550 貴族の生態、ギルドの方針、ぽっかり




 木の日になり、朝から使用人達が総出で片付けている中、シウはカスパルに呼ばれて昨夜の話を聞いていた。

「司法省のヴァイノ殿からは、上手く取り計らってもらう約束をしたから、もう問題はないよ」

 ふああと眠そうな顔で欠伸をしながら、カスパルは古書を膝に置いていた。

 普段から夜遅くまで起きているカスパルだから昨夜の晩餐会で疲れたということはないだろう。絶対に古書を読み耽っていたせいで寝不足なのだ。なにしろ、しおりが終盤部分に挟まれているし、膝の上から本を離さない。これは絶対に続きが読みたいに違いないと、シウは思った。

「貴族からの警備部への圧力も上手く躱せたようだし、ヴィクストレム伯も相手側へ牽制の一手を放っているようだ。このあたりはヴァイノ殿と協力し合うらしいよ」

「そうなんだ。良かった」

 今のところ分かっているのは、ニーバリ領の貴族がギルド職員へ話を持ちかけ、冒険者仕様の飛行板をどうにかして手に入れることを企んだ、ということぐらいだ。

 シウと本部ギルドの契約を無視し、裏ルートで手に入れたとしても、ギルドで作られた規則が邪魔となる。利権を手元に置くためにもシウを誘拐することが一番の策だと思ったらしい。

 その為の準備をしている最中で、まだ誘拐の段階にもなっていない時に彼等は一網打尽となった。

「職員の何人かは貴族の子息だったり、庶子やら傍系やらで面倒くさいことこの上ないらしいけどね」

「ヴァイノ殿が言ったの?」

「ヴィクストレム伯や、テオドロ殿などから聞いた話だよ。愚痴をこぼしていたそうだけど、昨夜の晩餐会でコロッと機嫌を良くしたみたいだね」

「え、なんで」

「噂の角牛肉が食べられたし、角牛乳、ヴィンセント殿下や聖獣ポエニクスが食した菓子が出てきては、機嫌も良くなるだろうね」

「……意外と現金なんだね」

「というよりも貴族らしいんだよ。これで彼は次の夜会から、噂話の中心になれる。あの殿下と同じものを食べたのだと言う自慢ができる、というわけさ」

「ははあ。成る程」

「でもまあ、彼が懐柔できたなら後は簡単だよ。テオドロ殿の後輩でもあるし、ギルド側はテオドロ殿が担当してくださるそうだからヴァイノ殿もやりやすいだろう」

「テオドロさんにはいろいろご迷惑おかけしてるよね。こういうのって、どれぐらい包めば良いんだろう?」

 相談したら、カスパルはゆるく首を振った。

「なんでもキリク様が手配してくださっているから、不要だそうだよ。テオドロ殿も特に金銭には困っていないようだから慈善事業のつもりだとも仰っていたし。ただ、折に触れ、食材などの珍しいものを届けたら良いのじゃないかな」

「そうなの?」

 それぐらいなら、割と頻繁に送っている。

「奥方殿が喜んでいるそうだから、良いんじゃないかな。むしろ返す方が大変だと笑ってらっしゃったよ」

「そうなんだ」

「法律家としては楽しいそうだし、シウは子供で貴族でもないのだからそこまで気にしなくても良いよ。ただ、そうだね、今後君が爵位を賜るということがないとも限らないから、相場などややりとりの方法についてはロランドに教えてもらうと良いよ」

 シウが、爵位を賜るという部分で顔を顰めたので、カスパルは笑いながら最後まで話し通した。


 その後、シウも一緒になって屋敷の片付けなどを手伝い、午前中のうちにあれやこれやを終わらせた。



 午後は冒険者ギルドへ顔を出して、今回の騒ぎの決着について聞いてみた。

 タウロスなどは鼻息荒く、ギルドへ入った途端にシウは捕まって、彼から愚痴のようなものを零されてしまった。

「同じギルド職員として有り得ん奴等だ!」

 それを新人のクラルや若手のルランドなどが宥めつつ、本部長の手が空くのを待った。


 本部長のアドラルは今回のことで司法省に呼び出されたりと、忙しかったようだ。

 疲れた顔で戻ってきたので思わず、ポーションを手渡していた。

「ありがとう、シウ。君の優しさが身に沁みるよ」

 ふうと溜息を吐いてソファに深く座る。その姿にタウロスも憐れに思ったのか、先程までの興奮を治めていた。

「後で本部職員にも発表するが、ギルドとしての処分が決まった。今回の件に加わった実行犯の職員は永久追放、職員名簿からも履歴を消去する。司法省は彼等を奴隷落ちとすることにした。一番厳しい鉱山送りだ」

「そこまでするの?」

 シウはびっくりして身を乗り出してしまった。

「……本当なら、同じ奴隷落ちでも王都での苦役に据えて良かったのだが、圧力を掛けてきた貴族のこともあってね。万が一、奴隷解放を言い出されたら野放しになってしまう。王都内の奴隷ならば引き取ることも可能だからね、裏の手を使うことになるが、有り得るんだよ」

「そうなんだ」

「鉱山送りは逃亡防止などの禁則用首輪を付けられるから、問題ないだろう」

 頭が痛むのか、アドラルはポーションを飲んだのにこめかみをぐりぐり押していた。

「そもそも、ギルドの職員が裏の者を使って貴族家へ忍び込もうとしたことは、普通の犯罪と違ってもっと罪が重い。ましてや他国の貴族家だ。国としても、憂慮しているから余計にね」

「国として?」

「そうだ。ブラード家自体は伯爵位かもしれないが、ラトリシア国で一二を争うヴィクストレム公の孫娘と、シュタイバーン国の大物貴族オスカリウス辺境伯の婚約を取りもった、いわば今をときめく貴族でもある。仲人家となるブラード家に侵入を許していたら、どのようなことになっていたか。司法省でも上の人間ほど震え上がっているそうだよ」

「カスパルも似たようなこと言ってたけど、のほほんと説明してくれたからそこまでとは思わなかったなあ」

 シウが話すと、アドラルは肩を竦めていた。

「建前はそこまでで、正直なところはシウ、君に手を出されるのを恐れてもいるんだ」

「僕ですか」

「いくら婚約して子供が出来る未来が見えたとはいえ、君はオスカリウス辺境伯が養い子にと望んだ将来有望株だろう? シーカー魔法学院でも結果を出しているそうじゃないか。学院側からも幾つか事案が上がっているらしくてね。とにかく穏便に済ませたいのが国としての総意だろう。実際、王子から詳細な話を報告するよう指示が出されているそうだ。とにかく、冒険者ギルドとしても今回の件はしっかり対処しなければならない」

「……結局あれですね、僕が面倒事を持ちこんでいるんですよね」

 しょんぼりしたら、慌ててアドラルのみならずタウロスも否定し始めた。

「いや、飛行板は画期的なものだ。あれは絶対にあった方が良かった」

「そもそも貴族のバカ息子職員が悪いんだ! お前は悪くねえぞ!」

 それから、シウの肩を両手で持って、言い聞かせるようにアドラルが告げた。

「面倒事だなんて言わないでくれたまえ。こちらが全面的に悪いのだ」

 研修会のことも今週末から段取りを変えたので、今はとにかく気にせず、以前と同じようにのんびりしてくれと言われてしまった。

 逆に気を遣わせてしまって、シウは頭を下げて謝った。



 その日は何もする気が起きず、屋敷に戻るとフェレス達と一緒に目一杯遊ぶことにした。フェレスが遊ぶにはブラード家の裏庭は狭いけれど、縦に空間を使って訓練がてら動かしてみた。

 周囲に色付きの結界を張ることも忘れていないが、近所の人はもはやシウが何をしていようとも「ああ、魔法学校の子ね」としか思っていないようだった。

「フェレス、方向転換が遅いよ」

「にゃっ!」

 むっとして、負けん気の固まりで飛び跳ねている。空間壁を交互に、変則的な状態で浮かせているのだが、その間をすり抜けたり足場にして急旋回をして追いかけっこをしていた。森に見立てた状態だけれど、いつもは横に逃げられるが庭では縦にしか動けない。

 狭いので、ようやく見つけた空間壁の穴を滑り落ちるように降りていったりと、忙しない動きを練習していた。

 シウも飛行板を使って狭い場所をすり抜ける訓練だ。

 時折、地面に降りてはクロとブランカの遊びにも付き合った。

 クロはマイペースで、ひたすら小枝を集めては組み上げる作業に没頭していたけれど、ブランカは小さな虫を見付けて飛びつき、狩りの練習をしていた。まだ細かい動作が苦手で、フェレスの時と比べても彼女はどうも大雑把な性格のように見える。

 同じ時期に生まれたが2頭の性格はまるで正反対だった。


 夕方にはリュカも交じって、遊びに没頭した。



 夜は皆、早めに休むことにした。昨夜の疲れを取るためだ。

 使用人達も交互で休みがあるとはいえ、昨夜は総出だったので疲れただろう。カスパルが命令して早寝となった。

 遊戯室も使用厳禁となり、シウもいつもよりずっと早い時間にベッドの住人だ。

 フェレス達は昼間遊び過ぎたからか、大欠伸で眠りに就いていた。

 屋敷もシンとしてしまい、まるで世界に自分ひとりのような気がしてしまう。

 ベッドから半身を起こして、ぼんやりと窓の外を眺めた。

 ふと、前世のことを思い出す。

 入院していた頃はよく、やることもなくて窓の外を眺めたものだ。昼間はテレビを見たり本を読んでいたけれど、夜中目が覚めると何もできずにぼんやりしたものだった。

 そして、夜というのは、なんだか妙に心細い。

 特に空虚だった前世の自分には、あの時間が何とも言えず孤独だった。

 今も誰の気配も感じられないけれど、手を伸ばせば体温があって、一定のリズムで動く柔らかな存在がある。

 だからか、同じ寂しさでも、感じ方が全然違っていた。

 虚ろだった心の中に温かいものが詰まっている感じ。相手をしてもらえないから寂しいけれど、明日になればまた「にゃあ」と鳴いてくれる。それは「きゅぃ」だったり「みゃぁ」だったりもして、幸せなことだ。


 こんな夜も、案外いいものだなと、シウは窓の外を眺めながら考えた。

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