547 妬み嫉みと実行委員へのお誘い




 火の日になり、護衛頭のルフィノが警邏隊に出頭して話を聞くことになった。

 尋問も行われているだろうが、狙われたブラード家が直接話をすることで情報が得られることもある。

 ロランドはコソ泥でしょうか、と呑気なことを言っていたけれど、シウとしては自分絡みじゃないかと思っていた。

 カスパルにも朝から悪いと思ったが、そうしたことを報告した。

「まあ、君関係だとしたらヒルデガルド嬢あたりかな? あとは、誰だっけ」

「ニーバリ領の冒険者ギルド支部職員とか」

「それ、ベニグド=ニーバリが関係しているんじゃないのかなあ」

「まだ跡を継いでないのに、そこまで影響力ある?」

「領持ちともなればね。嗣子だとすれば有り得るよ。ま、気にしないことだ。あとは、僕の関係だと、君を囲い込んでることで羨んでるラトリシア貴族からの嫌がらせ、ってところかな」

「え、そうなの?」

「君のような才能ある若者をブラード家ごときで囲むなと、まあ、はっきり言わないけれどそうした遠回しなことを、夜会で言われることはあるね」

「えー」

「他には、そうだなあ。あ、ラトリシア最大貴族のヴィクストレム公の孫娘を引き抜いた恨み、もあるようだよ」

 シウの顔色がサッと変わったのでカスパルは苦笑した。

「ああ、いや、上手いことやったという妬み嫉みの方だよ。僕が実際に仲人をしたわけではないことぐらい誰だって分かっている。ただ、貴族同士の結びつきには金も利権も人脈も関わってくるから、貴族ならばとても『美味しい話』となるんだよ。ようするに、羨んでいるというわけだね。シウはそういった物の考えは苦手だろうけれど、僕の父上だって今回の事はよくやったと手を叩いて喜んでいたから、普通だよ。あまり権勢欲のない父上だってあれだもの。他の貴族、ましてやラトリシア貴族からすれば、悔しいんじゃないのかな」

「そんなものなんだ」

「どちらの家も、国にとっては最重要家だからね。ブラード家なんて領地も持たないただの伯爵家だから、残念過ぎて口惜しいんだろう」

「迷惑かけちゃうね」

「その分、名を上げたわけだし、今後の人生において財産となる人脈も作れたから、むしろ有り難いんだよ。君はよく申し訳なさそうに言うけれど、こちらも良い思いはしているんだ。双方ともに得をしていると考えたら良いんだよ」

 そう言われてもと、へにょっとした顔になっていたらカスパルに笑われた。

 割り切れないシウの頭を、可愛いなあと言って珍しく子供扱いして撫でる。

「小さな弟に諭している気分だよ。君は時々子供みたいになるね。ま、年相応でそういうところも面白い。普段が規格外だから、気分が良いよ」

 そう言うと、さあ学校へ行っておいでと送り出された。

 相変わらずカスパルは朝一番の授業を取っておらず、優雅に紅茶を飲んでゆっくりしてから行くのだそうだ。



 いつものようにロッカールームへ寄った後は、ミーティングルームをすっ飛ばしアラリコの執務室へ向かう。遠回りになるがこればっかりは仕方ないと諦めていた。

「先生、おはようございます」

「おはよう。君はいつも早いね。これが今日の分だよ。他の先生方にも連絡があれば、わたしの部屋か、ロッカーへ入れるよう通達してあるからね」

「ありがとうございます。あの、お手数かけてすみません」

 頭を下げるとアラリコは苦笑して手を振った。気にしていない、もう行って良いよの合図だ。彼の秘書も気にしないでとウィンクして、シウを見送ってくれた。

 学校内がいくら平等と謳っていても、貴族同士の軋轢に巻き込まれる生徒は後を絶たない。そのため、教師達の中にはこうして力を貸してくれる人もいた。


 そのまま三の棟から右回りに教室群を抜けて、渡り廊下を進んで研究棟まで行きかけた。その途中で、ティベリオとばったり出会った。座学の教室前だったので彼も授業があったらしい。

「ああ、シウじゃないか。丁度良いところに。おっと、おはよう」

「おはようございます。何か用事?」

 立ち止まると、ティベリオに廊下の端へ連れて行かれた。彼のお付きの人がまるで取り囲むようにじわじわと寄ってくるので首を傾げていたら、従者のロジータという女性が小声で教えてくれた。

「この階には面倒な方々が学ぶ教室が多いので、窮屈でしょうが我慢してください」

「あ、そうだったんですか」

 すみません、ありがとうございますとお礼を言いかけているシウへ被せるよう、ティベリオが早口で用件を口にし始めた。

「それはそうとね、先日君から教えてもらったアレ、正式に生徒会で認可されたよ」

「え?」

 食い気味のティベリオに引きつつ、意図が分からずに見上げた。

「文化祭だよ。ちょっと時間は足りないが、生徒会一丸となってやってみようと思ってるんだ。ぜひ、君にも手伝ってもらいたい」

「え、え、あれを?」

 昼休みに突然現れた彼に、何気なくした文化祭の話のことだった。

「気分転換にも、どうかな。実行委員会に入ってくれると、僕としては大変有り難い」

「あ、えーと」

「融通も利かせるよ。無理はさせない。君には守るべき幼獣もいるからね」

 チラッと背中から肩に前足を伸ばして蠢いているブランカに視線を向けてきた。もう片方の肩にはクロがいて、こちらはおとなしく様子を伺っているようだ。

「できるだけ、話の分かる人員を集めたいんだよ。君なら最適だし、実績もある」

「実績って」

「ロワル王立魔法学院で人工地下迷宮を製作した、実質指導者だよね」

「あ、えーと」

「計画立案、着工指揮、書類提出まで、そのどれもに君が噛んでいることは調べで分かっているんだ」

 刑事か、と突っ込みそうになって、シウは苦笑した。

「研究棟でも楽しそうな事を何度かやっているそうじゃないか」

 苦情でも出ているのだろうなと、目を逸らしたら笑われてしまった。

「もちろん、僕の力で上手く差配したよ?」

 にこにこと悪気のなさそうな顔で言うが、あきらかに彼の頼みを聞いてほしいという脅しでもある。

 ただなんというのか、ティベリオは人が憎めない性質の青年であるし、また彼にはシウも度々世話になっている。

「……分かりました。手伝います。えーと、できる範囲で、ってことで良いかな?」

「もちろん! ありがとう、いやあ、これで憂いなく取り掛かれるよ!」

 肩を叩こうとして、そこに場所がないと知ったティベリオはシウの腕をポンポン叩いて笑った。


 普段通らない場所を通るからこんな目に遭うのだなと思ったが、どのみちシウを探しに行くところだったと言うので早いか遅いの違いだ。

 諦めて、彼の指定した時間に生徒会室へ行くことにした。



 授業は特筆すべきこともなく順調に、いつも通りのんびりと楽しく過ごした。

 午後の授業を追えてから生徒会室へ向かったのだが、何故か数人の生徒が付いてきた。生徒会に興味のある者もいれば、単にシウの護衛代わりという者もいて、有り難い。

 その中でもプルウィアは、生徒会で遅くなった後が心配だからと部屋の中にまで付いてきてくれた。

 そうした事情を話すと、ティベリオは大歓迎だよと彼女を受け入れてくれ、他の生徒にも実行委員へ入ってくれるなら有り難いと声を掛けていた。

「こういうの、なかなか手伝ってくれる子がいないんだ。特に初めての試みだから失敗したらと、尻込みするのだろうね」

「こうした催しは評価の、採点基準に入りませんよね?」

 不思議に思って聞いたら、ティベリオはそうでもないよと首を振った。

「卒業に必要な採点ではないけれどね。卒業後の進路によっては、アピールにもなれば減点材料にもなるというわけさ」

「はあ」

 分かってないシウに、彼は生徒会の中でも今回の文化祭実行委員から外れたいと申し出た生徒を指差した。

「彼なんかは今年卒業だから、失点が欲しくない。彼は魔法省の中でも取締班に入る予定だから、規範意識を高く持っていないといけないんだ。こうした祭りでの失点は、上司の覚えが悪くなる、というわけさ」

「成る程」

「ティベリオ会長、そこまであけすけに教えないでくださいよ」

「はっはっは! 君が逃げるからだ」

「だって、目新しいことに手を出すことを極力嫌がる部署なんですよ、あそこ。入る前から睨まれるの嫌です」

「はいはい。その代わり、通常業務の方、頑張って手伝ってね」

「はーい」

 仲は良さそうで、上下関係もなく楽しげだ。ただし、ティベリオが言うには、今回の実行委員に参加しない生徒会員もいて、彼等は保守派でかつ「シウの提案」が気に入らないのだそうだ。

「むやみやたらと邪魔したり反対はしないかわりに、積極的な手伝いも期待できないからね。強硬派のような嫌がらせはしないだろうけど、無視ぐらいはあるだろうから」

「あ、はい。気にしませんし、それぐらい大丈夫ですから」

「うん。シウならそう言うと思ってた。でも、子供の君にばかり我慢させて悪いね」

「本当よ。子供のシウが一番大人なんだから、おかしな話ね」

 プルウィアが普通に会話に参加してきて、ティベリオは少し驚いていたものの、笑顔で頷いた。

「そうだよね。僕も上級生として情けなく思うよ。今回の事でも助力を願っているしね」

 シウにウィンクして、それからプルウィアにも笑いかけた。

「彼の護衛なんだってね。ついでに手伝ってくれると助かるよ。よろしく」

「……よろしく。まあ、どうせ暇だから、手伝ってあげるわ」

 ようするにプルウィアはシウにかこつけて、寮にそのまま帰っても暇だから付いてきたらしかった。寮に友達がほとんどいない彼女にとっては、あまり好んでいたい場所ではないのだろう。生徒会が彼女にとって楽しい場所となれば良いのだが。

 そんなことを考えつつ、文化祭の草案を読ませてもらった。

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