377 薬草採取と護衛、アイドル猫ふたたび




 土の日になり、休みとなったのでシウは冒険者ギルドへ久々に顔を出した。

 受付で声を掛けてタウロスの居場所を聞くと、訓練場にいるというので裏手に回る。

 すると、飛行板を使って訓練する冒険者達に混じってタウロスも飛んでいた。

「おー、すごい」

「お! シウか、久しぶりだな!」

「うん。光の日には戻ってたんだけど、忙しくて。タウロス、今、いいかな?」

「おう、もしかして、例のアレか?」

 目をキラキラさせている。待ち切れないような、嬉しそうな笑顔に笑ってしまった。

「どこか、別室に移動していい? ここだと人目があるから」

「もちろんだ!」

「あ、おい、タウロス! 先生役がどこ行くんだ」

「野暮用だ。勝手にやってろ!」

 えー、と冒険者達が文句を言っているのに、タウロスは意気揚々と歩いて行った。

 子供のようだが、それだけ嬉しいのだろう。


 タウロスに頼まれていた魔法袋を渡すと、それはもう興奮して心底喜んでくれた。

「すごい! 見た目も格好良いし、革の質も最高じゃないか! これが、これが」

 感動してしまって、終いには頬ずりし始めたので慌てて止めた。

「じゃあ、使用者権限を付けるからね。他にこれを使う人はいる? いるなら後から追加もできるけど」

「そうだなあ、俺に何かあった時、嫁に遺したいからなあ」

「じゃあ、悪いんだけど、本人がいないと付与できないから、どこかで会いたいんだけど構わない?」

 言いながら、タウロスの手を取って、鞄の上に置いた。その場で使用者権限を付けてしまう。

「はい、終わり」

「……えっ? もう終わったのか? え? ……そうか、無詠唱だったな、いや、それにしてもすごいな」

「慣れたからね。手伝いでずっとやってたから」

「その作り手と相性が良いんだな」

「そうだね」

 その後、タウロスの奥さんが実は冒険者だったと知って驚いたりしたものの、無事引き渡しが終了した。奥さんは話半分だったそうで、たったあれだけのお金で買えるなんてと驚いていた。それなら自分も欲しかったと言っていたが、一応、購入するには審査があるのだと教えたら「じゃああたしは無理ね!」と答えていた。

 どうも、酒癖が悪いらしくて物を失くすことが多いそうだ。そういう意味の審査ではなかったのだが、まあいいかと言葉は濁した。



 それから、混み始めたギルド内を移動して掲示板から薬草採取の依頼を取り、受付で依頼を確認してもらった。

「あら、シウ君。実はあなたに指名依頼が入っているの」

「指名ですか?」

「薬草師達が、特殊な薬草の採取に行きたいそうなのだけど、できれば護衛にあなたをお願いしたいと相談に来ていてね。さっき出されたばかりだから――」

「まだいるの?」

「ええ、ちょっと待って」

 そう言うと通信魔道具を使って誰かと連絡をしている。ほどなくして、クラルが薬草師の1人を連れてきた。

「やあ、シウ殿! 実は君にお願いしたくてね」

「代表で依頼書を提出しに来てくれたところで、今、詳しい場所を聞いたりしていたんだ」

 クラルが説明する。場所を聞くと、もしかしたら今日のうちにできるかもしれないと思って、シウは提案してみた。

「良かったら今日、行きましょうか? 別件で依頼を受けたので、ついでで悪いんだけど」

「や、そうかい! 実は僕等も早く取りに行きたかったから、嬉しいよ! ぜひお願いしたい」

 交渉が成立したので、彼はすぐさま馬車の用意と仲間を連れてくると言って出て行った。

「戻ってきてるなら今日あたり来てくれるかもとは言ってたんだけど、本当に運が良かったみたい」

「だったらいいんだけど、ついで扱いしたから」

「それぐらいは全然構わないよ。ねえ、カナリアさん」

「ええ。特に薬草関係なら、全くないわね。えーと、それじゃあ、新しく指名依頼の書類を作ってしまうわね」

「はい」

 さすが、慣れているだけあってカナリアは素早く書類を用意してくれた。彼女がクラルから必要事項を聞いて、シウが受けることを記載したところで薬草師が戻ってきた。

 はぁはぁ言いながら、窓口に来て、依頼書を確認するとにっこり笑う。

「あー、助かります! では、行きましょう!」

 シウはクラル達に会釈して、ギルドを後にした。


 顔馴染みの薬草師達と、以前も行ったことのある、王都から3つ目に遠い森へ到着した。

 そろそろ雪が解け始めているので道路はぬかるんでいたが、雪に慣れている彼等は特に問題にもせず森の入り口に馬車を置いた。

 馬に、魔獣避けの薬玉を付けようとするので、シウは結界を張ろうと提案した。

 薬玉は獣にとってもあまり好ましいものではなく、馬もなんとなく程度だが苦手なようだ。薬玉は魔獣避け煙草よりもはるかに煙が多いので、煙たいのも問題があるのだろう。

「助かるよ。そうか、そうした魔道具を使うのも手だね」

「少々お高いのが問題なんだけど」

「あ、でも、これは繰り返し使えるタイプだから、元は取れるかも」

「おお、そうなのかい?」

 などと話しつつ、森へ入っていく。

 皆、自分達の欲しい薬草を見付けては採っていくが、全然辺りを気にしていない。護衛付きとはいえ呑気なものだが、一応は魔獣避けの薬玉を腰に下げるか、煙草を吸っている。

 煙草というと語弊があるが、さほど煙たくはない。ルシエラでもシウの考えた魔獣避け煙草を元にしたものが使われているようだったが、当初予定していた「子供が使っても大丈夫」というのからは大きく外れていた。普通に大人が、使っているのだ。そもそも「普通」は、子供は森へ入らないのだった。

「あ、黒茸があるぞ!」

「こんな時期に採れるのか? 違う種類じゃないのか」

 大騒ぎで採取している横で、シウも依頼のあったものを採った。

 周囲には魔獣の影もなく、のんびりとしたものだ。

「そういえば、前に君から教えてもらったレンコン、あれはいいね」

「食べました?」

「美味しいし、効能もあるからね。薬草ほど劇的ではないけれど、食事に取り入れることで徐々に効果が表れるのも良いことだ。ゆっくり症状を改善させたい時もあるからね」

「そうですね。あれは胃にも優しいし、胃腸関係の下血なんかにも効果があるからちょうど良いでしょうね」

「おお、下血にも良いのか。それは良いことを聞いた。もう一度鑑定し直してみよう」

 それからも、お互いの薬草の情報を交換しながら森の奥へと向かった。

 貴重で珍しいものもあり、シウもお言葉に甘えて採取させてもらった。自分用にだ。

 半日以上、森で過ごしたがその間に魔獣は1匹も現れなかった。

「冒険者が戻ってきて、定期的に見回るからね。雪崩事件の時は本当に大変だったけれど、普段はこれぐらいなんだよ」

「そうなんですか」

「夏はもっと楽だね。護衛を付けなくても良いぐらいだ。庶民も護衛無しで森へ入るよ。ただ、僕等はほら、夢中になると周りが見えないのでね」

 自覚はしているようだ。恥ずかしそうに頭を掻いていた。

 その後、暗くなる前にと早めに森を出た。途中でルプスに出会ったが、フェレスがすぐさま狩ってくれたので、馬車を停めることなく進んだ。

 ギルドに戻ると、そこで彼等とは別れた。

 ギルド前には冒険者達がぞくぞくと戻ってきており、以前からの顔見知り達にフェレスは可愛がられていた。なので彼を置いて中へ入り、依頼達成を報告した。


 ギルドを出ると、フェレスが取り囲まれていた。

 地面を見ているので、どうしたのだろうと覗くと、魔獣の足らしき物体が置いてあった。

「だから、勝手に餌を与えちゃダメだって言ってるだろ?」

「少しぐらいなら良いじゃないか。別に悪いものじゃないし」

「飼い主に了解を得ないと食べれないんだ。逆に、こんな風に見せびらかされたら可哀想だろうが」

「なんで勝手に食べたらダメなんだ。それこそ可哀想だろうが」

 冒険者同士で言い合っている。

 何をやっているんだか。

 シウは呆れつつ、フェレスの元へ行こうとしたのだが、大柄な冒険者達の体に阻まれて通り抜けられそうになかった。

 困ったなー、足元を潜っていくかなーと思っていたらフェレスが気付いて動き出した。

 その流れで冒険者達が道を開けていく。

「あ、どこ行くんだ?」

「待ってないと、シウに怒られるぞ?」

「シウ? 飼い主はシウって言うのか?」

 などという声と共に、フェレスが出てきた。

「にゃ、にゃにゃにゃ」

 シウ、やっと出てきた、と嬉しそうだ。

 可愛がられるのは嬉しいが、目の前で揉めているのを見るのは鬱陶しかったようだ。うにゃうにゃと愚痴のような意味不明の報告を受けて、笑った。

「よしよし。言いつけを守って偉いねえ」

 ジッと待っていたし、餌を目の前にしても勝手に食べたりしなかった。もちろん、いつだって守っているのだが、これは彼等に対するアピールだ。

「シウ。よう、久しぶりだな」

「里帰りしてたから。新しい面子もいるんだね」

「おうよ。護衛仕事や、南に行ってたやつらが続々と戻ってきてるんだ」

「こんにちは」

 挨拶すると、さっきまで餌を食べさせないのは可哀想だと言っていた冒険者の男が怯んだ。まさかこんな子供が飼い主だと思わなかったのだろう。

「この子に食べ物をくれようとしたんですよね。ありがとうございます。でも、万が一のことを考えて、人から物を与えられても食べないように躾けてるんです。あなたが、というわけではなくて誰に対してもです。この子のための躾なので、許してください」

「あ、ああ、いや、その、俺も勝手に、悪かった」

「あと、僕が死んでしまった時のことも考えて、どうしてもお腹がすいたら、自分で狩りができるようにと仕込んでもいます。他に頼っていい人も教えていますから。でも、心配してくれてありがとう」

 そこまで言うと、餌を与えようとした男も納得したようだった。自分もついつい可愛くて食べさせたかった、悪かったと謝った。

 そういうことならと、顔馴染みの男達と一緒に居酒屋へ行くことになった。

 フェレスの人気は不動のものとなりつつあるようだ。

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