545 台風の目達




 侍女や教育係などへ先に毒見と称して渡すと、彼女達がとても美味しそうに食べるので、ヴィラルは益々気になったらしい。おそるおそるソフトクリームを口にしていた。

 一口食べて、ぱあっと顔を輝かせて食べ始める。

「あまり一度に沢山食べると、冷たいものだからお腹を壊します。ゆっくり気を付けて食べてくださいね」

「はい!」

「作り方をオリヴェルに渡しておきますから、また作ってもらうと良いですよ」

「いいのかい?」

 オリヴェルが心配そうに聞くので、いいよと笑った。

「一応、商人ギルドにレシピ登録はしたから。最近は毎日そうやって何某か登録してるよ。世知辛いねー」

「兄上から少し聞いたけれど、大変だね。もっとより良い仕組みが出来上がると良いのだけれど」

「ヴィンセント殿下に頑張ってもらいます」

 シウが冗談めかして笑うと、オリヴェルも笑った。意味は分からなかっただろうが、ヴィラルもベッドの上で笑っていた。


 そうして和やかに話していると廊下でちょっとした騒ぎが聞こえてきた。

 台風の目だなあと思っていたら、ノックもなしに部屋の扉が開く。

 オリヴェルが少し緊張していたけれど、ここまで入って来られるのは一部の人間で、シウは全方位探索で知っていたのでのんびりしていた。

「オリヴェルおじさま! お客さまが、ヴィラルのところに、って」

「シーラ、はしたないよ」

 オリヴェルがめっと姪を睨んだ。本気ではないが、怒っていると示したのだ。彼女はハッとして、恥ずかしそうにもじもじしながら、淑女の挨拶を行った。

「あの、おへやにきゅうにまいりまして、ごめんなさい。お客さまのまえで、しつれいしました」

「こんにちは、シーラ姫。そちらはカナン王子ですね」

「こにちわ!」

 まだ2歳のカナンはよちよちついてきて、元気いっぱいに挨拶してくれた。後ろでは乳母やら侍女が大勢で追いかけてきたらしく、寝室より中へは入ろうとしないもののハラハラして扉から見ていた。

「あの、わたくしもまだあえないのにとおもって、それできてしまいました」

「ヴィラルの熱はもう下がったんだよ。でも君達が来てしまうと煩くて、折角治ったのにまたひどくなるかもしれない。それに夏風邪が移ってもいけないからね」

「ちゆまほうがあるわ!」

「魔力過多の気もあるから、治癒魔法は使えないんだよ。君も魔力はある方なんだからね。そう、乳母や先生から言われてなかったかい?」

「……はい。ごめんなさい」

 彼女が説教? されている間、カナンはベッドによじ登ろうと頑張っていた。が、体が小さいので登れない。何度も挑戦しているうちに涙ぐんできたので、フェレスに助け船を出させた。フェレスも気になっていて何やってるんだと首を傾げていたので、シウが視線を向けるとそろっと近付いて、頭で押し上げてあげた。

「わう! わ、わあ!」

「にゃ」

「ありがとーなの!」

「にゃ」

「かわいいの!」

「にゃぁ」

 べしべしとフェレスの頭を手で叩くので、扉の向こうから乳母らしき女性が悲鳴にならない悲鳴を上げていた。

「大丈夫ですよ、躾けてありますので」

「あ、はい、ですが、はい、その」

 何と言っていいのか分からないと言った様子で、侍女達は手を何度も上下に動かしていた。

「カナン、いいなあ。僕もフェーレースに触りたい」

 ヴィラルが羨ましげに言うと、カナンはぱあっと輝く笑顔になった。

「さわるの!」

「……触ってもいいですか?」

「いいですよ。でも、ベッドの上に乗ってはいけませんよね? 少し端に来られます?」

「うん!」

 オリヴェルも気付いて手助けして、ベッドの端に移動してきた。

 フェレスを横に付けさせると、どうぞと勧める。

「優しく触ってくださいね。フェレス、触りたいんだって」

「にゃ」

「いいよ、と言ってますので、どうぞ」

 わあ、と嬉しそうな顔をしてフェレスの頭を撫でた。そろっと耳に触れると、ピピピと動くのでそれも面白かったようだ。

 すると、シーラが羨ましそうな顔で見ていたので、オリヴェルに視線で伺ってからおいでと招いた。

「どうぞ、優しくしたら嫌がりませんから」

「は、はい!」

 そろそろっと撫でて、その体毛の柔らかさを堪能したようだ。

「かわいいです。フェーレースって、こんなにふわふわして、きれいなんですね」

「ちゃんと可愛がっていれば、綺麗になるんですよ」

「すてき」

 そう言って、チラッとシウの背中を見る。背中にはブランカが背負われていて、起きているので先程からうごうごと騒がしかった。

 少しだけ居心地悪そうな顔をするのは、以前、それを自分に渡せと強請った記憶がちゃんとあるからだろう。

「この子はまだ幼獣なので躾けてないし、主からは極力離してはいけないので触ってもらうのは無理なんです。ごめんね」

「いえ、わかります。あれからいっぱい、おべんきょうしました。あの、まえにひどいことを言ってごめんなさい」

「教えてくれた人が悪かっただけで、あなたはとても賢い人だからもう分かってくれたでしょう? だからもういいですよ」

 シーラは嬉しそうに笑って、ありがとうと小声で言った。


 その後、乳母たちを交えてシーラやカナンにもお菓子を与え、フェレスと遊ばせてあげた。ハラハラしていた乳母達も、フェレスがおとなしく言うことを聞くので安堵していた。

「このお菓子おいしい。シュヴィークザーム様はいいなあ」

「あれは食べ過ぎですよ。子供のうちはとくに、甘い物ばかり食べていたらダメです」

「そうなのですか?」

「普段のご飯は、体を作ります。しっかりとした土台とするためには野菜も沢山、お肉もしっかり好き嫌いせずに食べないと。僕は背は伸びなかったけど、健康で病知らずですよ」

「うわあ、そうなんだ」

 ヴィラルが羨ましそうにシウを見た。彼は魔力が多く、度々熱を出すそうだ。体も弱いので風邪を引きやすい。けれど魔力過多症の子供は治癒魔法を極力避けた方が良いので、対症療法になってしまうのだ。

「甘い物でお腹を膨らませず、これはあくまでもおやつとして考えてね。シュヴィの真似をしていたら偏っちゃいますから」

「しゅーうーーさま、ダメな子?」

「そう、ダメな子です。食事はね。でもこの間、角牛という大きな牛を連れて帰るのに、一番活躍したんですよ」

 子供達が目を輝かせた。聖獣の活躍する話は子供なら誰でも好きだし、特に王族はポエニクスを従えているということで思いも格別だろう。

「角牛は体は大きいけれど臆病で怖がりだから、そのせいで暴れたりすると怪我をする人も出てくるんです。それを宥めて、安心させてあげたのはシュヴィだから、大変な仕事をしたんですよ」

「すごい!」

「そんなにすごいことをするのに、食事はダメな子だから、面白いよね。みんなはきちんと野菜を摂って、シュヴィ以上にすごい子になってね」

「はい!」

「やさい、たべるの」

「わたくしも食べるわ! にんじんものこしません!」

 うん、偉いね、と褒めるとシーラは頬を赤くして照れていた。



 昼ご飯を誘われて断ったのだが、オリヴェルにぜひにと勧められて彼とテーブルに着いた。

「今日はありがとう。ヴィラルのお見舞いも嬉しかったけれど、我儘なシーラをうまく宥めてくれて助かったよ」

「女の子はおませだよね」

「そうとも言うかな? ま、彼女の教育係が変わったおかげで、大分おとなしくなってきたけれど」

「ヴィンセント殿下、怒ってたからなあ」

「後で聞いたんだけど、その場にいなくて良かったよ」

 オリヴェルが言うには、シーラ達の母親がそもそもいけないらしい。権勢欲もあって、ヴィンセントとしては後宮の実権を渡したくないそうだ。ただ、正妃を亡くしているので、子供も産んだその女性が後釜を狙っているらしく、頭が痛いとか。

「そんなこと、僕が聞いても良いの?」

「だって誰でも知っている話だよ」

 知らないシウの方が変だとばかりに、オリヴェルは苦笑した。

「最近はヴィンセント兄上が子供達の教育にも目を光らせているから、少しずつ良くなってきているんだ。以前のままだとどうなることかと心配していたんだけどね」

「良かったね」

「きっかけが君だったのも良かったよ。君は大変なことだったろうけど」

「あはは」

「騎獣を持つって、良いことばかりじゃないよね。世話も大変だ。だけど、君はちゃんとやってのけてるし、今もフェレス達を守り切っている。偉いと思うよ」

「ありがとう」

「今日のこともそうだけれど、僕は君には本当に感謝しているんだ。こちらこそ、ありがとう、だね」

 願わくはこのまま貴族の争いに巻き込まれませんようにとお互いに笑い合って別れた。

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