549 お食事会




 最初にやってきたのは、ヴィクストレム伯爵だった。娘のアマリアも共にやってきて、一気に華やいだ雰囲気となった。

 カスパルは如才なく挨拶をして、親しい人を招く客間へと通していた。厳重な警備を施してくれたことへの感謝の言葉も忘れていない。

 実際に貴族としての応対を目の当たりにすると、本当にカスパルも貴族なのだなあと実感した。

 次に来たのはファビアンで、少し遅れてティベリオが父親の名代としてやってきた。

「本当は父上が来たかったらしいのだけれど、急なことでどうしても外せなくて残念がっていたよ」

「とんでもない。ティベリオ様に来ていただいてわたしも嬉しいです」

「今度ぜひ、ゆっくりと話がしたいと言っていたからね。社交辞令ではないよ。次の夜会にはぜひ来てくれ」

 生徒同士ということでカスパルと親しく会話をして部屋に案内されていく。出迎えの列にいるシウにも声を掛けてくれたが、後がつかえていることもあって本当にただの挨拶で終わった。

 その後も次々と客人がやって来たけれど、カスパルは上手に挨拶して捌いていた。

 話し込もうとする非常識な人も中にはいたけれど、さりげなく誘導したりと、普段の彼からは想像もつかないホストっぷりだ。

 招いた客人の中にはアグレル伯爵もいた。ジーウェンの父親だ。領地は持っていないが、王都では貴族院の中でも重要な地位にいるそうで、ヴィクストレム公の関係から来たらしかった。

 ヴィクストレム伯爵とも親しいらしく、晩餐会が開かれる大広間へ向かう間にかち合って楽しげに団欒していた。


 晩餐会が始まると、皆が興味津々に食事を楽しんでいた。

 元々、ブラード家はシュタイバーン料理を中心に客人へ提供していたが、ラトリシア風のものを創意工夫するなど新しい形を提案もしていた。

 ましてやシウが変わった食材、高級な食材を持ってきては提供するので、その都度に訪れた客人の噂となっていたようだ。

「おお、これがあの噂の角牛肉ですか」

 王都内の警備を一手に任されている警備部の長ペドロ=ロンバルディ子爵が喜びもあらわに周囲へ話しかける。彼は警邏隊をまとめる上司に当たるので、この場にいるようだ。ヴィクストレム伯爵と繋がりがあり、職務上の部下にもなる。

 ヴィクストレム伯爵は王都内の警備の草案などをまとめる文官側の人間で、貴族院でも「仕事をする」珍しい人らしい。

「ねっとりとして濃い味付けのように思うのだが、肉の臭みなどが全くなくさっぱりと食べられるね。これはいくらでも入りそうだ」

 ステーキにして味付けはニンニク醤油なので、慣れない人には辛みを感じるかもしれないが、その前に鮭のクリームソース煮を出していたので、こうなった。

 シンプルに塩コショウも良いのだが、ラトリシア人はシンプルさが理解できない人も多い。塩コショウだけだと、手抜きされたと思う場合もあるそうだ。

「おや、次は、これは」

 料理長が考案した、川蟹のソテーだ。角牛の乳を使ったあっさり味のソースを使うが、スパイスを利かせていて美味しい。

「ラトリシアにはない味だが、この時期の川蟹をこんな風に食べるとは……」

「美味しいものだ。それにソースがしつこくないのにちゃんと味がある」

「それは角牛の乳から作ったのですよ」

 カスパルが説明すると、これがあの! と声を上げていた。

 その後も海老のフライなど、ブラード家では普通の、しかしラトリシアではまだ無名の料理を出していく。

 普通のコース料理と違って各皿の量が少ない理由を、招待客達はこのあたりで気付いたようだった。


 お腹が膨れないよう、次々とサーブしたせいもあって普段より皿数は倍以上と多かったにも関わらず時間通りに食事が終了した。

「さて、皆様、この後スモーキングルームあるいは遊戯室へご案内したいのですが、その前によろしければ当家のデザートをご賞味ください」

 口直しのアイスも出ていたが、てっきりそれで終わりなのだと思っていた客人達はパッと喜色満面になった。

 そして、例のお菓子の家が出てきた。

「素晴らしい!」

 叫んだのはちょっと声の大きなヴァイノ=コラヴォルペ子爵だ。彼は司法省の中の特殊事案部というところに所属しており、法関係に詳しい。貴家対策部ではなく特殊事案部という名なのは、他国の貴族が関係している難しい部署だからだ。テオドロもここにいたことがあり、ヴァイノは後輩にあたる。

「なんと繊細で美しいのか。これが、お菓子などとは」

 おお、と震える手で大袈裟に喜ぶ。

 シウとしては些か過ぎる態度のように思うのだが、意外と他の貴族達もはしゃいでいるのでこれが彼等なりの表現方法なのだろうか。

 前々から不思議だったのだが、もしかして貴族はこうあるべきというマニュアルがあってそれに沿っているかもしれなかった。

 シウは過去に出会った人達を思い出して、心の中で謝った。まるで喜劇役者だと思っていたのだが、失礼だった。

 とはいえ、やっぱり目の前の人達の様子を見ているには、訓練が必要な気がした。

「シウ、笑い過ぎだよ」

「えっ」

 小声でカスパルにも注意されてしまった。

「目が笑ってるし、口元がひくひくしてるよ。我慢しなさい」

「はい……」

「まあ、僕もこういう大袈裟なのを、一般人と一緒になって見ているとおかしいなとは思うんだけどね」

「だよね!」

「声が大きい」

「はい……」

 自己表現方法のひとつとして、これぐらい大袈裟にしないと相手に伝わらないのだろう。

「勿体無い、これを壊して食べるなんて!」

「そうですな。芸術的な美しさだ」

 わいわいと取り囲んで話す彼等に、カスパルがシウから離れて近付いた。

「永久不変なものなどないのです。この儚く美しいものを、手折ることこそ料理人の望みであり誉れなのです。どうぞ、ご賞味ください」

「カスパル殿は、お若いのに素晴らしいことを仰る。まるで一編の詩のようだね」

 とんでもないことですと、笑みを顔に張り付けて話すカスパルを遠目に、シウは小さな溜息を洩らした。

 あれは真似できないなあと。


 その後、お菓子が全員に行き渡ってから、それを食べさせるためにも次のデザートが運び込まれた。

 ヴィンセントに食べさせたブランデーを利かせたチョコレートケーキなど、こってりしたものから、角牛乳で作ったあっさりチーズスフレケーキなどだ。

 招待客達はとても喜んで、ほぼ全部を制覇していたようだった。


 成人男性達の大半がスモーキングルームに行ったけれど、シウとファビアン、アマリアなどは遊戯室へ向かった。

「いやあ、美味しかったよ。カスパルが羨ましいね」

「本当に驚きましたわ。夏にシウ殿のお料理をいただきましたけれど、幾つもご存知なのですね」

「食べることが好きなので。ブラード家の料理人達もみんな新しいことに挑戦するのが好きだから、よく一緒になってレシピを考えるんだよ」

 そんな話をしながら、遊戯室に到着すると、ソロル達がフェレスを連れてきてくれた。

「みゃぁっ!」

 昼から相手をしてあげていなかったので、ブランカが拗ねているのか抗議の声で鳴いていた。さすがのクロも寂しかったらしく、まだ飛べないのに羽をバタバタさせてシウの肩を見ていた。そこまで飛びたいと思っているらしい。

 フェレスの上にいた二頭をそれぞれ引き取ると、フェレス自身も甘えてか体を擦り付けてくる。

「まあ、寂しかったのね」

「今日は準備で忙しくて、ソロルやリュカに面倒を任せきりだったから。二人ともありがとうね」

「ううん。あの、失礼します」

 首を横に振って、それから二人とも習った礼儀作法で部屋から立ち去った。

「気を遣わせてしまったね。一緒にいてくれても良かったのだが」

「ありがと、ファビアン。でも今は礼儀作法の勉強中だから、これで良いんだと思う」

「そうか。しかし、ブラード家は使用人も感じの良い人間ばかりだな」

「そうですわね。わたくしも、待っている間とても過ごしやすく、これほど緊張しない晩餐会はございませんでしたわ」

「そんな風に言ってもらえると、みんなも喜ぶと思うよ。ありがとう」

 ソファに座ると、早速スサ達が飲み物などを用意してくれた。

 盤上遊戯などもあったが、ファビアン達とはほとんど話をして過ごした。

 ソファに座っていると、フェレスが床でべったり張り付いて離れないし、ブランカもそろそろ寝ても良い頃合いなのにウロチョロと動いてゲームどころではなかったからだ。

 途中、スモーキングルームから大人組が来て珍しい騎獣の幼獣を見ては目を細めていたけれど、さすがに抱っこしたいと我儘を言う人はいなかった。



 夜も更けて、クロがうつらうつらし始め、ブランカが完全に伸びたところで客人達が帰って行った。

 本当ならダンスも行われて良かったのだが、結局食事以外は話だけで終わってしまった。

 それでも皆、満足した様子なのは話が有意義であったことや、食事の美味しさ、そしてお土産と称して渡されたお菓子のおかげもあったようだ。

 最後の一人を見送った時にはフェレスまで大欠伸の最中で、ちょっと可哀想になってしまった。

「さあ、本格的な後片付けは明日で良いから、皆、今日はもうサッと片付けて休もう。お疲れ様だったね」

 カスパルが皆を労って、それから若い人を優先的に早めに寝させるよう指示していた。その中には当然、シウも入っていて「手伝ってもらっておいてなんだけど、君も早くね」と言われたのだった。

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