548 襲撃犯と依頼者の正体、夜会の段取り
夜、夕食の前にカスパルに呼ばれ、遊戯室に向かうとルフィノ達が集まっていた。
「尋問の結果、どうやらニーバリ領のギルド支部関係だということが分かったようだね」
あ、やっぱりと、全員が頷いていた。
「警邏隊には握り潰すようにと圧力がかかったようだけれど、朝のうちにヴィクストレム伯爵へちょっと『相談』していたからね、特に問題もなく取り調べが進んだようだ。良かったね」
「……そういうところ、やっぱりカスパルはすごいなあ」
心から褒めたのだが、カスパルは嫌そうな顔をした。
首を傾げると、これぐらい当然のことで、褒められると馬鹿にされたような気になるということだった。
「ま、呑気なシウはほっといて。警邏隊の上の上の上に立つ人がヴィクストレム伯爵で助かったよ。グロッシ子爵にも追及の手を緩めないよう頼んでいるから、今後、詳細は分かってくると思う。案外、呆気なかったものだね」
「えーと、でもどうして昨日の今日でこんなにハッキリ分かったのかな?」
シウが手を挙げると、今度はルフィノが教えてくれた。
「昨夜忍び込んだ諜報員も、依頼者の裏切りや切り捨て行為、契約の無断破棄などを恐れて証拠を取ったそうだ。そうしたことは子飼いでなければ普通に有り得ることだから、まあお互いに疑心暗鬼になりつつ依頼したり請け負ったりするそうだけどね。で、流れの諜報員だと判明したから証拠も持っているだろうと思って、徹底的に痛めつけて白状させたわけさ」
「うわあ」
思わず引いてしまった。
「別件でも調査依頼の話が回ってきたらしくて、興味を持って依頼者の事を徹底的に調べたらしい。その別件は別の、犯罪者ギルドの人間が受けたらしいと言っていたね」
「あ、前に付けられていたから、たぶんそれだと思う。下町の方にねぐらがあるらしくて、直接見に行ってはいないんだけど――」
「当たり前だ! 行っちゃダメだぞ、シウ坊」
「あ、うん」
ルフィノが大声で怒るので、びっくりしてしまった。
「まあまあ、ルフィノ、落ち着いて。シウもそこまで無謀なことはしないよ。って言っても、彼にとっては無謀じゃないのか。人間なんて、魔獣に比べたら大したことないものね」
「カスパル様、そうは仰いますがね、犯罪者ギルドなんて滅茶苦茶な奴ばかりですよ。一流の暗殺者だっているんだ、気を付けてもらわないと」
シウを見て半眼になるので、慌てて頷いた。
「……まあ、俺もシウ坊なら問題ないとは思いますけどね。でも油断大敵です」
「はい」
子供らしく素直に返事をするとルフィノは肩の力を抜いた。
「とにかく、証拠もあって割に早く依頼者を突き止められたみたい。午後には宿を急襲して、関係者を一網打尽にしたとかで、今頃は依頼者の尋問を行っているところだと思う」
「でも、よく素早く実行してくれたね。いくらヴィクストレム伯爵に頼んだって言っても、僕は庶民なのに」
「そこはそれ。ブラード家に忍び込んで悪行に及ぼうとしたと騒ぎ立てたら、ほら、ラトリシア国の面子にかけても調べないといけないから」
「あ。あー、そっか」
カスパルがテーブルに置いた古書を突いて、続けた。
「古代でも現代と変わらず似たようなことは多かったようだよ。こういうの抱き合わせ商法って言うんだって」
うーん、それはちょっと違う気がする。
気になる本の内容は置いておき、シウは話の続きを聞いた。
「じゃあ、僕を狙っていたって話になっても、ブラード家を狙っていたのだという方向にすり替えるんだね?」
「そうだよ。実際、ブラード家に忍び込もうとしたんだ。どこかの横やりも受け入れないよ」
「そうかあ」
「すでにヴィクストレム伯爵からお父上の公爵にも話は行っているそうだし、明日にも知人達を集めて詳細を説明する予定だからね」
「明日?」
そうそう、と頷いて、カスパルは肩を竦めた。
「ぜひ、お邪魔したいと夜会で再三に渡って声を掛けてきていた有力貴族も多いから、この際呼んでしまうことにしたんだ。明日の夜は我が家で小さめの夜会を行うよ」
「わあ」
「警備などはヴィクストレム家が行ってくれるそうだから、僕等がやることは会場の準備などだね」
そう言ってシウを見てにっこり笑う。
「シウの料理にも皆が興味津々だそうだから、お願いできるかな」
シウ絡みなのだし、断る謂れもない。が、本当に良いのだろうか。
「貴族の人に、僕の作った物を出しても良いのかなあ」
「むしろ楽しみにされてると思うよ。なにしろ、ヴィンセント殿下も食べただとか、聖獣ポエニクスが楽しみにしているお菓子、だなんて話がじわじわ広がっているからね」
うへえ、と嫌な顔をしたら、カスパルのみならず遊戯室にいた全員に笑われてしまった。
料理の大半はもちろん料理人達が作るので、間に挟むものや一品だけ別にという形で作ってほしいと言われた。余裕があれば料理人達の手伝いもしてあげてほしいと頼まれたので、もちろん否やはなく了承した。
ちょうど仕事を終えた料理長も遊戯室に来ていたので、彼と、それから休憩の料理人達と一緒になって話し込んでいたら途中で猫の子を引っ張り上げるようにルフィノに吊り上げられてしまった。
「子供はもう寝る時間だ」
「はーい」
料理長も同じく叱られて、2人してとぼとぼと部屋へ戻って行ったのだった。
翌日は授業を終えたら食堂には行かず、急いで屋敷に戻った。
昼ご飯もそこそこに、厨房へ入って用意を始める。
厨房では料理人達が下男も交えて全員が戦場状態だった。早朝から休憩なしでフル稼働しているそうだが、夜会に招く人数がいつもよりも多いため大変なようだ。
シウも早速打合せ通りに手伝いへ入る。
魔法が使えるため処理が早く、ようやく一息つけると皆が安堵していた。
交替で休憩してもらい、シウ専用の厨房部分も使って人数分以上のものを用意していく。普通なら冷めたものも用意されるのだが、今回は魔法袋を多用しているので作る時間を気にせずに、また他所から出張料理人を雇わずに済んだ。
本来なら家政ギルドなどから手伝い人を寄越してもらう内容だ。
「お菓子の家だけは、繊細だから別に作ってもらう。お前はそろそろ時間だ、そっちへ行け」
「はい!!」
料理長に命じられて、最近パティシエ専門となりつつあったリランが気を引き締めて答えていた。
本当に戦場のような忙しさで、あちこちから怒声のような掛け声がひっきりなしに飛んでいる。そのため、隣りの賄い室にいたフェレスが時々びっくりしていた。
ちょくちょく覗いてはいるが、リュカとソロルも面倒を見てくれているため、クロもブランカも落ち着いているようだった。クロは元々幼獣とは思えないほど落ち着いていてしっかりしているが、ブランカも遊び相手が多いと寂しくないようだ。
その間にシウも各料理人達の手伝いと称して魔法を使ったり、圧力鍋をフル稼働させて頑張った。
「シウ様! こっち、急速冷凍お願いします!」
「はーい」
「お菓子の家の味見お願いします!」
「料理長、これ、味付けはどっちにしますかっ!」
「シウの方でいけ」
「えっ、それだと奇を衒いすぎじゃないの?」
「シウ坊よ、その方が印象に残るから良いんだ。しかも今回は前後にラトリシア風のメインが来る」
「あー」
「味を変えるのも一興だ」
成る程と頷いて、味付けに賛同したり。
昨夜のうちに大体の流れは把握していたものの、途中で幾度も変更修正があって、夕方まで気の抜けない時間を過ごした。
あとは仕上げとメインを残すばかりとなって、シウは早めに離脱した。
シウも夜会には参加しなければならないので着替えなどが必要なのだ。
当然、お客様をお迎えするという立場にもならないといけない。
メイド達も廊下を走り回る勢いで急いで準備をしていた。シウがお邪魔する貴族の家でも、裏ではこうなっているのかなと、場違いなことを考えながらフェレス達も綺麗におめかしして正門玄関前まで向かった。
カスパルは待機室でゆったり座って本を読んでいたけれど、メイド達はそわそわとしていた。
「どうしたの?」
小規模だけど晩餐会やお茶会程度なら今までも開いているのだ。だからよっぽどシウより慣れていると思ったのだが、彼女達いわく。
「ヴィクストレム公もいらっしゃると聞いて、舞い上がっているのです」
「ふうん」
「もう、シウ様ったら! 本国でも公爵家の方をお招きするなんてありえないことですのよ。ましてやラトリシアの有力貴族様をお迎えするんですから、緊張します」
「あー、僕が王城へ行くのが嫌な理由、分かってくれた?」
前に、王宮へ遊びに行くなんて素敵、と冗談めかして笑われたことがあったので、やり返してみた。
すると、皆、目を逸らしつつ溜息を漏らしていた。
「本当に。実際に自分が有り得ない場所に立っていると、おかしな気持ちになりますね」
「でも、シウ様なら慣れてらっしゃるでしょう。今も誰より落ち着いてらっしゃいますもの」
「そうですよ! カスパル様の落ち着き具合はいつものことですけれど、シウ様はまた別の意味で気にしていなさそうです」
貴族そのものに対する緊張感がないからだが、そのへんの違いを説明しづらくてシウは曖昧に笑った。
それにしても彼女達も言っているが、一番落ち着いていつも通りなのはカスパルだけだった。彼は相変わらずのんびりと古書を楽しそうに読んでいるのだから。
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