ高級品だ。気を付けてな、坊ちゃんよ」
ありがとうとお礼を言って別れた。
顔役の男性は、シウを見付けるといつもついて来てくれる。護衛替わりらしい。
しかし、この国は本当に治安も良くて、絡まれることもなければ付け狙われることもなかった。
また街をぶらぶら観光しつつ歩いていたら、以前行ったことのある公園近くの喫茶店前に偶然出た。
テラスにはクロエーやロザキノ達がいて、
「あっ、シウ! やっほー!」
と、手を振って呼んでくれたので、店の表玄関から入ってテラスに出た。
「クレアルでは会えなかったよね~」
「ごめん、レースを全部見ていたら行けなくて」
「夜の部もあったのに」
「え、そうなの?」
そう答えたものの、よく考えたら夜の部がないと彼等も稼げないだろう。昼間はほとんどの人がレースを見るのだ。シウは自分の至らなさに気付いて苦笑した。
「夜はご飯作ったりしてた。夜遊びするって全く思いつかなかったよ」
「子供だなあ」
見たことのない獣人の踊り子らしい男性が言う。それに対し、ロザキノがやめなさいよーと頭を叩いていた。
「実際シウは子供だもん。夜は出歩かないわよ」
「いいところのぼんぼんだろ? 他国の地でちょっとは羽目を外さないとさ」
「あんたねー」
悪ぶってるわけではなく、どこか年上の男性が少年をからかうような口調だったので、シウも全く気にならなかった。ただロザキノは面倒見の良い女性らしく、気を遣って庇っているようだ。
その間にクロエーが席を作って、シウ達を座らせてくれた。フェレスはそのままテラスのデッキの上に座り込んだけれど、ブランカとクロは椅子の上に敷かれた布の上だ。
「ありがと、クロエー」
「ううん。相変わらず可愛いね、この子達」
散歩中は動き回っていたけれど、今はおねむの時間だ。柔らかい布の上に下ろされてうつらうつらしている。
「クロエー達はまたどこかへ移動するの?」
「そうよ。街から街へと移動してね。次はどこだったかしら」
「オルデンベルク領よ。いい加減覚えなさいよね、クロエー」
ロザキノに注意されていた。
「大体フェデラル国内を移動しているんだね」
シウが聞くと、メラースがそうだよと頷いた。
「アクアウルブスって行ったことある? 水の都って言うぐらいだから一度は行ってみたくて」
「ああ、オスヴァルト領の領都ね。あるわよ。綺麗よー」
「綺麗なのよぅ」
周囲から同様の声が聞こえた。
「天空都市ガレルも?」
「あたしは一度だけね。クロエー達は最近入った子だから行ったことはないわ」
クロエーや若い子達が羨ましそうにキュアノスなどの年上組を見ていた。フェデラル国でも有名な場所らしい。
「あそこは、行くまでが大変なのよね。当時も新領主誕生の祝いだったかで招かれたから行けたのよ。でないと、旅費が大変なことになるわ」
「そっか、そういうのも考えないといけないんだね」
「大所帯だからねー」
彼等は天空都市の美しさや、他の街の風光明媚な場所、特産品についてあれこれ教えてくれた。
情報料としてシウが奢らないといけないほどだったのに、結局全部出してもらった。
「ありがと」
お礼を言うと、子供なんだから当たり前に受け取っていいんだよと笑われてしまった。
本当にフェデラルの人々は気の良い人ばかりだ。
その後も街を歩き、ギルドに顔を出して採取していた薬草を提出したり、ぶらぶらと観光気分で楽しんでから夕方頃に宿へ戻った。
カスパル達も古書店めぐりをして満足だったらしく、夕方からは護衛にも自由時間だと言い渡していた。
「ダンも行っておいでよ。ずっと僕に付き合わせていたからね」
「いや、でも」
「ロランドが夜遊びは疲れるから行かないと言っているし、僕も宿でおとなしくしている分には従者も護衛もいらないよ」
「そうか?」
心配そうにしながらもダンの足取りは軽く、見ていて笑ってしまった。
彼等はそのまま夜の街へ赴き、シウ達少年は宿の中で遊んで過ごした。
そしてカスパルはと言うと、体よく追い出した従者や護衛に邪魔されることもなく、シガールームで優雅に古代語の本を読み耽っていた。
夜になると、ヴァイスヴァッサー辺境伯がキリクに面会をとやってきた。
その為、キリクは食堂へは降りてこず、彼等と顔を合わせることもないと思っていた。
が、夜も更けた頃、レベッカが部屋にいたシウを呼びにきた。
「僕?」
「はい。少しだけ挨拶しておきたいとのことです。キリク様も渋っておりましたけど、お相手が悪い方ではないので顔合わせにも良いかと判断されたようです」
「うーん。僕、アドリアン王弟殿下との顔合わせも面倒だったのに」
本音を語りながら部屋を出たら、レベッカに苦笑された。
「仕方ないですわ。あれだけのものを作られたんですもの。わたし達にとっては素敵な化粧品を作ってくれる少年、ですけどね」
ウィンクされた。
「お母様が以前いただいた、飲むポーションが忘れられない、って言ってましたよ」
「あれ、高価すぎて売り出せないんですよね。供給できるほど材料が揃えられないっていうか」
「あら。それこそ、白金貨1枚だとか5枚だとかで売り出せば良いんですよ。超高級品として」
ものすごいことを言うので、思わずブッと吹き出してしまった。そのせいで寝ていたブランカが起きてしまった。
「みゃぅっ!!」
びっくりしてシウの背中で仰け反り、わたわた動き始めたので仕方なく下ろして、フェレスの背に乗せてあげた。
「まあ、起きちゃったわね」
「レベッカさんが恐ろしいこと言うから、驚いたよ。でも、お金儲けがしたいわけじゃないし」
「分かってるわ。だからお母様も我慢してるみたい。欲しいと言えばくれるかもしれないけれど、素材が高価なのは分かってるし、って。あの人らしくないでしょ」
くすくす笑ってウィンクする。
「シウ君は庶民のためのものを作るのが好きだものね。化粧品関係も、業者の人が教えてくれたけど価格を上げないように制約されているって。あなたの特許料なんて微々たるものだ、他の人とは全然違うと言っていたわよ」
「他の人って」
「商売敵よ。正直、高値にして特別感を出したいほどだけど、あなたとの契約があるからこのままいきますって。そのせいで粗悪な物が高くて、本来とても良い化粧品が安くなっているから爆発的な人気とはなってないようよ。おかげでわたし達は常に手に入るから有り難いのだけどね」
「それで、いいよ」
「本当に欲がないわねえ。あ、そろそろね。じゃあ、準備は良いかしら?」
キリクの私室の横、客人を招く専用の部屋に通された。
そこには客人が連れてきたであろう護衛達が待機しており、シウを一通り目で確認した後に、次の部屋へ入ることを許された。
応接室にはキリクやイェルドの他には秘書官が数名と、ヴァイスヴァッサー辺境伯の秘書官など数名が待っていた。
アドリアンと話し合う時よりも大仰だ。領主というのはある意味一国一城の主なわけだし、それだけ物々しくなるのだろう。
シウは溜息を噛み殺して頭を下げた。
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