546 滞在拒否、御用達取消、不審者捕縛
ついでなので、シュヴィークザームの部屋にも赴いた。
正直にそう話したら拗ねていたけれど、新作のお菓子があると言えば掌を返したように喜んでシウを部屋に連れ込んだ。
「ところでせっかく飼った角牛なのに、まだ牛乳でお菓子作ってないの?」
「チーズばかりで楽しんでおるようだ。子供達が飲もうとしないので、余るらしいのに」
ぶすっとした顔で言うので、シウは笑った。
「さっき果実オレを飲ませたら喜んでいたから、明日から飲むんじゃないの?」
「そうなのか? ふむ、では我も楽しみに待っていよう」
「今日はぶどうのアイスクリームにしてみたよ」
「おお! 冷たいのは好きだ」
「ざくろのジュースもあるけど、こっちはアイテムボックスに入れておくね」
「うむ」
なんだかんだとシュヴィークザームと話をしていたら遅くなり、夕飯をしつこく誘われたものの辞退して帰宅した。
その際に、シュヴィークザームがシウの作った料理が食べたいと口にして、ちょっとびっくりした。デザート以外に興味を持つとは思わなかったのだ。
また今度持って来るよと答えたのは、そのままだと夜までいることになると危惧したからだ。夜は危険だ。なにしろいつヴィンセントが誘ってくるか分からない。
ほいほい遊びに来たシウが言うのもなんだが、あまり王城には滞在したくないのだ。
今回はオリヴェルに伝えたかったというのもあったので来たが、長々といたい場所ではない。
そうしたことをオブラートに半分包んで伝え、さっさと帰った。
光の日はまた研修会で、今回は排除してくれたらしくニーバリ領の職員は見えなかった。ただし、排除したということは、つまりまた、参加しようと目論んでいた、ということだ。
タウロスは本格的に腹を立てて、ギルド本部長も本腰を入れて調査すると言っていた。
ところでこの研修会だが、何回も行っているせいで本部の職員が覚えてしまい、そろそろ代理でやるという話になってきた。
シウを拘束し続けるのが良くないという判断でもあり、またトラブル回避のためもあるようだ。
なにしろ、ニーバリ領の支部職員が妙な動きをしている。
ここでシウに迷惑をかけるようなことがあったら、ラトリシアの冒険者ギルドは大打撃だ。
商人ギルドからも釘を刺されたらしく、冒険者達からもシウを守れとせっつかれてそうした話になってきたらしい。
来週の事はまだ分からないが、とりあえず、研修会は代わりに本部職員が行うということで進められた。
研修会は先週に引き続き段取り良く終わったために夕方の時間が空いた。
なので、商人ギルドに顔を出してみた。
最近は夜に職員がブラード家へ来てくれるのだが、偶にはと思ったのだ。
光の日だからシェリルは休んでいるかと思ったのに、相変わらずいつ休んでいるのか執務室に陣取っていた。
「シウ! もしかして、大きな話?」
ここに来ると、儲けの出る大きな話があると思うらしい。
シウは苦笑して首を振った。
「ううん。最近作ったのは乳搾り機ぐらいだし」
「あら、それはそれですごいのだけど」
「え、そう?」
「だって人の手でしなくて良いのよね?」
「うん。でも取り付けは人がやるんだよ。案外面倒くさいよ」
「そうかしら。慣れない人には良さそうだけど」
そんな話をしつつ、歩球板の発表をいつにするかなどを話し合った。
「そういえば、バオムヴォレの栽培、順調みたいよ。やはり温度が大事なのね。研究者達も喜んで記録を取っているわ」
面倒な仕事を押し付けた感があるので、有り難い話だ。
「他にも、あなたが特許を取った製品の増産が行われているから、活気付いているの。本当にシウ様様ね」
「シェイラさんに言われると、なんか裏があるのかと思っちゃうなあ」
「ひどいわ、それ」
むくれながら、赤い唇をにんまりと笑みの形にした。
「そうそう、例の王室御用達店、殿下から直々に取消の意向を受けててんやわんやらしいわよ」
「え、早くない?」
「ねえ。ギルドの圧力よりもやっぱり王族の権力なんだわ」
「そっちか」
「貴族の後ろ盾があって、手こずってはいたけれど、そろそろ上手く行くはずだったのに。先を越されて少し悔しいわね」
「シェイラが担当じゃないんでしょう?」
「でも、わたしはシウ担当だもの。関係あるわ」
「……えーと、ありがとう」
「なあに、その間は」
からかわられたものの、その後は店の今後の見立てや、後ろ盾の貴族の動向などを教えてもらった。
そのうち噂も消えるだろうから、ブラード家もこのまま様子を見ていれば良いとのことだった。
帰宅すると早速ロランドとカスパルにその話をし、気にしていた料理人のリランにもその件を伝えた。
そこで、今度「お菓子の家」などに限らず、デザートの競技会をしようという話があるとも教えた。
「シェイラさんもいつになるかまだ決まってないって言ってたけど、ヴィンセント殿下が前向きらしくてね。前にも、本家本元にも出てもらったら良いんだと仰ってたから、たぶん要請があると思うんだ」
「わ、わたしに、できるでしょうか?」
「できるよ。絶対に」
料理長も応援して、ロランドもぜひ機会があったら参加しなさいと勧めたので本人も頑張りますと請け負った。
これから仕事が終わったら、お菓子の勉強もしたいと張り切っていた。
料理長はそれを見て、本当にここでの仕事は楽しくて素晴らしいと機嫌よく語っていた。
夜、さあそろそろ寝ようという頃に、シウの張っている警戒網に引っかかった者がいた。
侵入者対策に結界も張っているが、その外側に分かり易く捕まえられるよう正門以外に、蜘蛛の巣モドキを仕掛けていた。それに、まんまと嵌ったのだ。
仕方なく起き出し、ブランカ達はフェレスに任せて庭に出た。
護衛の夜番も起きており、シウと共に裏口近くの石壁に向かうと、男がひーひー言いながらジタバタしていた。
「とりあえず、警邏隊を呼んできます」
「気を付けてね」
捕まえても対応に困るし面倒なのでそのまま見ていたら、騒ぎに気付いたらしい近所の貴族家の護衛達が出てきた。
「すごいですね、これ」
「こういう装置ってどれぐらいします?」
「便利だなあ」
とのんびり会話をしていたら、男は誰も助けてくれないと悟ったのか静かになってしまった。
やってきた警邏隊も唖然としていた。
「これ、どうやってくっついているんですか?」
「ルフスアラネアの糸を使ってるんです。あれで編んだものを結界に張り付けてます」
「え、あの毒のある赤い蜘蛛?」
大きいと1mほどになる魔獣(虫?)で、毒を持っているが狩るのは意外と楽でルプスよりも簡単だ。ただ、素材を取れないことから冒険者には嫌がられる。パーウォーと同じく嫌われ魔獣だ。
「腹の糸袋から取り出すのに水属性を使って、編む時に金属性を使うんです。あとは結界に沿わせて張ったら、粘着力も持続してこういう使い方が可能になります」
「へえ」
「面白いなあ。これ、君が発案したの?」
緊張感のない会話になってきたが、じれたブラード家の護衛にせっつかれて警邏隊の兵士達が男を引っ剥がした。
「さて、捕縛用の首輪と、おい、暴れるな」
警邏隊が男をばしばし叩きながら抑え込んで奴隷用の首輪を付ける。
「やっぱり僕等で剥さないで良かったね」
「ああ、こんな面倒な事したくない」
「その方が当方も助かりますがね。怪我人を出さずに済みますし」
苦笑されたが、彼等もその方が良かったらしい。
「尋問は明日になります。念のため、代表でどなたか本日来ていただけますか」
「ではわたしが。書類申請などですね?」
「はい。お手数かけますね。この後、周辺の見回りも強化しておきます」
そう言うと、隣り近所の護衛達がどこそこの道も通ってほしいだの、不安要素のある近所の場所を説明していた。
話が終わると、追加で呼ばれたらしい警邏隊も来て見回りに行ってくれた。
近所の護衛達とは後日また話をしようということになり、そこで終了した。
「なんだか不穏だね」
「今まで平和だったのがすごいんですよ。貴族家なんて意外と面倒事多いですからね」
「そうなの?」
「だからこそ、俺達も毎日訓練しているわけだしね」
「そっか。毎日お疲れ様です」
シウが労うと、夜番の護衛達に笑われてしまった。
「君の方がお疲れ様だよ。毎日学校へ行って、更に働いているんだから。僕等よりずっと働き者だ」
笑いながら、シウの背中を押して、さあ子供は早く寝なきゃと部屋まで連れて行かれたのだった。
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