544 処分検討、憧れ、角牛追加、お見舞い
名誉棄損どころの話ではなく、身分格差のない学校内においても、人としての礼儀に悖るということでティベリオが生徒会長権限でヒルデガルドを捕えたそうだ。
先週の女性騎士抜剣騒ぎに続いて二度目であり、かなり厳しい処置が施されるとか。
謹慎処分では済まされないと、生徒会および学校側で検討が始まっているらしい。
これがもし学内でなく貴族社会、ようするに社交界で発言されたなら追放も有り得る。彼女は他国の貴族子女だから、二度とラトリシアの社交界には招かないという通達が出されるほどだ。
なんといっても、ラトリシア人と名指しで罵ったのだから、弁解のしようがない。
学内だからある意味セーフであった。しかし学内だからこそ、学内ルールも適用される。貴族の子息子女が多い魔法学校内での発言は、そうとうな早さで出回るだろう。
「謹慎処分だったとしても、処分明けに学校へは来られないだろうね。普通は」
ファビアンはそう言ったものの、前回の事がある。
「うーん、でも彼女、去年の騒ぎの時もそれで社交界に居辛くて、おとなしくしているはずが何故かシーカーに入学していたからなあ」
「そうそう、それだよ。誰が推薦を出したのだろうね。他国からの入学は本当に厳しいんだよ。よくもまあ、そんな問題を起こした人間を入学させたものだ」
ファビアンはカスパルからも詳しく話を聞いているので、魔獣スタンピード騒ぎの件を知っていた。
ジーウェン達にも話しているので、何度も頷いていた。
「そもそも、僕ならとてもじゃないけれど、入学しようとは思わないよ。恥ずかしすぎてね」
「いや、大前提としてジーウェンはそんなことしないだろう? 上からの指示もなしに勝手に闇夜の森を進んで、助けてくれた相手に無理難題を言ったり、護衛の人生を潰してまでやろうとしたことが、全部自分ひとりの手柄を立てるためだった、なんてこと」
「そう言葉にすると本当に彼女はすごいよね」
「他の生徒達が避難していた場所まで連れて行ってくれたシウに文句を言って、着替えがないだとか高位貴族の女性に対する態度で接してくれなかったって我儘を言うような女性、僕は本当に嫌だな」
「ランベルト、君本当にその手の女性嫌いだよね」
ジーウェンが苦笑いで返すと、ランベルトは大きく頷いた。
「ああ、嫌いだね。それに引き替えアマリア様は正反対で、お優しい人だ」
「お、そういうことか。憧れていたんだ?」
「……別に、元々家格が違うから、そういうのではない。ただ尊敬できる素晴らしい女性だなと」
「はいはい」
顔を赤くするランベルトに、ジーウェンがからかっていたので、シウも少し口を挟んだ。
「あの、ごめんね? 知らなくて」
「うわっ、謝るなよ! 謝られたら、なんだか本当に、恥ずかしいじゃないか!」
「あ、えっと、ごめ、えと」
「いいんだ! 本当にただの憧れで、そんなんじゃないんだから!」
慌てふためくシウ達に、ファビアンが締めの一言を告げた。
「これだけ純情な生徒ばかりだったら、単純で過ごしやすい学校生活になるだろうにね」
ジーウェンが、本当にね、と溜息まじりに答えていた。
ファビアン達には、喋りすぎて喉が渇いただろうからと、角牛乳を使った果実オレを渡した。
従者や護衛も喜んで飲んでいたので、ついでにまだ暑いこともあってソフトクリームも出したらこちらも全部食べていた。
「こんなに美味しいものなのか」
「ヴィンセント殿下が確保したがるのも分かるなあ」
「うちでも飼いたい」
「設備が大変そうだよ。第一、世話をする人間がね」
「だよなあ」
などと話しながら、遅くならないうちにと帰宅した。
シウはついでだからとファビアンの馬車に乗せてもらって帰った。
土の日は、ロランドに相談して、角牛を1頭増やしても良いとのお言葉をいただいたので狩りに行った。
ロランドとしても客人からの評判が良すぎて、シウが飼っているものなのに分けてもらうのが心苦しいと思っていたらしく、増やすのは全く構わないと言ってくれた。
それにしてもロランドは気を遣いすぎだ。世話はブラード家でしてもらっているので、こちらの方が心苦しい立場なのに。
なので話し合いの結果、お互いにそうしたことは気を遣わないでいこうと取り決めた。
そして世話にかかる費用については、角牛自体で賄おうとも決めた。
余った角牛乳を使って何か作ろうということにしたのだ。客人がいなければ、充分賄える上に余るほどの量がある。それが2頭になるのだから、シウが自由に取ったとしても大概余るのだ。それらを売っても良い。
料理人達も高級素材に喜んでいたので張り切って試作を繰り返していた。
ところで、角牛を狩ってきたのは良いが、王都内を歩くのは二度目になるのにどうしても視線は避けられなかった。
なるべく認識阻害などで目立たせないよう努力はしたが、なにしろ巨大な牛だ。すみませんと頭を下げつつフェレスを先導にしてブラード家へなんとか連れて行ったのだった。
世話役の下男も増やし、夕方には少し落ち着いた。
風の日は王城へ遊びに行った。
招待状もなく行ったので、門前で止められると思っていたのだが、顔を覚えられていたらしく少し待つだけで入れてもらえた。
「本当に入っていいんですか?」
「いいよ。オリヴェル殿下も喜ばれるんじゃないかな。あ、フェーレース触らせてくれてありがとう」
「どういたしまして。行こう、フェレス」
門兵は騎獣に触る機会などないらしく、待っている間に触っても良いか聞かれたので、悪意もなさそうだしどうぞと了承していた。
こういう時のフェレスはツンとお澄まし顔で見ていて面白い。
まるで高慢な猫が「触らせてあげてもよくってよ」と言っているようだ。でも尻尾を振り振りしているので内心は褒められて嬉しい! といった感じなのだけれど。
フェレスほど、見た目と中身のギャップが違う子も珍しいと思う。
可愛いのでシウは好きだが、中身を知った人々の愕然とした顔を見るのも面白かった。
オリヴェルの私室に案内されたシウは、どうしたの? と驚く彼におみやげを渡した。
「弟さんが熱を出して、付き添いで休んでるって聞いたから、お見舞いとお土産」
「え? わざわざそれで? うわあ、ありがとう」
「本当は一昨日、ファビアン達に渡したから、仲間外れになって悪いなって思ったのもあるんだけど」
「あはは。それはそうかも。君のお菓子美味しいからね」
「それと、一昨日の話、した方が良いのかなと思って」
「……何かあったんだね? そうか、わざわざありがとう」
果実オレを部屋にいた人達で飲んでから、人払いをして、何があったのか又聞きだけれどと断って説明した。
「ヒルデガルド嬢が、ルサナのことを口にしたのか」
「うん。ティベリオが上手に話を収めていたらしいけど、確実に聞こえた生徒もいるそうだからね」
「どちらにしてもエメリヒ家やニーバリ家には筒抜けだからね。とはいえ、そうしたことも踏まえて行動しないといけないか。ありがとう。先に教えてもらって助かるよ」
「週が明けたら誰か話すかと思ったんだけどね」
「いや、こういったものは時間が大事なんだ。特に後ろ盾のないわたしには、ね。ティベリオにも火の日の朝に時間を取ってもらうよ」
「うん」
「それにしても、ヒルデガルド嬢はまたすごいことをするものだね」
「本当にね。あと、想像以上にカロリーナさんが怖いね」
「君が慎重な性格で良かったよ。貴族女性と2人きりの部屋だなんて、王族のわたしでも怖い。責任を結婚という形で取らされるからね」
「僕の場合は責任の取り方が結婚じゃすまないからなあ」
「それもそうだ。くれぐれも気を付けてね」
真剣に言われてしまった。
話を終えると、どうか弟にも直接会ってほしいと言われて、お見舞いを携えて部屋を訪ねることにした。
母親違いだそうだが、ここのきょうだい達は仲が良いらしく、特に一番下の弟ヴィラルからは慕われているそうだ。
ヴィラルのお付きの乳母や教育係は、シウの姿を見て少し困惑したものの部屋の中へ入れてくれた。
まだ床上げしていないそうだが、熱は下がってすっかり良くなったらしいヴィラルが、兄とその友人であるシウを見て喜んだ。
「お兄様! あ、それに、シウ様?」
「こんにちは。様は要りませんよ」
「え、でも」
うろうろと視線を彷徨わせ、どうしようと悩んだ挙句に、小さな声で、
「シウ殿?」
と言い直した。その姿が可愛くて、シウは笑顔で頷いた。
「以前お会いしましたよね。今日は具合が悪いと聞いたので、お見舞いに参りました」
「わあ、そうなのですか! でも僕はもう起き上がれるほど元気になりました!」
「良かったですね」
「はい!」
その間にオリヴェルが侍女達を説得? したらしくて、寝室にテーブルなどが運ばれてお茶の用意がされた。
「角牛の乳で作ったお菓子なんですけど、食べませんか?」
「え、牛乳、ですか……」
元気だった声が途端にへにょっと力なく震えた。眉も下がって、見事に苦手だと顔で語っている。
ヴィンセントも言っていたが、小さな子達は牛乳嫌いらしい。
まだ振る舞われていないのかなと思いつつ、熱の下がったばかりの子供には丁度良いだろうとソフトクリームを出した。
オリヴェルが先に美味しそうに食べたせいか、ヴィラルはちょっと興味を持ったようだ。
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