376 馬鹿の連発とクレールの復活
さすがに結界を張られると怒りが少し治まったようだ。
シルトは怪訝そうにシウを振り返った。
その間に結界に色を付けて、周囲から見えなくした。防音も施したので外で騒ぐクライゼンの言葉も聞こえてこない。
レイナルドは怒るフリを止めてつまらなさそうにあさっての方向へ向くし、シウは溜息を吐いた。
「先生、どうせ生徒達に、仲間内での揉め事対策になると思って、調子に乗ったでしょう?」
「調子に乗るとはひどい言い草だな」
「先生みたいな戦士タイプの人のやることって、大体こうだもん」
脳筋というのか、拳と拳を付き合わせて解決するパターン。
「クラリーサさんが、可哀想に必死になって止めてって頼んできましたよ」
「おお、あいつ能力が上がったな!」
「他のみんなも室内が壊れないように、魔法の発動を準備してましたし、一応目論みは叶いましたねー」
「お前が止めたけどな!」
「だって」
言いながらシルトを見た。まだ怒りは完全に消えていないシルトが怪訝そうにシウとレイナルドを睨んでいた。
「この人、さっきの詠唱を溜めたまま、先生に撃つ気だったし」
「俺は避けられるぞ?」
「でしょうとも。でも体育館に施した結界は壊れるんじゃないですか。教務課から怒られますよ」
「こいつに弁償させたら良いじゃねーか。丁度良い勉強代になるだろ」
「あのねえ」
「おい! 何をごちゃごちゃ言ってるんだ!!」
「お前の話だよ」
「あなたの話です」
ハモってしまった。思わず顔を見合わせて笑ってしまう。
そのことが余計に彼を怒らせたようだ。シルトはイライラとした様子で、シウを見た。
「いきなり入り込んで、邪魔する気か!」
「恩人に、えらい喧嘩腰だな。お前は心底バカか。能力だけでシーカーに来た、アホウだな」
レイナルドが呆れた口調でシルトに話しかける。その声にはもう挑発の色は見られなかった。ただ「先生」として諭しているのだ。
「恩人だと? 何をだ。大体俺をバカだとかアホウだとか、お前こそ」
「お前はアホウだよ。ここにいる、お前がさっきからバカにしていたシウよりもずっと遥かにな。ちょっと能力があるからって偉そうにしやがって。ちやほやされてきたんだろうが、そんなもので、一族を率いてくってんじゃ、その一族が可哀想だぜ」
やはり獣人族のお偉いさんだったようだ。族長の息子か何かだろう。レイナルドもきちんと生徒の事前調査書を見ているのかと思うと、不思議な気がした。いや、決して彼をバカにするわけではないのだが。
「貴様、俺を愚弄するのもいい加減にしろ、でないと――」
「でないとなんだ? 教師を殺すか? 気に入らないことを言われたから、相手をのしましたって、父親に言えるのか。とんだ族長候補だな。父親も先が思いやられるだろうよ」
言葉は挑発しているのだが、実は口調はとても柔らかかった。生徒を心配しているのだというのが伝わってくる。少なくとも、シウにはそう感じ取れた。
「俺は、一族でも能力が高い。一族の誉れだと父にも言われたのだ。お前が思うようなことはない」
「レベルが高いだけだろ?」
はん、と今度は馬鹿にした。これは本気らしい。
2人を観察していると、レイナルドがシウを見た。
「こいつ、魔力量が20しかないんだぜ。知らないだろ?」
「は? たった20? そんなくそみたいなレベルで、よくシーカーへ入れたな」
「そうだ。たったそれだけの魔力量でこいつはシーカーへ入学できた。そして必須科目を全て飛び級している。他の専門科でもすでに修了しているものもあるんだ」
「嘘を言うな、そんなわけ――」
「お前、こいつが戦術戦士科で、なんで1人だけ俺の指導を仰いでないと思ってたんだ? それぐらい分かんないのか?」
「……どういう、意味だ」
「強いってことじゃないか。俺が見るまでもなく、な」
それは言い過ぎだと思ったが、ここはレイナルドの説教タイムだろうから黙っておく。
「ものすごく頭が良いからこそ効率よく魔法を使い、効率よく動ける。魔力量が少ないからこその努力が、そのすべてに行き渡っているんだよ」
「だが、所詮は20だ。それにこんな小さい子が、強いわけないだろう」
「強いんだなあ。そういう風に訓練してきて、努力してきて、それでもまだ驕らない。お前とは正反対だ」
「……っ、それほど、強いのなら、俺と勝負しろ」
「出た」
思わず口を挟んでしまった。慌てて口を押さえたが、2人とも気にしていないようだ。
「お前と勝負するメリットが、シウにはないだろうが。あ? お前は馬鹿か。本当に馬鹿だな!」
馬鹿のオンパレードで頭が痛くなってきた。
「まあでも、お前もシウの強さを知らないのなら気になるだろう。よし、じゃあ特別に次の授業で組手をさせてやってもいい。その代わり、それまでの間は静かにしていろ。ずっと見学だ。いいか」
「……分かった」
レイナルドに良いようにされていることに気付いているのかいないのか。とにかくもようやく怒りが収まって落ち着いたようだ。
まあ、大抵瞬間湯沸かし器のように怒り出す場合、その怒りというのは長く持続しないものなのだ。人によってまちまちだが、せいぜい長くて5分といったところ。
恨みつらみでない限り、怒りを継続させるのは難しいのだった。レイナルドはそのへんを分かって、生徒をうまく誘導しているのだろう。伊達にシーカーの教師はやっていないのだ。
「じゃあ、結界を解除しますよー」
「おう。便利だな、これ」
「今度、魔道具をプレゼントします」
「やった!」
子供のように喜ぶので、つい、付け加えた。
「ちなみに特別価格で金貨1枚で良いです。あ、ロカ金貨でお願いします」
「嘘だろ!?」
「デリタ金貨でも」
「シウ~」
「冗談です」
結界を解除すると生徒達が集まってきた。
クライゼン達もいち早く主の所へ駆け寄るが、シルトが怒っていないのを不思議に思っているようだった。おそるおそる質問したりしていた。他の誰にも聞こえないだろうが、シウにだけは聞こえる。
もっとも、盗み聞きはよろしくない。適当に切り上げて授業に戻った。
昼休み、エドガールは午前中の授業についてディーノに話して聞かせていた。
「どこにでもいるよねえ、そういう人」
クレールも頷いた。大分様子が良くなってきたようで、げっそりした顔ながらも笑みが浮かんでいる。ずっとディーノや、他の同郷人達が傍にいるせいか落ち着いて来たようだ。なるべくラトリシアの貴族が近付かないよう、気を遣っているらしい。
「そういう、戦うのが全てって人、僕は苦手だなあ」
「ディーノは苦手だろうね」
「シウは苦手じゃないのか?」
「僕、冒険者だよ?」
そう言うと、その場の全員から「おおーっ」という声が上がった。
「そういえばそうだったね。そっか、冒険者って腕っぷしが強いから、思考もそっちよりになるのか」
「大抵は優しくて良い人が多いけどね。レベルの高い人ほど、人格者が多いよ」
「……それはあれだね、つまり」
「レベルの低い人ほど鼻持ちならないってことかあ」
人数に占める割合の問題で、必ずしもそうではないし、人格者ほど慕われることからパーティーが強くなり結果的に生き残るわけだが、このあたりを説明しだすと長くなるのでシウは黙って聞いていた。話もすぐ変遷していったので口を挟めなかったのもある。
少年達はシウが取り出すエビフライに釘付けだったのだ。
そのエビフライだが、クレールにはまだ脂っこいものは早いかなと心配になったが、本人が食べたそうにしていたので少しずつねと言って、渡した。
美味しいと全部食べ、食欲も戻ってきているようだから安堵した。
「さて、食後の飲み物はわたしが奢るからね」
「あ、いや、わたしが」
クレールが手を挙げたが、エドガールが笑って制した。
「順番だよ。今日はわたしの番です」
エドガールの従者がすぐさま用意しに向かうと、クレールは柔らかい目でエドガールを見た。そして、ディーノやシウを。
「みんな、ありがとう」
「なんだよ、急に。君らしくない」
ディーノが笑って肩を叩くと、クレールは小さな笑みでテーブルに視線を落とした。
「こんなに穏やかに、楽しくご飯が食べられるようになるなんて、久しぶりだと思って」
「……そうか」
「演習事件の時のことを思い出したよ。はぐれて僕等だけ取り残されて、狭い岩場の砦で待っている間のこと」
「ああ、あの時の、ね」
「シウが心配して見に来てくれただろ? しかも、僕達はろくな相手じゃなかったろうに、また来てくれて。食べ物まで分けてくれた。あの時の嬉しさとか、美味しさを思い出したんだ」
どうして忘れてたんだろう、とポツリと呟いた。
「あの経験があるんだから、これぐらいのことで参ってちゃダメだったのにね。すっかり忘れていたよ」
「……貴族社会は良くも悪くも、スタンピード状態だものな」
ディーノの言葉に、クレールが笑った。
「ははっ、上手いこと言うな。やっぱりディーノだ。懐かしいよ」
その目には、光が戻ってきていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます